2025年08月03日

生体城郭学のまなざし(100名城から医療を考える)16.箕輪城 

16.箕輪城(群馬)

 

上州の地に、その壮大な遺構を広げる箕輪城。ここは、武田信玄さえも、一目置いたという名将・長野業政の拠点であり、そして、剣聖・上泉信綱が、その武を磨いた場所でもあります。この城は、天守のような派手な建造物はありません。しかし、その深く、鋭く大地を削った堀切や、幾重にも連なる広大な曲輪は、戦国時代の山城が持つ、剥き出しの機能美と、凄まじいエネルギーを、訪れる者に、ダイレクトに伝えてきます。

      

この城を歩いていると、自然の地形と、人間の作為が、渾然一体となっていることに、驚かされます。どこまでが、元々の山の尾根で、どこからが、人の手で削られた堀なのか。その境界は、曖昧です。

これは、統合医療における、自然治癒力と、医療的介入の関係に、よく似ています。治療の成功は、決して、医師の力だけで、もたらされるものではありません。医師が行うのは、あくまで、患者さん自身が持つ、内なる自然治癒力(自然の地形)が、最も働きやすいように、障害物を取り除き、流れを整える(堀を削る)手助けです。人間の作為は、常に、自然への畏敬の念に基づき、その力を最大限に引き出す方向で、行使されるべきなのです。

長野業政の存命中は、難攻不落を誇ったこの城も、彼の死後、リーダーシップの空白を突かれ、武田軍に攻め落とされてしまいます。

どれだけ優れたハードウェア(城の構造)も、それを動かす、優れたソフトウェア(リーダーシップ、組織力)がなければ、その真価を発揮できない。これは、私たちの身体にも言えます。私たちの身体は、遺伝子という、素晴らしいハードウェアを持っています。しかし、その遺伝子のスイッチを、オンにするか、オフにするかは、日々の食事や、運動、心のあり方といった、ソフトウェア(ライフスタイル)にかかっています。優れたセルフケアとは、いわば、自分自身の身体の、最良の「城主」になることなのです。

 

この城で、もう一つ、忘れてはならないのは、新陰流の祖・上泉信綱の存在です。彼は、単なる剣の達人であっただけでなく、その技と心を、多くの弟子に伝え、一つの大きな「流派」を創り上げた、偉大な教育者でもありました。

一つの優れた知恵や技術が、特定の個人のもので終わるのではなく、体系化され、教育を通して、社会的な財産となっていく。医療もまた、そうあるべきです。統合医療の知恵が、一部の先進的な医師だけのものではなく、誰もがアクセスできる、社会の共有知となること。箕輪城の土を踏みしめながら、私はそうした未来像を、心に描いていました。

(ここでご紹介した上泉伊勢守信綱は、宮本武蔵や柳生家に比べあまり知られていませんが、ただの剣豪を超越し人物、功績ともにもっと世に知られるべき人物であると強く思っております。)



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