2021年07月03日

お城へ To Go (松阪城)

 安土城を模したとされる松阪城(48・三重)です。押印は平成22年3月21日で、伊賀上野城訪問後にきました。せっかく来たので、牛肉を食べ、夕刻になり翌日の伊勢神宮参拝のために伊勢へと向かいました。
 ちなみに松阪という地名は、松という縁起の良い字に、当時の秀吉の本拠「大坂」をつけて「松坂」としたので、そもそもは「松坂」の記載だったようです。

 城を見学していると地元の方が話しかけてきたので、お話を聞いていると、この松阪は牛肉の町として知られているが、そうではない!とのこと。ここは「男と男の出会う街じゃ!」とのこと。伊勢と松坂の境界問題を決着した大岡忠相を、のちの徳川吉宗が知るところとなって見出した地だし、本居宣長が生涯に一度だけ師の賀茂真淵と出会った「松阪の一夜」の地でもあるからなのです。もう十年以上前のことなのですが、結構インパクトあったのでいまだに鮮明に記憶しております(笑)

 安土城築城に関わった蒲生氏郷が、その際の技術や知識を取り入れて自らの築城に活かしたといわれ、複雑な縄張り、豪壮な石垣が特徴といわれます。当時は、安土城に似た三重天守が建てられたといいますが詳細は不明です。その後、蒲生氏郷は、会津若松城へと移り、服部、古田時代を経て、松阪は紀州藩の直轄地となります。ここに吉宗と大岡越前の出会いがあるわけです。

 現在もそそり立つ石垣から、現在も住居して用いられる御城番長屋の武家屋敷が並び、雰囲気のある城下町です、城内には、本居宣長が亡くなる前まで住んでいた旧宅が移築されており、『古事記伝』を完成させたじっさいの場をみることができます。

 牛肉ともども、是非再訪したいお城です。ちなみに牛肉を購入して、こちらから自宅へと送ったのですが、良いお肉だったので、その牛の系図や生前の名前がかかれていたので食べるとき、ちょっと複雑でした。名前は「りんこ」ちゃんでした・・・

日本の城 改訂版 86号 (松坂城) [分冊百科]
デアゴスティーニ・ジャパン
2018-09-04















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