2025年08月28日
「深層医学」というワードに関して
ポリローグの中で蓮見医師の創出した用語のようにして「深層医学」という用語を使っていますが、これは「炎症と人間」から拝借したワードです。ただし、英訳は変えてあって、オリジナルがDeepなのに対して、Depthを用いています。これは深層心理学を意識して、創作したものです。
原本の「炎症と人間」においても世界史の在り方と、人間における病態の在り方が、パラレルになっているので、ユングの集団的無意識などを考慮すれば、ほぼ同じような考え方になるはずです。そこで、あえて蓮見のワードとして用いてみました。
何故、それらがシンクロするのか、そのメカニズムは「同時性」同様に謎に満ちていますが、ブラックボックスとして扱えば、ほとんど似た概念であることに思い至るのではないでしょうか。
世界史を一つの生命論として、描出していた栗本慎一郎先生の考え方をレスペクトし、もとの深層医学を敷衍してみました。
「炎症と人間」は、ちょっと読むとやりすぎというか、発展させすぎな印象もありますが、西洋社会が自ら植民地支配について振り返る、という意義は極めて大きいのではないかと思うのです。また近代思想が、我々の身体奥深くにも影響しているというのは、直観的にも首肯できることなのではないでしょうか。ある意味、こうした反省は、フッサールの現象学においてもみられる危機意識とも共通する点があるようにも思えます。
いずれにせよ、ご興味ある方は、以下、御一読を!
原本の「炎症と人間」においても世界史の在り方と、人間における病態の在り方が、パラレルになっているので、ユングの集団的無意識などを考慮すれば、ほぼ同じような考え方になるはずです。そこで、あえて蓮見のワードとして用いてみました。
何故、それらがシンクロするのか、そのメカニズムは「同時性」同様に謎に満ちていますが、ブラックボックスとして扱えば、ほとんど似た概念であることに思い至るのではないでしょうか。
世界史を一つの生命論として、描出していた栗本慎一郎先生の考え方をレスペクトし、もとの深層医学を敷衍してみました。
「炎症と人間」は、ちょっと読むとやりすぎというか、発展させすぎな印象もありますが、西洋社会が自ら植民地支配について振り返る、という意義は極めて大きいのではないかと思うのです。また近代思想が、我々の身体奥深くにも影響しているというのは、直観的にも首肯できることなのではないでしょうか。ある意味、こうした反省は、フッサールの現象学においてもみられる危機意識とも共通する点があるようにも思えます。
いずれにせよ、ご興味ある方は、以下、御一読を!
