2025年09月08日
生体城郭学のまなざし(100名城から医療を考える) 32.春日山城(新潟)
「敵に塩を送る」。戦国の世にあって、驚くべき義の精神を示した、軍神・上杉謙信。彼の本拠地である、この春日山城は日本海を見下ろす、広大な山全体が要塞と化した、巨大な山城です。
しかし、この城の物語で最も興味深いのは、その強さの証明のされ方です。謙信、存命中は、その武威を恐れ、この城を攻めようとする者など、誰もいませんでした。この城の、鉄壁の守りが、実際に試されたのは、皮肉にも謙信の死後、二人の養子、景勝と景虎が、跡目を巡って争った「御館(おたて)の乱」という内乱においてでした。結果は、この春日山城を押さえた、景勝の勝利に終わります。
優れたシステム(城)の、真価は平時には分かりにくい。危機的な状況に陥って、初めて、そのありがたみや重要性が認識される。これは、私たちの身体に備わった免疫システムや、恒常性維持機能(ホメオスタシス)と、全く同じです。私たちは、健康な時呼吸をしていることや、心臓が動いていることなど意識すらしません。しかし、ひとたび病気になり、その当たり前の機能が損なわれて初めて、その奇跡的なシステムの存在に気づき、感謝するのです。セルフケアとは、いわばこの、内なる「春日山城」の城主として、平時からその維持管理を怠らないことだと言えるでしょう。
しかし、戦の天才であった謙信も跡目問題という「内政」においては、明確なビジョンを示すことができませんでした。
特に、北条家から人質としてやってきた、美貌の養子・景虎を溺愛するあまり、組織内に深刻な対立の火種を生んでしまいます。
外なる敵との戦いには強くても、自らの内なる感情や、人間関係の問題には脆い。これは、多くの英雄や、現代の有能なビジネスパーソンにも見られるパターンです。
統合医療が、身体的なアプローチと、心理的なアプローチを同等に重視するのは、この、外なる世界と、内なる世界のバランスこそが、人間の健康と幸福の鍵を握っていると考えるからです。
どんなに、社会的な成功を収めても、自らの内面が混乱していては、真の平和は訪れません。根強い「謙信、女性説」。それは、彼のこうしたアンバランスで、情の深い人間性に、ある種の説得力を与えています。歴史を、現代の医学や心理学の光で照らし直す時、私たちは、教科書には書かれていない英雄たちの、生身の苦悩や葛藤に触れることができるのです。