2021年03月25日
甲野善紀先生との勉強会
先週末は久しぶりに、甲野善紀先生と稽古会のような勉強会のような時間をとらせて頂き、ゆっくりとお話をすることが出来ました。
甲野先生とは、最近の技の進展に加え、肥田式の「聖中心」についての先生独自の見解に関して、お電話でお話しする機会があったのですが、その延長のような勉強会となりました。
聖中心に関して、丹田を意識した力みのようなものではなく、実際に腸管の何らかの変化を伴った独自の感覚ではないかという先生の考えを伺い、最近の私の関心事でもある「ファッシア」について解説させて頂きました。
身心工房リボンからも二人参加し、私の考える武術とファシアの関連を考察してみました。これにより、先生からのいくつかのご質問やコメントなどに促され、これまで気づかなかったような視点をいくつも得ることが出来ました。
こうした具体的に事柄に関しては、追々、「臨床ファッシア瘀血学」のコーナーでまとめたいと思いますが、ポイントはやはりファッシア、とりわけ腸間膜との連携です。
腸間膜自体が、一つの臓器のような認識をされていたのではないかという指摘は、漢方の大家である寺澤先生をはじめ幾人かの指摘するところでもあり、これをもって三焦ではないかという推測もされます。そしてこの三焦が、脂肪組織に埋没する膵臓との関連も言われてきております。
そしてこの腸間膜の付着部が腰椎をまたいで左上方(横隔膜後脚近辺)から右下方(右仙腸関節部)へと連続し、後腹膜として折れ返って背部へとつながります。当然これは、体幹全てと連続しながら、四肢へもつながります。かつての腹部打鍼などで全身の治療を行っていたことを考え合わせると、こうした腹膜から、四肢への特別な関係もありそうに思えます。
肥田春充の学んだ時代の解剖学では、まさに無視されていたファッシアという概念。この概念をひとつの補助線として、彼の超絶した聖中心の力への何らかの新解釈が可能ではないかと、ワクワクする思いを得られた勉強会となりました。
甲野先生とは、最近の技の進展に加え、肥田式の「聖中心」についての先生独自の見解に関して、お電話でお話しする機会があったのですが、その延長のような勉強会となりました。
聖中心に関して、丹田を意識した力みのようなものではなく、実際に腸管の何らかの変化を伴った独自の感覚ではないかという先生の考えを伺い、最近の私の関心事でもある「ファッシア」について解説させて頂きました。
身心工房リボンからも二人参加し、私の考える武術とファシアの関連を考察してみました。これにより、先生からのいくつかのご質問やコメントなどに促され、これまで気づかなかったような視点をいくつも得ることが出来ました。
こうした具体的に事柄に関しては、追々、「臨床ファッシア瘀血学」のコーナーでまとめたいと思いますが、ポイントはやはりファッシア、とりわけ腸間膜との連携です。
腸間膜自体が、一つの臓器のような認識をされていたのではないかという指摘は、漢方の大家である寺澤先生をはじめ幾人かの指摘するところでもあり、これをもって三焦ではないかという推測もされます。そしてこの三焦が、脂肪組織に埋没する膵臓との関連も言われてきております。
そしてこの腸間膜の付着部が腰椎をまたいで左上方(横隔膜後脚近辺)から右下方(右仙腸関節部)へと連続し、後腹膜として折れ返って背部へとつながります。当然これは、体幹全てと連続しながら、四肢へもつながります。かつての腹部打鍼などで全身の治療を行っていたことを考え合わせると、こうした腹膜から、四肢への特別な関係もありそうに思えます。
肥田春充の学んだ時代の解剖学では、まさに無視されていたファッシアという概念。この概念をひとつの補助線として、彼の超絶した聖中心の力への何らかの新解釈が可能ではないかと、ワクワクする思いを得られた勉強会となりました。