2025年08月09日

生体城郭学のまなざし(100名城から医療を考える)22.八王子城 

22.八王子城(東京)

 

鬱蒼とした森の中に、悲劇の記憶を深く刻む、八王子城。ここは、小田原北条氏の、関東支配の、西の拠点でした。しかし、豊臣秀吉による、圧倒的な軍事力の前に、わずか一日で、落城。城主・北条氏照の不在の中、城内の兵士や、婦女子までもが、壮絶な最期を遂げた、悲運の城です。

 

この城の悲劇性を、より深くしているのは、その直前の、鉢形城での出来事です。鉢形城を攻めた、前田・上杉軍は、降伏した城主を、助命しました。しかし、その温情が、秀吉の怒りを買い、「手ぬるい」と叱責されます。

その結果、彼らはこの八王子城では、汚名を返上せんがために、必要以上の徹底的な殲滅戦を行ったのです。

 

一つの部分(鉢形城)での、ある種の「寛容さ」が、別の部分(八王子城)での、「過剰な攻撃性」を、誘発してしまう。この連鎖のメカニズムは、私たちの、心と身体の、バランスの在り方に、重要な示唆を与えてくれます。

例えば、仕事で、過剰なストレスや、理不尽な要求を、ひたすら「我慢」し続ける(寛容さ)。その、抑圧されたエネルギーは、決して、消えてなくなるわけではありません。それは、形を変え、家庭内で、家族に対して、爆発的な怒り(過剰な攻撃性)となって、現れたり、あるいは、自分自身の身体を攻撃する、自己免疫疾患の、引き金となったりするのです。

統合医療では、症状を、単体で見ることはありません。その症状が、その人全体の、人生のシステムの中で、どのような、バランスを取るための、役割を、果たしているのか。その全体的な力学を、読み解こうとします。八王子城の悲劇も、鉢形城との、関係性の中で、捉えなければ、その本質は、見えてきません。

 

この城は未完成のまま、戦いを迎えたと言われています。完璧な準備が整うのを待っていては、間に合わない。人生には、そういう局面があります。病の宣告も、しばしば、突然やってきます。しかし、そんな時でも、私たちは、今ここにある、不完全な自分自身のままで、その現実に向き合っていくしかありません。

御主殿の滝に、今も流れ続ける清らかな水。それは、この地に散った、多くの命を、弔うと同時に、どんな悲劇の中にも、絶えることのない、生命の清浄な流れが存在することを、示しているかのようでした。

その、内なる流れを、信じること。それこそが、究極の、セルフケアなのかもしれません。

 



この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔