注意事項
本HPは「統合医療」に関して、その概念および実際を紹介することを目的とするものであり、個別の疾患や診療内容の相談には応じかねます。また、内容に関しても、実際に個人の判断で適応した際のあらゆる責任は負いかねます。実際の診療に関する事項は、医師にご相談の上、施行されることをお勧めします。
小池統合医療クリニックへ

2020年11月23日

廃城をゆく 街中の名城

 お城へ To Go の番外編として、書籍の紹介です。先日出版社の方から、ある方を通して、新刊本をいただきました。大好きな廃城を行くの最新版、なんと廃城ならぬ『街中の名城』です。

 県庁や学校、自衛隊の基地などいろいろと転用されることも多い城ですが、むしろそうした側面を、強調して売り出した、というスゴイ企画本です。

 江戸城巡りとしても結構使いやすそうですし、その他にも公園化してしまった城を巡るには重宝しそうです。
 とりわけ、群馬大学出身ということもあり、前橋城は興味深かったです。これまであらためて関心を持つということもなかったのですが、現在の地図との相関が載っているので、多くの発見がありました! 特に、遊園地初心者の聖地(笑)といわれる「ルナパーク」はなるほど暗いところにある遊園地だなという印象だったのですが、やはり堀底にあったということをしり、勉強になりました。

 山城の楽しみ方とは一味違う、ブラタモリ的な街の楽しみ方が出来るおすすめの一冊です。





2020年11月22日

11月27日基礎医学講座『ヒトのからだ』申し込みフォーム

 今度の金曜日(11月27日)に、三木成夫の『ヒトのからだ』勉強会を開催します。今回は最終回です。動物性機能のなかでも伝達系・実施系といった筋肉・神経を扱います。
 三木先生の勉強会の一応最終回なので、三木解剖学を全体を概観したお話や、質疑応答なども随時組み込んでいきたいと思います。
 一般的な内容でもあるので、今回のみの参加の方も大歓迎です、奮ってご参加下さい。
テキストは三木成夫『ヒトのからだ』です!お間違えなく!
 申し込みは下記のフォームからお願いいたします ↓ ↓ ↓

2020年11月27日(金)

18:30〜20:30

質疑応答を含み、20:30まで)

参加費・・・2000円

【参加申し込みフォーム】は

↓↓↓こちらから

https://forms.gle/baaRx9Zz7meaX3NR9



 セラピスト必修のからだ全体の筋肉の復習もしてみたいと思います(ブログ内にも筋肉の概略を解説した記事がありますので余裕がある方は復習しておいてください。また、ボリュームあるのですが「ソッカの美術解剖学ノート」はセラピストの方には特におすすめです)。

2020年11月21日

お城へ To Go (鮫ヶ尾城)

 前回の高田城に続き、近隣の鮫ヶ尾城(続133・新潟)です。同日の訪問ですので、押印は2020年6月21日でした。斐太歴史の里総合案内所で押印しました(冬季は神の宮温泉かわら亭に置かれるようです)。

 上杉景虎は御館の乱の結果、館を逃れ生家の北条家へと向かう途中に、立ち寄ったこの城で城主の寝返りもあり、完全に包囲され最期を迎えます。最期の地とされる本丸には、大手と考えられる南登城通と、歴史の里から斐太遺跡を経由する東登城通があります。案内所の方に、東を案内してもらったので、ヘラブナ釣りの人を見ながら、池と遺跡を廻って東から登城しました。
 ちなみにここの遺跡は、竪穴遺跡が密集して現在でもくぼみとして確認できるようです。また空堀の原型とされる「環濠」も総延長900mにもわたって存在し、かつての巨大な住居群が偲ばれます。

 城郭としては、上るとともに多くの堀切が、竪堀とつながった形で確認できます。かなり深くまで掘り下げたものでとても豪快です。山城を見慣れた方にはお薦めです。当時の姿をかなりそのまま維持しているようで、いまでも米蔵跡では炭化したコメが見つけられるようです。ちなみに、そのように説明板に書いてあったのですが、まさかと思って面倒なので探さなかったのですが、丁寧に探せばいまでも見つかるみたいです。帰ってから解説書にそう書いてあり、少し後悔しております…

 新潟には坂戸城をはじめ、ほかにも選定されて良い城があるのですが、何故ここなのかという点少し疑問が残ります。森林セラピーの認定コースのようですので、道も整備され上り易く体にはいいと思うのですが(笑)、ちょっとタイアップ感がないわけでもありませんでした。
 下城後は、冬季の押印所でもある「かわら亭」に宿泊しました。食事時に係りの方に聞いてみると、かなり城巡りの方がここを訪れるようで、昨日は、2巡目ですという初老のご夫婦もいたようです。「続」100名城なのに、すでに2巡目とはかなりの「つわもの」です(笑)

 ここのお風呂はかなり特徴的で、一軒だけの温泉なのに、二種類の温泉が出ており、これがいわゆるアルカリの美人の湯系統と、温め効果の塩化物泉の系統の、かなり異なったものがでています。この組み合わせであれば、夏と冬で順番を変えて入り分けることで、保温についても効果を分けることが出来るのですごいです。たしかに全国的にも珍しいと思います。詳細は確かめたわけではないのですが、源泉の分析時期が10年くらい違うので、宿の規模拡大を考えて再掘削したら別種の源泉にあたった、というところではないのでしょうか。かってにそう予想しました。

 すごいなと思い、入りすぎたので、早めにぐったりしてしまいさっさと熟睡してしまいました。山城と温泉の最高の組み合わせでした!新幹線の妙高高原駅からのアクセスもいいのでおススメです!





森林セラピー 養成・検定テキスト
香川 隆英 
朝日新聞出版
2009-02-27



2020年11月15日

こちらの医学の構造メモ

 「こちらの医学」の構想、立ち位置のようなものを以前書きましたが、今回はその具体的構造のようなものをメモ的に書いてみたいと思います。あくまでも備忘録的なものですので、興味ない方はスルーしてください。

 こちらの身体にかんして、成分と構造の2方向を想定します。成分はいわゆる「栄養学」にあたります。近年関心の高まる疾患別の臨床栄養学的な視点というよりは、元気にやる気が出てくるいわば健康的な主観を持てるような栄養素の摂取とでも言えるでしょうか。

 構造については、ファッシアを軸として、外側から「皮膚・ファシア・内臓」の三層に分けて考えてみます。内臓についての異常は、従来の医学で十分記載されている領域ですので、むしろ「あちらの医学」といえるものです。皮膚に関しても一種の独立した臓器ととらえた場合は内臓的ですが、ファッシアの被覆ととらえることも可能です。筋膜マニュピレーションの領域では、全体を司るシステム系としてファッシア装置の統括システム的な捉え方をしているようです。

 これに対して、ファッシアは、従来の経絡や漢方の診察技法(腹診・背診等)やマニュピレーション技法の基本的な構造として捉えられます。局所的な圧痛とO−F装置、経絡とAーF装置、腹診における心下痞硬や胸脇苦満、鼠径部の圧痛等の症状の、背部との関連などがこれを示唆しますが、一つ一つの論証は面倒なのでここでは述べず、別の機会に譲ります。
 いずれにせよ、ほぼ東洋医学をはじめ代替医療や伝統医療の全領域をカバーすることが可能ですので、こうした軸を中心に理論構成していくつもりです。

 ほぼ全領域と書いたところで、自分で気になったのですが、当然、ここには含まれない、「やってくる」的な不可知の領域も当然あります。無分別知の領域といってもよいかもしれません。仮にここでは「無形の医学」「無分別知の医学」とでも呼称しておきましょう。ホメオパシーやフラワーエッセンスなどの体系を有するものや、複雑系生命論なども組み入れても良いかもしれないし、当然、スピリチュアリティで取り扱う幅広い領域を入れても良いでしょう。あくまでも分類ですので、妥当性はこの際は考えません。

 メモ的なものですの、今回はこの辺りで…。

2020年11月14日

お城へ To Go (高田城)

 これまでは100名城のみをご紹介してきましたが、これからいくつかは続100名城も入れていきたいと思います。基本的には100名城をすべて書いた後、と考えていたのですが、書いている最中に訪問したお城に関しては、その都度、書いてみたいと思います。

 ということで、今回は高田城(続132・新潟)です。押印は2020年6月21日で、コロナ自粛明け初めての遠出で非常事態解除後、不要不急は遠慮する中ですが、墓参りがこの日程しか取れないなかでの自家用車での訪問となりました。スタンプは上越市立歴史博物館(城内にあります)で、三重櫓と共通の観覧券があります。

 古くからの越後支配の中心地である上越の地にある、三重櫓を天守の代用とする天下普請の城郭。上杉謙信による春日山城から、福島城(現・古城小学校)を経て、松平忠輝により築城されました。天下普請なので、伊達政宗を始め、上杉景勝などそうそうたるメンバーによる築城で、築城期間は4か月というスピード、かの地の支配の重要性を感じます(大阪の陣を控えた緊張状態)。
 ちなみに春日山城、福島城、高田城は全て、いわば近隣なので車でまわれば一気に回れます。とくに福島城は、全く残っていないので(石垣の一部のみ)、小学校構内の説明板を読みながら妄想するだけなので、時間はかかりません。ただし当時の福島城はかなり大規模な城だったにも関わらず、短期間に高田城へと移ってしまうのですが、その理由は謎とされています(水害などによる理由が挙げられますが、立地上十分予想できたでしょうからやはり詳細は不明です)。

 訪問しての印象は、土塁を多用した城で、特に天守台用の三重櫓が石垣にのっていないところでしょうか。土塁の上に直接そびえたちます。内部は公園と学校(本丸は上越教育大学付属中学校、二の丸は上越総合技術高校)の敷地となっていますが、全体としては地方都市の憩いの公園といった感じ。特に外堀の蓮はすごいらしく(訪問時は未開花)、開花時期には東洋一と称される蓮の花で満たされるようです。広大な水堀に囲まれ、瓢箪曲輪をもつ変則的な輪郭式縄張りで、広大な寺町と合わせてかなり強い防衛力を持つ城といえるでしょう。

 古来から越後の重要拠点であるため、変革期には3つの城の変遷があるわけですが、色々なお家の事情も多かったようで、松平忠輝は23歳の時、この城を築城した後、信濃高島城へ配流。これにより上州高崎から移った酒井家の領地なります。
 家康の六男であり、伊達政宗の娘婿にもかかわらず大坂の陣への遅参などを理由に所領の没収ですから、何があったのでしょうかね。親子の葛藤だけで説明しようとするのも無理があると思います。とりわけ遅参といえば、全て本気だったと仮定すれば、二代将軍秀忠による関が原遅参の方が、はるかに重大なことのように思うのですが。

 その後の目まぐるしい藩主交代をみると、佐渡金山の利権と合わせたこの地の重要性が透けて見えてくるのではないでしょうか。









2020年11月12日

プラグマティズムと「できねば無意味」

 最近の気づきに関してのメモですので、関心ない方はスルーを。

 まずはプラグマティズムについて。哲学の大学院に行っていたころ、よくこのプラグマティズムについて「そうした浅はかな西洋思想とは東洋思想とは違う」といっていた研究者がいらっしゃったのですが、巷間言われるように、成功すれば正義、というようなきわめてアメリカ的思想と考えればそうなのですが、実際にこの思想に触れると、そうした通俗的な印象とはまた異なった印象を持つものです。

 私の尊敬するブロガーの意見でも、ことこのプラグマティズムに関しては、結果重視の浅はかな思想、こうした考えにより科学がおかしな方向に進んだという認識があるようです。特にデューイが批判にさらされるようです。確かに、プラグマティズム自体がその起源が2つあり、微妙に内容が異なることがこうした混乱に拍車をかけているように思います。(私自身は旗色は悪いのですが、ジェイムズのプラグマティズムを支持しています)
 しかし甲野善紀先生のいう「出来ねば無意味」なども、その厳しさも含めて、やはりプラグマティズム的といってよいですし、結果を考慮に入れない思想は、その理論があらぬ方向に進展してしまうというのもまた事実です。
 こうした誤作動を防ぐ意味でも、やはり現実を受け入れる「プラグマティズム」が必須になってくるように思います。

 では、浅はかなアメリカ的もしくはIT社長の成功哲学的な論法に陥ることなく、どのようにこの思想を扱っていけばよいのでしょうか。
 そこで必要になるのが、ケン・ウィルバーの4象限(もしくは8領域)の考え方です。これ自体、彼のインテグラルなスピリチュアリティの思想展開に多用されるので、当たり前といえば当たり前なのですが、この多元主義的なベースを導入することで、悪しきプラグマティズムへのある種の誤解が却下できると考えます。(かつて京大の藤井教授がプラグマティズム理解にはモラルがある種の必要だということを著作で述べておられましたが、その一般系として4象限は役立つと考えます)

 悪しき結果論的説明に陥ることなく、現実を受け入れるというある種の柔軟性が求められる一面がプラグマティズムにはあると思います。そして、その柔軟性(ある種の曖昧さ)が、認識に大きな可能性を与えるようにも思います。
 この辺りは天外伺朗のいう「無分別知」や、郡司ペギオ幸夫のいう自由意志・決定論・局在性のトリレンマなどとも関連してくると思うのですがそれはまた後日。

2020年11月11日

明日はジャングルカンファレンスです!

 明日は、今年最後のジャングルカンファレンスになります。ソーシャルディスタンスを配慮した形で、代々木のウィルワンアカデミーにて開催予定ですが、オンライン対応が可能な方には、オンライン参加をお勧めしております。

 症例2題を、参加者で議論しながら、多元主義的な会話を展開していきたいと思います。この多元主義的というところが、いつも分かりにくいと指摘されるところではありますが、今年のオンライン開催での統合医療学会でのシンポジウムにて、いわゆる喩えを用いた「可視化」で分かり易く説明したいと思います。もうすでにパワーポイントは完成しておりますが、当日までお待ちください。(統合医療学会オンライン開催へ是非ともご参加下さいませ)




 ケン・ウィルバーとの関連で少しコメントしておくと、この「多元主義」が理解できると、彼の言う「インテグラル」が理解しやすいように思います。折衷と多元の相違を明確にできないままに、ただ「統合」という言葉を漫然と使用してインテグラル理論を理解しようとすると、決定的に、その思想のキモとなるところを掬い損ねるように思います。つまり「インテグラル」とカタカナで訳されているのは、そうした意図があるのか否かは分かりませんが、ただの統合ではなく、「多元」の意味が込めれれているからに他ならないのでしょう。
 こうした誤解へのウィルバーの嘆きは、ホログラフィ・パラダイムについて論じた『空像としての世界』に現れています。名だたるニューサイエンスの旗手の論文を編集しながら、ひとりその相違を憂いている様子が伝わります。

2020年11月07日

お城へ To Go (会津若松城)

 今回は会津若松城(12・福島)です。押印は平成22年8月21日でしたので、ここも東日本大震災前に押印したことになります。その後一度、訪問し現在は、赤瓦の五重天守という印象ですが、かつては普通の黒瓦で、史実に基づいた「赤」にこれから変えるということで、平成22年の時、赤瓦一枚、裏に名前を書いて寄付してきました。

 元は92万石の蒲生氏郷により、壮大な七重天守が建造されたのがはじまりです。それが1611年の大地震にて傾いてしまい、時の城主、加藤明成により五重に縮小して再建されたものが、会津戦争まで継続された天守となります。現在は1965年復元の天守で、2011年に黒瓦から赤瓦に葺きかえられました。





 歴史的には極めて重要な城で、ご当地では会津戦争ネタが一押しという感じでしょうか。それでも戦国の歴史もはなばなしく、頼朝による東北支配の後、蘆名によって居館(東黒川館)が立てられたことが起源となり、蘆名による領有が続きます。
 その後、米沢の伊達政宗により蘆名義広が「摺上原の戦い」で敗北、政宗が黒川城にはいります。しかしそれもわずか一年で、豊臣秀吉の奥羽仕置により、会津を追われ、かわりに伊勢から蒲生氏郷が入城します。この時、氏郷は出身である近江にちなんで黒川を「若松」に改名します(出身地に近い「若松の杜」に由来するといわれます)。
 その後、氏郷が40歳という若さで亡くなると、続く秀行の代でお家騒動が勃発、宇都宮へ移され、かわりに春日山城から上杉景勝が入ります。ここでまた大イベント発生で、関が原合戦の契機となります。歴史小説的には、石田三成と上杉景勝の共謀による家康の東北への陽動作戦ということになるのですが、実際はどうだったのか?というところでしょう。
 いずれにせよ、この家康への叛旗により関ケ原合戦へと展開していくわけです。しかし敗戦により、上杉は米沢へ移封、再度、蒲生秀行が会津に入るものの、これまた30歳で若死(さらにその子の忠郷も25歳で夭折!短命の家系なのか、呪われているのか…)。次には、「賤ヶ岳の七本槍」加藤嘉明が入城、その子明成が、五重に改築した天守が幕末まで続くのは既に書きました。その明成も会津騒動により所領没収、そして名君、保科正之が入城します。秀忠の隠し子、いよいよ「お江」の目を逃れて世に出ます。ここから幕末のイベントの伏線が開始です。かの名著『風雲児たち』もここから始まります(というかこんなところから始めるから終わらない・笑)

風雲児たち全20巻 完結セット (SPコミックス)
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リイド社
2010-11-01



 というように歴史の流れを追うだけでも東北のオールスター登場、からの関が原、そしてそれを引きずって幕末に至っては新政府の敵役、とものがたりに事欠かないお城なのです。そのために北海道・東北ブロックとしては一番最後になってしまいました。




 実際に訪れると、会津観光史観との批判もありますが、二本松少年隊と並ぶ「白虎隊」の悲劇の場でもあり、考えさせられる史跡がたくさんあります。単なる悲劇の場としてだけでなく、おそらく当時も一部の者は実情を知っていたにもかかわらず、末端の若者や婦女子は知らされることなく大義の名のもとに命を落としていたわけです。またこの地は、前述したように伊達、蒲生、加藤、上杉、保科と政治的にもいろいろとありそうな人達が濃厚に関連しています。東北の要衝だから、といった理由だけではないように感じるのは私だけでしょうか。また是非再訪したいお城です。


日本の城 改訂版 5号 (会津若松城) [分冊百科]
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2017-02-14




 

2020年11月05日

「こちらの医学」の提唱

 明日の統合医療オンラインに先立ち、このブログでも時折書いている統合医療の話題と、ケン・ウィルバーの「インテグラル理論」との関連について、資料的に書いてみたいと思います。(ある程度インテグラル理論の理解が前提ですので関心のない方はスルーしてくださいませ)

 四象限といわれるクアドラント(さらにそれを内外に分けた8領域)において、ジャングルカンファレンスに代表される相互関係を基盤に展開される取り組みは「We」(左下象限)の領域として理解されます。これに対して、今回の可視化理論は社会的な統合医療の在り方を再確認する目的ですので、「Its」(右下象限)の領域の話題になります。

 ここから内外側の区別を考慮にいれると、「I」左上の内・外側、「It」右上の内・外側と4つに分類します。そもそも通常の医療・医学は、客観性を重視したものであるので、「It」(右上)のなかでも、特に外側となります。この時内側は、インテグラル理論上はオートポイエーシス、ないしは認知科学が当てられれています。
 つまり客観的な言葉で表現された内側からの視点ですから、認知科学や心理学・精神医学(一部)の領域が当てはまることになるわけです。

 では左上領域はどうでしょう。「I」という主観からの視点で、内側は「現象学」、外側は「構造主義」が理論上は当てられます。昨今の医学理論とあわせると、内側はNBMといってもよいでしょう。
 では、その外側はどのような領域なのでしょうか。「構造主義」とあるように、自らの主観が、そのようになってしまう、という環境の設定(構造)です。もっというと、心地よいと感じることが出来る身体の状況をどう設定するか(どのような構造においてか)、といっても良いかもしれません。

 従来の医学理論としてのEBMは右上外側、NBMは左上内側と、互いに交わりがなく(それゆえに車輪の両輪に喩えられます)、また、8領域におけるそれ以外の領域が未踏の地となっています。ここ、つまり左上外側と右上内側を、意識的に中心に据えた医学があるとすれば、かなりこれまでの医学とは違った視点を得ることが出来るというわけです。
 自らの心の葛藤を客観的な言葉で整理し(右上内側)、心地よい状況を身体に展開する(左上外側)という医学ということです。

 これは従来の医療との違いは、症状を細かく記載して対症療法を行うといういわば「検察」的な役割ではなく、こちらの味方になって一緒に援護してくれる「弁護士」的な役割ともいえそうです。こうした立場を、「こちらの医学」と称してみたいと思います。外側(あちら)から「差異」のみに注目しようとする従来の医学とは違う、「こちら」発信の医学という意味合いです。

 ちなみに、こうした考えを、先ほどの左下象限に適応すると、外側はジャングルカンファレンスやオープンダイアローグなどの仕組みや構造、内側は、ダイアローグ内における内省、もしくはリフレクティングそのものといってもよいかもしれません。そして(これが一番わかりにくいのですが)右下象限では、外側はシステム論で、これが今回のテーマである「可視化」に関連するものになります。

 そして内側は、ウィルバー自身もうまく説明できていないように思うのですが、社会的オートポエーシスと表現しています。たしかに社会システム内部なので、そうなのですが、ここは社会内部からの視点として、いわば歴史的な視点が近いように思います。歴史物語風ではありますが、より深く真相に達した視点というべきでしょうか。「歴史洞察」と表現しても良いかもしれません。つまり同時代人の視点とでも表現できるでしょうか。

 ざっとメモ的に、ジャングルカンファレンス、統合医療可視化モデル、EBMとNBM、との関連と、そのニッチにおける「こちらの医学」の概略を述べてみました。さすがに何のことかわかりにくい内容ですので、ご興味ある方は、明日のZOOM講座にてご質問くださいませ。




 

2020年11月03日

今週金曜日はオンライン講座! 統合医療を「可視化」する!

 昨日お知らせしました、統合医療講座の申し込みフォームです。下記のフォームよりよろしくお願いいたします。
 加えて、具体的な内容紹介を追加いたします。


【参加申し込みフォーム】は

↓↓↓こちらから

https://forms.gle/UZhg4Q9ioaXgkPHMA



【特別編】統合医療
@zoom講座のお知らせ

2020年11月6日(金)

19:00〜20:00

質疑応答を含み、20:30まで)

参加費・・・1000円


 今回のZOOM講座は、本年の統合医療学会のシンポジウム講演用に作成した際に、これまでにご紹介した諸理論との関連性が明確になってきたので、一つの流れとしてご紹介しようと思います。身心工房リボンのメンバー限定にしようかとも思ったのですが、この際ですので関心のある方に広く公開することにしました。
 これまでの諸概念「縮退」「多様性」「多元主義」「ジャングルカンファレンス」「オープンダイアローグ」に加えて、ケン・ウィルバーの「インテグラル理論」との整合性をとる全体像を提示します。これにより、インテグラル理論における我々の立ち位置を示したいと思います。
 また、具体的な臨床症例の紹介、施術技法としては「刺絡」「発毛療法」「ハイドロリリース」「POCUS」などもご紹介します。
 そして一番の目玉は、統合医療の「イメージ化」つまり「可視化」です。現代国際社会という見えない状況を可視化した物理学者の長沼伸一郎先生の理論を参考に、いまだ無形化していると言える「統合医療」の世界を、可視化することにより、今後の課題と可能性を、より具体的に考える機会にしてみたいと思います。皆様、奮ってご参加下さい!