2021年01月31日

臨床ファッシア瘀血学(1)ファッシアの単位・配列・系

 これまで「刺絡」という治療方法を中心に臨床を行ってきました。通常の鍼灸とは少し異なりますが、鍼よりもおそらく歴史的には古く、原初的な方法論といっても良いかもしれません。ところが実際の臨床においては、いわゆる鍼とは一線を画した方法論といえそうです。単純に出血を伴うということだけではなく、そこには何か身体への直接の働きかけがあるように思うのです。

 そうした中で、これまで臨床において刺絡を通していろいろと考えてきたことを、まとめてみたいと思います。具体的には「ファッシア」と「瘀血」という二つのキーワードの交差するところの問題でもあり、「ファッシアにおける瘀血」としての問題でもあります。この二つの視点から、かなり独特な視点から考えてみたいと思います。ファッシアは、その本当の意義としては現代医療と鍼灸との架橋的な役割を強く持つでしょうし、瘀血は同様に現代医療と東洋医学概念との架橋でもあります。かつて私の師匠の小川新先生が瘀血学会を立ち上げた理由として、東洋医学の概念の中で現代医療に直接的に影響する概念が瘀血だというようなことをおっしゃっておられました。その意味でも、瘀血の新しい解釈の一つとしても「ファッシア瘀血」を考えていきたいと思います。

 まずは、経絡との交差点であるファッシアに関しての基本的な話題から述べていきたいと思います。

 
Carla Stecco『筋膜マニュピレーション』では、ファッシア(筋膜)の基本原理として、「o-f(臓器筋膜)単位」、「a-f(器官筋膜)配列」、「システム(系)」、の3つに分けて考えていました。
 このうち「o-f単位」は、臓器単独の筋膜との関係性で、張力棒でシートを広げたような「引張構造」を基盤とし、局所的な関連痛の説明として用いられていました。
 いわば臓器による局所的な筋膜への影響です。体幹部を、頸部、胸部、腰部、骨盤部の4つの腔に分け、そこに引張構造で吊るされた臓器があるため、局所的な症状を及ぼすというわけです。

 ここではさらに、交感神経、副交感神経の腸内システムとして、各臓器における神経叢単独の影響も示しています。つまりこれは腸神経として、中枢とは別に独自に作用する系でもあり、後に交感・副交感との連絡を持つようになるというわけです。この視点は従来の自律神経の解説ではあまりみないところでもあります。

 次は、こうした「単位」の考えを受けて、ファッシアの連なりとしての「配列」です。配列は、内臓配列、血管配列、腺配列、受容器配列から成り立っています。モデルとして、金門橋のような橋げたを有する吊り橋構造の「懸垂線(カテナリー)」を基盤として説明されます。
 この配列の考えは、遠位の関連痛を説明する概念として用いられています。この概念は、あきらかに経絡との整合性を意識したものだと思います。なので、逆に言えば、経絡的な(鍼灸的な)理解で良い、とも言えるでしょう。無理にカテナリー的な概念を入れなくても(入れてもそれほど難しくはないのですが)経絡への負荷という視点からでも理解できるように思います。また、経絡の概念が、思っている以上に西洋医学的に理解できるので結構すっきりします。また腹診や背診のダイナミックな理解も可能にしてくれるのではないでしょうか。


 そして3つ目が「システム(系)」です。幅広く浅筋膜全般における関連を示しており、具体的には免疫系、代謝系、体温調節(皮膚)系、心因系とざっくりと分類されます。解剖学的には、皮下組織として括られる場で、皮膚構造そのものを扱ってもいるので、3つの中では一番分かり易いのではないでしょうか。
 これらの3つは診察のポイントとしても分かり易く、ファッシアを意識した診療がやりやすくなりそうです。

 これらのファッシア的な視点によって、自律神経全般を考えなおす良い機会にもなります。つまりファッシアが内臓への影響を及ぼすとすると、その理論的な基盤は、皮膚や血管を基礎にした交感神経系が重要になります。
 つまりファッシアは交感神経を介して、神経節から内臓に影響することになります。その神経節がただの交感神経のシナプス交換の場だけでなく、いわば小さな脳として機能するというのです。つまり筋骨格系における筋紡錘の役割として考えることができます。

 当然、従来の自律神経のテキストにはそうした説明はありませんから、これまでとは違った斬新な自律神経に関する解釈を必要とします。
 自律神経の特徴としても有名な相互に拮抗的な二重支配的視点は、自律神経系において本質ではないとする立場があります。確かに、従来の自律神経の解釈を変更することで、よりファッシアの臓器への影響を記述しやすくなるでしょう。


 こうした自律神経についての考え方の変更は、ファッシアの分野に限らず、話題になったもので言うと「ポリヴェーガル理論」などが代表的ではないでしょうか。これまでの交感・副交感のシーソー的関連ではなく、迷走神経を有髄と無髄とに分類し、不動化などのいわばマイナス的なものを「背側」とし、社会性を有するものを「腹側」とするという理論です。これにより、これまでの副交感によるマイナス面の解釈が分かりやすく、より臨床に適合したものとなりました。

 これらの例からも分かるように、これまでの自律神経の説明には、臨床的な無理が目立つようになってきたように思います。シーソー的な拮抗関係は説明としてはスマートなものの、あまりに臨床的な例外が多く、実臨床を行うものとしては不便といわざるをえません。それでも学生向けの教育などでは、分かり易いなどの長所も多いので、これからもある程度は継続していくのでしょうが、実際には、大きな概念のモデルチェンジが必要になりそうです。
 これは物理学における古典力学と量子力学的な関係に近いのかもしれません。こうした例からも「分かり易いモデル」というのはそれだけで大きな「盲点」を生み出しやすいということが分かりますね。

 ファッシア瘀血の基盤を成す、ファッシアの基礎的な関係性について考えてみました。




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