2025年07月27日

生体城郭学のまなざし(100名城から医療を考える) 11.二本松城

11.二本松城(福島)

 

菊人形の祭典で知られる二本松の地。しかし、その華やかなイメージの裏には、戊辰戦争における、あまりに悲しい少年たちの物語が隠されています。主力部隊が、他の戦線へ出払ってしまった留守を、新政府軍に突かれ、城の守りを担ったのは、老人と、まだ元服前の少年たちでした。かの「二本松少年隊」です。

 

この悲劇の構造は、私たちの身体が、病に侵されるプロセスと、驚くほど似ています。身体全体の免疫力(主力部隊)が、過労や、栄養不足、精神的なストレスによって低下している時、普段なら、何でもないような弱い病原菌(少数の新政府軍)の侵入を許してしまい、思いがけない重篤な症状(落城)を引き起こす。これを「日和見感染」と呼びます。大切なのは、個々の病原菌の強さよりも、それを迎え撃つ、私たち自身の身体全体のコンディションなのです。

二本松城の悲劇は、一つの部分(局所)の問題が、実は、全体のバランスの崩れに起因していることを、私たちに教えてくれます。

 

この城を大改修したのは、築城の名人・丹羽長秀の血を引く、丹羽光重です。彼の父・長重は白河小峰城を、そして祖父・長秀は、安土城の普請奉行を務めています。三代にわたって受け継がれる、創造の才能。これは、素晴らしい天分ですが、同時に、その才能が、戊辰戦争という、時代の大きな非情な流れの中で、無惨に破壊されていく様は、人生のままならなさを感じさせます。

 

私たちは、生まれ持った体質や才能という、ある種の「設計図」を持っています。しかし、その設計図が、どのように開花し、あるいは、どのような形で損なわれるかは、その後の環境や、時代の状況、そして、自らの選択によって、大きく変わっていきます。こうした遺伝子における可変性をエピジェネティクスと呼びますが、要するに、私たちの運命は、決して、生まれながらにして決まっているわけではない、ということでもあります。

二本松少年隊の少年たちも、もし、異なる時代に生まれていれば、その若い命を、全く別の形で輝かせることができたはずです。

 

城の千人溜に、静かに立つ、少年隊の群像。彼らの無念に思いを馳せる時、私たちは、自らの命が、いかに多くの偶然と、歴史の積み重ねの上にあるのかを、痛感させられます。

そして、今、ここにある命を、どう生きるのか。その問いを、自分自身に投げかけずにはいられません。

セルフケアとは、単なる健康法の実践ではなく、そうした、自らの生への、深い責任を引き受けることでもあるのです。



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