2020年06月27日

お城へ To Go (小諸城)

 今回は山本勘助つながりで小諸城(28・長野)です。100名城の押印は平成21年7月19日で、前回の松代城を訪問する前に、車で寄っていきました。高校時代、夏期自習のための宿泊施設が小諸にあったので、何度か行っていたのですが、当時は小諸城というより「懐古園」だと思っていました。城だと思ってみるとやはり立派な城で(笑)、どういった「メガネ」でものを見るかによって、これほど変わるものなのだと実感しました。

 城下町より本丸の標高が低い「穴城」で、これも事前に知らなければ分かりません。大手門は2008年に江戸時代の姿に復元されました。穴城というものの、城郭は千曲川に向けて伸び崖となっているため攻城は困難で、さらには城内も断崖絶壁が切り込んでいるため、なかなか迫力のある城です。懐古園なので、児童遊園もあり、動物園もあり、小田原城以上に動物に占拠されておりました(笑)

 小諸藩初代藩主は仙石秀久で、戦国一の汚名挽回をした武将として漫画でも有名です。戸次川の戦いの敗因となって逃げかえり、高野山追放されたが、小田原征伐の折に汚名挽回し、関が原では東軍に与し初代藩主となったわけです。この時の汚名挽回が、以前紹介した山中城の戦いの先陣です。山中城の落城を思いながら、この城をみるとまた感慨ひとしおです。

 ただこの仙石秀久というのも謎で、漫画的なストーリーとしては面白いのですが、本当にそうした人間模様だけで、説明がつくものなのか疑わしいですね。この人が明智光秀同様、土岐の流れであることも見逃せません。この人の経歴をある意図をもって行動したと考えると、また歴史の妄想が展開されて面白いでしょう(個人的には大分の戸次川から讃岐(香川県)までの壮大な退却は何とも怪しいと思います)。

 いずれにせよ、うどん県まで逃げ帰ったのちに、小諸そばで藩主ですから忙しい人物であるのは間違いありません。ちなみに訪問時は、そばを食べてから、松代城へと向かいました。


日本の城 32号 (小諸城) [分冊百科]
デアゴスティーニ・ジャパン
2013-08-20









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