2025年07月16日
生体城郭学のまなざし(100名城から医療を考える)3.松前城
3.松前城(北海道)
日本における、最後の和式城郭。その響きには、一つの時代の終わりと、伝統技術の集大成という、どこか誇らしげで、しかし物悲しいニュアンスが伴います。しかし、この松前城の実態は、その称号とは裏腹に、時代の変化に取り残されたシステムの悲哀を、私たちに突きつけてきます。
この城は、幕末、異国船の来航という新たな脅威に対応するため、海からの攻撃に備えるという、極めて限定的な目的で築かれました。
そのため、海に面した側は、何重もの砲台で固められ、厳重な防御態勢が敷かれています。しかし、その一方で、内陸側、つまり背後からの攻撃に対する備えは、驚くほど手薄でした。まるで、特定の症状や病気だけを診て、その人の生活全体や心の状態といった「背景」には全く目を向けない、極度に専門分化した現代の医療のようでもあります。高血圧の薬は出すけれど、その原因である食生活やストレスには無関心。これでは、根本的な病気の解決には至りません。
案の定、この城は、五稜郭から陸路で進軍してきた土方歳三率いる旧幕府軍に、いとも簡単に、わずか一日で攻め落とされてしまいます。「海からの攻撃」という、自らが設定したシナリオに固執するあまり、それ以外の可能性を全く想定していなかった。硬直化した思考が、組織を滅ぼした典型例です。
私たちの健康管理も、これと同じ過ちを犯しがちです。「がん検診さえ受けていれば安心」「このサプリを飲んでいるから大丈夫」といった、単一の健康法への過信は、かえって他のリスク要因への注意を疎かにさせ、全体の健康バランスを損なう危険性があります。
松前城の築城を指導したのは、長沼流兵学という、当時としては権威ある正統でした。しかし、二百数十年続いた太平の世を経て、その兵学は、実戦のリアリティから乖離し、形骸化してしまっていたのです。
どれだけ優れた理論体系も、現実の変化に対応できなければ、机上の空論に過ぎません。これは、医療の世界における「エビデンス」の扱いに通じる、重要な問いを投げかけます。科学的エビデンスは、もちろん重要です。しかし、それはあくまで、過去のデータに基づいた、平均的な人間に対する確率論です。
目の前にいる、唯一無二の個性を持った患者さんの、今この瞬間の現実に、そのエビデンスがそのまま当てはまるとは限りません。こうした視点は極めて大切です。
セルフケアとは、いわば自分自身の身体と心の「実戦」の指揮官になることです。教科書的な知識(健康情報)を鵜呑みにするのではなく、日々の体調の変化というリアルなフィードバックに耳を澄まし、自分だけの「兵法」を編み出していく。
松前城の悲劇は、私たちに、常に現実と対話し、学び続けることの重要性を教えてくれます。形骸化した権威に頼るのではなく、自らの身体感覚を信じる。それこそが、変化の時代を生き抜くための、真の強さなのではないでしょうか。