2025年08月01日
生体城郭学のまなざし(100名城から医療を考える) 14.水戸城
14.水戸城(茨城)
徳川御三家の一つ、水戸藩の居城。しかし、この水戸城には、他の城にあるような、威圧的な天守はありません。遺構は、街の風景に溶け込み、注意深く観察しなければ、そこが城であったことすら、見過ごしてしまいそうです。この、一見、無防備にも見える城のあり方こそが、水戸藩の、特異な性格を物語っています。
水戸藩は、武力によってではなく、学問(水戸学)によって、天下にその存在感を示しました。『大日本史』の編纂という、壮大な文化事業を通して、日本の歴史と、天皇の正統性を問い直し、その思想は、幕末の尊王攘夷運動の、大きな原動力となっていきます。
つまり、水戸藩の武器は、刀や、鉄砲ではなく、「思想」や「情報」だったのです。城に、物理的な「天守」は必要なかった。なぜなら、彼らの頭の中に、思想という、目に見えない、しかし、何よりも強力な「天守」が、築かれていたから、とも言えそうです。
これは、現代における、健康観の転換を象徴しているようです。かつて、健康とは、病気にならない、頑強な肉体を持つことだと考えられていました。
しかし、今、私たちは、それだけでは不十分であることを知っています。ストレスに満ちた社会で、心の健康を保つこと。溢れる情報の中から、正しい知識を選択し、自らの健康を主体的に管理していくこと。そうした、目に見えない「知性」や「感性」こそが、現代を健やかに生き抜くための、新しい「天守」なのです。
統合医療が、知識の提供(ヘルスコーチング)や、ストレス管理(マインドフルネス)を重視するのも、この、内なる「天守」を築く手助けをしたい、という思いがあるからです。
梅の名所・偕楽園も、実は、この水戸城の、拡張された防衛施設としての機能を持っていました。平時は、民と偕(とも)に楽しむ、開放的な庭園。しかし、有事の際には、藩主を守る、最後の砦となる。この、柔と剛、陰と陽の、見事な統合。これこそが、水戸藩の、そして、私たちが目指すべき、真の強さの姿なのかもしれません。
厳寒の冬を耐え抜き、百花に先駆けて、気高い香りを放つ梅の花。その姿は、逆境の中で、思想を磨き、新しい時代を切り拓こうとした、水戸の志士たちの精神性と、深く重なり合うのではないでしょうか。