2025年09月05日
生体城郭学のまなざし(100名城から医療を考える) 29.松本城(長野)
漆黒の板張りと、白漆喰の壁。その鮮やかなコントラストが、アルプスの山々を背景に、凛とした気品を放つ、松本城。
現存する五重六階の天守としては、日本最古とも言われる、この国宝の城は、しかし、その美しさとは裏腹に、一つの、深い「断絶」の物語を、内包しています。
この天守を創建したのは、石川数正。彼は、徳川家康の、腹心中の腹心でありながら、ある日、突然、豊臣秀吉のもとへと出奔した、戦国時代、最大のミステリーの一つに、数えられる人物です。その理由は、今も、謎に包まれています。家康の、天下取りの、深謀遠慮のために、あえて、敵陣に身を投じた、という、忠臣説。あるいは、家康のやり方に、嫌気がさした、という、不和説。様々な、憶測が飛び交います。
しかし結果として、確かなのは、この「出奔」という行為が、石川家と、徳川家(後の、江戸幕府という、巨大システム)との間に、修復不可能な断絶を、生み出してしまった、という事実です。
子の康長は、関ヶ原で、東軍として、戦功を挙げたにも関わらず、後に些細な理由で、改易されてしまいます。
一度、「裏切り者」というレッテルを貼られた者は、たとえ、その後どれだけ忠誠を尽くしても、システムから異物として排除されてしまう。この非情な現実。
これは私たちの、身体における免疫システムの、働きと酷似しています。「自己(味方)」と、「非自己(敵)」を、厳密に区別し、「非自己」と見なしたものを、徹底的に、攻撃、排除する。このシステムは、私たちの生命を守るために不可欠です。
しかし、この認識システムに、ひとたび狂いが生じるとどうなるか。自らの身体の一部を、「非自己」と誤認し、攻撃し始めてしまう。それが、膠原病や、リウマチといった、自己免疫疾患です。
石川数正は、いわば徳川という、生命システムの中で、「自己免疫疾患」を、引き起こした存在だったのかもしれません。
統合医療では、こうした自己免疫疾患に対し、単に、免疫を抑制する(症状を抑える)だけでなく、なぜ免疫システムが、暴走してしまったのか、その根本原因を探ります。
多くの場合、その背景には、腸内環境の悪化や、慢性的なストレス、あるいは、未解決の心理的な葛藤が隠されています。つまり、システムの誤作動の原因は、システムそのものの中にあるのです。
松本城の、美しい姿は、私たちに問いかけます。あなたの内なる世界では、自己と非自己の境界線は明確か。自分自身を攻撃する、内なる戦いは、起きていないか。そして、もし、戦いが、起きているとしたら、その、根本原因は、どこにあるのか。この静かな内省こそが、真の、セルフケアの始まりなのです。
城の周りの、豊かな湧水は、そんな内なる探求の旅で乾いた心を潤してくれる、慈悲の水のようでした。