2025年09月06日

生体城郭学のまなざし(100名城から医療を考える) 30.高遠城(長野)

桜の名所として、全国にその名を知られる、高遠城。しかし、春の爛漫の花の記憶の、その下には、武田家最後の当主・勝頼の、悲劇的な決断と、それに、翻弄された、城兵たちの、無念の血が、深く染み込んでいるのです。

織田信長の、圧倒的な、軍事力の前に、武田の領国が、次々と切り崩されていく中、この高遠城は、信玄の子・仁科盛信(にしなもりのぶ)のもと、徹底抗戦の構えを見せます。

彼らが、唯一の頼みとしていたのは、主君・勝頼が率いる、援軍の到来でした。しかし、その期待は、無惨に裏切られます。勝頼は、途中で戦況の不利を悟り、高遠城を見捨て、自らの本拠へと引き返してしまったのです。

見捨てられた絶望。その中で、それでもなお城兵たちは、婦女子までもが武器を取り、最後まで戦い抜いたと、伝えられます。

この、壮絶な物語は、私たちにリーダーシップと、フォロワーシップの在り方を、厳しく問いかけます。リーダー(勝頼)が、希望を失い、ビジョンを見失った時、組織(武田軍)は、いかに脆く崩れ去るか。そして、そんな絶望的な状況下にあっても、現場の一人ひとり(高遠城の兵士)が、自らの尊厳と、誇りを守るために、いかに気高く、戦うことができるか。これは、難病の治療プロセスにも通じる構図です。

医師(リーダー)が、さじを投げ、希望を失ってしまえば、患者さん(フォロワー)の、治癒への意志も萎えてしまいます。

しかし、たとえ医学的には厳しい状況であっても、医師が最後まで患者さんと共にあり、希望を分かち合い、その人らしい最期を支える覚悟を持つならば、患者さんは、深い安らぎと、尊厳の中で、自らの人生を、全うすることが、できるのです。

統合医療におけるターミナルケア(終末期医療)は、まさに、この人間としての、尊厳を最後まで支えることを、最も重要な使命と考えています。

 

この城の縄張りを担当したのも、また山本勘助と伝えられます。しかし、どれほど優れた、防御システム(城の構造)も、それを動かすべき全体の、エネルギー(武田本軍の士気)が、枯渇してしまえば、何の役にも立ちません。

これは、どんなに効果的な治療法(薬や手術)も、患者さん自身の、生命力、生きるという、根源的なエネルギーが失われてしまえば、効果を発揮できないのと同じです。

 

セルフケアの、究極の目的は、この内なる生命の炎を、絶やさないこと。たとえ、逆境の嵐が、吹き荒れようとも。高遠の空に咲き誇る、コヒガンザクラの花々は、そんな儚くも、力強い生命の輝きを、私たちに、毎年思い出させてくれるのです。

 



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