統合医療とは何か

多様な療法との付き合い方(1)

Gノート 付説「多様な療法とのつきあい方」

 では前回、予告しましたように元原稿を分割しながら掲載していきます。編集の方が読みやすいようにしてくれたのが出版されたものですので、それの「元」ですから当然、言い回しなどいろいろと読みにくところがあると思いますが、ご容赦ください。



Point

・統合医療の要諦は多職種連携にある

・統合医療は補完医療に対して否定的側面も有する

・統合医療カンファレンスでは、現代医療的な注意を払いつつ、多元的な構えが重要である

・多様な療法とのつきあいにおいては、多元的な立場に基づいて相互了解していかなければならない

・「真なるもの」を前提としない多元主義は、多職種連携の思想的基盤である

 

Keyword

カンファレンス 多職種連携 信念対立 多元主義

 

1.はじめに

 

医師が補完医療を考えるにあたって、「統合医療」という概念を抜きにしては考えられません。統合医療とは、我々医師が通常イメージする現代医療に加えて、補完医療を統合した医療体系です。すると、ただでさえ広範な現代医療に、さらに雑多な補完医療を加え、莫大な領域の医療であるかのような印象を与えてしまいますが、統合医療とは決してそのような博物学的知識の集成ではありません。

さらに、具体的な補完医療に対して何一つ知識を持ち合わせていなかったとしても、問題ないものなのです。ではその意義とは何なのでしょうか。私は、「多職種連携」がその答えであると考えています1)

 本稿では統合医療という分野において、その基礎となる多様な補完的な療法、ならびにそれを扱う療法士(師)との在り方(距離の取り方?)を考えてみたいと思います。そしてさらには、こうしたつきあいの在り方が、医師が最も優先させるべき「患者さんの保護」につながるものであることも述べてみたいと思います。


tougouiryo at 2016年12月08日10:00|この記事のURLComments(0)

統合医療は一診療科目名なのか?

 「統合医療」というのは、医療の一診療科目名なのでしょうか、それとも医療の今後の理想形なのでしょうか。これを、ただ単に一診療名とのみ捕らえている方がいるようでしたら、解説したいと思います。

 現状としては、両者ともに間違いではありません。また、認知度からしても一診療科目として現在、理解されているのもしかたのないことです。しかし、本来の意味からすれば、これは「ホリスティック医療」や「全人的医療」と同じカテゴリーにあるものであり、目標とすべき理想形でもあるのです。

 「医療」というものが本来全人的であるのが当たり前なように、ある「正式」とされるカテゴリーの医療のみで、医療が構成されること自体に問題があるといわざるをえません。一見、「正統医学」はすべて科学的検証がすんでいるように考えられますが、実際はその一部のみと言わざるをえません。また、医療とは本来、経験主義的なものであることからも、伝統医療を除外することこそ不自然といえるでしょう。

 「統合医療」の議論において、問題となることは、医療それ自体が今世紀に(必然的に)ぶつかるべき一群の問題群でもあるのです。そうした意味で「新たなる医療」を考える際、「統合医療」問題は大きな位置を占めることは間違いありません。そうした意味で、最近、「あらたなる医療」として思考しているのですが、来年からは、こうした医療問題一般として、統合医療を考える連載を企画しています。連載誌など、確定しましたら随時。このブログ内でご案内していきますので、いましばらくお待ちください。

 最後に、なんでこうした総説的な話が多いのかと聞かれることが多いので、お答えしておきます。昼間の診療時間においては、患者さん一人一人の「具体的な」症状に対して「具体的に」治療しているため、夜などの空いた時間には、むしろ昼とは反対の、総論的な思索をすることが多くなるのです。風邪のときは?関節痛は?というものをご期待の方にはすみません。ただし、実際にお困りの方は、HPから「問い合わせ」メールなどで受診に関して、お問い合わせください。本来は実地診療が専門なので、ベストを尽くして対応させていただきます。


tougouiryo at 2007年10月06日00:34|この記事のURLComments(0)

統合医療の機能的分類

 統合医療に関して、いろいろと疑問を呈されることが少なくないのですが、どれも単純に、この「統合医療」という概念の理解不足が原因のことがほとんどです。

 ただ、これからの新しい形の医療であるので、期待も合わさり、思いだけが膨張するということもあるかもしれません。そうした方に、少し理解しやすいように、統合医療をいくつかに分類してみました。機能別に大きく分類することで、必要とする統合医療が実は人によって異なっていることがわかると思います。(大前提として統合医療とは、現代医療と代替医療を統合しようとするもの、です。決して科学批判でもなければ、あやしい宗教的癒しなどでもありません。念のため)

(1)相談型統合医療:何らかの医療問題(身体や精神の不調)が生じたとき、現代医療のみで対処すべきか、代替医療を考慮しても良いのか、などを相談するようなケース。どの代替医療がベストかという観点もありますが、場合によっては現代医療のみを優先することもあるわけです。代替医療併用是非型と代替医療選択型に大別されます。

(2)支援型統合医療:生活習慣病やあらゆる未病に対応して、セルフケアに努めようとする人たちを支援・アドバイスする立場です。行っている健康法は効果的か、人間ドックなどのデータから明らかな病気はないが生活の注意点を知りたい、など。こうしたニーズには、現状の通常の外来診療ではなかなかきめ細かく対応できないのが実際です。こうした状況に、ただ運動・栄養、だけでなくさまざまな代替医療の可能性アドバイスするものです。セルフケア支援型と未病対策型に大別されます。

(3)治療型統合医療:悪性腫瘍(がん)や関節リウマチ、アトピー性皮膚炎、そのほか原因不明の体調不良、など現代医療的難病を、現代医療を取り入れながらも、漢方・鍼灸などさまざまな代替医療的アプローチを用いることで、治療していこうとするもの。実際のニーズは圧倒的にこれが多いので、当院でも、こうした難病の方がたくさん来られます。また、ネットなどでみる統合医療という使い方の場合、ほとんどがこのカテゴリーの使い方です。単一型と複数型に大別されます。

 ・具体的には単一の特殊な療法を取り入れるものや、サプリメントの併用のみというものと、複数の療法をコーディネートするものに大別されます。ちなみにアリゾナ大学のいう統合医療は、こうした複数の代替医療を如何に組み合わせるかのコーディネーター的機能を前面に出したものでした。

 以上のような分類です。統合医療を利用しようという方は、どの段階が自分のいまのもんだいなのかという認識があれば、より効果的に統合医療診療を受けられると思います。当院では、(自分で提唱している概念でもありますので)3段階すべてに対応しております。(実際、これまで受診された方のカルテから、この分類を考えてみました)


tougouiryo at 2007年09月30日19:07|この記事のURLComments(0)

私の考える「統合医療モデル」

 「看護技術」最新刊が発売されました。今月は「手技療法」ついて、一般的なことを解説しました。日本においては、どうした代替医療が国家資格であるのか、ないのか、など大学で学生に講義をしているとき、かなり理解されていない内容を解説しました。ご興味ある方は、是非ごらんください。

 この連載ももう10回を迎え、残りあと2回です。次回は「サプリメント」について、その社会的影響や健康生成などの観点から解説していきます。最終回は、現在、執筆中ですが、取り上げられなかった代替医療の解説をしながら、この領域を総括し、さらにはその先に見える(であろう)「統合医療」への展望を解説していく予定です。

 一年間の連載は、当初はかなりの量のように感じましたが、幅広い代替医療の世界を、自分なりに噛み砕いて解説するには、実際、意外に短い期間でもありました。独自な解説を心がけた分、マイナーな領域の解説には手が回りませんでしたが、そうした百科事典的なものはいろいろと出ているかと思いますので、これはこれで良かったのかな、とも思います。

 時代はどんどん進んでいます。これまでは目新しかった「代替医療とは何か」という問いも、もうそれほど目新しいものではありません。代替医療の中身の理解から、そろそろ一歩踏み出す頃でもあります。それが「統合医療」でもあるのですが、前途は多難です。いろいろな統合医療モデルが出され、より混乱をきわめるのもこれからでしょう。そうした中で、より実際的なモデルの提出がこれからの大きなテーマのひとつと考えています。このブログをはじめ、雑誌や出版媒体などさまざまな場で考えて行きたいと思います。

 ちなみに、先日、ある方から「統合医療とは、さまざまな代替医療を総合的にナビゲートすることなのか」と聞かれました。ある意味「正解」です。こうした統合医療の解釈はアメリカ的のような気がします。アリゾナのワイル博士の提出する統合医療モデルはまさにこうした形式を目指すものとも言えるでしょう。医療におけるゼネラリストが認知されるアメリカになじみやすいモデルでしょう。私のクリニックもこうした機能を果たしていることはいうまでもありません。

 では、日本ではどうでしょうか。もちろん、こうしたモデルは一部の人にはちゃんと認知されるでしょう、が、一般的にはまだまだ難しいと思います。さまざまセラピーが並立する中で、「結局、何をしてくれるんだ」という要望がやはりもっとも強く出てきます。結局、どんな変わったことをしてくれるのか、という問いの段階です。おそらく、これは文化的、社会的背景の相違によるもので、優劣の問題ではありません。しかし、アメリカ型をそのまま導入するわけにもいかない、という問題はここにあるのです。そのため、当院ではメインの療法として、漢方・鍼灸・ホメオパシー・サプリメントなどを行っています。つまりナビゲーター機能に加え、スペシャリスト的機能も持っている、という形式としています。そしてこれが私の現状考える、日本に適した統合医療モデルでもあるのです。

 統合医療という概念は確かに広すぎます。だからこそさまざまなモデルを、現実の医療問題と合わせて考えていかなければなりません。そして、こうした患者さん主体の医療がむしろ普通になって、「統合」という言葉要らなくなる段階に到達したいものです。そうした意味で統合医療を考えることは、新たな時代の「医療」そのものを考えることに他ならないのです。


tougouiryo at 2007年09月22日20:52|この記事のURLComments(0)

統合医療についての誤解

 さまざまな代替医療があるなかで、統合医療というものの存在意義のようなものは何か、分かっている方も多いかと思いますが、あらためて少し書いてみようと思います。

 よく勘違いされるのは、漢方、鍼灸、ホメオパシーいろいろな分野の専門家がいるのに、いいとこどりだけで、そんなものでいいのか!というもの。それぞれの専門の方がいて、それを深めるのはいいことですし、異論はありません。ましてや、それぞれの奥深い専門を、完全に理解しているなどとも思っていません。だからこそ、それぞれの領域の代替医療のみを(例えばアロマならアロマ、鍼なら鍼)求める方は、そうした専門家が適しているといえるでしょう。

 しかし、現実の臨床では、どれにかかったら良いのか、どれが自分にあっているのか、といった代替医療の領域横断的な相談が多いのも特徴です。そもそも代替医療だけで良いのか、という問題もまた大きく存在します。だからこそ代替医療のみに組みすることのない「統合医療」という概念があると思います。

 だからこそ私のクリニックでは複数の代替医療を扱う形式にしています。それでも、それぞれの専門家がいるのだからおこがましい、という意見も聞かれます。しかし、境界領域も実際にはニーズが多いのです。つまり、しっかりとした精神科医がいて、しっかりとした内科医がいたとしても、やはり心身相関を注視する心療内科医はまた別に必要なのです。多様化するニーズの中、さまざまなものに対応することも大切なことです。どれかひとつだけに限定しなければいけないというのは、タコツボ的な基礎研究でもない限り、現実としてはありえないものです。これは臨床に携わるものでしたらだれでもわかることといえるでしょう。

 つまり、広く浅くでも、代替医療をナビすることで、その人に適するものを探し出すことができれば、それも私の考える統合医療の目的といえます。ちなみに「統合医療」はまだ未熟な概念です。よって解説する方によっては異なった解釈をするかたもいるかと思います。なのでこのサイトで、私の主張する「統合医療」は私の考える統合医療」であることをお断りしておきます。

 また一部の方は、統合医療を「アンチ科学」「アンチ現代医療」のように捕らえている方もいるようですが、これは完全な誤解です。「統合」と称しているのは(実際に難しいことですが・・・)現代医療と代替医療の双方の立場を否定しない、ということの現れです。これは代替医療という言葉を使わない一番の理由でもあります。なので、私のクリニックでも手術や薬物療法が必要であればお勧めするのはいうまでもありません。また、代替治療だけでも大丈夫な状態であれば、ニーズにしたがってサポートさせていただくのもいうまでもありませんが・・・。

 クリニックでは、こうした私の「統合医療」の考えに加えて、十分な時間をとった診療によりナラティブ(患者さん一人一人の語り)を重視した診療をこころがけています。理想はまだ遠いのでしょうが、医療の基本は相互関係にあると考え、丁寧な診療を続けて行きたいと思います。

 今回は、誤解されやすい統合医療の側面についてと私のクリニックでの考え方を少し紹介しました。蝉の声も消え、だんだんと秋の気配ですね。


tougouiryo at 2007年09月10日00:05|この記事のURLComments(0)

漢方・鍼灸と統合医療

 今回は、日本での「統合医療」のありかたについて、少し考えてみたいと思います。

 言うまでもなく今日用いられる「統合医療」という言葉は、近年の代替医療の台頭を背景として欧米で使用されてきた言葉の和訳です。こうした動向を知らない一部の方の中には「統合」という日本語にひっかかって、もしくはその前段階の「代替」という言葉にひっかかって、統合とは?代替とは?というような禅問答に持ち込む人も少なくありません。しかし、訳語であることから、あまりそこにこだわっても仕方ないのです。ここでも、その議論はすでに学会などでやりつくされているので避けることにします。

 では「統合医療」という言葉は、本当に欧米由来のみ、なのでしょうか。日本では古くから「漢方」「鍼灸」の歴史があり、保険適応されていることから、現代西洋医学と伝統医学との併用問題は存在していました。近隣の中国・韓国はそれぞれ別個の資格を有する医師がいるわけですが、日本では、医師免許をもつ医師のみが両者を併用することが法的に可能である点が大きく異なります。

 こうした状況下で、一部では「漢方こそが正当で、西洋医学が代替なのだ」とか「CAMに漢方は分類されない」といった主張がされ、一方に偏る論調もありましたが、一部では、未来の日本の医学では西洋医学と東洋医学の理想的な共存を思い描く東洋医学関係者も少なからず存在していました。

 こうした流れのなかで早くも1978年に明確に「統合医療」概念を提唱したのが広島県の外科医、小川新先生でした。小川先生は腹診発展に寄与した著名な漢方医でもあり、まさに東西の医学を実践されていた先生でした。私にとっては学生時代ならびに、卒後数年の休みの時には医院にて臨床を教えていただいた恩師でもあります。

 こうしたわが国での東洋医学関係者の永きに渡る努力が、今日の日本での「統合医療」理解の素地になったことはいうまでもないでしょう。われわれは、こうした背景から、欧米の統合医療の動向を理解しつつも、わが国独自の「統合医療」を形成していかなければならないでしょう。私自身も自分のクリニックで、漢方・鍼灸を重視するのはこうした理由からです。もちろん、非常に有力なサプリメントやホメオパシーも大切なのはいうまでもありません。しかし、概念ではなく、臨床モデルとしての日本の「統合医療」をしめすにあたり、漢方・鍼灸を主軸にすえることの重要性を感じています。

 それぞれの「統合医療」というものがあっていいと思います。ただあまりに「統合医療」ということばの氾濫が多いような気がしたことと、日本からも30年も前にすでにこの概念が発信されていたことを知っていただきたくて今回はこうした内容にしてみました。


tougouiryo at 2007年04月12日00:07|この記事のURLComments(0)

時代背景から考える統合医療

 今回は統合医療というものを、私(小池弘人)の意見として、その時代背景から再認識してみたいと思います。いわゆる現代西洋医学が壁にぶつかって、その限界を超えるべく代替医療と総合されて生まれた、という、これまでのストーリーだけで語れるものなのでしょうか。

 医学概論研究において著名な中川米造によると、医学の要求される課題による時代区分としては次の4つに分けられるという。(中川米造「学問の生命」)

(1)侍医の医学:特権階級をその生活の中で体調の変化を細やかに見ていくもの。各種の伝統医学は基本的にこの見方によっている。こう考えると「未病」という古くて新しい概念が伝統医学に根付いているのも、納得する。対象はきわめて限られている。

(2)開業医の医学:特権階級よりは広がるが、まだ不特定多数が対象ではない。(1)と(3)の中間的位置。

(3)病院の医学:宿泊所ではなく、重病者の収容施設的な病院を中心とした医学の段階。社会的費用により医療が行われ、客観的方法論により「医学」が急速に発展していく。こうした過程のなかで、「病人」から「病気」へと対象がシフトしていくとも考えられる。「病気」という共通要素がよりクローズアップされる段階。

(4)社会の医学:さらには、環境や福祉といった社会的な要因が強まり、社会と医学の関連に進む。現代の高齢化社会などの諸問題などもここの範疇といえよう。

 こうした医学の流れの中で、統合医療は明らかに(4)の中で誕生している概念である。統合医療の中に自然環境との関連するセラピーも多いことが分かるだろう。では、それだけであろうか。統合医療関連の講演を聴いていて、感じる基本概念は「患者中心主義」である。これは(4)の範疇としていいのだろうか。

 ここに、自分を個々の生活の流れの中で捉えてもらいたいという気持ちが含まれている、と考えられるのではないだろうか。すると(1)の範疇に近くなる。いうまでもなく統合医療を形成する大きな柱は伝統医学である。また、病気を未然に防ぐことを目的に「未病」への関心も高まっている。これらはまさに(1)の再来ではなかろうか。「特権階級」というと聞こえが悪いが、自分を細やかに見てもらいたいという希望はまさに(1)における基本的な感情である。

 (4)の段階に入りつつも、ただただ「社会」という広い対象に広がり続ける、というわけではないのが人間の性。ここにあらたな形での(1)への回帰運動が生じるのも自然な流れといえよう。統合医療希求の底流にはこうした、背景もあるのではないだろうか。中川氏の区分による(4)から(1)への回帰(ただしこれは全くの回帰ではない。らせん状に段階は上がっているのかもしれない)ともいえる流れに統合医療は位置するのではないだろうか。きわめて個人的な医学体系でありながら、いわゆる「エコ」的要素を強く持つ。統合医療誕生の背景にはこうした時代のうねりが感じられる。

 ただ統合医療は新しい医学だ、と言っているばかりでなく、その時代的位置づけもそろそろ冷静に考える段階に入っている、といえる。

 なんでもくっつければ良い医学、という能天気な考えではなく、その意味するところを少しでも深く考えてみたいと思い、今回はこんな内容にしてみました。


tougouiryo at 2006年10月17日23:51|この記事のURL

統合医療の定義・概念について

 

ここでは「統合医療」といわれるものの定義・概念について考えてみたい。統合医療という概念は様々な人により、その人なりの言葉で語られることが多い。そうした意味では、ここでの私の議論もそのひとつとして位置づけられるであろう。それぞれの人が、それぞれの思いを込めて語られた統合医療があるわけであり、それ自体は悪いことではない。しかし、様々な意味が込められることからくる混乱もないわけではない。そこで、ここでは少し引いた立場でこの「統合医療」の概念について考えてみたい。

まず第一に、その根幹をなす概念は「現代医療と相補代替医療の統合された医療体系」である。

そして次に、そこから派生してくる概念が加わるとみていい。つまり現代医療についてはわざわざ説明することもないが、相補代替医療の持つ背景が加わることに大きな意味合いがある。巷間語られる「統合医療」のイメージはこちらの影響が大きい。誤解のないように述べておくが、基本的にはそのどちらにも傾くべきではないが、いわゆる現代医療との比較において統合医療は、相補代替医療より、になるといえる。これを色彩で説明してみよう。つまり、「白色」=「現代医療」、「黒色」=「相補代替医療」(白黒に別に意味はない)とすると「統合医療」は「灰色」になる。これは、「無色」の側からすれば「有色」である。しかしあくまでも「灰色」であってすべての絵の具を混ぜた結果の「黒色」とはことなる。こういった事情に近いのではないだろうか。あるから、時折「無色」の側から「有色」全体へ批判がなされる。ひとつの健康食品のために「相補代替医療」全体へ非難されることも珍しくはない。この辺の事情は、薬害があったとしても「現代医療」全般が批判されないことと対照的である。

そこで相補代替医療により付加される概念とは、どのようなものであろうか。それは「患者中心主義」ないしは「受診者側主導」という言葉に代表されるであろう。受診者側が主体であるから、医師の側はあくまでも、脇役である。ガーデニングを行う庭師、とも言える。主体である人が主体性を持って、決定し、実行していくのである。さらに要素還元主義への懐疑や持続可能性といったキーワードもここに含まれてくる。つまり、統合医療を議論するときに出てくる、様々なキーワードはここに起因するといえる。こうした事情が、ワイルの著作の翻訳者でもある上野圭一氏の指摘する「統合医療の軸足は代替医療にあるべき」という点ではなかろうか。

上記の議論を簡略にまとめると以下のようになる。

 

概念1:統合医療とは現代医療と相補代替医療の統合された医療体系である。

 

概念2:相補代替医療は、受診者中心で治療者は庭師、という視点をもち(ここから必然的に現代医療のパターナリズムが批判される)これらが統合医療へ継承される。(相補代替医療独自の事情)

 

通常、概念1のみでは不足といわれ、概念2が入るとそれぞれの思いが交錯して議論が宙に浮いてしまうことの一端がおわかりいただけたように思う。専門家以外はどうでもいいようなことではあるが、概念の混乱は、今後、あまりいい影響を及ぼさないだろうから、ここで整理しておく意味もあろう。これはまた、逆の抑止力ともなる。つまりあらゆる現代医療批判や怨念の中、統合医療がさも完全・最高であるかのような思い込みを持ってしまうことの危険性に対してである。あらゆる理想を盛り込んだ医療が「統合医療」ではないのである。ここのところの誤解が無いように、ここであらためて「概念」について考えてみた。


tougouiryo at 2006年08月17日23:06|この記事のURL

統合医療とは

 ヨガや太極拳などの運動、サプリメントや健康食品、さらには漢方などの伝統医学、これらをまとめて「相補代替医療」(Complementary and Alternative Medicine:CAM)という。この相補代替医療を、現代の通常医学(いわゆる現代西洋医学)とあわせて、患者中心主義に基づき理想的に統合したものが「統合医療」(Integrative Medicine:IM)である。近年、相補代替医療に期待する多くの一般市民の支持を得て、注目を集めている概念である。相補代替医療と同義ではない。

米国国立補完代替医療センターよる「代替医療」の定義

w国立補完代替医療センターによると 「代替医療とは現時点では通常医学の一部としては一体化していないヘルスケアあるいは医療をさす。一般には代替医療は、医師(MD)やオステオパシー医師(DO)によって行われてはいない医療であり、現代西洋医学や主流医学などとは異なる。なお代替医療として分類される医療行為のリストは、社会情勢や科学的根拠などに基づいて変更され続けるものである。」

 

相補代替医療の種類

w民族療法・・・漢方医学、アーユルヴェーダ、ユナニ医学、自然療法、ホメオパシー

w食事・ハーブ療法・・・栄養補助療法、花療法、ハーブ療法、ビタミン療法

wバイオフィードバック、催眠療法、リラクゼーション、イメージ療法

wアニマルセラピー、園芸療法

w温泉療法、太極拳、ヨガ、気功

wアロマセラピー、芸術療法、音楽療法

w指圧、カイロプラクティック、リフレクソロジー

wその他

 

相補代替医療の本質

w各国の伝統医学

w現代医学に対抗して生まれた比較的新しい医学体系

w民間療法

w心身のコントロール技法

 

 


tougouiryo at 2006年07月24日08:36|この記事のURL