2021年05月15日

お城へ To Go (岐阜城)

 今回は岐阜城(39・岐阜)です。押印は平成24年3月19日、岐阜城資料館の入口にて押しました。

 アクセスが良く、岐阜に用事があるたびに行ったので、これまで3度ほど訪問しています。金華山(稲葉山)の山頂に聳え立つ城なので、ロープウェイで3分ほどあがると、天守からは城下町が一望でき、とても眺望の良い城です。
 ロープウェイ乗り場の横に山麓の居館跡があり、山頂の天守と合わせて中世の山城的な形態となっております。この城はロープウェイで急な斜面を上がるので、さぞや難攻不落の城かと思いきや、七度の落城という、結構な落城数を誇っています(攻めた奴がすごいのか?意外と攻めやすいのか?)。ただ高いところにあればよいというわけでは良いで例ではあります。
 ただ長良川から見上げる天守は当時のものではありませんが、その威容はさすが信長の城といった感じです。ここから信長は、天下統一を目指すようになったと言われています。

 桶狭間にて今川義元をうった信長は、美濃侵攻を開始、斎藤龍興と敵対し稲葉山城の戦いとなりました。この際、信長軍はなかなかに苦戦し、砦を建造しながらじわじわと攻略していくのですが、ここで登場するのが秀吉の墨俣一夜城です。
 川並衆の助けを借り、短期間で城郭を建造し、以後の美濃攻めの拠点となりました。その後いわゆる西美濃三人衆を内応させ美濃を攻略、一日で稲葉山城を落城させたといわれます(諸説あり)。(西股先生の『戦国の軍隊』でも、戦国の城は一日で落とすことを目的とすると書いてあるのですが、そのいい例でもあるのかもしれません)

 かつてジャングルカンファレンスを名古屋で開催した時、前日に岐阜に入り、屋形船から鵜飼いを見学したことがあります。ジャングルカンファレンス草創期の楽しい思い出です。なかなか屋形船というご時世ではありませんが、そのうちまた鵜飼いはみてみたいものです。思えば名古屋のジャングルカンファレンスからずいぶんと時間が経過したもんですね〜






日本の城 78号 (岐阜城) [分冊百科]
デアゴスティーニ・ジャパン
2014-07-08







この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔