統合医療教育

保健学教育における統合医療

はじめに

4年制大学における保健学教育が定着してくる中、保健学という概念の再構築が迫られている。つまり「保健学とは何か」という問いに対する答えが求められている。そこで、群馬大学医学部保健学科における「統合医療」への新たな教育の取り組みを紹介し、今後の保健学のあり方を考えてみたい。

 

健康生成論

そもそも医学とは疾病を治療することを中心とした概念である。したがって、病態それ自体の解析を中心としたPathogenesisの立場に立脚している。一方、保健学という概念はどうであろうか。文字通り健康を保つということから、「健康」がその中心概念であるのはいうまでもない。ここにイスラエルの社会学者Aaron Antonovskyの唱えるSalutogenesisという立場がある。これは健康生成論と訳される概念であり、自らの健康的側面に積極的に注目する立場であり、保健学という立場と符合する概念である。つまり疾患からではなく、健康な側面から人間を見ていこうとする立場ともいえる。ここでは、健康をより積極的に高めるための「リソース」の存在が重要となる。具体的にはリソースとは、健康生成のためにどのようにすべきか、という対処法としての「資源」といえる。いま、新たな「保健学」が求められる中で、従来通りの食事指導、運動指導のみで、リソースとして有効なものになりうるのであろうか。そこで我々がそのリソースとして注目し、実際に取り入れているのが「統合医療」という概念である。

 

統合医療

ヨガや太極拳などの運動、サプリメントや健康食品、さらには漢方などの伝統医学、これらをまとめて、相補代替医療という。この相補代替医療を、現代の通常医学(いわゆる現代西洋医学)とあわせて、患者中心主義に基づき理想的に統合したものが「統合医療」である。近年、相補代替医療に期待する多くの一般市民の支持を得て、注目を集めている概念である。我々はこれまで、健康生成論の立場から、この統合医療をリソースの源として、積極的に保健学に導入してきた。ここに、その取り組みのいくつかを紹介する。

平成15年、相補代替医療を積極的に保健学に取り入れていくことを模索する「相補保健学研究会」を立ち上げたことが、一連の保健学科における取り組みのきっかけとなっている。この研究会は検査技術科学専攻教員を中心に、保健学科各専攻有志で相補代替医療の各論を学習するものであった。さらに、各自の専門領域において、どのような展開が可能であるかも議論しながら進めていった。

 

未病臨床検査学

こうした進展を受けて、筆者の担当していた臨床生体機能学講義内の1コマとして「未病臨床検査学」という授業を開始した。これは従来の脈波検査をはじめとした非侵襲的血管検査やPoint of Care Testing(POCT)の概念を、予防・健康指導の立場から再構築した講義内容である。未病という用語が耳慣れないと思われるので若干の解説を加えておきたい。未病とは健康とは言えないが、明らかな病的状態ではないことをいう。つまりは病気の前段階である。この未病をいかに早期に発見し、さまざまなリソースによって解決をはかるか、という問題は、今後、予防医学と臨床検査を考える中で重要なテーマとなっていくであろう。すでに、未病の分野における臨床検査の重要性は認識されつつあり、日本未病システム学会においては、臨床検査部会が設立されており、毎年「未病臨床検査勉強会」が開催されている。この意味でも、本学におけるこの講義は、その先駆けとも言えるものである。そして統合医療の守備範囲は未病に限られるものではない。

 

統合保健医療論

また筆者は、すでに開講している「全人的医療論」や「ターミナルケア論」といった講義において、保健学における統合医療の役割についての講義を行ってきた。

こうした取り組みを受けて、平成17年度の新カリキュラムから、専門基礎・支持的科目として「統合保健医療論」(15時間)が開講される運びとなった。これは、前述の統合医療関連の授業群を集中、拡充したもので、加えてストレス検査やPOCTの理解をさらに深める内容となっている。つまり保健学全体を統合医療の観点から再検討し、より広い体系を作ろうと意図するものである。その講義内容は、検査・看護・理学・作業の各専攻における相補代替医療の利点と問題点、具体的な相補代替医療の各論概説などである。

さらに近年、健康食品への関心が高まる中、臨床検査技師が取得可能な健康食品指導士の教育を行う「健康食品総論」(30時間)もあわせて開講する。ここでは、近年注目されている糖尿病療養指導士の知識と同様に、病院の内外を問わず臨床検査技師が健康指導を行っていくにあたって必要な知識を講義する。今後の臨床検査技師の職域拡大に大いに役立つと考えられる。この教育も統合医療教育の一環として位置づけている。

  

地域保健への展開

最後に、学生に対する教育以外に、地域住民を対象にした教育講座も、これまで併せて施行してきた。健康フェスティバルへの参加や地域保健センターにおけるセルフケア講座の開講、群馬大学公開講座「実験相補代替医療入門」の実施などである。ただ健康にいい、とされるものを教育・指導するだけでは、一般の方々の満足は得にくい。つまり、指導には、適切な評価が付随することが望まれているのである。こうした観点から、まず初めに健康フェスティバルへの参加に伴ってアロマセラピーを施行し、その評価を加速度脈波の測定により行った。ついで、地域保健センターにおいて統合医療セルフケアプログラムを指導し、その効果を同様に加速度脈波や心理テスト(POMS)で評価した。また、同様の取り組みを群馬大学公開講座においても施行した。また、アニマルセラピーの効果も臨床生理学的に評価した。これらの取り組みは、統合医療の科学的評価目的のみならず、地域住民の方々に検査の重要性を理解していただく一助になったのではないかと考えている。

 

まとめ

以上、統合医療教育に関する群馬大学の取り組みを紹介した。今後、医療の専門分化が進む中、総合化・統合化の需要はますます高まるであろう。また、相補代替医療を中心とした様々な健康情報が、今後さらにマスコミを賑わすことは必至である。我々は、様々な社会のニーズに答えうる保健学という基盤に立脚した、新たなスタイルの保健学の専門家の育成を目指していきたいと思う。教育の多様性が叫ばれる中、今後、各校独自の保健学教育法の発展に期待したい。

 

 

 

参考文献

1)小池弘人. 保健学における未病. 未病と抗老化 2005; 14: 18-21.

2)小池弘人, 松井弘樹, 吉田朋美, 柳奈津子, 馬庭芳朗, 横山知行. 加速度脈波カオス解析によるアロマセラピーの臨床効果判定の検討. 群馬保健学紀要 2003; 24: 81-85.

3)小池弘人, 佐藤久美子, 松井弘樹, 徳田史恵, 吉田朋美, 柳奈津子, その他. 相補代替医療を主軸とした地域保健活動の検討. Kitakanto Med J. 2004; 54: 119-124.

4)小池弘人, 宮崎有紀子, 松井弘樹, 佐藤浩子, 原文子, 横山知行, その他. 公開講座 実験相補代替医療入門. 群馬保健学紀要 2004; 25: 191-195.

5)Koike H, Matsui H, Kaneko M, Kamata T, Motooka M, Suzuki T, et al. The Effect of Animal Assisted Therapy with a Dog on the Autonomic Nervous System. Kitakanto Med J. 2004; 54: 1-4.


tougouiryo at 2006年07月24日09:12|この記事のURL