注意事項
本HPは「統合医療」に関して、その概念および実際を紹介することを目的とするものであり、個別の疾患や診療内容の相談には応じかねます。また、内容に関しても、実際に個人の判断で適応した際のあらゆる責任は負いかねます。実際の診療に関する事項は、医師にご相談の上、施行されることをお勧めします。
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2022年05月25日

アプリ「ニッポン城めぐり」の紹介

 最近は移転のごたごたでお城にも行けず、雑務に追われております。そんな折でもあるので、スマホやタブレットで楽しめるお城のアプリをご紹介しましょう。その名も「ニッポン城めぐり」!

 ゲーム的な要素に加えて、城郭巡りやその計画を立てるうえでも非常に有用なアプリです。ダウンロードして通常に楽しむ分には無料ですので、ご安心下さい。すごい量の情報量です!

 具体的に機能を少しご紹介しましょう!

(1)城攻め
 現在の位置情報から近隣の城郭を「攻略」します。これにより、その城をとることができ、同月に何度攻略したかで行軍の数となり「城主」になることもできます(このパターンはあまり外出しない一か所にいることが多い方向け)。多くの移動をする人は「攻城」の数を増やします。全国で攻城可能な城郭数が3000あるので、旅行などに伴って攻めます(これは出かけることが多い方向け)。
 また城攻めに伴って、所縁の武将も登場します。これを石高に投入することで雇用します(笑)これにより家臣団を形成し、名将を我がものにすることができます(笑)。

(2)下調べ
 「城郭一覧」により、全国地図から3000に及ぶ城郭の情報(情報詳細やグーグルマップでの表示、ルート検索や先達の投稿写真まで)をみることができます。これでみれば、城郭に実際に行かなくてもいったような気がしてきます。どこか旅先で、「近くに城ないかな?」というときにも便利。見知らぬ土地での迷子も減ります(笑) またリア攻めでの見落としを防ぐこともできます!

(3)築城
 初めのページで自分の城を築城することが出来ます。ちょっとした癒しの箱庭療法です(笑)。金銭(両)がたまらなったので、これまであまりやらなかったのですが、最近、これにはまっています。村上水軍の能島城風の縄張りで、帰宅時にせせこましく少しずつ築城しております。最近はこれによりあっという間の通勤時間です。気に入ったを20件頂き、とても充実感を感じております!

 私が良く使うのはこんなところですが、それ以外にもクイズ(毎日出題されます)や伝言板、世論調査なども面白いので時折はまっております。また都市部では難しいですが、地方によっては「城主」になる可能性が高まるので、「城主争い」に血道を上げるのも楽しいでしょう(私は隠岐滞在時に一度だけ黒木御所城主になれました!)。

 また、これもくだらないと笑われるのですが、年数回のペースで「合戦」イベントが開催されます。激突する両軍に分かれて、仲間を助けながら、合戦で手柄を立てます。はじめは馬鹿にしている人も結構、最後の方はのめり込んでます。

お城に興味がある方、そうでない方も(笑)ぜひのぞいてみてください。


2022年05月24日

四象限についてのメモ

 最近の話題をウィルバーの四象限でまとめたものをメモします。関心のない方はスルーしてくださいませ! DFPに関しての記載の続編です。
 ウィルバーの四象限をさらに、内部と外部とに分割した詳細なバージョンにて、最近のDFPの視点から記載してみます。

第一象限:これはいわゆる「客観」の視点、「It」と称されるものです。いわゆる客観的・科学的に記載されるものです。ここではDFPの視点から生理学的な新知見として、ファシア、自律神経、免疫、内分泌などをあげておきましょう。詳細としては有髄迷走神経(腹側迷走神経)もここの分類です。これらは全ていわゆる「外部」。「内部」としては、認知心理学的な用語が当てはまると考えられます。安保理論を刷新しうる新しい自律神経・免疫・内分泌学や、経絡理論を発展させるファシア学などは視点としては全てここの分類です。

第二象限:これは「私」という一人称に関するもので、自分の中で展開される精神や無意識など主観的な領域といえます。哲学的な分類でいうと、「内部」は自らの内側から湧き上がるものですから実存主義、「外部」はそうした湧き上がるものを規定している構造ですので構造主義といったところでしょうか。また第一象限は幅広くNBM的領域とすることもできます(厳密には「内部」になるでしょう)。発展的に考えると、第一第四と第二第三との対立をEBMとNBMとの関連として捉えることも可能です。また自由意志の有無なども併せて考えるとさらに興味深いものとなります。

第三象限:これは「私たち」で、二人称・三人称の主観的な視点です。ダイアローグにおいて展開されるものが代表的でしょう。とりわけオープンダイアローグやジャングルカンファレンスにおいて、各人の内面に去来するものが「内部」です。そして、そうした対話の「場」を構造的に規定しているものが「外部」となります。会話の場を成り立たせている雰囲気やルールのようなものでしょうか。総じて、一人称の時には思ってもみなかったものが「やってくる」場、とも言えます。対人の関係性の中から、「個」を超越して創出されると表現してもいいかもしれません。
 ある種のスピリチュアルな療法(ホメオパシーやフラワーエッセンスなど)の妙味もここに関連すると考えています。(この療法には事実と価値の分離の問題が絡んでいるのではないでしょうか)

第四象限:社会における関係性の客観的記載、社会システムみたいなところです。ここは普通に考えると「外部」が想定しやすいので、それのみのようにも感じますが、理論的にはというか原理的に考えると、ここでも「内部」というものを考えることが出来ます。この象限自体が、ベイトソンが問題意識を持ったサイバネティクスが適合します。最近の潮流として、サイバネティクスの内面から記載という視点も注目されており、これが「ネオサイバネティクス」と称される分野です。ここでは、撃たれたミサイルを迎撃しようとする戦闘機のパイロットの内面における試行錯誤、のようなものを想定しているようです。いずれにせよサイバネティクス的な視点は「統合医療」という複眼的なものを扱うにあたってはとても重要な概念になりうるでしょう。ヒト・モノ・コトの関連として特にホメオパシー的な視点にも応用できるのではないかと考えています。
 加えて、第四象限での社会システムは当然、第三象限の間主観性と共に、社会系神経(第一象限的概念である有髄迷走神経)の影響を介して、第二象限(とりわけ構造主義)として一巡し帰還することになるわけです。こうして全部の象限がつながることになります。つまり、止揚されないこうしたつながりこそが、ウィルバーのいうインテグラル(統合)ということなのでしょう。

とりとめないので、この辺で。




2022年05月23日

四谷三丁目に決定しました!

 クリニック移転に関するお知らせです。移転先が決定いたしました!

 四谷三丁目駅から徒歩3分ほどのビルです。これまでのクリニックと同様、新宿通り沿いです。四谷三丁目駅からあるくと、これまでの半分ほどの距離となります。

 場所決定に続き、内装工事などが決定しましたら、いよいよ診療再開の予定日が決まります。日程が決まり次第、こちらでお知らせしたいと思います。




2022年05月22日

ポリヴェーガル理論からもたらされるもの

 クリニック移転ということもあり、ずいぶん前の健康本やら代替医療本が出てくるので見直す機会が増えています。
 そこで感じるのは(まあ今でも同じようなことはよく聞きますが)冷たいもの(冷飲食)を控えることや、口呼吸の弊害などをなくすことで慢性炎症を解消し、さらなる健康状態へと導こうというもの。現在でも、その方向性に誤りはないのですが、そのプロセスを説明する「ツール」がずいぶんと充実してきた感があります。

 特にこのあたりは、有髄迷走神経(腹側迷走神経)の効果を考慮したポリヴェーガル理論の影響が特に大きいのではないでしょうか。
 この理論の展開として面白いのは、ファシア理論を介して従来のオステオパシーやカイロをはじめとした(特に頭頸部を用いた)徒手技法に接続する点です。これにより具体的なセルフケア技法としても落としこむことができるようになります。

 さらには、社会性の神経としての有髄迷走神経の面から「人間関係」「社会性」という観点が導入されたという点。とくにこの社会性の導入は、わが師アンドリュー・ワイルがセルフケアの最重要項目として「絆」を入れたことの説明にもなると思います。
 これまではなんとなく人間にとって必要だな、といういわば直観的に肯定できるものでしたが、この理論によってこれが、合理的理由を持って組み込まれたことになります。
 さらにこの迷走神経の効果は、オープンダイアローグやジャングルカンファレンスなどの臨床的効果の説明にもつながります。

 これらをまとめたものが、先日記載した「DFP」の概念です。これ自体が、ここで述べた理論展開によって一つの生理学上のまとまりを成すものとなるので、ウィルバーの四象限にまとめることが可能になるわけです。後日、移転業務の合間にでも、またこの辺りをまとめてみたいと思います。




2022年05月20日

森田洋之医師のアマゾン限定本 カフェ課題図書の変更

 来月のジャングルカフェ課題図書を先日「ゲンロン戦記」としましたが、仲間内で別の本が話題になってきたので(時期的にも今が適切なので)以下の書籍に変更することにしました。

 アマゾンでの紹介文が「タイトル・内容の過激さから数々の出版社から書籍化を断られクラウドファンディングによる自費出版となった」というもの。
 賛成・反対いずれの意見でも構いません。非常に挑戦的な書籍のようですので、是非とも皆さんで一緒にジャングルカフェで読んでみましょう。



人は家畜になっても生き残る道を選ぶのか?
森田 洋之
南日本ヘルスリサーチラボ
2022-04-11


2022年05月18日

5月20日 電話再診・往診を開始します!

 クリニックの移転に関して、ご予約いただいた皆様をはじめ大変ご迷惑をおかけしております。完全ではありませんが、5月20日から電話再診ならびに往診という形で、クリニック再開いたします。

 当初はこれまで通院していた方々を中心に、5月20日からは電話カウンセリング(体調相談・サプリメント漢方相談等)という形式で、また施術・診察のご希望の方には往診という形式で診療を開始いたします。
 完全予約制ですので、すでに初日は予約枠は埋まっておりますが、その後であれば予約可能です。ご希望の方は、これまでのクリニックの電話番号におかけ頂くと、専用の携帯番号が通知されますので、そちらからご予約・お問い合わせお願いいたします。(なお電話・往診での再開期間は新規患者様はお受けしておりません、ご了承ください)

 6月中旬をメドに完全再開を目指して準備しております。来週にははっきりとした時期や場所などを告知できると思いますので、今しばらくお待ちください。

 通院して頂いておりました方々、並びに、新規での受診を検討して頂いた方々、皆様にはたいへんご迷惑をおかけしております。現在、これまで以上の充実したクリニックとして再開準備中です。セラピールーム・リボンともども何卒よろしくお願い致します。




2022年05月17日

「一律」であること、「多様」であること

「一律」であること、「多様」であることについて考える。(最近の思考の整理目的ですので、ご興味ない方はスルーしてください m(__)m )

 量子力学の通常解釈におけるものは、当然、物質の一律性を基礎にしたものとなる。物理学の前提がそうなので、言うまでもない。が、もし物質が一律ではなく「多様」で、それゆえに各々に個性があったならばどうなるか。これが量子に意志があるとした山田廣成博士の量子論で、これは或る意味分かり易い量子力学の考え方である。

 そして、あらゆる細胞は当然、個性があるわけだが、一身体として考えた場合、我々は意外と物質同様に「一律に」その性質を考慮してしまってはいないだろうか。
 ちょっとした場所や機序の違いを、ノイズのようにカットした単純化された思考をしていないだろうか。当然、現代医療においても、脳や心臓など細かな地図が作成される領域もあるが(一般に外科領域では個々の手術において当然そうではあるが…)、それ以外の場面では、いわゆるファシア等大きく広がったものについて、意外に一律な思考で考えているところが多いようにも感じる。(これは先端医療というよりは日常診療的な思考に特徴的であるように思う)
 例えば、デルマトームは「よし」としながらも、代替医療的な反射区はダメとか。経絡上の痛みが内臓と関連するとか。こうした発想はファシアなどが「一律」な傾向であることが暗黙の裡に想定されていることと無縁ではないように思う。

 これに関係して最近感じているのが、上咽頭擦過や、頭蓋仙骨療法や頭鍼などによる頭蓋内部、「脳」への刺激ということ。
 通常の発想では、髄液に保護された状態で、いわば浮遊している臓器だけに外部から刺激したところで直接の内部への影響は少ないように感じる。
 しかし、上咽頭擦過における効果の仮説としては、その影響は上咽頭におけるリンパ流を介して骨を通過し、視床下部・下垂体への影響を示唆している、といわざるを得ない。
 また頭蓋仙骨療法はそれ自体、副交感神経への影響を示唆する直接的な名称であるし、最近の話題としてもポリヴェーガル理論の実践的アプローチとして、身体操法や手技的方法での「腹側迷走神経」への介入も可能だとしている。
 これらは応用すれば、刺絡や上咽頭擦過もまたポリヴェーガル理論における、有髄迷走神経(腹側迷走神経)への直接的な介入技法になる可能性を示唆するものである。すると従来の上咽頭擦過の幅広い効果への説明も、下垂体からの内分泌的な機序による説明だけではなく、腹側迷走神経への効果も合わさるのでより納得のいくものになる。

 またポリヴェーガル理論によって、迷走神経への刺激を際立たせることで、逆に交感神経系へのアプローチとしての脊椎への刺絡などの刺激の意味もまた再評価できるだろう。(これは安保理論を用いた説明でも十分であるが…)
 このアプローチをまとめると以下のようになるだろう。
腹側迷走神経:ポリヴェーガル理論による脳幹へのアプローチ、上咽頭擦過療法、頭・頸部刺絡
交感神経幹:脊椎刺絡、デルマトームを介した鍼刺激(ファシアリリース含む)

 上のようにまとめれば、「身体(表層と症状)」と「自律神経」との関連となるが、これはライヒやローウェン的に考えれば、身体の表層と症状は、無意識をも含む精神領域との関連へも発展させることが出来る。無意識を手で触れることが出来るということである。
 つまり症状と身体観察により、自律神経・内分泌・免疫さらには精神・無意識、そして社会性をも、直接的診察の視野に入れることが出来ることになる。身体を詳細で多様なモノとして捉えることで、診察における最高の観測点を得ることができるのである。

 最後にこれまでの概念を、ケン・ウィルバーのいう「四象限」にまとめると以下のようになるだろう。詳細としてはさらに「内側」「外側」とに各々を分割するので8領域にすべきだが、煩雑になるので今回は単純な4領域までの概略にする。この内容の詳細は、また後日、まとめてみたいと思う。

第一象限(それ):ファシア、自律神経・内分泌・免疫(生理学的知識の刷新)
第二象限(私):精神・無意識(身体に刻印されるものを含む)
第三象限(われら):関係性、ダイアローグ(対話から紡がれるもの)
第四象限(それら):社会性、サイバネティクス(社会的システム図)

2022年05月16日

移転状況のおしらせとお詫び

 現在の移転状況に関しまして、ご心配をおかけしている方々も多いので、お知らせいたします。確定的な状況ではございませんが、6月中旬を目指して再開できるよう鋭意、努力しております。

 おおよその目安をご報告できなかったのですが(詳細はまだ流動的ですが)、6月半ばに四ツ谷近辺での再スタートを目標に動いております。
 ご迷惑をおかけしておりますが、もう少しお待ちくださいませ。従来のクリニックの電話番号にてお問い合わせをお受けしております。留守番電話にメッセージを残していただけましたら、後程こちらからおかけ直しさせて頂います。

 ご不便をおかけしており、大変申し訳ございません。

2022年05月15日

ダイアローグ ファシア ポリヴェーガル

 アイデアのメモですのでご興味ない方はスルーを!m(__)m

 前回の記事の続きですが、メタ思考としての3つのキーワードをあげました。別に覚える必要もないのですが、自分の中での概念整理上、ダイアローグ(D)・ファシア(F)・ポリヴェーガル(P)の3つなので「DFP」としてみました。
 この3つの観点から、漢方、鍼灸、ホメオパシー、徒手技法等々の補完医療を再解釈することが可能になります。これは、また後日にでも書いてみたいと思います。

 ちなみにダイアローグからは、ベイトソン的なサイバネティックスの概念へも展開可能ですし、ファシアからは現状のハイドロリリース的な解釈にとどまらず、ライヒやオーウェンの理論を応用して無意識との関連にも展開できます。
 そしてポリヴェーガルからは文字通り腹側迷走神経の役割による自律神経の再解釈だけではなく、そこでの概念変更に伴って、極めて二元論的な性格の強い安保・福田理論を再構成して実臨床に近いモデルにすることもできそうです。これにより内分泌のみならず、免疫学への展開も考慮することが出来ます。

 この3つ「DFP」によって、社会的概念、フロイト的無意識概念(オルゴンエネルギー含む)、そして自律神経・免疫・内分泌といった生理学の基礎概念の発展までをもふくめて、補完医療の各論の概念を刷新することが可能になりそうです。
 

本ブログで補完医療の各論解説が少ない理由

 漢方・鍼灸、ホメオパシー、サプリメントや多彩な徒手的技法、と様々な補完医療があり、各々に詳細なサイトでの解説があります。
 しかし、それらの相互関係や実際の運用ポイントなどは、解説者のその方法への思い入れなどが強ければ強いほど、そちらへ強く誘導される傾向があります。

 その治療法に思い入れが強い方であれば、それでも良いのですが、実際はいくつかの複数のものとの併用など一般的なのではないでしょうか。
 すると、各論の詳細を知っても、その相互関係にまで目を配ることが出来ない。というより詳細を知るほど「俯瞰」で見ることは困難になる、という矛盾を生じます。
 補完医療の利用者の多くが、実はこうした点で行き場に困っているのですが、それを各療法のカリスマでは解決することが原理的に難しいのはこうした理由によると思われます。

 この問題の解決に必要なのが「メタ思考」です。つまり、考え方についての「考え方」です。この問題でいえば、各治療法の詳細の一段階上、各治療方法の相互関係(相乗効果・相殺効果もふくめ)についての知見ということになります。
 本ブログでは、そうしたステージでの問題意識が強くあるので、あまり各論の詳細に踏み込んだ記載をしていない、というわけです。

 そして、そうした段階を考えるのに必要な概念が、「ダイアローグ」「ファシア」「ポリヴェーガル」とったものになります。
 当然これらはそれ自体、強く一定の疾患に関連付けて解説されることもありますが(例えば、精神疾患でのオープンダイアローグ、疼痛疾患へのファシアリリース、トラウマにたいしてのポリヴェーガル理論、等々)、そこに留まることなく、一段高いメタ思考的キーワードととらえることもできるわけです。
 本ブログの内容が少し他の補完医療を推進のクリニックのものとは毛色が違う理由は、こうした視点にあるわけです。
 

2022年05月14日

ご不便をおかけしており申し訳ございません

 現在、クリニック移転のための休診中で皆様には大変ご迷惑をおかけしております。従来の電話番号にかけていただくと、専用の携帯電話番号が通知されるようにしてありますので、お問い合わせ等はそちらをご利用ください。
 なお、即座に対応できない場合も多いので、留守電でメッセージ・ご用件を残していただけましたら、追ってご連絡を差し上げます。

 再開時期など詳細は決定次第、お知らせいたしますので、もう少々お待ち下さい(ご予約いただいている患者さん方には、逐次お電話にて詳細をご報告させて頂いております)

 このたびは大変ご不便をおかけしておりますが、何卒よろしくお願い申し上げます m(__)m

ゲンロン戦記 次回のカフェの課題図書紹介

 先日のカンファレンスは参加者数は少なめでしたが、非常に活発な議論が展開され、とても充実した回になりました。原因不明の湿疹について、多元的に議論・対話をしていきました。
 また当日は、鍼灸師の船水先生とそのお弟子さんたちが、基礎講座のみ見学に来られ、大変興味を持っていただけました。今後、様々な形でのコラボが展開されていければ良いなと思います。

 次回は偶数月ですのでジャングルカフェですので、テーマとなる書籍を当日発表しました。今回は東浩紀『ゲンロン戦記』を皆さんで読んでいきます。

 統合医療クリニック、ジャングルカンファレンスといった、現状のエビデンスやマニュアル重視の通常医療へのアンチテーゼ的な医療を展開してきた中で、この本は分野こそ異なれど、新領域を展開させることの難しさを素直に表現してくれているように感じました。
 普及版の考えで、経済性のみを追求する従来のビジネスモデルとは一線を画した考え方で、それゆえにかなりの失敗の数々も吐露されておりとても共感できる内容でした。セラピーサロンなどの経営者も多く参加する「カフェ」にはもってこいのテキストではないかと思い、今回はこれを課題としました。

 ご興味ある方はジャングルカンファレンスに入会して頂ければ参加可能ですので、是非この機会にいかがでしょうか。「カンファレンス戦記」を皆で振り返ってみましょう!




2022年05月10日

今週の木曜日はジャングルカンファレンスです!

 今週木曜日は通常通り「ジャングルカンファレンス」が開催されます。代々木会場でのハイブリッド形式です。 
 統合医療についての症例を、多元主義に基づいて捉え直し、対話を展開していきましょう。
 次回のジャングルカフェに関しの詳細も当日発表いたします。

 なおクリニックへのお問い合わせ等は、現在これまでの電話番号において「専用の携帯電話番号」をご案内しております。
 業務の関係上、その場でつながらなくても、留守電にメッセージを残して頂けましたら、おかけになった番号へ追ってご連絡させて頂きます。
 しばらくご不便をおかけしますが、何卒よろしくお願いいたします。

ジャングルカンファレンスについて知りたい方はこちら ↓ ↓ ↓




2022年05月08日

ご不便をおかけして申し訳ございません

 先日、クリニック移転のお知らせをしましたが、現在、内装工事が遅延し、かつ全体の工程も大きな変更をせざるを得ない状況となっております。

 そのため今月ご予約いただいた方々には、直接にお電話等で事情を説明の上、今後の対応策を相談させて頂こうと思います。

 移転をお待ちいただいている皆様にはご不便をおかけして、誠に申し訳ございません。早急に対応し、皆様に気持ちよくご利用いただける新クリニックを作り上げたいと考えております。

2022年04月29日

移転後の電話受付再開は5月20日となります

 四ツ谷二丁目院での診療は、あと二日となります。本日も通常通りの診療をしておりますので、予約・お問い合わせのお電話などございましたら、よろしくお願いいたします。

 新しい一丁目院での診療開始は5月20日となりますが、NTTの工事が当日の午前のため受付での電話対応が5月20日の午後からとなりますので、ご注意下さい。お電話はなるべく4月30日までにお願いいたします。なお本日と明日は6時ごろまで診療の予定ですので、受付等お電話可能です。(移転後も電話番号は変わりません)

 移転に関しましては、急な日程のため受診して頂いている方々には、大変ご迷惑をおかけすることとなり、誠に申し訳ございません。ご理解いただきますようお願い申し上げます。

2022年04月25日

「一」から「多」への方向性、あらためて「オルタナティブ」を希求する

 ダビンチの『解剖手稿』を眺めていて感じたのですが、遺体の保存などが現在とは比較にならない状況であった当時、血や脂にまみれることなく、記録としての解剖のデッサンを残すことはかなりの作業だったと思います。

 そうした事情もあり、当時これらのデッサンは体表解剖の後、筋肉・骨格系の段階まで一気に進められていたようで(一部の皮静脈などの描写等を除いては)紙を汚さないような状況まで達してから、つまり作業的にひと段落してから記録していたようです。
 当然こうした状況では、ぞうきにまとわりつく「ファシア」はただの邪魔ものです。特に身体の大きな動きなどを記載するには、筋肉と骨格で十分すぎる情報ですし、そこにわざわざファシアを考慮したとしても、ただコンタミを増やしているような感じだったことでしょう。本質に対してのノイズといったところでしょうか。

 フッサールがかつてガリレオを評して「隠蔽の天才」といったと伝えられますが、まさに近代科学の生みの親とも言えるガリレオにとっては、大きく物理現象をとらえることで、ニュートンに至る「科学革命」を成し遂げることが出来たともいえるでしょう。真理の追求のみちのりです。
 しかし、それを文字通り「真理の発見」のようにとらえるのではなく、特定の事実を隠蔽している、ということを喝破したフッサールもまた現象学創始者としての面目躍如たるところでしょう。
 ただここで、注意すべきは、ガリレオは生の世界から(ノイズを除去して)真理を掬いだしたのではなくて、何らかの情報を隠蔽することで「真理らしきもの」を記載することができたという視点です。

 この辺りの事情は、科学史において時折現れるものです。ただしギリシャ時代など古代との齟齬であればだれもがすぐに気づくのですが、現代に近づくほど「自らの問題」とも隣接してくるので、そう簡単にはいきません。
 例えば、「エーテル」の存在などは、物理学のスーパーヒーロー、アインシュタインの存在とあいまって、もはやその実在を口にすることもはばかられるといった状況ではないでしょうか。アインシュタイン物語的には、旧来の「絶対空間」否定における「ラスボス」に位置付けられるわけですから。そして後世、いくらエーテルに対して否定的な実験結果が出たとしても、大きな物語が一度完成してしまうとその修正はほぼ困難ということなのでしょう。壮大な物語を誰も崩したくはないでしょうからね。

 ココマデの状況ではなくても、細胞の基本構造にもこうしたお話はあります。各細胞を隔てるものはいわゆる「脂質二重膜」とされていますが、これすらも「絶対」という状況ではないようです。
 いくつかの実験では二重膜を仮定しては矛盾する結果もありますし、代替的な膜モデルも水分子を研究するMRI研究者などからも出ているようです。それは、液体を包んだ袋ではなく、その内部がマトリックスで満たされむしろあまり「水」の自由な状態ではない、というモデルが考えられているようです。例えるなら海ブドウ状に、ファシア近辺を水分子が取り巻くようなイメージでしょうか。

 まあ、このような例は多分他の分野でもいくつかあるように思うのですが、いずれも時の主流の中、ただの「トンデモ」扱いを受けてしまっているのでしょう。ただ、実際は我々が考えるよりも、簡単には割り切れないことも多いわけです。例えば、飛行機が飛ぶ理由などもそうで、専門家によれば「揚力」を仮定する現在の説明モデルは実際には否定的だそうです。でも実際に飛ぶことは可能。麻酔のメカニズムも、学術的には諸説ありながらも、実際の手術は出来るというわけです。

 しかし、そうした扱いにより、明らかに、生の現実界における何らかの「現象」をとり漏らしているだろうこともまた事実。
 医学の単純化へと突き進む流れの中で、解剖においてファシアは取り残され、それゆえに幾多の「経絡現象」もまた「ないこと」にされてきたのではないでしょうか。
 物事の理解の仕方は、主に単純化への方向性がほとんどですが、それ以外の方法、複雑化へと向かう方向も、また考慮しなければいけない時代に近づいているのではないでしょうか。(時代はさらに単純化へと突っ走っているようではありますが…)

 いわゆる「多」から「一」へと真理探究を進める方向だけではなく、逆に「一」から「多」へと思考を進めることで新たに気づくことも少なくないでしょう。アナトミートレインなどからファッシアを考えるとき、この「一則多」的な方法の重要性を感じます。いわば「逆張り」的な方向性ですね。

 これはダイアローグの思想にも連なるものがあります。とにかく「結論」がひとつへと収束しないことに対して不満を持つ方が少なくない状況において、リフレクションなどのプロセスの結果、共通了解へとつながる流れがそれです。
 「多」つまり「複雑」な状況に進行させることは、従来の真理探究においては求められていなったものですが、この混迷する時代状況においては多くのヒントをもたらしてくれることも少なくありません。
 我々は知らないうちに、勝手に物事を単純化(モデル化)して、簡単な答えに飛びつくことのなんと多いことか。そしてそこから取りもれることのなんと多いことか。


 統合医療における当院の取り組みにおいて、こうした方向性は非常に重要なヒントになります。
 皆さんの健康な生き方をサポートするにあたり、こうした視点、つまり「一」から「多」へと至るプロセスをより明確にしながら取り組んでいきたいと思います。この業界では、さまざまな治療法におけるオルタナティブにばかり関心がむきますが、発想におけるオルタナティブみたいなところは、ほぼほったらかし状態といえそうです。
 デカルトにはじまる真理探究の単純化のパラダイムを超えて、大きな方向性でのオルタナティブを展開するのが、統合医療本来の役割であり、魅力であるとあらためて考えます。



 

2022年04月24日

ポリヴェーガル理論への誘いのメモ

 最近のメモ。個人的な備忘録ですので、関心ない方はスルーしてくださいね。

 『世界の再魔術化』からの展開として、デカルトによるいわゆる「科学的思考」から、ベイトソンの「メタサイエンス」的な思考への考察。
 ベイトソンの領域横断的なシステムとしての理解の仕方を、本書におけるユングやライヒから発展した身体論(とくにライヒに由来する生体エネルギー理論)に応用した場合はどうなるのか、と考えていました。
 そこで意図していなかったのですが、ちょうどポリヴェーガル理論の新刊『ポリヴェーガル理論への誘い』(津田真人著)を購入したばかりでしたのでぱらぱらとみていました。前著はかなりの大作にして労作でしたので、なかなか読み進められなかったのですが、本作はかなり内容を基礎的な話題に絞っているので、ボリュームもかなりコンパクトで理論の再想起に役立ちました。

 ここで改めて、三木成夫理論への接続の重要性が著者である津田氏によって述べられている(注)を読み納得。また従来の二元論的な拮抗する単純な自律神経モデルを超えた「ポリヴェーガル」の持つ意義も再確認できました。単純なモデル、乃至は単純な正誤判定の「メタ的段階」を考えるうえで、ベイトソンの展開したものとの類似性も感じました。特に実臨床における自律神経やファシアなどへの具体的展開として位置づけられるように感じます。(まだ構想段階ですが、ポリヴェーガルにおける愛による不動の問題とライヒからオーウェンに連なるオルガズム理論との関連性は非常に興味深いと考えます。またオキシトシンの問題と絡めてライヒ的な社会問題への発展や、ベイトソン的な考えと三木成夫との関連性も考察したいテーマです)


ポリヴェーガル理論への誘い
津田 真人
星和書店
2022-03-29


2022年04月23日

新規移転に関して(続報)

 小池統合医療クリニックの移転に関しての日程が決まりましたので、お伝えします。

 現在の2丁目院においては、4月30日まで通常診療となります。予約枠が少なくなっておりますので、受診をご検討の方はお早めにご連絡ください。

 また移転後の1丁目院における診療再開は、5月20日となります。5月、6月の予約を開始しておりますので、お電話にてお願いします。なお、電話番号は、従来と変わりませんので、いつも通りで大丈夫です。

 グリーンランドビル、というビルへの移転なのですが、これまでも当院の看板などは「グリーン」を基調にしてきましたが、今回はさらに内装など全体のコンセプトを、グリーンで統一しました。緑を基調にしたナチュラルな内装になる予定です。(現在、内装工事中です)




2022年04月11日

四ツ谷1丁目にて新規開院のお知らせ

 前回、2丁目院の閉院のお知らせを書きましたが、これはビルの立て壊しによる移転のためのもので、5月中旬(5月20日開院予定)、四ツ谷1丁目にて、小池統合医療クリニック(四ツ谷1丁目院)として新規開院致します。四ツ谷駅をご利用の方には、より駅近になりますので、便利になるかと思います。

 この移転で、開院以来2回目の移転となります。東京女子医大青山病院を退職してすぐに、白金台プラチナ通りの裏手に、小池統合医療クリニック「白金院」として開院。その後、現在の「四ツ谷2丁目院」へ移り、14年ほど経過して今回の移転となります。四ツ谷で慣れている方が多いかと考えまして、今回の物件の選定は四ツ谷近辺に限定して、なかでも駅に近い今回の「四ツ谷1丁目院」を決定しました。

 10年以上診療している中で、その内容も少しずつ変化してきます。そうした変化を取り入れて、院の内装を大幅に変更しました。また量子医学に基づいた器機(QPA)をはじめ、独自のファシア理論に密着した治療法をより積極的に取り入れていく体制が整いました。
 いずれにせよ、これまでの統合医療を推進する姿勢に変わりはありません。むしろ、それをさらに加速させる体制で「四ツ谷1丁目院」をスタートさせたいと思います。
 なお、4月30日までは現在の「2丁目院」にて通常通り診療いたします(祝日の29日も通常診療)ので、よろしくお願いいたします!




2022年04月10日

大学講義の準備を終えて 〜科学至上主義、デカルト主義から相対主義を考える〜

 大学での統合医療講義が実に2年ぶりに、通常の「対面」式に戻ります。久々の生での統合医療概論なので、準備をしておりました。
 例年、この準備をして思うことは、いわゆる、科学至上主義、エビデンス至上主義を唯一の真理と信じて、入学後に学習してきた学生に対して、それだけで本当に良いのかというゆさぶりをかける難しさです。いきおい、科学とは何か、医学とは何か、といった哲学的問いを無視することはできません。

 こうした中で、今週はジャングルカフェも開催予定です。こちらはコロナ関連の書籍を読んでいくものなのですが、いわゆる情報が錯そうする中、何を真実とすべきかという問題を考えることになります。
 敵対する考えを即座に排除する風潮の中、分断をすこしでも止めるべく、対話の可能性を議論する予定です。当然、そこでは多元主義がテーマとなるのですが、これがまた、やっかいな概念でもあります。つまり文字通りとらえるといわゆる「相対主義」のようなニュアンスでとらえる方がなんと多いことか。これは、私がよく話題にする四つの主義のうち、じつは折衷主義と表現すべきものなのですが、これが多元ととらえられやすい、つまり間違えやすいということ。
 また多元主義には、ある種の「統合」的な意味合いもあるので、時に統合主義と表現しうる場合もあるし、また統合主義と安易に表現すると、今度はナイーブな意味での善悪二元論に陥りやすくもなる。とにかく概念の混乱が多い領域というわけです。

 こうした中で特に注意すべきは「相対主義」に陥らないということ。これは哲学的な議論においてもとても重要なことではあるのですが、どうすれば良いかとなると、かなりの難問ではあります。この問題に関して最近、モリス・バーマン著『デカルトからベイトソンへ 世界の再魔術化』を読んで、非常に大きな気づきがありました。

 そこには、最初に書いたような科学的思考、つまりデカルト思考の誕生によって「相対主義」が出現することが繰り返し述べられています。
 つまり錬金術の世界を脱し、科学が誕生する中で、思想においてなにかとんでもない過ちを犯しているのではないかという考察です。
 こうした思想における大きな転換を科学史から解き明かす内容は非常に興味深いものです。この相対主義の出現の問題は、多元主義の根底と不可分なものでもあり、これはまた後日に再度考えることにしましょう。




突然のお知らせ

 突然ですが、当院、小池統合医療クリニック(四ツ谷2丁目院)は2022年4月30日、閉院します。詳細は後日、当ブログにてお知らせいたします。(既に詳細をご存知の方、当院受診されている患者様には既にお知らせしている通りですのでご心配なく)

2022年04月09日

お城へToGo 対馬編(かなたのき)

 対馬編の第2弾。五島列島の福江城と並んで、続100名城のラスボス、金田城です。NHKの最強の城にも認定されていますが、とにかく行きにくい…。おとなり韓国の方が近い「国境の城」、別名「かなたのき」。実際の由来は違うのかもしれませんが、かなたのき、の方がしっくりとくる城ですね。

 白村江の戦いの敗戦後に、唐の侵攻に備えて建設された古代山城で、大野城や基イ城などに続いて、国境の最前線として防人が配置され、古代史上重要な城となります。

 城めぐり的には、鬼ノ城や、玄蕃尾城に匹敵するハードな運転の行きにくさです。はるばる対馬に到着した上に、なかなかの山道、徐行運転、カーブは減速というよりほぼ停止、ライト点灯、クラクション併用です。到着しても狭い駐車スペースに、わナンバーの駐車群で転回も困難、携帯電話は電波状態悪く使用できません、とのお達し。そこからさらに登山スタートです。(今後、更なる整備の予定があるようですので再訪が楽しみです)

 ただ、そこからは石塁や城戸、石垣が万里の長城のごとくに展開しており、事前に想像していた以上の迫力でした。壮大な石垣の向こうに、黒瀬湾が見え、三つの城戸は威圧感満点です。こうした迫力はやはり写真やテレビでは伝わらないですね!

 訪問時、ひざを痛めていたので、山頂部の旧軍施設や最高所の石垣など、アンゴルモアでの名場面をみることはできませんでしたが、いわゆる湾からの侵入を防ぐ城戸や主な石塁、さらには主郭にあたるビングシ山など主だったところは見ることができました。

 アンゴルモアで描かれるように「元寇」における籠城戦的な活躍はなかったのかもしれませんが、古代の戦争に使用された施設が、近代になっての日露戦争でも軍事拠点となったというのはやはりすごいです。
 現在の見学路が、日露戦争時の軍用道路として用いられたものだからこその、見学のしやすさといったところでしょうか。古代と明治の邂逅です。

 大野城などでも感じましたが、古代山城の規模の大きさには圧倒されます。日本書紀の後半部の話にもかかわらず、現代的にもすごい規模で、いやおうなしに古代とのつながりを感じることができます。
 ある意味、古代山城ができてから中世、戦国の城郭につながったわけですが、知識なしにみたら順序が逆のように感じるのが普通でしょう。当時の国際的な緊張状態を知る上でも、とても勉強になりました。(技術というものが直線的に伝わらない、容易に断絶してしまうということを実感します)

 「アンゴルモア」のクライマックスとなるお城ですが、原作を読んでから実際に行ってみるとその迫力がさらに強く感じるのではないでしょうか。



2022年04月02日

お城へToGo 対馬編(金石城・清水山城)

 続100名城のラスボス的な対馬の城です。五島列島はじめ、離島や遠隔地への訪問が、このスタンプラリーにおいては大きなハードルとなります。

 今回は、古代山城の金田城訪問のためなのですが、それだけではもったいないので当然他のお城にも足を延ばしてみました。
 中心地である厳原にある、宗氏の居城、金石城です。宿泊した東横インからも近く、街中のお城といった感じです。


 観光情報館ふれあい処「つしま」で、金田城のスタンプを押してから、そこに駐車させてもらい徒歩で大手櫓門に向かいました。遠くからも目を引く立派な門ですが、城内は復元された庭園のみで歴史民俗資料館ともども工事中でした。
 庭園管理のおじさんのお話によると、現在は学校のグランドになっているところに御殿があったようで、将来的には運動施設を移動し、御殿を再建する計画があるようです。
 心字の池がある庭園を(閉園しそうだったのですが)見学させてもらい、搦手門の石垣を見ながら、万松院に行ったのですが、こちらは間に合わず見学できず。
 金石川に沿って石垣をみながら帰ったのですが、万松院を出たところから猫(ツシマヤマネコではありませんでした笑)が大手門の辺りまで何かもらえると思ってか、しばらくついてきたのが思い出です。人懐っこいツンデレネコでした。


 翌日の早朝には、詰めの城的な位置にある清水山城へ。観光情報館では盛んに三の丸までで十分ですよと言われたのですが、そうはいきません。全部見ます。
 確かに厳原港を押さえる目的での城だけに、港が一望出来てとても景色が良いところでした。そこからは連郭式になっているので、二ノ丸、一ノ丸とまっすぐに登っていきます。ただ背後の有明山への登山ではないのでそれほど大変ではなく登れます。
 途中、枡形虎口などもよく残っており、一ノ丸では先ほどの三ノ丸以上の素晴らしい眺望でした。ここはそもそも秀吉による文禄・慶長の役における、朝鮮半島との中継拠点として築城されたもので、かの地に出兵した加藤清正ら多くの武将たちもこの風景を見たのかと思うと感無量でした。
 対馬は朝鮮半島から50kmもない位置ですので、ここまで戻った時には多くの出兵した武将たちはホッと安堵したことでしょう。
 かつて訪問した肥前名護屋城から、壱岐勝本城を経由して、いよいよここから出撃していったというまさに国境の城です。


 対馬の夜は、漫画「アンゴルモア」でも紹介されている居酒屋「対玄」で、アナゴをたくさん食べました。作者のたかぎ七彦先生のサイン色紙も飾られていました。
 以前は韓国からの旅行者であふれていたようですが、この時はコロナ禍の影響でそうした旅行客も全くおらず、ゆっくりと歴史探訪ができました。白村江の戦い、文禄・慶長の役、日露戦争、と歴史上、地政学的に重要な位置を占め、さらには倭寇の拠点でもあった対馬は、少し遠いのですが機会がればまた再訪したい地となりました。


2022年03月27日

コヒーレントから波動医学・量子医学への導入を考える

 最近、頻繁に用いるキーワードがあります。素材としての「ファッシア」、JCなどの「ダイアローグ」、そしていわゆる共鳴としての「コヒーレント」です。
 よく使う初めの二つ、ファッシアもダイアローグも、そこには「コヒーレント」が重要概念となってくるので、相互に関連しており、並列した概念ではないのですが、まあいいでしょう。これらを使って最近の当院での診療内容や、いわゆる量子医学との関連性を考えてみます。

 思考とダイアローグについて、すこし再考してみたいと思います。物理学者ボームは思考のクセのようなところを指摘し(彼は思考の明白な問題点は「断片化」にあるといいます)、それを自覚することの重要性を述べます。また、あらゆる問題はすべて思考の中で起こるとも述べています。まあたしかに言われてみればそうでしょう。

 そして、こうした思考のクセのようなものを自覚する方法が「ダイアローグ」にあるというのです。そこからは「洞察」も得ることができると述べています。洞察により、自らの思考を自覚し、そのインコヒーレントな点を超越して「コヒーレント」な状態に至ることができるというわけです。より調和した状況においてということになるでしょうか。
 一人だけでは容易に到達できない状態に、集合体となることで可能になるということです。つまり、興味深い挙動の発現(物理的にも社会的にも)もこれを基盤として発動してくるのです。


 少し違った観点ですが、このようなことはいわゆるエネルギー医学の領域においても、かつてから指摘されていました。
 一例として、ラグビーやサッカーのような集団競技の試合中に負傷者が出た場合のケースが、あるエネルギー系医療の解説書に紹介されていました。その際、応急処置がとられるのは言うまでもありませんが、それと同時にチームのメンバーが集結して、その負傷者に対して祈りを行うことで、状況の好転や回復の早まりが起こるという解説がありました。さらに
その後、試合続行時においてもメンバー間の意思疎通が良好になるという「付加的」な事態も生じるらしいのです。それこそ、このチームという集団が「コヒーレント」な理想的調和の状況になっているということだと思います。
 我々の経験でも、ジャングルカンファレンスや、相談者を含めたジャングルカフェといった状況においてあてはまる経験があります。(この辺りの感覚が、経験者と説明を聞いただけの人との大きな隔たりとなります)

 つまり集団が、「首尾一貫した良好な状態」になっているとき(まさにレーザー光線のような状態にあるとき)、それは「コヒーレント」な状態であるといえます。これは社会的な集団のみのことではなく、我々の身体における細胞・組織の集団においても適応できます。つまり一個の身体としてもコヒーレントな状態となりうるのです。

 こうしたすべてのシステムに超越したものとして、血管、神経を凌駕して想定されている物質的な基礎が「ファッシア」といえます。
 進化論的にも、他の組織に比べて出現が早いことは言うまでもありません(広義には細胞外マトリックスも含まれるいわけですから)
 これはエネルギー系の書籍では、何らかのエネルギーを媒体する生体マトリックスやら軟部組織と称されることがありますが、概念の統一を図るとすれば、現時点では「ファッシア」として捉える方が分かり易いでしょう。(ただし厳密には「生体マトリックス」だと思います)

 ファッシアに関連する(周辺に存在する)水分子、さらには生体を構成する他の諸分子が、コヒーレントな状態になっていることが、健康的な状態といってよいでしょう。(ちなみにボームは『ボームの思考論』において「ガン」はインコヒーレントであると述べています)これらの分子の状態を差異化して画像にしたものが、MRIですから当然と言えば当然です。

 このように考えると不調の状態(インコヒーレントな状態)を、コヒーレントな状態へと復調させる方法、例えばホメオパシーをはじめとするエネルギー医学の特徴がとらえやすくなるのではないでしょうか。当然、一定の仮定が想定されるわけですが、プラグマティックには「アリ」としてよいでしょう。つまりその挙動は、漢方やハーブのように大きめの分子レベルで作用しているのではなく、量子レベルでの挙動となるわけです。(電子、陽子の状況が関与するので)
 直接、ファッシアを復調させる徒手療法のみならず、こうしたエネルギー的な観点も許容しながら、生体における「コヒーレンス」ということを考えていかなければならないのではないでしょうか。その方法論の違いが、ホメオパシーであったり、波動・量子医学系の器機であったりするわけです。

 こうした考え方は同時に、現在のファッシア研究(や紹介)が、ややもすると限定的な徒手療法の視点からのみで展開されていることにも注意していかなければなりません。
 確かにファッシアはエコーにより可視化されたことで、その存在がクローズアップされたことは否めませんが、世界的な研究の流れから見ると、エネルギー医学との密接な関係は無視することはできないものです。(この辺りが我が国における今後の展開の分岐となるでしょう。良くも悪くも…)

 ダイアローグを再考するということは、ファッシアという概念を単なる徒手療法の一用語としてとどめることなく、コヒーレンスという視点から再認識することにもつながるのです。(ここも多くの誤解があり、ただ話せばダイアローグになるというわけではないのです)

 コヒーレンスに関しては、最近は、身体内部における定常状態において共鳴する周波数やらホメオパシー、経絡現象論とあわせて具体的な治療論ともリンクしてきています。その流れの中に波動系器機も位置付けられるでしょう。
 一見違ったもののように見えますが、結構共通点が多く、診療においては私の個人内部では矛盾しないのですが、まだなかなか連続しにくいかもしれません。

2022年03月26日

お城へ To Go (白石城)

 今回は白石城(続105・宮城)です。白石駅から徒歩10分、新幹線の白石蔵王からもタクシーで数分というアクセスのよい城郭です。これまで二度ほど訪問しております。
 現在の天守は復元天守ですが、それ以前も天守ながら一国一城令の例外的な城のため「大櫓」を名乗っていたようですが、どう見ても天守です(笑)

 そもそも平安末期に築城されていた歴史ある城郭ですが、伊達の家臣であった白石氏の居城だったものが奥羽仕置に伴い、会津若松に蒲生氏郷が入った際に、ともに蒲生に与えられました。
 その後、上杉景勝の所領となり、その家臣を城代として送り込んでいます。関ケ原の合戦の折には、上杉VS伊達による白石城の合戦が展開され、伊達が白石城を奪還、仙台城の支城として片倉小十郎景綱に与えています。その後、明治維新まで片倉氏の領有となるわけですが、これがまた例外中の例外的な扱いなわけです。

 いろいろと理由はつけられるのでしょうが、伊達家の宇和島領有のみならず、一国一城の例外として、実質的な天守を有する城郭を、家臣の片倉に認めさせているというのはどうなのでしょう。
 おまけに、講談的には徳川にとっては憎き敵である真田幸村につながるものまでも、その城でかくまってしまうわけです。これは、歴史ロマン派からすれば、真田と片倉による漢たちの感動秘話、となるのでしょうが、そういう解釈でいいものでしょうか。あまり私は納得できない派、ですね〜(笑)。
 数代後とはいえ、子息である大八につながるものが真田を復興させるわけですから、わかってやっているとしか思えません。
 上杉、伊達の境界領域というだけでなく、一国一城の例外、さらには幕末明治期には、奥羽越列藩同盟の締結の地にもなっています。きわめて重要な城郭というわけです。仙台藩にとっては南側の要となる重要な地でもあります。

 白石城の訪問の後は、仙台城を訪問することが多いのですが、巨大な仙台城の藩南方の前線防衛としてみると感慨ひとしおです。
 仙台城と組で考えた場合、大櫓と称した実質的天守を持つ白石城と、幕府に遠慮して天守を建設しなかったとされる巨大縄張りの仙台城の組み合わせは何とも違和感を感じますね。仙台、伊達藩に対しての依怙贔屓を感じざるをえません(笑)

 帰路に新幹線の駅で白石温麺を食べて帰りました。温麺は、そうめんと違って油を練りこんでいないそうです。それゆえに体に優しいという点がウリのようです。温麺にも関わらず、暑いので「冷やしメカブうーめん」を食べました(*^^*)




2022年03月21日

アトピー性皮膚炎の統合医療

 アトピー性皮膚炎は、アレルギー反応により、慢性的かつ再発性に皮膚にかゆみを発生させる湿疹で、全人口の約5%の罹患率があるといわれています。

 非常にメジャーな疾患にも関わらず、従来の治療法のみでは、簡単に解決できないことも多く、ステロイドなどへの不信も合わさり、医療不信につながることも多いようです。そしてこの不信をベースにさらに悪化することも少なくありません。

 一般的な発症の原因は、身体的要因のみならず、精神的、環境的などさまざまな要因が重なっていることがほとんどです。

 こうした疾患には、いわゆる現代西洋医学のみで解決できた方はいいのですが、そうでない方には統合医療的なアプローチが必要であると考えます。
 つまり重症化した場合のステロイド治療などは否定せず、現代医療的アプローチも併用しながら、できるだけ漢方、ホメオパシー、サプリメント(腸内環境改善用)などの自然医療を駆使して、速やかに状態の改善を図るものです。こうした考えの中では、現代医療VS代替医療というような対立構図を想定していないことがポイントです。

 こうした考えのもと、当クリニックでは、漢方、鍼灸、ホメオパシー、さらにはサプリメントも取り入れつつ治療を行います。(具体的には刺絡によって頸部の瘀血を除去しながら、石膏などの消炎系漢方薬を用いて赤みの強い炎症をコントロールしていきます。また栄養欠乏型のアトピーに対してはミネラル中心のサプリメント補給、精神要素の強いケースではホメオパシーなど個別に多彩に組み合わせていきます)

 必要に応じて専門医との連携もおこなっておりますが、そもそもこれまでたくさんの医療機関を経てきた方がほとんどかと思います。
 これまでの経過などを時間をかけて聞く中で、治癒のキーポイントも探っていきたいと思います。こうした経過に大きな治癒のポイントがあることも少なくありません。

 あらゆる疾患に共通することですが、アトピー性皮膚炎も突然の災難として発症してきたわけではありません。
 生活の見直し、心理的な問題など、一つ一つ解決していくことが、結局は治療の近道になるでしょう。統合医療はそのための大きな道しるべと言えるものです。いろいろな方法が、まだある、という希望を持っていただきたいと思います。



2022年03月20日

当院が自由診療であることの理由

 当クリニックでは、保険診療ではなく、自由診療形式をとっております。普通、医療機関は保険診療なので、どうしてこうした診療形態なのか、を説明したいと思います。理由は大きく二つあります。

(1)ゆっくりとした時間で「納得の医療」のため

(2)代替医療を含めた「統合医療」のため

(1)ゆっくりとした時間で「納得の医療」のため: 従来の保険診療の枠では、患者さんの方でゆっくりと時間をとってもらいたい、もしくは、医師の側もそうしたいと考えても、様々な制約の中で、どうしても手早い診療になってしまいます。
 ただ薬だけほしい、という方にはいいのかもしれませんが、心身両面にわたる問題や、ドクターショッピングを重ねている場合などは、短時間(いわゆる「3分診療」)の診療で解決されないことがほとんどです。また、遠慮深い方は「他の患者さんがお待ちだから・・・」と遠慮される方も少なくありません。
 医療は本来、一人一人の人生において重要な局面を握るものであることもすくなくありません。これまでの人間ドックなどのデータなども含めて、じっくりと医療相談(加えて健康状態にあった代替医療相談)をするには、ある程度の時間がどうしても必要です。当クリニックでは、こうした問題を解決するために、ゆったりとした時間の取れる、自由診療形式を採用しています。

(2)代替医療を含めた「統合医療」のため: いうまでもなく保険医療のカバーしている医療はおおむね「現代西洋医学」です。わが国は一定の制約のもと、エキス剤を中心に医療用漢方も保険適応とされていますが、通常の薬剤と異なり、生薬であれば、かなりの制限がつきます。ましては良質の生薬を使用する場合は、なおさらです。
 さらには、漢方と両輪の関係でもある鍼灸を、漢方処方する医師が、相乗的効果をねらって自ら行うことも、事実上困難です。また、サプリメントやホメオパシーといった代替医療であればなおさらです。特にホメオパシーはそうですね(笑)
 いわゆる「身体にやさしい自然医療」は、保険診療ではカバーされていないため、自由診療とせざるを得ないのです。
 また、一緒にやってくれないの、というご意見をうかがうこともあるのですが、基本的に現在の制度上、混合診療(保険診療+自由診療)はきわめて限られた条件のもとでしか認められておりません。この辺りはローカルルールなども合わさり、単純には言えないところでもあります。
 こうした理由から、統合医療実践のための当クリニックでは自由診療形式を採用せざるを得ないのです。

 こうした理由からまだまだ「統合医療クリニック」というものは一般的ではありませんが、「統合医療」という概念はまた別です。個人のなかでの、ベストな医療の理想として、一人一人のなかで個別にベストな統合医療が展開されることが、現状としては望まれているといえるでしょう。



2022年03月19日

お城へ To Go (鶴ヶ岡城)

 鶴ヶ岡城(続108・山形)です。新潟から特急いなほに乗って訪問しました。特急いなほは、羽越本線を通っていくため、村上を過ぎてから、鶴岡の2、3駅手前まで日本海沿いを走る風光明媚な路線でした。
 村上近くでは、有名な「笹川流れ」に代表される奇岩により形成される海岸が、そのまま山形県まで続きます。トンネルとトンネルの間に、つかの間、こうした景色が見え、「旅情」あふれる、といった感じでした。


 時折、上杉の領国としての越後の広大さの理由を考えるのですが、こうやって実際に行くと納得の理由があるものです。
 春日山城から西へ向かうと。こちらも「親知らず子知らず」に代表される断崖絶壁により富山県と隔てられているのがわかります。そして春日山城から広大な水田地帯に隔てられ遠く離れ、上杉の支配に対して独立的反抗的であったとされる「阿賀北衆」の領土もまた、最上の本拠である山形と前述した自然の要害で隔てられているわけです。実際の歴史は、地政学的にみても納得です。


 鶴岡駅で「冷やしラーメン」を食べてから、鶴ヶ岡城(鶴岡公園)へ。現在の本丸は荘内神社となっていて、御祭神は、酒井忠次をはじめ酒井家二代、三代、九代が祀られています。元来、この地は最上と上杉の勢力がせめぎ合っており、大宝寺城として築城されたこの城も、上杉から最上の支配へと変わっていきます。

 しかし、江戸時代に入って最上三代の時のお家騒動により改易され、酒井家が信濃松代藩から(!)入り、そのまま明治へとつながります。この間、酒井家の国替えが画策されたときに、領民の反対運動により、酒井家の領有が続行されたことは「善政」であったためといわれますが、上杉と最上に挟まれた歴史をみると、やっと得られた「安定」と継続したかったという面も強かったように思われます。他にもいろいろとありそうですが…(*_*)
 
 ここ庄内藩は、幕末においてはかなり特異な扱いを受けることになり、歴史的にはかなり穿った見方をすることも可能です。
 東北諸藩の中では例外的に、官軍である西郷隆盛を敬愛する土地柄で、元藩士がはるばる西南戦争に西郷軍として参加までしています。「西郷の人柄を慕って」というのが定番の解釈なのですが、それにしても戊辰戦争で徹底抗戦までしたにも関わらず、何故、寛大な戦後の処置を受けることができたのでしょうか。黒田清隆、西郷隆盛の漢の心意気みたいな説明は個人的には全く納得しておりません。明らかな依怙贔屓を感じざるを得ません。
 大本営の移動も画策された「松代」からの初代忠次の移封にも、何か関連しているのではないでしょうか。(大いにありそうです…)


 訪問した日が休館日だったため、致道館、藤沢周平記念館は見学することが出来ませんでしたが、かろうじて旧三の丸にある致道博物館は開いていたので見学できました。かなり見どころ満点の博物館で、入り口を入ると青い立派な旧鶴岡警察署庁舎、その横には藩主御隠殿、美術展覧会場、多層民家、奥には酒井氏庭園、振り返ると旧役所も立派な建造物で、こちらには戊辰戦争関連資料があります。
 城郭自体があっさりしていたので、次の予定までに時間を持て余していたのですが、たっぷり楽しむことができました。充実の博物館です!


 駅までの帰り道、「千葉寿司」さんで日本海の海の幸を堪能し、サクランボ(紅秀峰)を買って帰りました。紅秀峰、美味しかったです。




2022年03月15日

新型コロナと統合医療について考えていて気づいたこと

 新型コロナをめぐる統合医療学会の講義の準備をしていて久しぶりにケン・ウィルバーなどを考え直しておりました。(これに関しては、今週末20日にオンラインにて統合医療学会主催の講義が開催されますので、ご興味ある方はどうぞ!)

 プラグマティズムについて。哲学の大学院に行っていたころ、よくこのプラグマティズムについて「そうした浅はかな西洋思想とは東洋思想とは違う」といっていた研究者がいらっしゃったのですが、巷間言われるように、成功すれば正義、というようなきわめてアメリカ的思想と考えればそうなのですが、実際にこの思想に触れると、そうした通俗的な印象とはまた異なった印象を持つものです。


 私の尊敬するブロガーの意見でも、ことこのプラグマティズムに関しては、結果重視の浅はかな思想、こうした考えにより科学がおかしな方向に進んだという認識があるようです。特にデューイが批判にさらされるようです。確かに、プラグマティズム自体がその起源が2つあり、微妙に内容が異なることがこうした混乱に拍車をかけているように思います。(私自身は旗色は悪いのですが、ジェイムズのプラグマティズムを支持しています)

 しかし甲野善紀先生のいう「出来ねば無意味」なども、その厳しさも含めて、やはりプラグマティズム的といってよいですし、結果を考慮に入れない思想は、その理論があらぬ方向に進展してしまうというのもまた事実です。
 こうした誤作動を防ぐ意味でも、やはり現実を受け入れる「プラグマティズム」が必須になってくるように思います。

 では、浅はかなアメリカ的もしくはIT社長の成功哲学的な論法に陥ることなく、どのようにこの思想を扱っていけばよいのでしょうか。
 そこで必要になるのが、ケン・ウィルバーの4象限(もしくは8領域)の考え方です。これ自体、彼のインテグラルなスピリチュアリティの思想展開に多用されるので、当たり前といえば当たり前なのですが、この多元主義的なベースを導入することで、悪しきプラグマティズムへのある種の誤解が却下できると考えます。(かつて京大の藤井教授がプラグマティズム理解にはモラルがある種の必要だということを著作で述べておられましたが、その一般系として4象限は役立つと考えます)

 悪しき結果論的説明に陥ることなく、現実を受け入れるというある種の柔軟性が求められる一面がプラグマティズムにはあると思います。そして、その柔軟性(ある種の曖昧さ)が、認識に大きな可能性を与えるようにも思います。そしてこれが、今回の新型コロナによる分断への処方箋の可能性もあるわけです(こうした内容が20日の講演になります)。

 この辺りは天外伺朗のいう「無分別知」や、郡司ペギオ幸夫のいう自由意志・決定論・局在性のトリレンマなどとも関連してくるでしょう。
 分断を乗り越えるツールとしての多元主義についてすこし考えてみました。

2022年03月12日

お城へ To Go (会津若松城)

 今回は会津若松城(12・福島)です。押印は平成22年8月21日でしたので、ここも東日本大震災前に押印したことになります。その後一度、訪問し現在は、赤瓦の五重天守という印象ですが、かつては普通の黒瓦で、史実に基づいた「赤」にこれから変えるということで、平成22年の時、赤瓦一枚、裏に名前を書いて寄付してきました。

 元は92万石の蒲生氏郷により、壮大な七重天守が建造されたのがはじまりです。それが1611年の大地震にて傾いてしまい、時の城主、加藤明成により五重に縮小して再建されたものが、会津戦争まで継続された天守となります。
 現在は1965年復元の天守で、2011年に黒瓦から赤瓦に葺きかえられました。


 歴史的には極めて重要な城で、ご当地では会津戦争ネタが一押しという感じでしょうか。それでも戦国の歴史もはなばなしく、頼朝による東北支配の後、蘆名によって居館(東黒川館)が立てられたことが起源となり、蘆名による領有が続きます。
 その後、米沢の伊達政宗により蘆名義広が「摺上原の戦い」で敗北、政宗が黒川城にはいります。
 しかしそれもわずか一年で、豊臣秀吉の奥羽仕置により、会津を追われ、かわりに伊勢から蒲生氏郷が入城します。この時、氏郷は出身である近江にちなんで黒川を「若松」に改名します(出身地に近い「若松の杜」に由来するといわれます)。
 その後、氏郷が40歳という若さで亡くなると、続く秀行の代でお家騒動が勃発、宇都宮へ移され、かわりに春日山城から上杉景勝が入ります。
 ここでまた大イベント発生で、関が原合戦の契機となります。歴史小説的には、石田三成と上杉景勝の共謀による家康の東北への陽動作戦ということになるのですが、実際はどうだったのか?というところでしょう。

 いずれにせよ、この家康への叛旗により関ケ原合戦へと展開していくわけです。しかし敗戦により、上杉は米沢へ移封、再度、蒲生秀行が会津に入るものの、これまた30歳で若死(さらにその子の忠郷も25歳で夭折!短命の家系なのか、呪われているのか…)。次には、「賤ヶ岳の七本槍」加藤嘉明が入城、その子明成が、五重に改築した天守が幕末まで続くのは既に書きました。
 その明成も会津騒動により所領没収、そして名君、保科正之が入城します。秀忠の隠し子、いよいよ「お江」の目を逃れて世に出ます。ここから幕末のイベントの伏線が開始です。かの名著『風雲児たち』もここから始まります(というかこんなところから始めるから終わらない・笑)


 というように歴史の流れを追うだけでも東北のオールスター登場、からの関が原、そしてそれを引きずって幕末に至っては新政府の敵役、とものがたりに事欠かないお城なのです。


 実際に訪れると、会津観光史観との批判もありますが、二本松少年隊と並ぶ「白虎隊」の悲劇の場でもあり、考えさせられる史跡がたくさんあります。
 単なる悲劇の場としてだけでなく、おそらく当時も一部の者は実情を知っていたにもかかわらず、末端の若者や婦女子は知らされることなく大義の名のもとに命を落としていたわけです。
 またこの地は、前述したように伊達、蒲生、加藤、上杉、保科と政治的にもいろいろとありそうな人達が濃厚に関連しています。東北の要衝だから、といった理由だけではないように感じるのは私だけでしょうか。


WhiteTiger 〜白虎隊西部開拓譚〜1
夏目義徳
ナンバーナイン
2019-03-15