2022年05月17日

「一律」であること、「多様」であること

「一律」であること、「多様」であることについて考える。(最近の思考の整理目的ですので、ご興味ない方はスルーしてください m(__)m )

 量子力学の通常解釈におけるものは、当然、物質の一律性を基礎にしたものとなる。物理学の前提がそうなので、言うまでもない。が、もし物質が一律ではなく「多様」で、それゆえに各々に個性があったならばどうなるか。これが量子に意志があるとした山田廣成博士の量子論で、これは或る意味分かり易い量子力学の考え方である。

 そして、あらゆる細胞は当然、個性があるわけだが、一身体として考えた場合、我々は意外と物質同様に「一律に」その性質を考慮してしまってはいないだろうか。
 ちょっとした場所や機序の違いを、ノイズのようにカットした単純化された思考をしていないだろうか。当然、現代医療においても、脳や心臓など細かな地図が作成される領域もあるが(一般に外科領域では個々の手術において当然そうではあるが…)、それ以外の場面では、いわゆるファシア等大きく広がったものについて、意外に一律な思考で考えているところが多いようにも感じる。(これは先端医療というよりは日常診療的な思考に特徴的であるように思う)
 例えば、デルマトームは「よし」としながらも、代替医療的な反射区はダメとか。経絡上の痛みが内臓と関連するとか。こうした発想はファシアなどが「一律」な傾向であることが暗黙の裡に想定されていることと無縁ではないように思う。

 これに関係して最近感じているのが、上咽頭擦過や、頭蓋仙骨療法や頭鍼などによる頭蓋内部、「脳」への刺激ということ。
 通常の発想では、髄液に保護された状態で、いわば浮遊している臓器だけに外部から刺激したところで直接の内部への影響は少ないように感じる。
 しかし、上咽頭擦過における効果の仮説としては、その影響は上咽頭におけるリンパ流を介して骨を通過し、視床下部・下垂体への影響を示唆している、といわざるを得ない。
 また頭蓋仙骨療法はそれ自体、副交感神経への影響を示唆する直接的な名称であるし、最近の話題としてもポリヴェーガル理論の実践的アプローチとして、身体操法や手技的方法での「腹側迷走神経」への介入も可能だとしている。
 これらは応用すれば、刺絡や上咽頭擦過もまたポリヴェーガル理論における、有髄迷走神経(腹側迷走神経)への直接的な介入技法になる可能性を示唆するものである。すると従来の上咽頭擦過の幅広い効果への説明も、下垂体からの内分泌的な機序による説明だけではなく、腹側迷走神経への効果も合わさるのでより納得のいくものになる。

 またポリヴェーガル理論によって、迷走神経への刺激を際立たせることで、逆に交感神経系へのアプローチとしての脊椎への刺絡などの刺激の意味もまた再評価できるだろう。(これは安保理論を用いた説明でも十分であるが…)
 このアプローチをまとめると以下のようになるだろう。
腹側迷走神経:ポリヴェーガル理論による脳幹へのアプローチ、上咽頭擦過療法、頭・頸部刺絡
交感神経幹:脊椎刺絡、デルマトームを介した鍼刺激(ファシアリリース含む)

 上のようにまとめれば、「身体(表層と症状)」と「自律神経」との関連となるが、これはライヒやローウェン的に考えれば、身体の表層と症状は、無意識をも含む精神領域との関連へも発展させることが出来る。無意識を手で触れることが出来るということである。
 つまり症状と身体観察により、自律神経・内分泌・免疫さらには精神・無意識、そして社会性をも、直接的診察の視野に入れることが出来ることになる。身体を詳細で多様なモノとして捉えることで、診察における最高の観測点を得ることができるのである。

 最後にこれまでの概念を、ケン・ウィルバーのいう「四象限」にまとめると以下のようになるだろう。詳細としてはさらに「内側」「外側」とに各々を分割するので8領域にすべきだが、煩雑になるので今回は単純な4領域までの概略にする。この内容の詳細は、また後日、まとめてみたいと思う。

第一象限(それ):ファシア、自律神経・内分泌・免疫(生理学的知識の刷新)
第二象限(私):精神・無意識(身体に刻印されるものを含む)
第三象限(われら):関係性、ダイアローグ(対話から紡がれるもの)
第四象限(それら):社会性、サイバネティクス(社会的システム図)


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