いわゆるブログ!

スギ花粉のレメディ 花粉症のホメオパシー

 そろそろ早い方ではスギの花粉症症状が出てきているようです。私も、普段マスクしているので、鼻の症状は感じないのですが、眼の症状(瞼の際の違和感)は先週から少し感じてきました。クリニックに通院されている方も、そろそろ違和感を感じるようです。このブログをご覧の方も検索ワードに「花粉症・ホメオパシー」が増えているので、同様なのでしょう。

 例年のこの時期からおすすめしているのが、花粉症のレメディです。ホメオパシーなので、科学的嗜好が強い方はアレルギーを持つかもしれませんが(笑)、こと花粉症対策としては、是非ともおすすめのアイテムです。(ちなみに当クリニックでは月ごとに、ホワイトボードに健康増進のためのおすすめアイテムを掲示しています!)

 薄めたものを用いる、その利用方法は、舌下免疫療法においても発想は同じですが、生成方法や希釈濃度などに若干の差があります、というより法的な差異が最も大きいといえるかもしれません。いずれにせよ、日本のスギ花粉から作られたレメディを、舌下に毎日1粒ずつとるだけですから、負担は極めて少ない療法です。毎日1粒、2か月ほどの継続が通常の方法となります。

 このレメディに関しては、仙台の朴沢先生らにより既に研究発表がされています。19施設125名の患者さんを対象にした研究の結果、対照群では半数の患者さんがほぼ毎日抗アレルギー薬を服用せざるをえなかったのに対して、レメディ服用群では42.6%の方が1週間で0〜2錠の抗アレルギー薬服用で症状を抑えることができていたというものです。これが単年の結果なのですが、さらに継続すると結果が良くなります。つまり、
2年3年と継続することで有効性が高まり、4年経過時点で、80%の方が抗アレルギー薬を全く服用しなくなったという結果が出ているのです。

 この治療はホメオパシーのカテゴリーですので、いわゆる「代替医療」枠の治療法ではありますが、海外の報告もあわせるとかなり良い結果がすでにあるので、ただ漫然と「抗アレルギー薬」に頼っている方にはぜひとも試して頂きたい治療法です。ホメオパシーが嫌いでも、この花粉症レメディは、かなりの方に効果を実感して頂けるのではないかと感じています。

 ご興味ある方は、当クリニックまで、お問い合わせ、ご予約下さい。個々の体調に合わせた診察の上、処方可能です。

 ちなみにこの方法は、他のアレルギーにも応用可能で、レメディの種類を変えることで、スギやヒノキに限らず、ハウスダストや、犬や猫のアレルギーなどにも効果的です。当院でもアレルギー治療として用いております。スギ以外のアレルギーの方もご相談ください。

tougouiryo at 2021年01月18日18:21|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go 統合医療編 (折衷と多元から「城」をみる)

 お城のブログとして、医療ブログとは一線を画して連載していますが、じつは全く無関係ではありません。ウィルバーの4象限の「ITS」の実例でもあるのは、これまで書きましたが、多元主義理解のための実例でもあるのです。

 教条、折衷、多元、統合という、複数のカテゴリーの括り方の差異について、統合医療という概念は極めてあいまいであり、それゆえに現在でもその概念の混乱がある、というのが私の主張なのですが、これの具体例として、結構、城の分類が役に立ちます。

 いわゆるお城を時代的に大きく分類すると、古代山城、中世山城、近世城郭に大別できます。少なくても100名城などの城巡りでは、これらのどこに分類されるのかを意識しながらめぐることで。ポイントを外さずに済みます。

 古代山城に関しては、大和朝廷の対外政策の関連なので、少し例外的なのですが、中世山城はまさに「折衷」から「多元」への移行、近世城郭は「多元」から「統合」への移行、を象徴しているように思います。
 応仁の乱以降の混乱期から、戦国時代へと突入、次第に吸収合併が進んでいくさまは、まさに折衷状態が、力の強さによって教条(統合)へと向かう様子そのものとも見れます。この過程がまさに中世山城的です。
 それから織田信長による安土城築城から、統合への意図がちらほらと透けて見えるようになります。それでも、各地の大名が群雄割拠した政局が続くため「多元的」状況が続き、或る意味そのまま近世江戸期に入ります。そしてこの幕藩体制そのものが、「多元的」政体とも言えます。
 このようにして見ると近世城郭を「多元」とみなすことが出来そうです。そして明治政府の樹立により近代国家が形成され、廃藩置県が断行されることで、「統合」(そしてある種の「教条」)が完成されたと見ることもできるわけです。

 これまで、多元と折衷の違いなどでは歴史的視点で解説してきたのですが、城との関連で今回は解説してみました。ご興味ある方は、直接聞いてください。もっと分かり易く説明します(笑)

 いずれにせよ、こうしたモノサシ📏の導入により城も統合医療も、混乱を少しはのぞけるのではないでしょうか。でも、こうした混乱で困っていないという方に提案しても、あまり必要性は感じないかもしれませんね…年末の学会発表での「統合医療の可視化」も、ほとんど諸先生方の反響ないままなので・・・(T_T)







tougouiryo at 2021年01月17日17:26|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (彦根城)

「ひこにゃん」で有名な彦根城(50・滋賀)は小谷城と合わせて訪問していますので、押印は平成26113日、彦根城表門券売所にてスタンプを押しています。

 この城は、関ケ原の戦いの後、井伊直政が佐和山城を破却して、新たにその近在に築城したことが始まりとされます。
 天守は国宝で、譜代筆頭の井伊家の格式に見合う華麗な三重天守です。それでも玄宮庵からの天守の姿は、最上層の華頭窓が「目」のようになり、笑っているようなキャラクターの顔にも見えるので親しみやすくもあります。
 城全体は平山城で、その山麓には大規模な御殿が復元されており、総石垣の素晴らしい近世城郭になっています。

 築城にあたっては天下普請とされますが、築城者の井伊直政が計画の二年後に亡くなるなどしたこともあり、20年の歳月を経て完成に至ります。
 この城が現存しているのは、明治維新において彦根藩が新政府側についたことや、明治天皇が巡行された折、破却されることを惜しみ保存を命じたからとされます。
 いずれにせよ井伊家の天皇家との並々ならぬ深い縁を感じさせるエピソードではあります。また、築城に貢献した直勝が安中藩に移封され(病弱のため大阪の陣に参陣出来なかったことが理由とされる)二代藩主に直孝がつくあたりの事情も、通説通りではないような雰囲気を感じます。

 非常に見どころも多く、きれいなお城です。天秤櫓など建築による防御を考えるときにとても参考になります。また、井伊直弼ゆかりの「埋木舎」は、不遇をかこった人物の若き日々が偲ばれ、ここから天守を見上げたのかななど考えると、感慨深いです(直弼がその後の運命をどこまで知っていたのかは不明ですけど)。
 ちなみに年末の「やりすぎ都市伝説」で、お龍の(龍馬の後の)夫が、彦根藩出身であるという事実は、驚きました。お龍をたどるといろいろありそうですね。詳細はしらべてみてくださいませ。





日本の城 改訂版 6号 (彦根城) [分冊百科]
デアゴスティーニ・ジャパン
2017-02-21



お龍と龍馬
大至(ダイシ)
エイフォース・エンタテイメント
2010-12-01


tougouiryo at 2021年01月16日05:00|この記事のURLComments(0)

明日のジャングルカンファレンス 追加資料

 明日のジャングルカンファレンスの追加資料的な記載です。既にお知らせしましたように、明日予定のジャングルカンファレンスはオンラインでの開催となります。

 これまで、リアルのカンファレンス形態に準じて、オンライン開催をしてきましたが、若干の間延びした感じがしてしまい、実際の対面での開催と差異が生じてもいました。そこで、これまでリアルな開催では、自分の職種などの自己紹介くらいしか発言の枠に制限を設けてきませんでしたが、新たな「型」のようなものを設けたいと思います。

 今回からの試行錯誤ですが、参加される方は少し考えてきてください。具体的には、3つの質問形式を自分なりに答えを出して発言して頂きます。以下のような3つです。

(1)うまくいくであろう方法論を3つほど挙げる(現代医療でも、オルタナティブでもOK)
(2)うまくいかないであろう方法論を3つほど挙げる(現代医療でも、オルタナティブでもOK)
(3)自分がうまくいかない場合を3つほど挙げる(現代医療でも、オルタナティブでもOK)

 ここにはあえて、自分がうまくいくというパターンは挙げていません。当然うまくいくであろう見通しがあるから自分が行うわけですから、あえて問い直すという作業をいれません。この過程のキモは、内観療法で言うところの「迷惑をかけられたこと」があえて抜けているということと、同義です。(わからない方は明日JCにて質問してください!)

 うまくいくパターンの主張ですと、各自がそれを次々展開するだけなので、同じ展開になることが多くなるのと、正統すぎる現代医療的なコメントで議論が先に進まないからです。

 これまでもいろいろなカンファレンス展開を見てきたのですが、色々な方法論の紹介がでてきても、それらへの総括的なコメントなしで先に進めて、現代医療的な見解のみ出してしまうと、いわゆる多元的統合医療のカンファレンスにはならないからです。「こころ」の問題をさんざん議論した後に、精神科受診を勧める結論だけでは、せっかくの参加者のモチベーションも下がるのみでしょう。

 そうならないためにも多元的に複数の方法の是非を、全員に供覧して、みなで多元的に考えてみるのです。すこし最初は難しいかもしれませんが、これこそがジャングルカンファレンス開催の意義そのものですし、こうした多元的な視点を持つように訓練する道場が「ジャングルカンファレンス」なのですから、この3つを考えることは基本に立ち返ること、そのものでもあるのです。

 明日は一時間ほど、こうした形式に基づいてカンファレンスを試行してから、今、もっとも関心があるであろう非常事態宣言下での各自の治療院等の運営についても意見の交換をしてみたいと思います。


 また偶数月開催のジャングルカフェについても、カンファレンス同様、若干の変更を加えようと思います。
 これまで症例検討以外の事項をいろいろと話し合ってきましたが、それに加えて、課題図書的なテキストを用いて、広く多元的な統合医療について、話題にしながら展開していく予定です。やってしまえば、特段難しい内容ではないので、まずは参加してみてください!

 オンライン開催になり、統合医療カンファレンスの本当の意義が改めて問われているように思います。「統合医療」は多彩な施術を含めた代替医療の「かっこいい言い替え」ではありません。この大きな枠に自らの方法論を入れ込むことで、その技法自体が進化していくというものでなくてはならないのです。ある方法論の勉強会のみでは早晩パターン化し固着する思考を、「多元的統合」の大きな枠内で進化させ、新時代に適合できるような形態にメタモルフォーゼしていくことが究極の目的です。

 お城ブログ(お城へToGo)を連載していますが、お城めぐりにもこうした読み違いがあります。お城を訪問した際、100名城であれば、そこのスタンプを押印するのですが、人によってはこの「押印」という手段が、目的に転化してしまうようなものです。つまりスタンプを押せば城をみなくても良い、というような状態です。
 別に100名城であればそれも一つの楽しみ方ではありますが、統合医療の実践であれば、それでは困ります。というか、それだと何ら面白みがありません。
 ただ統合医療と称する場に行ったことがある、というだけで何ら自分の技法の向上につながらないのですから。我々はスタンプも押すけれども、城も満喫する、という状況を目指したいと思います。
 統合医療の場に一度行ったことがある、というだけでなく、多元的な統合医療の思想に触れ、自分のものにして自らの技法をより向上させていく一助にする、ということを目的にしたいと思うのです。




tougouiryo at 2021年01月13日18:36|この記事のURLComments(0)

『身体構造力』から考えたこと

 伊東義晃先生の『身体構造力』について、かつて簡単にご紹介したのですが、ブログ読者の皆様の閲覧数が多いのと、私自身も再読してあらためて賛同するところも多いので、再度、ご紹介したいと思います。

 身心工房リボンのメンバーとともに、内輪のカンファレンスを年始に開催した折にも、各自のセラピーへの思いに関して、本書と齟齬があるか、あるとすればどのような点なのか、など各人で考えてみるようにテーマを出しました。

 私自身、「愛」と「宇宙」のような安易なキーワードを用いることの問題点や、あくまでも「身体」にこだわるという視点を重要視するという点は、甲野先生の著作や、先生との時折の会談などを通じて、よく語ることではあるのですが、近代主義的世界観から整然と説明している本書の意義は極めて大きいと思うので、あらためて課題図書的に紹介しました。

 私個人の問題意識としては、明治期の霊術的な事柄の分析が近代思想の理解への、図と地の反転のように使える可能性を感じることができ、このあたりをまたもう一度勉強しようという気になっております。

 自らの流派の方法論において、スピリチュアル系への過度な傾倒を問題視していたセラピストも非常に関心を持って、この書籍の紹介を聞いてくれていたようですので今後の展開が楽しみです。
 とくにセラピストの方々には全3章のうち、第2章を重点的に考えてみると良いのではないでしょうか。

 とても参考になるフレーズがいくつかあるのでが、今回はその一部をご紹介し、また後日、さらに追加して皆様と供覧してみたいと思います。
 まずは整形外科的な治療などについて。EBMの視点と合わせ、よりベストなものを探求するにあたっての記述。

「制度上それしか打つ手がないために行われるはずの処置」が「医療判断として最善」だという誤解に至ってしまうのには、そんなに時間はかかりません(114頁)

 というところ。知らず知らずのうちに行われる思考停止を指摘したこの文章は、バックミンスター・フラーも『宇宙船地球号操縦マニュアル』にて

 船が難破したとしよう。救命ボートもすべてなくなった。見るとピアノの上板が流れてくる。これがつかまっても十分浮力があるものなら思いもかけない救命具になる。といって、救命具の最良のデザインがピアノの上板というわけじゃない。

 と記載しているのと一脈通じるように思う。私たちは日々、こうした思い込みの中にいることを改めて感じる感覚を忘れていけないように思うのです。
 また機会を見つけて、気になった文章を備忘録的にピックアップしてみたいと思います。



 
tougouiryo at 2021年01月12日05:00|この記事のURLComments(0)

江戸城を歩く! 城をひとつ!

 江戸城についてのブログ記事をあげたのですが、実際のガイドブックのようなものを聞かれたので、良さそうなものを推薦しておきますね。
 古地図と現代のコースが具体的に12コース示してあり、1〜2時間で各々めぐることが出来るという、まさに実践的ガイドブックです!
 アースダイバーなんてのもありましたが、これまでとは違った東京を、コロナ禍の後にでもゆっくりと味わいたいものです。



 城攻めといえども、人間模様が重要、ということをあらためて感じる歴史小説です。攻城は敵の心を攻めるという、なのです。春風亭昇太師匠、絶賛の一冊です!




tougouiryo at 2021年01月11日05:00|この記事のURLComments(0)

2021年1月の非常事態宣言を受けて、予定の変更等

 一月の非常事態宣言を受けまして、当院関連のイベントの変更などをお知らせいたします。

 まず、本年1月の開始予定でした「基礎医学塾」は、栄養・生化学の分野の学習予定でしたが、1月の開始を延期し、2月の下旬開催予定といたします。詳細は、本ブログにて再度掲示しますので。マメに見て頂けたら幸いです。内容は、以前お知らせしたものと変わらない予定ですので、参考図書やテキストもそのまま同じです。(すでに購入された方はご心配なく)

 今月開催予定の「ジャングルカンファレンス」について。開催日は今月14日木曜日で変更ありませんが、代々木開催予定でしたがオンライン開催に変更いたします。参加希望の方へは個別にアクセス方法をご連絡いたします。(昨年5月非常事態宣言時のカンファレンス形態と同様です)

 小池統合医療クリニックにおける診療は概ね予定通りではありますが、初診など、今後の予約を希望される方は、予約枠を「密」にならないように設定してありますので、少し予約が取りにくくなるかもしれませんので、お早めにお電話にてご予約お願いいたします。なお、既にご予約いただいている方は、特に変更はありませんので、ご心配なく。
 なお、日本統合医療センター・身心工房リボンに関してましては、担当のセラピストによって担当時間等が異なりますので、お電話にてお問い合わせください。


ジャングルカンファレンスについてはこちら!




tougouiryo at 2021年01月10日19:23|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (小谷城)

 新年あけてからはしばらく「近畿編」でいきます。

 今回は小谷城(49・滋賀)です。平成26113日に訪問しました。レンタカーにてまずは小谷城戦国歴史衣資料館で押印し、その後、番所跡まで車であがりそこから歩いて登城しました。

 浅井家は、久政の代に六角氏に敗れて以来、六角氏に服属していましたが長政の代になり、六角義賢に野良田の戦いで勝利し自立を勝ち取ったとされます。その後、六角氏との関係で優位に立つべく織田に接近、これにより長政はお市の方と結婚し、浅井三姉妹をもうけました。
 しかし、織田信長が越前朝倉を攻めると、金ヶ崎の戦いにおいて織田に反旗を翻し、姉川の戦いで朝倉とともに織田と激突します。この戦いで織田は勝利するものの、本拠・小谷城までは落とせず、信長との対立が続くことになりますが、こうした最後の舞台となったのが小谷城です。

 小谷城は、浅井の居館や家臣団屋敷があったとされる清水谷から見上げると、右手に本丸、左手に山崎丸がみえ、その中央に詰めの城としての「大嶽」が位置しています。
 この大嶽は容易には落ちず、織田軍は相当苦戦しているようです。しかしその後、ここも最終的には制圧され、山崎丸、福寿丸も落ちると清水谷から総攻撃をかけ、浅井久政・長政は自刃し、落城に至るというわけです。本丸の下部には赤尾屋敷跡があり、ここで長政は自刃したと伝えられています。

 この城の特徴としては、本丸より上段に、守護の京極氏を迎え入れたとされる京極丸、さらには地域で信仰される地主神を祀る山王丸があり、地域社会の統治においての配慮がみられるのが大きな特徴とされています。浅井の人間関係の機微のようなものが垣間見えますね。城郭から地域の人間関係が透けて見える良い例とえいるでしょう。

 ここもクマ出没注意がなされていたので、熊鈴をもっての登城となりました。くれぐれも皆さんもご注意ください。







 


tougouiryo at 2021年01月09日05:00|この記事のURLComments(0)

脳機能についてのおすすめ図書

 昨年末に、必要に迫られてニューロフィードバックやTMSについて調べる必要があったので、いろいろと買い込んで、ざっと関連分野を読んでいました。
 ポリヴェーガル理論の台頭と合わせて、ストレスよりトラウマの時代へ、といわれるようになり、これまでのストレス対策とは違った流れを知る必要が出てきています。
 最近の脳機能についてのアップデートもかねて、正月休み中のおススメ図書として挙げておきますね。

 まずはファッシアとの関連で、ニューロン学説とはポジ・ネガの関係にある「グリア」についての解説書。





 自律神経の二元論を越えて、第三の自律神経としてを社会脳として規定したポージェスの理論を、ものすごく深く、詳細に解説した労作。その他のポリヴェーガル本とは深さが違う!








 
 ポリヴェーガル理論を脳機能からみれば、ソマティック・マーカー仮説となりうる。脳を身体が規定しうる、というデカルトの考えに異論を提示したもはや古典的名著。


デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳 (ちくま学芸文庫)
アントニオ・R・ダマシオ
筑摩書房
2010-07-07



ダマシオの考えを理論的基盤として、看護・介護に革命的変革をもたらした実践書。

ユマニチュード入門
イヴ ジネスト
医学書院
2014-06-09





 トラウマをはじめとしたこれまで、なかなか困難であった症状に対しての回復方法を総覧的に解説。類似した方法論があふれかえる中、各技法の雰囲気が伝わる書。




 脳機能から、慢性痛のメカニズムを解説する医療従事者向け書籍。疼痛と脳の関係を新しい学説から丁寧に概略を解説。





 そしてこうした脳機能への介入の源流に位置するにも関わらず、その存在を消された天才科学者ロバート・ヒース。当時、禁断の領域に踏み入れたとされ、大きく批判された彼の理論は、現代の脳深部刺激法の端緒に位置付けられるにもかかわらず、何故、消されてきたのか。ドラマとしても非常に面白い書籍です!(特に時間ない方はこの最後の一冊がおススメですよ!)




 このコロナ自粛下で、人間の考え方、脳機能について少し考えてみたいと思っている方へ、ちょこっと専門的な本から、話題の一般書籍まで、ご紹介しました。
 

tougouiryo at 2021年01月03日00:00|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (江戸城)

 新年早々の第1発目は江戸城(21・東京)です。押印にはいきましたが、厳密には四谷にいるので毎日城内に入っているような感じです。

 それでも押印することで、その時、天守台を初めて見ました!
 大手門から三の丸に入り、現存する番所である同心番所、百人番所、中の門を通って、大番所と続きます。そこから本丸に上がり、大奥のあった広場を通過し、天守台へ。これまで天守が再建されることがなかった天守台(加賀前田藩)にのぼると本丸全体が見渡せ、とても気持ち良いです。
 訪問時は、かなりの外国人で、日本人の方が少ないくらいでした。たしかに自分も、その時まで、ここに来たことはなく、こんなに奥まで入れることも知りませんでした。それもこれも、城巡りをしなければ、一生来ることもなかったかもしれません。
 天守台からは汐見坂から白鳥掘を右手に見ながら、二の丸へ。二の丸庭園を通過して三の丸に戻ります。日本最大の巨大城郭、江戸城として散策してみると、感慨もひとしおです。
 最近、行ってないので、是非とも今年はコロナ禍の収束が認められたら是非とも再訪したいですね。(ちょっと現時点では全くメドが立ってませんが…)

 江戸の城の歴史としては、太田道灌築城が有名ですが、厳密には秩父氏が居館を桜田に築いたのが初めということです。この時、秩父重継は「江戸太郎」を称したそうです。その後に、扇谷上杉氏の重臣である太田道灌が、江戸氏の居館跡に、江戸城を築城。そして秀吉の小田原平定後に、徳川家康が入城するという流れになります。

 天守としては慶長度、元和度、寛永度の三度にわたって史上最大の天守が建造されました。家康は当初、秀吉政権下においては、天守を建造しませんでしたが、これは、秀吉存命中であると大坂城を超える建造物は建てられないからといわれ、蒲生氏郷が七重天守を有する中、天守無し、という状態でした。
 これはなるほど納得で、下手に建てれば大坂城より劣ったものにしなければならず、それだと格下であることを印象付けてしまうことになります。それゆえに征夷大将軍に任ぜられた7年後に天守を完成させるのです。

 しかし、こうして建てられた天守もわずか15年しか存在せず、2代秀忠により家康没後一年で取り壊されてしまいます。これは本丸御殿拡張のためといわれますが、さてそれだけなのでしょうか?(徳川期大坂城天守に家康天守は転用されたとも伝わっていますが…)

 そしてさらに、この秀忠の天守を3代家光が14年ほど壊してしまうのです!これは家康天守を壊した秀忠への意趣返しといわれていますが、きっとそうなのでしょう。祖父家康を神のように崇めていたといわれますが、単純に家康の子供なのかもしれません。
 ちなみにこれは推測でもなんでもなく、家光自身が家康の子供であると言っているのですが、教科書的には、それは尊敬の念の表れだということになっています。
 しかし、この天守の取り壊し戦争をみていると、やはり家康の孫ではなく、子供という気がしてなりません。まあいずれにせよ、家光による寛永度の天守は現在の20階建てのビルに相当するといわれております。

 ちなみに現在の天守台には、新井白石によって4代目の天守が提案されいたようなのですが、実際に建造されることはなく、天守台のまま、今日に至っています。

 とにかく江戸城は大きい。大きさとしては一般的な城郭の100倍ほどもあるわけで、現在の千代田区全体を超える大きさです。
 四ツ谷駅ひとつとっても、地下鉄丸ノ内線が、四ツ谷で一度地上に出た感じになるのは、江戸城の堀の中に駅があるからで、こうしたことも城を知らなければ、結構知られていない事実なのではないでしょうか。











tougouiryo at 2021年01月02日00:00|この記事のURLComments(0)

2021 新年あけましておめでとうございます!

 新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。さぁ、2021年が始まりました。コロナの影響がまだどうなるのか見通しが立っていませんが、皆さま、健康第一でこの寒い冬を乗り切りましょう!

 今年は診療、カンファレンス共に、オンラインがより普及していく年になりそうです。ブログ、SNS、動画などいろいろな発信で「統合医療」をより知って頂くよう頑張っていこうと思います。皆様にも何卒、ご協力いただけましたら幸いです。

 そのため、本ブログもこれまで以上に、実際に有用な情報を書いていきたいと思います。このブログでは、これまで気づいている方もおられるかと思いますが、ケン・ウィルバーの4象限を意識した内容の枠組みで、色々な情報を発信してきました。

 つまり「I 」(左上)、「WE」(左下)、「IT」(右上)、「ITS」(右下)の4象限です。この4つのバランスがとれた状態を、ウィルバー自身はスピリチュアリティのレベルとして捉えているようです。つまりどれかに偏らない、絶妙な多元的姿勢が、彼の言う「インテグラル」であると理解しています。

 「I 」左上象限は、主観的領域。私の考える統合医療や、おすすめの本、日常で気づいたことなどをつらつらと書いていきたいと思います。

 「WE」左下象限は、間主観的領域。対話的な領域と考えてよいでしょう。ジャングルカンファレンスやジャングルカフェのお誘いやレポート、基礎医学勉強会や各種講習会の開催案内、等々がこれにあたります。

 「IT」右上象限は、客観的領域。広く健康情報の発信、などがこれにあたります。サプリメントや栄養についての情報、東洋医学やファシアについての新知見。各種学会や講習会での学びの要点、などがこれにあたります。東洋医学への新たな視点も、ここに含めております。

 「ITS」右下象限は、間客観的領域、社会的(俯瞰的)視点といったものです。広く社会や歴史への視点から医療経済的な視点まで幅広いものです。歴史へのプラグマティックなアプローチとしては「お城へToGo」です。城についての知識整理的な意味もありますが、歴史というものへの複眼的視点を意識して、医療の持つ狭小性にとらわれないようにすることを意識して書いていきたいと思っています。

 まあ、これ以外のカテゴリーもあるのですが、だいたいこうしたテーマを偏ることなく扱うことで、ウィルバーの4象限を少しでも実践していくことも、自分としてはこのブログの目的だと考えています。

 昨年もこのブログを通じて何人かの方々と知り合いになることができました。メールだけのやり取りでもずいぶんといろいろなことを知ることができ、「統合医療」への関心が少しずつではありますが、増してきていることを実感しております。皆様とブログやオンライン講義などを通じて、より議論が高められる一年になればいいな、と考えております。

「お城へToGo」は本年からまた100名城を対象に一時戻していく予定で、明日は新春第1弾なので、江戸城からスタートです! その後はメジャーな城が多い、近畿、北陸、東海と書き進めていく予定です。こちらもお読みいただき、ご感想などいただければ幸いです。

 お城は自らの土地や陣地を守りたいという、いわば本能的な防御の志向が基底に存在します。ところが時代や人間関係の変遷により、当初思った通りに「こと」は展開しません。こうしたどうすることもできない時の流れを、お城は無情に示してくれます。こうした観点は医療の実際にも、頻繁に現れる事象です。

 「歴史は嫌い!」という施術や医療関係者も少なくありませんが、そうした社会的視点は自らの臨床への振り返りを与えてくれます。そうした視点で歴史を読んでみようという方が現れれば、うれしい限りです。

 それでは、2021 本年もよろしくお願いいたします。m(__)m

tougouiryo at 2021年01月01日00:00|この記事のURLComments(0)

本年もあともう少しです

 本年も残すところ、あともう数時間。皆様には大変お世話になりました。

 来年のクリニックの診療開始は、1月7日木曜日となります。電話受付の開始も同日ですので、統合医療、栄養相談、刺絡、ハイドロリリース等の診療ご希望の方は、7日の午前11時以降にお電話にてご予約下さい。遠方の方にはお手軽な電話相談、もしくは場合によってzoomを用いたオンライン診療などをお勧めしております。
 ご相談内容により、お勧めする診療形態が異なる宇場合がありますので、一度、クリニックまで直接お電話にてお問い合わせください。

 本年は、附属機関でもあります「身心工房リボン」において、姿勢矯正・アトピー整体、リフレクソロジー、タイ古式マッサージ、ヨーガ、アトピーカウンセリング、ニューロフィードバック、行動分析など様々な施術方法に加え、姿勢と足の更なる改善のために「靴の調整とオーダーメード」も開始しました。私個人も、歩行分析をしてからくつを調整し、ローリングシューズを一足購入しました。足の不調での靴調整をお探しの方、是非一度ご相談ください。

 私自身、これまで何気なくやり過ごしてきた足の不調を、今年から大きく矯正を開始しました。矯正というと歯列の矯正も本年から開始し、現在も継続中です。マウスピースを用いた矯正ですが、身体のバランス、さらにはより多くの歯でなるべく長く食事が出来るように、遅いかなと思いつつも開始したわけです。
 何らかの矯正はそれなりにストレスにはなりますが、自らへの大きな介入として、変化を体感しながら来年も継続していく予定です。

 ジャングルカンファレンスも、本年から期せずしてオンライン化が開始となり、これまで「支部」制にして全国展開を図っていたのですが、一転して、本部主導のオンラインでのカンファレンスを開催してまいります。
 基礎医学講座も来年も継続しますし、基礎医学検定もより充実させてまいります。

 今後ともよろしくお願いいたします。良いお年を!!






 

tougouiryo at 2020年12月31日14:13|この記事のURLComments(0)

来年一月からの基礎医学講座のお知らせ

 本年は解剖生理の基礎として、主に三木成夫の『ヒトのからだ』をテキストにして、進化や発生的な視点から、人体の全体像を学習しました。

 来年、一月から開催の基礎医学講座は、内容を一新して栄養・生化学の基本としての「代謝」について、学んでいきたいと思います。

 この領域は、分かっているようで何度やってもピンと来ない、もしくはきれいに忘れてしまうという領域で、しつこく学習しないと(しても?)すぐに忘却の彼方に行ってしまうものです。

 代謝過程を丁寧に見ていける下記のテキストを用いる予定です。時間に余裕のある正月休みから見ておくのもよいかもしれません。講座の参加希望者で、持っていない方は、一冊目の「代謝が分かれば身体がわかる」と二冊目の「忙しい人のための代謝学」は用意しておいてください。できれば3冊ともあればベストですが、代謝の全体像(代謝マップ)が他書でもあれば、大丈夫です。








代謝の全体像をマップとして理解しないとなかなかわかりません。全体像を概観している以下の書籍はおすすめです。医科生化学の方が基本的な内容です。

一目でわかる医科生化学
J.G. サルウェー
メディカルサイエンスインターナショナル
2007-09-01





一目でわかる代謝
J.G. Salway
メディカルサイエンスインターナショナル
2000-02-01



tougouiryo at 2020年12月30日17:58|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (今年の総括と来年の抱負)

 本年から開始しました「お城へTo Go」ですが、そもそもはコロナ禍での外出自粛の中、当然お城巡りもできない中で、せめてこれまでに訪問した城郭をまとめておこうと思ったのがきっかけでした。

 盛んに訪問しているときは、行くことに集中しすぎて、写真や資料を整理できず、初めの頃は整理していたものも次第にごちゃごちゃと積読状態になっていました。写真の整理は、いまだ未着手なのですが、せめていった記憶の整理に、と始めたのがこのコラムでした。

 統合医療に関するブログですので、当然、歴史的なものはあまり関心を持って読まれる方も少ないのですが、書き手としては、これまでの思い出の整理、その当時の患者さんや臨床的な出来事、学会の思い出など、いろいろと振り返りの良いきっかけとなりました。サマリーや学会発表など振り返りの重要性をあらためて感じた次第です!

 そもそも100名城から書きはじめ、100を終了してから続100名城へと進もうかと思っていたのですが、関心のある城や早めに書いておきたい城なども出てきたので、途中から続100も書いてきたという事情です。それでも実際は、それ以外にも訪問しているので、それも書いてみたいなと考えてもいます。取りあえず、200に向けて邁進します。
 また、スタンプは未押印ながらも、続100も含めて200に及ぶ選定された城郭ですが、未訪問の城郭がほぼ20くらいと完遂が近づいてきたので、それ以降のプランを企画中です。そこで、200以降、300までを自ら選定して「300名城」としてご紹介していきたいと考えています。
 城について詳しくない人からは、そんなに城があるの?と聞かれるのですが、あります。まだまだあるのです(笑)

 これまで以上に、医学的な内容や個人的な内容を織り交ぜて、独自の城紹介をしていきたいと思いますので、来年もよろしくお願いいたします!


日本100名城公式ガイドブック スタンプ帳つき(歴史群像シリーズ)
日本城郭協会
ワン・パブリッシング
2020-09-14








tougouiryo at 2020年12月28日05:00|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (要害山城)

 今回は躑躅が崎館の詰城、要害山城(続128・山梨)です。この城自体は3度ほど登っており、続100名城の認定に伴い、甲府駅前の藤村記念館にてあらためて押印のみしています。
 記念館の名前に藤村とあるので、トウソン(島崎藤村)絡みかと思いきや、山梨県令のフジムラさん(藤村紫朗)でした。この藤村さんが推進したのが、この記念館の洋風建築の様式で、これが藤村式建築と呼ばれているようです。

 この城は、かの武田信玄の誕生地といわれ、その麓の積翠寺には信玄の産湯を汲んだという伝説もあります。積翠寺温泉にお声掛けして駐車スペースをお借りして、上り口で登山用の杖をこれまたお借りして、ハイキング登山です。(こうしたハイキングに麓に好意で置かれている杖は不可欠ですね!)
 ゆっくり登って小一時間のちょうどよいハイキングコースといった感じで、夏はきついでしょうが、秋ぐらいだと気持ちよく登れると思います。
 下山したらそのまま温泉に浸かれるのが最大の魅力です。お風呂からは、甲府市を一望でき、開放感満点です。信玄誕生の頃からあると思うと、感慨ひとしおです。
 城郭としては、当時の雰囲気を残すとても良い山城といった感じです。山頂である主郭までは第1から第8の門までが続き、一直線の連郭式の山城で保存状態も良好です。登城途中も曲輪、枡形、堀切などの遺構も豊富で、上りながらも見どころ満点です。良い運動にもなります(笑)

 武田と今川の激戦を背景に、武田館の詰めとして用いられたことから、信虎夫人(正室大井夫人)が懐妊中に難を逃れたことから、信玄がこの地で生誕したというわけです。詰めの城で生誕とは、なんとも戦国武将らしい逸話です。さすが武田信玄ですね。
 そもそも今川正規軍ではないとされる「福島一類」による甲斐侵攻の時が、武田館の危機とされるときなので、この時が信玄の誕生と考えてよいのでしょう。
 要害山城には東方に熊城という出城があり、私は未訪問なのですが、主郭を越えて隣の峰へと奥へ進むとつながっているようで、「つわものたち」は訪れているようです。ただし、熊の爪を研いだ跡やらも見つかるようで、ちょっと私は遠慮しておきます。また近年、マダニの発生も報告されているとのことですので、十分気を付けて来訪してください。






 

tougouiryo at 2020年12月26日05:00|この記事のURLComments(0)

今週土曜日ファッシア&薔薇のオンライン講座開講!

 今週土曜日のオンライン講座のお知らせです。2020の最終オンライン講座となります。これまでの『ヒトのからだ』をテキストにした講義の最終回(特別篇)といった感じです。

 初めの30分くらいに、バラについての講義(薔薇の効用、とりわけ肥満と脳機能への関与について)をし、その後、ファッシアについての講演となります。ファッシアについては、教科書的な記載がされた書籍では扱われない、ファッシアの意義のようなことをお話ししたいと思います。ファッシアを考えるということはどういうことか、そこからどういった分野に思考が展開していくべきか、解剖生理、診断学、哲学、東洋医学、精神心理、物理学、等々、領域横断的に幅広くファッシアについて考えてみたいと思います。
 2021開催予定の、生化学・栄養学の勉強会のさわりもしてみたいと思います。

 ご興味ある方は、どなたでも参加可能いですので、下記の申し込みフォームよりお申込みください。お待ちしております!

【特別編】 基礎医学塾@ZOOM講座のご案内です!
12月26日(土)16時〜18時
16時〜16時30分まで・・・バラ研究の話
16時30分〜・・・ファッシア研究の話
質疑応答を含み、18時まで)
参加費・・・2000円
 
申し込みは
下記のフォームからお願いいたします
   
【参加申し込みフォーム】
https://forms.gle/BEd9WYcmUgTY8HPF9

 


tougouiryo at 2020年12月24日23:51|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (白石城)

 今回は白石城(続105・宮城)です。白石駅から徒歩10分、新幹線の白石蔵王からもタクシーで数分というアクセスのよい城郭です。これまで二度ほど訪問しております。
 現在の天守は復元天守ですが、それ以前も天守ながら一国一城令の例外的な城のため「大櫓」を名乗っていたようですが、どう見ても天守です(笑)

 そもそも平安末期に築城されていた歴史ある城郭ですが、伊達の家臣であった白石氏の居城だったものが奥羽仕置に伴い、会津若松に蒲生氏郷が入った際に、ともに蒲生に与えられました。
 その後、上杉景勝の所領となり、その家臣を城代として送り込んでいます。関ケ原の合戦の折には、上杉VS伊達による白石城の合戦が展開され、伊達が白石城を奪還、仙台城の支城として片倉小十郎景綱に与えています。その後、明治維新まで片倉氏の領有となるわけですが、これがまた例外中の例外的な扱いなわけです。

 いろいろと理由はつけられるのでしょうが、伊達家の宇和島領有のみならず、一国一城の例外として、実質的な天守を有する城郭を、家臣の片倉に認めさせているというのはどうなのでしょう。おまけに、講談的には徳川にとっては憎き敵である真田幸村につながるものまでも、その城でかくまってしまうわけです。これは、歴史ロマン派からすれば、真田と片倉による漢たちの感動秘話、となるのでしょうが、そういう解釈でいいものでしょうか。あまり私は納得できない派、ですね〜(笑)。数代後とはいえ、子息である大八につながるものが真田を復興させるわけですから、わかってやっているとしか思えません。
 上杉、伊達の境界領域というだけでなく、一国一城の例外、さらには幕末明治期には、奥羽越列藩同盟の締結の地にもなっています。きわめて重要な城郭というわけです。仙台藩にとっては南側の要となる重要な地でもあります。

 白石城の訪問の後は、仙台城を訪問することが多いのですが、巨大な仙台城の藩南方の前線防衛としてみると感慨ひとしおです。仙台城と組で考えた場合、大櫓と称した実質的天守を持つ白石城と、幕府に遠慮して天守を建設しなかったとされる巨大縄張りの仙台城の組み合わせは何とも違和感を感じますね。仙台、伊達藩に対しての依怙贔屓を感じざるをえません(笑)

 岐路に新幹線の駅で白石温麺を食べて帰りました。温麺は、そうめんと違って油を練りこんでいないそうです。それゆえに体に優しいという点がウリのようです。温麺にも関わらず、暑いので「冷やしメカブうーめん」を食べました(*^^*)
 

日本の城 22号 (白石城) [分冊百科]
デアゴスティーニ・ジャパン
2013-06-11



白石城死守 (講談社文庫)
山本 周五郎
講談社
2018-02-15





tougouiryo at 2020年12月19日05:00|この記事のURLComments(0)

岩田健太郎先生の『僕がPCR原理主義に反対する理由』ご紹介

 「GoTo」が一時停止となり、感染者数も着実に増加してきております。あわせて空気も乾燥し、インフルエンザとのダブルでの流行も懸念されています。
 こうしたなか、うがい・手洗いの徹底は言うまでもありませんが、加えて、鼻腔と上咽頭の洗浄となる「鼻うがい」もぜひ挑戦されることをお勧めします。ウイルスの上咽頭への付着が指摘され、通常のうがいでは届きにくい場所だけに「鼻うがい」は冬の感染症対策に不可欠です。

 こうした予防策もさることながら、人々の不安の声におされて民間会社でのPCR検査も増えてきているようです。これまで我々も「ジャングルカフェ」などにおいて、PCR検査の重要性と問題点などをいろいろと話し合ったりしてきましたが、この問題の根底にはいわゆる「検査総論」の問題が絡んでくるところが、分かりにくい理由の一つでもあります。

 こうした検査の解釈にあたっての問題を取り上げ、(なるべく)分かり易く解説してくれている本を紹介します。出たばかりの新刊です。
 私と同世代ながら、若くして神戸大学の感染症の教授に就任し、若手ドクターのカリスマ的存在である岩田健太郎先生の『僕がPCR原理主義に反対する理由』です。ダイアモンドプリンセスでご存知の方も多いことでしょう。
 教条的な現在のPCRへの風潮に対して、多元的な姿勢をバランスよく展開されています。岩田先生は感染症における「CRP」検査(PCRではありません!念のため)への問題提起などを積極的にされていただけに、本書での指摘も、そうした流れにあるものといえるでしょう。
 ただし、疑陽性や偽陰性の問題、ベイズの定理の理解など、なかなか理解しにくい問題を扱っているので、スッと理解できるという感じではないでしょうが、検査の解釈問題は医学における根本的な問題の一つですので、関心のある方にはおススメです。




tougouiryo at 2020年12月18日08:42|この記事のURLComments(0)

統合医療学会、18日まで参加登録できます(オンデマンド配信27日まで)

 昨日より第24回日本統合医療学会がオンラインにて開催されております。東京大学の酒谷薫大会長により「幸せの統合医療」をテーマに、今月27日までオンデマンド配信にてすべての講演が視聴できます。参加登録は18日金曜日までですので、まだ間に合います!

 ライブ配信は13日までですが、申込(参加登録)ならびにオンデマンドでの視聴は、まだ2週間もできますので、ぜひ、統合医療に関心のある方は下記をクリックして参加してみてはいかがでしょうか。

 個人的には、福岡先生による歯科の基本知識の講演、林先生によるアロマ・ハーブの基礎知識、本田先生のユマニチュード解説、等がおすすめです。私の統合医療可視化についての講演(シンポジウム8)も60分と少し長めですが、統合医療の在り方に関心のある方にはぜひご視聴くださいませ。

 参加登録は以下をクリック!

 ↓  ↓  ↓

 第24回日本統合医療学会参加登録




tougouiryo at 2020年12月13日00:30|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (高島城)

 今回は諏訪湖の浮城、高島城(続130・長野)です。これまで松本への途中で2度ほど訪問しております。上諏訪駅から徒歩10分くらいで都心からのアクセスもよく、城までの道すがら、「うなぎ」の店も多くいろいろと楽しめます。(私はうなぎ「古畑」さんに寄りました)

 このあたりはそもそも国人領主である諏訪氏により治められていました。諏訪氏はそもそも出雲系といわれ原始日本の伝統的な流れであり、それゆえに神官を兼ねた家柄でもあります。武田信玄の時代には、諏訪御寮人(かつて大河では南野陽子さんが演じてました!)との間に勝頼が生れ、武田の跡継ぎとなりました。
 その後、諏訪には、徳川家康の関東入りに伴って、築城の名手とされる日根野高吉が入り、7年がかりで諏訪湖畔に高島城を築城したとされます。高吉の死後、諏訪氏は下野壬生に移り、11年ぶりに諏訪氏が復帰し、高島城に入りました。その後は、明治まで諏訪の領有は継続しています。

 この城は、罪人の幽閉場所として利用されていたようで、松平忠輝、吉良義周らが幽閉されいます。現在は、諏訪の街中にあるお城ですが、当時は天守まで諏訪湖畔が迫っており、諏訪湖に流れ込む川を巧みに縄張りに取り込んでいるさまから水城、浮城と称されていました。幽閉場所である南の丸(現城南小学校)は往時は、川と堀に四方を囲まれており、幽閉には適したところだったのでしょう。また格式のある諏訪氏だけに、こうした政治犯がらみの責任ある業務に任ぜられていたのかもしれません。

 古地図などでも浮城の様子は描かれており、諏訪湖のほとりの天守はさぞや立派な光景だったことが偲ばれます。現在は公園化されており、天守は資料館になっています。最寄りが、特急あずさの停車駅なので、松本城と合わせて訪れたい名城です。








上諏訪の女/一緒に暮らそう
天野涼
日本クラウン
2014-08-06


tougouiryo at 2020年12月12日05:00|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (鶴ヶ岡城)

 今回は鶴ヶ岡城(続108・山形)です。新潟から特急いなほに乗って訪問しました。特急いなほは、羽越本線を通っていくため、村上を過ぎてから、鶴岡の2、3駅手前まで日本海沿いを走る風光明媚な路線でした。村上近くでは、有名な「笹川流れ」に代表される奇岩により形成される海岸が、そのまま山形県まで続きます。トンネルとトンネルの間に、つかの間、こうした景色が見え、「旅情」あふれる、といった感じでした。

 時折、上杉の領国としての越後の広大さの理由を考えるのですが、こうやって実際に行くと納得の理由があるものです。春日山城から西へ向かうと。こちらも「親知らず子知らず」に代表される断崖絶壁により富山県と隔てられているのがわかります。そして春日山城から広大な水田地帯に隔てられ遠く離れ、上杉の支配に対して独立的反抗的であったとされる「阿賀北衆」の領土もまた、最上の本拠である山形と前述した自然の要害で隔てられているわけです。実際の歴史は、地政学的にみても納得です。

 鶴岡駅で「冷やしラーメン」を食べてから、鶴ヶ岡城(鶴岡公園)へ。現在の本丸は荘内神社となっていて、御祭神は、酒井忠次をはじめ酒井家二代、三代、九代が祀られています。元来、この地は最上と上杉の勢力がせめぎ合っており、大宝寺城として築城されたこの城も、上杉から最上の支配へと変わっていきます。
 しかし、江戸時代に入って最上三代の時のお家騒動により改易され、酒井家が信濃松代藩から(!)入り、そのまま明治へとつながります。この間、酒井家の国替えが画策されたときに、領民の反対運動により、酒井家の領有が続行されたことは「善政」であったためといわれますが、上杉と最上に挟まれた歴史をみると、やっと得られた「安定」と継続したかったという面も強かったように思われます。
 
 ここ庄内藩は、幕末においてはかなり特異な扱いを受けることになり、歴史的にはかなり穿った見方をすることも可能です。東北諸藩の中では例外的に、官軍である西郷隆盛を敬愛する土地柄で、元藩士がはるばる西南戦争に西郷軍として参加までしています。「西郷の人柄を慕って」というのが定番の解釈なのですが、それにしても戊辰戦争で徹底抗戦までしたにも関わらず、何故、寛大な戦後の処置を受けることができたのでしょうか。黒田清隆、西郷隆盛の漢の心意気みたいな説明は個人的には全く納得しておりません。明らかな依怙贔屓を感じざるを得ません。大本営の移動も画策された「松代」からの初代忠次の移封にも、何か関連しているのではないでしょうか。

 訪問した日が休館日だったため、致道館、藤沢周平記念館は見学することが出来ませんでしたが、かろうじて旧三の丸にある致道博物館は開いていたので見学できました。かなり見どころ満点の博物館で、入り口を入ると青い立派な旧鶴岡警察署庁舎、その横には藩主御隠殿、美術展覧会場、多層民家、奥には酒井氏庭園、振り返ると旧役所も立派な建造物で、こちらには戊辰戦争関連資料があります。城郭自体があっさりしていたので、次の予定までに時間を持て余していたのですが、たっぷり楽しむことができました。充実の博物館です!

 駅までの帰り道、「千葉寿司」さんで日本海の海の幸を堪能し、サクランボ(紅秀峰)を買って帰りました。紅秀峰、美味しかったです。




新装版 蝉しぐれ (上) (文春文庫)
周平, 藤沢
文藝春秋
2017-01-06



 

tougouiryo at 2020年12月05日05:00|この記事のURLComments(0)

日本統合医療学会(オンライン開催)へのお誘い

 今年の統合医療学会がオンラインにて12月12日、13日に開催されます。オンデマンドの配信は12月27日までなので、開催期間が終了しても2週間は聴講可能です。

 つまり、年末のお休みがある方であればゆっくりと学会講演全て聴講可能です。こうしたことは実際に学会参加した場合は、まず無理です。まとまったものであれば5,6講演がやっとではないでしょうか。

 そうした意味では、コロナ禍の影響ではありますが、「統合医療」についての学会に関心のある方はぜひともこの機会に参加してみてはいかがでしょうか。
 実際の参加だと、開催地までの交通費や、見知らぬ集団に突入するストレスなどいろいろな「バリア」があるかと思いますが、オンラインであれば、そうした不安や緊張も不要です(笑)

 今回は昨年末にお亡くなりになられた栄誉学会長の渥美和彦先生の追悼講演をはじめ、サッカーの岡田監督による一般講演、さらには健康教室やいろいろな社会的な統合医療的取り組みが多く紹介される内容です。また、シュタイナー医学についても海外からの講師が解説されますし、コロナに関しては中医学的な視点から第一線の先生が講演の予定です。

 私は、統合医療の臨床をどのように「可視化」するかという、社会モデル的な内容の講演をします。また、生活習慣病を中心に当院での実際の診療ケースを紹介します。発毛刺絡や、刺絡とハイドロリリースの併用など、当院独自の診療内容もお話ししますので、関心のある方は是非ともごらん下さい。

 多くのご参加をいただくために、参加料金がお安くなっております。この機会にぜひ、ご登録を!

 ↓ ↓ ↓
 第24回日本統合医療学会参加登録




tougouiryo at 2020年12月01日01:00|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (高岡城)

 今回は高岡城(33・富山)です。押印は平成23年10月23日で、一乗谷、丸岡と北陸周遊の一環で訪問しました。鍛冶丸跡にある高岡市立博物館にスタンプ設置されています。城郭全体が、公園で、知り合いがここ高岡にいるのですが「高岡には城はないよ」というくらい、地元民には城として認知されいないようです(笑)

 現在は、広大な水堀に囲まれた立派な公園で、そもそもは天然の地形を全く利用していない全国的に珍しい「人工的な城」ということです。要するに平たいところに全く白紙の状態から縄張りを張ったということです。それゆえに本丸、二の丸、鍛冶丸、明丸、民部丸とひとつらなりの輪郭式で、極めて幾何学的な印象です。そもそもは高山右近の縄張りという印象でしたが、これは通説ではあるのですが、どうも現在では直接的な資料が見当たらず、疑問視されているようです。(ただし右近の経歴に加え、妙に重要な前田絡みであること、近隣の意味深な地名などいろいろ邪推すると、本当は何かあるのかもしれませんね)
 かわりに前田利長の采配の示す資料はあるようで、歴史的経緯からもこちらが自然なように思います。では、どうして高山右近?という疑問が残るのですが、天正16年に前田利家に加賀に招かれているという記録があるようです。

 いずれにせよ、前田利長の隠居城として築かれた富山城が火災で焼失したのち、魚津城を経て、ここ高岡築城に至るようです。しかし、その完成をみることなく死亡してしまい、元和の一国一城令により廃城、わずか5年の歴史とされます(異説あり)。それゆえ巨大な水堀は往時のままで残っており、水堀巡りの小舟もあり、楽しめました。

 ただこの時は訪問時に、突然の雨に降られてしまい、傘がなくなんとか博物館に逃げ込んだもののずいぶんとびしょぬれになったのを覚えています。訪問後は、有名な高岡大仏を見て帰りました。






新装版 高山右近 (講談社文庫)
加賀 乙彦
講談社
2016-06-15



tougouiryo at 2020年11月28日05:00|この記事のURLComments(0)

身体のマトリックスとしてファッシア(勉強会資料の続き)

 勉強会資料の補足として、動物系から植物系へのフィードバックについて考えてみたいと思います。 

 運動に伴うファッシアの連動が、内臓系をはじめとして全身至る所に影響を及ぼす(この連動が漢方における腹診の原理的な基盤となる)。また反対に、ファッシアにより運動自体が制限されることもある(そのために疼痛も発する)。
 そのためこのファッシアを通して、植物性器官へも影響を及ぼすと考えることができる。(筋膜マニュピレーション的にいうと、体壁との関連で言うとO−F装置、器官の連動を考えるとA−F装置となろう)
 つまり、ファッシアに張力がかかった状態(自由電子により電流が流れうる)が経絡現象として考えられるし、ファッシアの張力を身体の捻じれ等により発生させ(もしくは解除させ)、身体のみならず精神面までも影響を及ぼすのがヨーガととらえることもできる。(ただし三木は暴走する動物機能を自ら縛り付ける方法論として捉えているが…)
 各種整体の理論的基礎もここにあると考えることが出来る。いわば解剖学的器官の「補集合」とも言えるファッシアは、それゆえに代替医療の諸概念を説明しうる概念と考えられるのである。三木が憧れた東洋医学の世界が、自らが切り取ってきたファッシアと連携していたことを知ったならば、どのように感じるだろうか。
(三木は『胎児の世界』の中で、専門である解剖学は切ることによってしか理解できないことに対して逡巡している文章がある。もし存命であれば今日のファッシアの隆盛をどのように見たのだろうか)


 『アナトミートレイン』によるホリスティックネットワークの考えによれば、神経の時間的記憶、体液の情動的記憶に対して、ファッシアを成すコラーゲン線維は信念体系との関連が指摘されている。
 ファッシアは空間的構造を成すものであり、それゆえに身体の空間認識に重要な役割を持つとも考えられる。メルロ・ポンティの現象学の基盤にもなりうるものとも考えられる。


 このファシアにより我々の視点は、再度、動物性から植物系器官へと回帰することができる。つまり動物性器官と植物性器官との円環構造を形成することができたのである。物質性の強いファッシアにより、いわゆる「四大」へと連携する道筋がつくのではないだろうか。




tougouiryo at 2020年11月27日00:09|この記事のURLComments(0)

勉強会用資料:実施系のまとめ(四肢筋肉のまとめ)

 明日の勉強会の資料です。三木成夫の実施系について学ぶ際の補足です。四肢について補足しておきますが、体幹も復習しておいて下さい。
 実習編として、筋肉へのマインドフルネス(ボディスキャン)を紹介する予定です。

 運動系は、骨格系と筋肉系に大別される。このうち骨格系は脳脊髄を保護する脳頭蓋と脊柱からなる。そこから四肢に続く骨は、脊柱に続く部分(上肢帯・下肢帯)と、その先の部分(上腕骨・前腕骨・手骨、大腿骨・下腿骨・足骨)に分かれる。

 動物の上陸により、推進運動の役割を胴体の筋肉から、2対のくびれから生じる手足にゆずり、それらが胴体を持ち上げるようになる。こうしてできた上肢の筋肉は、胴体全面から起こるのに対して、下肢の筋肉は骨盤からしか起こらないのが特徴である。
 二対のくびれから生じた四肢は、二足歩行により上下、つまり手足になる。ここで、二足歩行になったにもかかわらず、当初の設計図はそのままで進化を続行する。(これまでの情報にはとらわれず「今」の情報に基づいて、進化が続行される。これがマルコフ連鎖で、進化には欠かせない視点)

 脊髄神経後枝の支配をうける背側筋群は、骨盤から頭蓋まで一気に走行する。これに対し前枝の支配である腹側筋群は、首・胸・腹・骨盤においてその姿を変える。つまり、顔、口、喉の筋肉は「鰓」の機能を転換した植物性機能の筋肉となり、胸壁の筋は酸素を取り込む呼吸運動を行い、腹壁の筋は腹圧を作って排出運動を担うことになる。
 またしっぽの退化とともに骨盤底に移動し、骨盤内臓を下支えする骨盤隔膜を形成する。また頭頸部の筋肉は眼球を動かす筋肉、舌を動かす筋肉、首を動かす筋肉となりその下端が胸の底まで下がり、「横隔膜」を形成する。

 上肢と下肢は上陸に伴い「ひれ」から発達したものである。上肢の主要な筋をその機能から見ていく。様々な表現を可能にする運動ができる構造になっている。(機能によるまとめは『美術解剖学ノート』を参照)
 ちなみに上肢と下肢を相対させながら理解すると分かり易い(ワニのように四足になった感じで相対させると良い)

肘を膝と考え、尺骨を脛骨として比較すると・・・

三角筋 ⇔ 大殿筋・大腿筋膜張筋
上腕三頭筋 ⇔ 大腿四頭筋
上腕二頭筋 ⇔ 大腿二頭筋
総指伸筋 ⇔ 長趾伸筋
尺側・橈側手根屈筋・浅指屈筋 ⇔ 腓腹筋・ヒラメ筋


 それでは、四肢の筋肉全体を概観してみよう。

腕全体を引き上げる筋肉(三角筋・烏口腕筋)
腕全体を曲げる筋肉(上腕筋・上腕二頭筋・腕橈骨筋)
腕全体を広げる筋肉(上腕三頭筋)
腕全体を回転させる筋肉(棘上筋・棘下筋・小円筋・大円筋・肩甲下筋)

 特に前腕部の筋肉は覚えにくいので、機能と併せて触りながら覚えると覚えやすい。前腕を回旋させ、手首を曲げる、そらせる。曲げる(屈筋)のは内側上顆から、反らす(伸筋)は、外側上顆から起始する。
 手指を曲げる、伸ばす(広げる)。手指を曲げるのは前腕骨の屈側、広げるのは、伸側となる。とくに親指とそれ以外の指に分けて考えると覚えやすい。

前腕を回旋させる筋肉(円回内筋・方形回内筋・回外筋)
・・・
(屈筋)内側
上顆から
指を曲げる筋肉(深指屈筋・長母指屈筋・浅指屈筋)
手首を曲げる筋肉(尺側手根屈筋・長掌筋・橈側手根屈筋)
・・・
(伸筋)外側
上顆から
親指以外の指を広げる筋肉(総指伸筋・小指伸筋・示指伸筋)・親指を広げる筋肉(長母指伸筋・短母指伸筋・長拇指外転筋)
手首をそらせる筋肉(長橈側手根伸筋・短橈側手根伸筋・尺側手根伸筋)

まとめると
「手」の屈筋は内側、伸筋は外側から起始する

それでは、次は脚を動きと絡めて概観する。

脚全体を内転させる筋肉(内転筋群:大内転筋・薄筋・短内転筋・長内転筋・恥骨筋)
脚全体を広げる(蹴り上げる)筋肉(大腿四頭筋)
あぐらをかくための筋肉(縫工筋)
脚を外側に持ち上げる(直立を維持する)筋肉(大腿筋膜張筋・大殿筋)
脚全体を曲げる筋肉(ハムストリング:大腿二頭筋・半膜様筋・半腱様筋)
かかとを引き上げる筋肉(下腿三頭筋)

足の甲や指を引き上げる筋肉(前脛骨筋・腓骨筋群・趾伸筋群:長拇趾伸筋・長趾伸筋)
趾を曲げる(長拇趾屈筋・長趾屈筋・後脛骨筋)
まとめると
趾伸筋は「足の甲」を通り、趾屈筋は「内顆」をくぐる


ソッカの美術解剖学ノート
ジョンヒョン, ソク
オーム社
2018-11-29



tougouiryo at 2020年11月26日23:48|この記事のURLComments(0)

廃城をゆく 街中の名城

 お城へ To Go の番外編として、書籍の紹介です。先日出版社の方から、ある方を通して、新刊本をいただきました。大好きな廃城を行くの最新版、なんと廃城ならぬ『街中の名城』です。

 県庁や学校、自衛隊の基地などいろいろと転用されることも多い城ですが、むしろそうした側面を、強調して売り出した、というスゴイ企画本です。

 江戸城巡りとしても結構使いやすそうですし、その他にも公園化してしまった城を巡るには重宝しそうです。
 とりわけ、群馬大学出身ということもあり、前橋城は興味深かったです。これまであらためて関心を持つということもなかったのですが、現在の地図との相関が載っているので、多くの発見がありました! 特に、遊園地初心者の聖地(笑)といわれる「ルナパーク」はなるほど暗いところにある遊園地だなという印象だったのですが、やはり堀底にあったということをしり、勉強になりました。

 山城の楽しみ方とは一味違う、ブラタモリ的な街の楽しみ方が出来るおすすめの一冊です。





tougouiryo at 2020年11月23日06:00|この記事のURLComments(0)

11月27日基礎医学講座『ヒトのからだ』申し込みフォーム

 今度の金曜日(11月27日)に、三木成夫の『ヒトのからだ』勉強会を開催します。今回は最終回です。動物性機能のなかでも伝達系・実施系といった筋肉・神経を扱います。
 三木先生の勉強会の一応最終回なので、三木解剖学を全体を概観したお話や、質疑応答なども随時組み込んでいきたいと思います。
 一般的な内容でもあるので、今回のみの参加の方も大歓迎です、奮ってご参加下さい。
テキストは三木成夫『ヒトのからだ』です!お間違えなく!
 申し込みは下記のフォームからお願いいたします ↓ ↓ ↓

2020年11月27日(金)

18:30〜20:30

質疑応答を含み、20:30まで)

参加費・・・2000円

【参加申し込みフォーム】は

↓↓↓こちらから

https://forms.gle/baaRx9Zz7meaX3NR9



 セラピスト必修のからだ全体の筋肉の復習もしてみたいと思います(ブログ内にも筋肉の概略を解説した記事がありますので余裕がある方は復習しておいてください。また、ボリュームあるのですが「ソッカの美術解剖学ノート」はセラピストの方には特におすすめです)。
tougouiryo at 2020年11月22日03:00|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (鮫ヶ尾城)

 前回の高田城に続き、近隣の鮫ヶ尾城(続133・新潟)です。同日の訪問ですので、押印は2020年6月21日でした。斐太歴史の里総合案内所で押印しました(冬季は神の宮温泉かわら亭に置かれるようです)。

 上杉景虎は御館の乱の結果、館を逃れ生家の北条家へと向かう途中に、立ち寄ったこの城で城主の寝返りもあり、完全に包囲され最期を迎えます。最期の地とされる本丸には、大手と考えられる南登城通と、歴史の里から斐太遺跡を経由する東登城通があります。案内所の方に、東を案内してもらったので、ヘラブナ釣りの人を見ながら、池と遺跡を廻って東から登城しました。
 ちなみにここの遺跡は、竪穴遺跡が密集して現在でもくぼみとして確認できるようです。また空堀の原型とされる「環濠」も総延長900mにもわたって存在し、かつての巨大な住居群が偲ばれます。

 城郭としては、上るとともに多くの堀切が、竪堀とつながった形で確認できます。かなり深くまで掘り下げたものでとても豪快です。山城を見慣れた方にはお薦めです。当時の姿をかなりそのまま維持しているようで、いまでも米蔵跡では炭化したコメが見つけられるようです。ちなみに、そのように説明板に書いてあったのですが、まさかと思って面倒なので探さなかったのですが、丁寧に探せばいまでも見つかるみたいです。帰ってから解説書にそう書いてあり、少し後悔しております…

 新潟には坂戸城をはじめ、ほかにも選定されて良い城があるのですが、何故ここなのかという点少し疑問が残ります。森林セラピーの認定コースのようですので、道も整備され上り易く体にはいいと思うのですが(笑)、ちょっとタイアップ感がないわけでもありませんでした。
 下城後は、冬季の押印所でもある「かわら亭」に宿泊しました。食事時に係りの方に聞いてみると、かなり城巡りの方がここを訪れるようで、昨日は、2巡目ですという初老のご夫婦もいたようです。「続」100名城なのに、すでに2巡目とはかなりの「つわもの」です(笑)

 ここのお風呂はかなり特徴的で、一軒だけの温泉なのに、二種類の温泉が出ており、これがいわゆるアルカリの美人の湯系統と、温め効果の塩化物泉の系統の、かなり異なったものがでています。この組み合わせであれば、夏と冬で順番を変えて入り分けることで、保温についても効果を分けることが出来るのですごいです。たしかに全国的にも珍しいと思います。詳細は確かめたわけではないのですが、源泉の分析時期が10年くらい違うので、宿の規模拡大を考えて再掘削したら別種の源泉にあたった、というところではないのでしょうか。かってにそう予想しました。

 すごいなと思い、入りすぎたので、早めにぐったりしてしまいさっさと熟睡してしまいました。山城と温泉の最高の組み合わせでした!新幹線の妙高高原駅からのアクセスもいいのでおススメです!





森林セラピー 養成・検定テキスト
香川 隆英 
朝日新聞出版
2009-02-27



tougouiryo at 2020年11月21日06:00|この記事のURLComments(0)

こちらの医学の構造メモ

 「こちらの医学」の構想、立ち位置のようなものを以前書きましたが、今回はその具体的構造のようなものをメモ的に書いてみたいと思います。あくまでも備忘録的なものですので、興味ない方はスルーしてください。

 こちらの身体にかんして、成分と構造の2方向を想定します。成分はいわゆる「栄養学」にあたります。近年関心の高まる疾患別の臨床栄養学的な視点というよりは、元気にやる気が出てくるいわば健康的な主観を持てるような栄養素の摂取とでも言えるでしょうか。

 構造については、ファッシアを軸として、外側から「皮膚・ファシア・内臓」の三層に分けて考えてみます。内臓についての異常は、従来の医学で十分記載されている領域ですので、むしろ「あちらの医学」といえるものです。皮膚に関しても一種の独立した臓器ととらえた場合は内臓的ですが、ファッシアの被覆ととらえることも可能です。筋膜マニュピレーションの領域では、全体を司るシステム系としてファッシア装置の統括システム的な捉え方をしているようです。

 これに対して、ファッシアは、従来の経絡や漢方の診察技法(腹診・背診等)やマニュピレーション技法の基本的な構造として捉えられます。局所的な圧痛とO−F装置、経絡とAーF装置、腹診における心下痞硬や胸脇苦満、鼠径部の圧痛等の症状の、背部との関連などがこれを示唆しますが、一つ一つの論証は面倒なのでここでは述べず、別の機会に譲ります。
 いずれにせよ、ほぼ東洋医学をはじめ代替医療や伝統医療の全領域をカバーすることが可能ですので、こうした軸を中心に理論構成していくつもりです。

 ほぼ全領域と書いたところで、自分で気になったのですが、当然、ここには含まれない、「やってくる」的な不可知の領域も当然あります。無分別知の領域といってもよいかもしれません。仮にここでは「無形の医学」「無分別知の医学」とでも呼称しておきましょう。ホメオパシーやフラワーエッセンスなどの体系を有するものや、複雑系生命論なども組み入れても良いかもしれないし、当然、スピリチュアリティで取り扱う幅広い領域を入れても良いでしょう。あくまでも分類ですので、妥当性はこの際は考えません。

 メモ的なものですの、今回はこの辺りで…。

tougouiryo at 2020年11月15日17:16|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (高田城)

 これまでは100名城のみをご紹介してきましたが、これからいくつかは続100名城も入れていきたいと思います。基本的には100名城をすべて書いた後、と考えていたのですが、書いている最中に訪問したお城に関しては、その都度、書いてみたいと思います。

 ということで、今回は高田城(続132・新潟)です。押印は2020年6月21日で、コロナ自粛明け初めての遠出で非常事態解除後、不要不急は遠慮する中ですが、墓参りがこの日程しか取れないなかでの自家用車での訪問となりました。スタンプは上越市立歴史博物館(城内にあります)で、三重櫓と共通の観覧券があります。

 古くからの越後支配の中心地である上越の地にある、三重櫓を天守の代用とする天下普請の城郭。上杉謙信による春日山城から、福島城(現・古城小学校)を経て、松平忠輝により築城されました。天下普請なので、伊達政宗を始め、上杉景勝などそうそうたるメンバーによる築城で、築城期間は4か月というスピード、かの地の支配の重要性を感じます(大阪の陣を控えた緊張状態)。
 ちなみに春日山城、福島城、高田城は全て、いわば近隣なので車でまわれば一気に回れます。とくに福島城は、全く残っていないので(石垣の一部のみ)、小学校構内の説明板を読みながら妄想するだけなので、時間はかかりません。ただし当時の福島城はかなり大規模な城だったにも関わらず、短期間に高田城へと移ってしまうのですが、その理由は謎とされています(水害などによる理由が挙げられますが、立地上十分予想できたでしょうからやはり詳細は不明です)。

 訪問しての印象は、土塁を多用した城で、特に天守台用の三重櫓が石垣にのっていないところでしょうか。土塁の上に直接そびえたちます。内部は公園と学校(本丸は上越教育大学付属中学校、二の丸は上越総合技術高校)の敷地となっていますが、全体としては地方都市の憩いの公園といった感じ。特に外堀の蓮はすごいらしく(訪問時は未開花)、開花時期には東洋一と称される蓮の花で満たされるようです。広大な水堀に囲まれ、瓢箪曲輪をもつ変則的な輪郭式縄張りで、広大な寺町と合わせてかなり強い防衛力を持つ城といえるでしょう。

 古来から越後の重要拠点であるため、変革期には3つの城の変遷があるわけですが、色々なお家の事情も多かったようで、松平忠輝は23歳の時、この城を築城した後、信濃高島城へ配流。これにより上州高崎から移った酒井家の領地なります。
 家康の六男であり、伊達政宗の娘婿にもかかわらず大坂の陣への遅参などを理由に所領の没収ですから、何があったのでしょうかね。親子の葛藤だけで説明しようとするのも無理があると思います。とりわけ遅参といえば、全て本気だったと仮定すれば、二代将軍秀忠による関が原遅参の方が、はるかに重大なことのように思うのですが。

 その後の目まぐるしい藩主交代をみると、佐渡金山の利権と合わせたこの地の重要性が透けて見えてくるのではないでしょうか。









tougouiryo at 2020年11月14日06:00|この記事のURLComments(0)

プラグマティズムと「できねば無意味」

 最近の気づきに関してのメモですので、関心ない方はスルーを。

 まずはプラグマティズムについて。哲学の大学院に行っていたころ、よくこのプラグマティズムについて「そうした浅はかな西洋思想とは東洋思想とは違う」といっていた研究者がいらっしゃったのですが、巷間言われるように、成功すれば正義、というようなきわめてアメリカ的思想と考えればそうなのですが、実際にこの思想に触れると、そうした通俗的な印象とはまた異なった印象を持つものです。

 私の尊敬するブロガーの意見でも、ことこのプラグマティズムに関しては、結果重視の浅はかな思想、こうした考えにより科学がおかしな方向に進んだという認識があるようです。特にデューイが批判にさらされるようです。確かに、プラグマティズム自体がその起源が2つあり、微妙に内容が異なることがこうした混乱に拍車をかけているように思います。(私自身は旗色は悪いのですが、ジェイムズのプラグマティズムを支持しています)
 しかし甲野善紀先生のいう「出来ねば無意味」なども、その厳しさも含めて、やはりプラグマティズム的といってよいですし、結果を考慮に入れない思想は、その理論があらぬ方向に進展してしまうというのもまた事実です。
 こうした誤作動を防ぐ意味でも、やはり現実を受け入れる「プラグマティズム」が必須になってくるように思います。

 では、浅はかなアメリカ的もしくはIT社長の成功哲学的な論法に陥ることなく、どのようにこの思想を扱っていけばよいのでしょうか。
 そこで必要になるのが、ケン・ウィルバーの4象限(もしくは8領域)の考え方です。これ自体、彼のインテグラルなスピリチュアリティの思想展開に多用されるので、当たり前といえば当たり前なのですが、この多元主義的なベースを導入することで、悪しきプラグマティズムへのある種の誤解が却下できると考えます。(かつて京大の藤井教授がプラグマティズム理解にはモラルがある種の必要だということを著作で述べておられましたが、その一般系として4象限は役立つと考えます)

 悪しき結果論的説明に陥ることなく、現実を受け入れるというある種の柔軟性が求められる一面がプラグマティズムにはあると思います。そして、その柔軟性(ある種の曖昧さ)が、認識に大きな可能性を与えるようにも思います。
 この辺りは天外伺朗のいう「無分別知」や、郡司ペギオ幸夫のいう自由意志・決定論・局在性のトリレンマなどとも関連してくると思うのですがそれはまた後日。

tougouiryo at 2020年11月12日08:33|この記事のURLComments(0)

明日はジャングルカンファレンスです!

 明日は、今年最後のジャングルカンファレンスになります。ソーシャルディスタンスを配慮した形で、代々木のウィルワンアカデミーにて開催予定ですが、オンライン対応が可能な方には、オンライン参加をお勧めしております。

 症例2題を、参加者で議論しながら、多元主義的な会話を展開していきたいと思います。この多元主義的というところが、いつも分かりにくいと指摘されるところではありますが、今年のオンライン開催での統合医療学会でのシンポジウムにて、いわゆる喩えを用いた「可視化」で分かり易く説明したいと思います。もうすでにパワーポイントは完成しておりますが、当日までお待ちください。(統合医療学会オンライン開催へ是非ともご参加下さいませ)




 ケン・ウィルバーとの関連で少しコメントしておくと、この「多元主義」が理解できると、彼の言う「インテグラル」が理解しやすいように思います。折衷と多元の相違を明確にできないままに、ただ「統合」という言葉を漫然と使用してインテグラル理論を理解しようとすると、決定的に、その思想のキモとなるところを掬い損ねるように思います。つまり「インテグラル」とカタカナで訳されているのは、そうした意図があるのか否かは分かりませんが、ただの統合ではなく、「多元」の意味が込めれれているからに他ならないのでしょう。
 こうした誤解へのウィルバーの嘆きは、ホログラフィ・パラダイムについて論じた『空像としての世界』に現れています。名だたるニューサイエンスの旗手の論文を編集しながら、ひとりその相違を憂いている様子が伝わります。

tougouiryo at 2020年11月11日19:22|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (会津若松城)

 今回は会津若松城(12・福島)です。押印は平成22年8月21日でしたので、ここも東日本大震災前に押印したことになります。その後一度、訪問し現在は、赤瓦の五重天守という印象ですが、かつては普通の黒瓦で、史実に基づいた「赤」にこれから変えるということで、平成22年の時、赤瓦一枚、裏に名前を書いて寄付してきました。

 元は92万石の蒲生氏郷により、壮大な七重天守が建造されたのがはじまりです。それが1611年の大地震にて傾いてしまい、時の城主、加藤明成により五重に縮小して再建されたものが、会津戦争まで継続された天守となります。現在は1965年復元の天守で、2011年に黒瓦から赤瓦に葺きかえられました。





 歴史的には極めて重要な城で、ご当地では会津戦争ネタが一押しという感じでしょうか。それでも戦国の歴史もはなばなしく、頼朝による東北支配の後、蘆名によって居館(東黒川館)が立てられたことが起源となり、蘆名による領有が続きます。
 その後、米沢の伊達政宗により蘆名義広が「摺上原の戦い」で敗北、政宗が黒川城にはいります。しかしそれもわずか一年で、豊臣秀吉の奥羽仕置により、会津を追われ、かわりに伊勢から蒲生氏郷が入城します。この時、氏郷は出身である近江にちなんで黒川を「若松」に改名します(出身地に近い「若松の杜」に由来するといわれます)。
 その後、氏郷が40歳という若さで亡くなると、続く秀行の代でお家騒動が勃発、宇都宮へ移され、かわりに春日山城から上杉景勝が入ります。ここでまた大イベント発生で、関が原合戦の契機となります。歴史小説的には、石田三成と上杉景勝の共謀による家康の東北への陽動作戦ということになるのですが、実際はどうだったのか?というところでしょう。
 いずれにせよ、この家康への叛旗により関ケ原合戦へと展開していくわけです。しかし敗戦により、上杉は米沢へ移封、再度、蒲生秀行が会津に入るものの、これまた30歳で若死(さらにその子の忠郷も25歳で夭折!短命の家系なのか、呪われているのか…)。次には、「賤ヶ岳の七本槍」加藤嘉明が入城、その子明成が、五重に改築した天守が幕末まで続くのは既に書きました。その明成も会津騒動により所領没収、そして名君、保科正之が入城します。秀忠の隠し子、いよいよ「お江」の目を逃れて世に出ます。ここから幕末のイベントの伏線が開始です。かの名著『風雲児たち』もここから始まります(というかこんなところから始めるから終わらない・笑)

風雲児たち全20巻 完結セット (SPコミックス)
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リイド社
2010-11-01



 というように歴史の流れを追うだけでも東北のオールスター登場、からの関が原、そしてそれを引きずって幕末に至っては新政府の敵役、とものがたりに事欠かないお城なのです。そのために北海道・東北ブロックとしては一番最後になってしまいました。




 実際に訪れると、会津観光史観との批判もありますが、二本松少年隊と並ぶ「白虎隊」の悲劇の場でもあり、考えさせられる史跡がたくさんあります。単なる悲劇の場としてだけでなく、おそらく当時も一部の者は実情を知っていたにもかかわらず、末端の若者や婦女子は知らされることなく大義の名のもとに命を落としていたわけです。またこの地は、前述したように伊達、蒲生、加藤、上杉、保科と政治的にもいろいろとありそうな人達が濃厚に関連しています。東北の要衝だから、といった理由だけではないように感じるのは私だけでしょうか。また是非再訪したいお城です。


日本の城 改訂版 5号 (会津若松城) [分冊百科]
デアゴスティーニ・ジャパン
2017-02-14




 

tougouiryo at 2020年11月07日06:00|この記事のURLComments(0)

「こちらの医学」の提唱

 明日の統合医療オンラインに先立ち、このブログでも時折書いている統合医療の話題と、ケン・ウィルバーの「インテグラル理論」との関連について、資料的に書いてみたいと思います。(ある程度インテグラル理論の理解が前提ですので関心のない方はスルーしてくださいませ)

 四象限といわれるクアドラント(さらにそれを内外に分けた8領域)において、ジャングルカンファレンスに代表される相互関係を基盤に展開される取り組みは「We」(左下象限)の領域として理解されます。これに対して、今回の可視化理論は社会的な統合医療の在り方を再確認する目的ですので、「Its」(右下象限)の領域の話題になります。

 ここから内外側の区別を考慮にいれると、「I」左上の内・外側、「It」右上の内・外側と4つに分類します。そもそも通常の医療・医学は、客観性を重視したものであるので、「It」(右上)のなかでも、特に外側となります。この時内側は、インテグラル理論上はオートポイエーシス、ないしは認知科学が当てられれています。
 つまり客観的な言葉で表現された内側からの視点ですから、認知科学や心理学・精神医学(一部)の領域が当てはまることになるわけです。

 では左上領域はどうでしょう。「I」という主観からの視点で、内側は「現象学」、外側は「構造主義」が理論上は当てられます。昨今の医学理論とあわせると、内側はNBMといってもよいでしょう。
 では、その外側はどのような領域なのでしょうか。「構造主義」とあるように、自らの主観が、そのようになってしまう、という環境の設定(構造)です。もっというと、心地よいと感じることが出来る身体の状況をどう設定するか(どのような構造においてか)、といっても良いかもしれません。

 従来の医学理論としてのEBMは右上外側、NBMは左上内側と、互いに交わりがなく(それゆえに車輪の両輪に喩えられます)、また、8領域におけるそれ以外の領域が未踏の地となっています。ここ、つまり左上外側と右上内側を、意識的に中心に据えた医学があるとすれば、かなりこれまでの医学とは違った視点を得ることが出来るというわけです。
 自らの心の葛藤を客観的な言葉で整理し(右上内側)、心地よい状況を身体に展開する(左上外側)という医学ということです。

 これは従来の医療との違いは、症状を細かく記載して対症療法を行うといういわば「検察」的な役割ではなく、こちらの味方になって一緒に援護してくれる「弁護士」的な役割ともいえそうです。こうした立場を、「こちらの医学」と称してみたいと思います。外側(あちら)から「差異」のみに注目しようとする従来の医学とは違う、「こちら」発信の医学という意味合いです。

 ちなみに、こうした考えを、先ほどの左下象限に適応すると、外側はジャングルカンファレンスやオープンダイアローグなどの仕組みや構造、内側は、ダイアローグ内における内省、もしくはリフレクティングそのものといってもよいかもしれません。そして(これが一番わかりにくいのですが)右下象限では、外側はシステム論で、これが今回のテーマである「可視化」に関連するものになります。

 そして内側は、ウィルバー自身もうまく説明できていないように思うのですが、社会的オートポエーシスと表現しています。たしかに社会システム内部なので、そうなのですが、ここは社会内部からの視点として、いわば歴史的な視点が近いように思います。歴史物語風ではありますが、より深く真相に達した視点というべきでしょうか。「歴史洞察」と表現しても良いかもしれません。つまり同時代人の視点とでも表現できるでしょうか。

 ざっとメモ的に、ジャングルカンファレンス、統合医療可視化モデル、EBMとNBM、との関連と、そのニッチにおける「こちらの医学」の概略を述べてみました。さすがに何のことかわかりにくい内容ですので、ご興味ある方は、明日のZOOM講座にてご質問くださいませ。




 
tougouiryo at 2020年11月05日09:28|この記事のURLComments(0)

今週金曜日はオンライン講座! 統合医療を「可視化」する!

 昨日お知らせしました、統合医療講座の申し込みフォームです。下記のフォームよりよろしくお願いいたします。
 加えて、具体的な内容紹介を追加いたします。


【参加申し込みフォーム】は

↓↓↓こちらから

https://forms.gle/UZhg4Q9ioaXgkPHMA



【特別編】統合医療
@zoom講座のお知らせ

2020年11月6日(金)

19:00〜20:00

質疑応答を含み、20:30まで)

参加費・・・1000円


 今回のZOOM講座は、本年の統合医療学会のシンポジウム講演用に作成した際に、これまでにご紹介した諸理論との関連性が明確になってきたので、一つの流れとしてご紹介しようと思います。身心工房リボンのメンバー限定にしようかとも思ったのですが、この際ですので関心のある方に広く公開することにしました。
 これまでの諸概念「縮退」「多様性」「多元主義」「ジャングルカンファレンス」「オープンダイアローグ」に加えて、ケン・ウィルバーの「インテグラル理論」との整合性をとる全体像を提示します。これにより、インテグラル理論における我々の立ち位置を示したいと思います。
 また、具体的な臨床症例の紹介、施術技法としては「刺絡」「発毛療法」「ハイドロリリース」「POCUS」などもご紹介します。
 そして一番の目玉は、統合医療の「イメージ化」つまり「可視化」です。現代国際社会という見えない状況を可視化した物理学者の長沼伸一郎先生の理論を参考に、いまだ無形化していると言える「統合医療」の世界を、可視化することにより、今後の課題と可能性を、より具体的に考える機会にしてみたいと思います。皆様、奮ってご参加下さい!


tougouiryo at 2020年11月03日09:15|この記事のURLComments(0)

11月6日 統合医療講座開催します!

 11月6日金曜日、19:00〜20:00頃ZOOMにて統合医療講座を開催します。
テーマは「統合医療を可視化する」です。
 「小さな診療所から」などでご紹介したケースを可視化して、統合医療をイメージできるようにしてみたいと思います。これまでの統合医療についてのまとめ的な内容でもありますので、関心ある方は是非お申込み下さい。後日、申し込みフォームをアップする予定ですのでよろしくお願いいたします。




tougouiryo at 2020年11月02日05:00|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (仙台城)

 今回は仙台城(8・宮城)です。押印は多賀城同様、平成22年6月27日です。仙台は学会などの開催が多いので、ちょいちょい訪問していたお城ですが、この時も震災前でしたので城内の石垣崩落前に見学することができました。ちなみに当時は(今でも?)本丸跡に、実際の石垣を用いた石垣の組み方のモデルが、年代別に展示してあり、とても勉強になりました。

 仙台市街からぐっと高台に上がるので、とても気持ちよい眺望の城郭です。もう20年以上前になりますが、今ほど城ブームでもなく、また本丸跡が政宗公の銅像付近も含め整備中で壁の仕切りなどもあった頃ですが、二度ほど仙台から出航する「オリエントビーナス」というクルーズ船に乗ったことがあります。その乗船前に、仙台に到着したので、コンビニでおにぎりなどを買い、仙台城からの眺望を楽しみながら食べました。
 ちなみにクルージングを楽しむためでなく、当時ほぼフリーランス状態でしたので船医として乗船していました。1回目はクリスマスクルージングで、2回目はグアムへの青少年の船への乗り込みでした。いま思うとまだ医師4年目なのですが、それゆえに怖いもの知らずだったのでしょうね、そんな思い出のある城です。

 仙台城への登城ルートは2つあり、車で行くと真っ直ぐに上がる「大手門ルート」と、三の丸を巡って山道を曲がりくねって上る「巽門ルート」となります。
 行きは真っ直ぐ大手門ルートから上がり、帰りは巽門ルートで降りるのがおススメです。途中に立派な石垣をたくさん見ることが出来、石垣好きにはたまらないお城です。

 そもそも築城者の独眼竜政宗は、岩出山城を居城としていたのですが、伊達領としては西側に偏った最上領に近い立地だったこともあり、不満があったといわれています。その後、関が原合戦ののちにようやく仙台城の築城にかかることになります。
 この城の特徴は、天守は元からないのですが、広大な城域に三重の隅櫓が4基もあり、加えて懸造(かけづくり)の「眺エイ閣」がありました。
 懸造というのは、崖からせり出した建物を床下から長い柱で支える「清水の舞台」の構造です。当然、見てくれが優雅なことに加え、城下を一望でき、防御としても「横矢」をかけられるという優れものです。復元模型でみるとそのすごさが伝わります。下手な天守よりインパクトあり、といった感じだったでしょうね。

 現在は、二の丸は青葉山公園と東北大学があり、三の丸には仙台市博物館となっており、その広大な縄張りを堪能することができます。最近、仙台を通過することが多いのですが、また久しぶりに尋ねてみたいですね。城の初心者にもおすすめの見やすい城郭です。


日本の城 改訂版 131号 (仙台城) [分冊百科]
デアゴスティーニ・ジャパン
2019-07-16







tougouiryo at 2020年10月31日06:00|この記事のURLComments(0)

『身体構造力』勉強になりました!

 今週は甲野善紀先生にお会いすることになっているのですが、たまたま読んでいた『身体構造力』という本に、突然、甲野先生の話題が出ておりました。ちょっとしたシンクロですかね。内容は、いかにもなテレビ番組で「気ですか?」と問われた甲野先生が戸惑うというエピソードなのですが、それに続く言葉がいかにも甲野先生らしかったのが印象的です。気になる方はぜひお読み下さい。

 ふつうなら、治療家が好んで使いそうなフレーズに対して批判的な姿勢が、好感を持って読めた理由でした。
 いろいろな意味で、治療家や、鍼灸師の方の書かれた本は、読むのがきついこともありあまり読まないでいるのですが、久々に、「そうそう…」と共感しながら読めた含蓄のある本でした。また哲学的な記載も多く、私としてもとても勉強になった一冊です。

 全体として身体性を強調し、不必要な甘言に媚びない姿勢は読んでいてとても共感できました。また過剰にソフトな治療を誇る昨今の一部の鍼灸界の風潮に対しての作者の姿勢も、さっそうとしていて好感が持てます。
 「気」の重視に関しての疑問の提起、という視点は、まさに私が若かりし頃、甲野先生の門をたたいた頃の気持ちを昨日のことのように思い出させてくれる一冊でした。

 鍼灸や治療、施術に関わる方に幅広く読んでいただきたい本です。納得できない、という方も出てくるでしょうが(笑)




tougouiryo at 2020年10月28日19:53|この記事のURLComments(2)

小さな診療所から(10)

 10代女性のHさん、数年前から漠然とした不安感が強くなり、家に閉じこもりがちでした。いくつかの心療内科やカウンセリングに行くものの、あまり相性が良くなかったのか継続することがありませんでした。当然、処方薬も気が進まず、服用すると気分が悪くなるので、継続的に服用することもありませんでした。

 そうした状況が続く中、母が知人を通して紹介されたブレインシンメトリーを用いた「ニューロフィードバック」を知り、試してみようと思い、施術開始。Hさんの気性とフィットしたのか、今度は継続することができました。そしてニューロフィードバックが進み、数か月もすると漠然とした不安が改善し、少しずつですが外出が出来るようになってきました。

日本脳機能トレーニングセンター

 この辺りから、精神的には活動を欲しているものの、身体の疲労感と、咽喉頭部の違和感、後鼻漏、等の症状が前面に現れるようになりました。外出はできるようになったのですが、今度はこうした諸症状がずっと治らないのではないか、という不安にさいなまれるようになり、さらに症状の増悪を招いているようでした。
 そこで、ニューロフィードバックのセラピストが、上咽頭擦過療法(EAT)についての知識があったため、慢性上咽頭炎の関与を疑い、当院紹介となりました。

 来院時に食事などを詳細に問診したところ、タンパクや鉄分の不足が示唆されたため、血液検査を施行し、その結果に基づいて栄養指導を行いました。併せて、症状からも慢性上咽頭炎が疑われたため、綿棒にて上咽頭を擦過したところ、両側から出血を認めたので慢性上咽頭炎と診断しました。

 以後、2週間に一度のペースで上咽頭擦過療法(EAT)を施行したところ、後鼻漏などの不快症状は軽快、ご自身でも自宅にて上咽頭の洗浄などをこまめに継続していきました。それにより4か月経過頃には症状軽快、時折ある喉のあたりの違和感については漢方処方と併用して、症状に対しての不安感、恐怖感が軽減されていきました。

 器質的な症状の改善に伴い、女性としての自立に不安を抱えていることが判明してきたため、ハーブやアロマを用いる植物療法の女性セラピストに紹介し、同性の立場からセルフケアの指導を開始することになりました。

自然療法サロン テノヒラ

 現在は、バイオフィードバックのセラピストから行動分析的な介入によりサポートされつつ、植物療法によるセルフケアを学び、大人の女性として、新生活への一歩を踏み出しています。
tougouiryo at 2020年10月26日05:00|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (多賀城)

 今回は多賀城(7・宮城)です。押印は平成22年6月27日です。訪問時は東日本大震災の前年ですので、無傷の状態での見学でした。来訪時は、仙台から仙石線で、多賀城へと行き、塩釜で寿司(「しらはた」にて)を食べて帰りました。

 多賀城は東北最大の大和朝廷の拠点といわれ、まさに中央支配の象徴とも言える施設です。国府と鎮守府が置かれ、いわば軍事拠点兼行政府といった極めて重要な場だったわけです。蝦夷など東日本の朝廷支配に従わない勢力を、抑えるための最前線基地で、当時の状況が偲ばれます。
 おそらくはそれよりはるか前には東日本で独立した国家体制があったようですから、そうした勢力の衰退期に、奥へ奥へと調停勢力が版図を広げた結果なのでしょう。以後、坂上田村麻呂により胆沢城が築城され、軍事機能はそちらへ移動されていましたが、前九年・後三年の役においては再度、軍事拠点として利用されていたようです。
 その後、建武新政においては陸奥将軍府がおかれるなどしていたが、南北朝の動乱により落城したようです。いずれにせよかなりの長期間、現役の機能を維持した軍事施設であったようです。
 現在は、当然、政庁跡や外郭の跡などしかないので、のんびりとした、だだっぴろい史跡といった感じです(笑)

 秋田城もそうですが、かなり東北奥部まで当時の大和朝廷の影響が及んでいる様は、戦闘力によるものなのか、政治力なのか分かりませんが圧倒的な差がついていたことがうかがわれます。
 当然、東西で並び立っていた時代もあったでしょうが、どこからかこうした差がついたのでしょうね。鎌倉幕府の西国への影響の強さをみると、それほど東国側が軍事的に劣っていたような気もしないのですが。また蘇我氏も東日本出身説もありますから、かなり早いうちに中央と合体、もしくはその上層を押さえていたりしたのかもしれませんね。

 古代史関係は、前提となる歴史的知識をかなり大胆に外して予想するという大技ができるので、いろいろと楽しい妄想が出来ますね。









多賀城しぐれ
門脇陸男
日本クラウン
1995-01-21




tougouiryo at 2020年10月24日06:00|この記事のURLComments(0)

新たな「臓器」発見!

 本日の勉強会との関連でもあるような新発見があったようですので、勉強会の資料としてすこし記載しておきます。

新たな「臓器」発見のニュース

 場所としては上咽頭の裏側で、骨内部の水分を多く含有した空洞といったところでしょうか。まさにBスポットの場所そのもので、従来から塩化亜鉛なしでの綿棒のみの物理的刺激のみでもEATで一定の臨床効果が認められていたことは、少数のEATを実施する臨床医の中では知られていました。
 こうしたことから上咽頭の粘膜の後方、つまり骨内部への振動が重要ではないかとされていましたが、今回の発見はそうした臨床的な事実の傍証にもなりそうです。さらにこの近辺には、近年リンパの流れも確認されているようで、この発見との関連も示唆されます。

 また、進化の流れと併せて考えると、鰓弓の関連する場としても重要な場所にあり、たとえ小さな組織だったとしても下垂体並みに大きな機能を持つこともないとは言えません。ますます三木成夫の解剖学的な進化を視野に入れた視点が必要になってくる発見だと感じました

 本日は、三木の言う受容系から伝達系への流れを概観し、それがヒトの精神と心情にどのように関連するかを考えてみたいとおもいます。また、鰓弓における神経核ともいえる、腹側迷走神経核に由来する有髄の迷走神経に言及し、自律神経理解の必須事項のように言われている二元的な説明に疑問を呈してみます。いわゆるポリヴェーガル理論の視点です。この視点から、動物と植物の二項対立で展開される三木成夫の論理を再考してみたいと思います。
 またこのポリヴェーガル理論からの視点は、いわゆる「安保理論」の中心をなす二進法的考え方にも変更を迫るものでもあるようです。三木、安保、ポージェスによる理論を比較しながら、神経にとどまらず広く生体の情報ネットワークについて考えてみたいと思います。

tougouiryo at 2020年10月23日09:26|この記事のURLComments(0)

勉強会の学習ポイント(動物性器官)

 今週金曜日の勉強会の学習ポイントです。勉強会参加者の方は、参考にしてください。

第3章 ヒトの動物性器官の歴史

受容系
1)近接受容器(皮膚・舌)
2)遠隔受容器(鼻・耳・目)
3)自己受容器(平衡器・筋肉感覚器)

伝達系
4)神経細胞の鎖の形成
5)前・中・後脳
6)脳脊髄液の流れ
7)脊髄と脊髄神経
8)延髄と鰓弓神経
9)小脳と内耳神経
10)中脳と視神経
11)前脳と嗅神経

12)こころとあたまの対立

tougouiryo at 2020年10月20日05:00|この記事のURLComments(0)

今週末(10月23日)は第4回基礎医学塾です。

 今週末、基礎医学塾の第4回です。これまでの三木成夫の『ヒトのからだ』植物性機能を終え、いよいよ本丸の動物性機能です。下記がテキストです!

ヒトのからだ―生物史的考察
三木 成夫
うぶすな書院
1997-07T



 今回から初めての人でも参加可能ですので、ぜひ奮ってご参加ください。ちょうど内容が一区切りついておりますので、学びやすいかと思います。

 参加申し込みは以下です。↓ ↓ ↓



【第4回基礎医学塾@ZOOM講座】

2020年10月23日 (金)

18:30〜20:00(20:30時まで質疑応答)

↓↓↓申し込みフォーム

https://forms.gle/1YEWKG42woYN8M8R7


tougouiryo at 2020年10月19日12:42|この記事のURLComments(0)

小さな診療所から(9)

 10代女性Gさん。アトピー性皮膚炎にて皮膚科受診していたが、著名な改善や増悪のないまま、ステロイド剤を塗り続けていました。
 次第に皮膚が、厚く黒っぽくなってきたので、脱ステをしたいと考えていますが、かつて自己判断で脱ステしたところ、症状の増悪を認めたことから、なかなか怖くて踏み切れません。そこで、インターネット検索したところ、「アトピー整体」を見つけ、相談に訪れました。


アトピー整体 英気治療院

 アトピー整体では、日常生活の様式を聞き取り、セルフケアのアドバイスをもらいましたが、顔面を中心にした赤味が強く、痒みも持続するため、当院での漢方処方と刺絡療法を併用することを勧められて来院されました。

 受診時の問診から、糖質の過剰摂取が症状を増悪させていることが推測され、糖質制限の食事指導を行い、採血検査から、不足が目立つ栄養素をサプリメントで補充する方針としました。
 また顔面の強い皮疹に対しては、石膏を強めた漢方の処方を行い、消炎を計りました。併せて、首から肩への強い瘀血が認められたため、刺絡療法も併用。生活習慣などが一変し、初めはGさんも大変そうでしたが、3か月ほどして症状が治まってくると、しだいに自分でもセルフケアのコツが掴めるようになり、治療にもきわめて前向きに取り組まれるようになりました。

 刺絡での瘀血解消が功を奏し、さらにはアトピー整体でのアイロン療法など多彩な取り組みが身についてきたこともあり、ステロイドは漸減、現在ではほとんど使わない段階にまで改善してきました。
 ただ、これまでのアトピー性皮膚炎の鎮静後も、皮膚のごわごわ感や、スキンケア、女性特有の悩みなど細かな相談も増えてきたため、女性セラピストによる「アトピーカウンセリング」へ紹介。現在は入浴法や、心理的な相談にものりながら、ステロイドを使用せず、スキンケアを継続しています。

アトピーカウンセリング
tougouiryo at 2020年10月19日09:23|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (根室半島チャシ跡群)

 今回は100名城のラスボスと称される根室半島チャシ跡群(1・北海道)です。具体的にはオンネモトチャシとその周辺をまわりました。押印は平成21年8月28日、根室市歴史と自然の資料館にスタンプがありました。

 このチャシ群は、根室半島の突端にあり、極めて交通アクセスが悪いので、100名城初心者には開始時にはちょっとしたプレッシャーにも感じる「名城」でもあります。そのため、押印は何とか休暇をやりくりして来訪する人が多いのか、資料館が休館だったりするとちょっとしたトラブルになることも多かったようで、当時、資料館の方が恐怖を感じていたようなコメントが印象的でした。
 現在では近隣の駅などでも押印できるみたいなので、状況は改善されたようなのですが。まあ、わざわざ日本の突端近くまできて、押印できないといわれる気持ちも十分察せられるのですがね。現在はネットなどの情報が充実しているので、こうしたトラブルもずいぶんと減ってきていることでしょう。ちなみに続100名城のラスボスといわれているのが「福江城」です・・・と福江城の観光協会の方が自ら言っておりました(笑)

 チャシには、丘先式・面崖式・丘頂式・孤島式・平地式の5つの基本形があるといわれ、オンネモトチャシは面崖式とされています。
 チャシについてはとりわけ東蝦夷地に多く分布することから、日高アイヌ首長のシャクシャインにより築かれたものが多いとされますが、その用途も含めていまだ不明なことも多いようです。ただし、5つの基本形をみると、城の原型として多くの城郭にもあてはまるものが多く、城というものの「おもかげ」を知ることが出来ます。進化による生命の形態の変化も同様ですが、この「おもかげ」をみることでいろいろなことが知れるように思います。ただし、チャシはそれほど古いわけではなく、16〜18世紀にかけて多く出現したもので、和人よりの「渡党(わたりとう)」による「道南十二館」などの拠点に対抗して作られていったようです。

 訪問時は、小雨ふる中で、押印した資料館でチャシへの行き方、駐車場所などを案内図をいただき、車で向かいました。駐車場にあたるところ(わかりにくい)についても、ただの草原で、当然誰もいず、チャシ跡の碑だけがその場所であることを示していただけでした。
 現在は、駐車スペースを含め、当時よりはかなり整備されているようです。そこからは花咲ガニで有名な花咲を経由して(一山越えて)根室に行き、名物「さんま鮨」をたべました。そこで根室のサンマは背中が曲がってしっぽを持つとピンと立つ、ということを教わりました。
 ただ有名な土地のわりに、やはりというべきか、夜は店もほとんどなくとても寂しい印象でした。旅情としての味があるといえば、味があるのですが。帰路は釧路湿原を見てから帰りました。

アイヌ伝承と砦 〔北方新書7〕 (北方新書 (007))
宇田川 洋
北海道出版企画センター
2005-12-15








tougouiryo at 2020年10月17日06:00|この記事のURLComments(0)

磐座百選

 お城へ To Go、明日は「根室半島チャシ跡群」のご紹介なのですが、これが100名城のまさにラスボス的存在。ここまでだと思っていた時にはまさに、最後の関門、といったイメージでした。が、続百名城が発表になると、福江城、金田城、とまさかの離島2つの登場となりました(ふ〜っ…)。

 どれを100(最終的には200)として選ぶか、まさに悩みどころではあるのですが、その選択過程もまた楽しみでもあるのでしょうね。私も200制覇したら、さらに100の城郭を個人的に追加してみようとたくらんでおります(笑)

 そんな感じで、自らの好みの100選を選出する方もすくなくないでしょう。同様の試みで「磐座(いわくら)」を100選んだのが下記の本。
 城も知らない人は、100もあるの?と思われるでしょうが、200に絞るのも実際大変なくらいです。私も、磐座などさすがに100はないから大変だったかと思いきや、そんなことはないようです。著者は、まず百選の候補を350選出し、そこから100を厳選したというのですから、これもただ私たちが知らないだけで、実にたくさん全国に散在しているわけです。

 著者は約13年かけて、奥様となるべく一緒に周られたようで、写真から解説まで全て自前で出版された、まさに渾身の一冊です。とてもきれいな写真満載ですので、ぜひご覧になって頂きたい一冊です!
 こつこつ周る中でしか、感じられないこともあることでしょう。




tougouiryo at 2020年10月16日22:38|この記事のURLComments(0)

小さな診療所から(8)

 60代女性Fさん、そもそもは腰痛にて受診されましたが、その後、体調管理、健康増進目的にて定期的に鍼灸(刺絡)治療をされている患者さんです。

 以前は、更年期障害から継続する形で続いていた動悸などの不調が多々ありました。そこでこの諸症状に対して、マルチビタミン・ミネラルをベースに、コエンザイムQ10やリポゾーマルビタミンC、マグネシウム等の栄養補給を行い、結果、動悸をはじめとした胸部不快症状や易疲労も改善しました。よりよい健康状態を取り戻し、朝晩1時間のウォーキングも行えるようになり、ご本人も大変満足されていました。

 そうして体調の改善とともにウォーキングの歩行距離もだんだんと延長する中、今度は、足の裏の痛みを自覚するようになってきました。
 治療により症状は改善するのですが、それによりまたたくさん歩行するとまた再発という状況になってしまいました。
 そのため、足のコリや痛みを直接もみほぐしながら、体の不調改善にも活かす目的で、当院に隣接する「身心工房リボン」において、毎週金曜日に施術している足のリフレクソロジーをお試しして頂きました。
 足裏の専門のセラピストからの詳細な日常のアドバイスと足の念入りなケアにより、日ごろの歩行がよりスムースに行えるようになり、大変満足されておりました。ご自分でも、これまでの歩き方を少し改良し、足のことも考えながらの歩行習慣が取り入れられたようでした。

身心工房リボンでの足のリフレクソロジーはこちら ↓ ↓ ↓


アシガル屋



 さらに、先月より身心工房リボンでは、専門のシューフィッターによるご自身の靴の調整、さらには自分の足に合わせた靴の調整販売も開始したので、こちらもご紹介したところ、足への関心が高まって靴に対しての不満が出始めていたようで、さっそく靴の調整もしてみたいとのことでした。
 歩行を専門家から観察した結果、インソールを用いたこれまでの靴の調整と、歩行に最適のローリングシューズを調整に上、購入されました。
 こうした靴への新たなアプローチにより、Fさんは軽快にウォーキングが出来るようになり、更なる健康を満喫されています。

 身心工房リボンでの靴調整・販売はこちら ↓ ↓ ↓


靴のファミリー



 靴や足の問題は、日常生活でかなり大きな問題ではありますが、あまり医療の問題として取り上げられることの少ない問題でもあります。いわゆる「すき間」の領域をフォローしていく当院のような医療では、こうした領域に特に力を入れていきたいと考えております。

 ご興味ある方は「身心工房リボン」までご一報くだされば、予約時間や料金などご案内いたします。コンシェルジュを通じた相談からの開始もおススメです。



医者と薬を遠ざける「ふくらはぎ」習慣 (SB新書)
小池 弘人
SBクリエイティブ
2014-06-17




 本ブログにおける具体的なケース紹介に関しては、年齢や性別など複数のエピソードを融合させた典型例としての例示ですので、特定の個人のエピソードを示すものではないことをお断りさせていただきます。
 また、治療法や具体的方策の詳細などの実施に当たっては、専門家ならびに専門の医療機関等のもとで行って下さい。

tougouiryo at 2020年10月13日05:00|この記事のURLComments(0)

生ハムメロン

 「やってくる」の衝撃が続く中、やっと読了しました。が、読んでいるといろいろと思うところが出てくるものの、いざ書こうと思うと全くまとまらない、なかなか形のつかみにくい本でした。
 内容としては著者のこれまでの思想内容を、著者の経験に沿ってかなり分かり易くかかれているのですが、問題意識の在りかが把握しきれない、といったかんじでしょうか。

 それでも「生ハムメロン」がなぜ美味いか、という問はかなり印象的でした。そもそも矛盾した者同士、相反するもの同士、などが接することで、外部を」呼び込む、つまりはリアリティを生じるということなのですが、その例としては感覚的に生ハムメロンはかなり分かり易い例に感じました。
 2つを分けて理解する子供にはわからない、大人だけのミスマッチな感覚、それが外部から呼び寄せられたものだというわけです。

 こんなことを考えながら、あるところで食事をしていたら、目の前になんと「生ハムメロン」ならぬ「生たこナシ」が出現しました。いつもなら外して別々に食べてしまうところですが、こうした流れなので、えいっ、と一緒に食べることに。
 梨でもない、タコでもない、独特の風味としてとらえられる感じが確かにありました(笑)

 多元における相違する意見などをどう扱うかということが、統合医療におけるカンファレンスを語るときよく問題にされます。しかし、実際に実践してみるとさほど問題にはならない。つまり、予定調和を想定する思考法をとる人にだけ、異常に違和感が感じられるともいえます。
 こうした違和感をそのまま受け入れたときに、これまで想定していなかった結論、雰囲気に帰結する感じがありました。生たこナシを食べたときにも、あらためてそういった感じが「やってきました」。

 こうした感覚を理解し、次は「生ハムメロン」を分解しないで、まとめて食してみようとこころに強く思いました(笑)


やってくる (シリーズ ケアをひらく)
郡司ペギオ幸夫
医学書院
2020-08-03





生ハムメロンのピアス
ノーブランド品



tougouiryo at 2020年10月12日22:51|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (五稜郭)

 今回は五稜郭(2・北海道)です。押印は平成21年5月1日でした。当時は箱館奉行所の復元がされていなかったので(平成22年7月復元公開)、内部はとくに見どころなし、といった状態でしたが、昨年訪問した際、奉行所を見ることが出来、やっと当時を偲べる施設になった感じですね。

 押印時は、ちょうど桜の満開時期でとてもきれいだった記憶があります。ここが満開でしたので、この後の花見ツアーは松前、弘前、角館とほとんど桜が散っておりました。
 最後の和式城郭松前城と対照的に、こちらは欧州の城塞都市に用いられた稜堡式城郭です。同様の星形五角形は、佐久の龍岡城とここだけですが、龍岡城は極めて小さく堀も頑張れば飛び越せそうなくらい(おまけに内部は小学校!)の規模なので比較になりません。また龍岡城は歩いても五角形を感じることができますが、五稜郭はやはりタワーに上らないとその全貌を理解できません。

 ちなみにタワーから見ると、大手口の半月堡がとてもきれいで特徴的なのですが、防御としてもこの部分位がまともな気がします。他の4隅はとても弱そう。他のところもこの半月堡を築けば、横矢もかかるし、強さも出るような気がしていたのですが、その通りらしく、当初は5基すべてに作られる予定だったようです。ただ、やはりというべきが予算が足らず、一基のみということになったようです。

 また欧州では郭内に高い建造物は建てないようなのですが、日本式の軍事施設と居住施設が同居するという形式をとったため奉行所を内部におき、挙句に屋根の上に立派な太鼓櫓をあげてしまったために、艦砲射撃の格好の標的になってしまいました。気づいて慌てて櫓を取り壊すも、すでに射撃角度が知れていたため時すでに遅し、という落ちがついています(艦砲射撃ではこの角度の設定が決定的なのです)。
 加えて五稜郭には、その防御力を補てんするために出城的に、近隣に突貫工事で「四稜郭」が築かれますが、これも数時間で陥落しており、五稜郭の防御力の低さは榎本軍も自覚していたのでしょう。また石垣の構造としては忍返の一形態といわれる跳出石垣が有名で、これは和式城郭では「人吉城」のみに使われているもので、石垣好きには必見ポイントです(龍岡城にもちょろっとあります)。

 奉行所復元後に昨年行って感じたのは、その復元の立派さです。それでも三分の一ほどの復元ということですが、外見の威厳、立派な広間の数々、この3倍もあったかと思うと当時の規模の大きさが偲ばれます。2月の雪降る中の見学でしたので、足が冷え切って寒かったのですが、とても印象的でした。ちなみにその後寒かったので、五稜郭タワー内の五島軒のカレーを食べたのですが、土産に買ったガラムマサラが最高で、後日、再度追加購入したほどでした(笑)

 函館でレンタカーを借りて江差方面に足を延ばすと、かつての蝦夷支配の拠点「勝山館」や榎本脱走艦隊最大の「開陽丸」の復元が見られます。ロータリークラブによる開陽の復元は、これが座礁せずに箱館戦争に参戦していたらどうなっていただろうかと思いを巡らせてしまいます。でも土方ですらおそらく仲間うちで撃たれたのでしょうから、結果は見えていたんでしょうけどね。

 ちなみに荻窪の塩ラーメン「五稜郭」美味しいです!









tougouiryo at 2020年10月10日06:00|この記事のURLComments(0)

統合医療は離島医療である

 今年の年末、柏の葉にて開催予定でした「日本統合医療学会」がオンライン開催となり、現在、参加登録中です。早めの申し込みですと、寸前の申し込みより割引価格となりますので、お早めにどうぞ。
 日本統合医療センター JIMC の身心工房リボンのメンバーも、発表予定ですので、診療内容などご興味ある方は是非、発表もご覧ください。ウェブですから、全国どこからでも視聴可能です。

 私も生活習慣病と統合医療についての発表依頼がございましたので、シンポジウムにて発表予定です。現在、資料作成中ですが、タイトルが「統合医療は離島医療である」。なぜ離島医療?という声が聞こえてきそうですが、多元的統合医療の一つの可視化モデルとして、離島医療に投影して説明してみたいと思います。

 離島医療とのアナロジーにより、なぜ、統合医療が必要なのか、統合医療のあるべき診療形態はどうなのか、それが慢性疾患など生活習慣病診療にあてはめるとどうなるのか、等々のギモンにお答えしていきたいと思います。
 問題意識を共有できていないと、共感してもらいにくい内容でもあるのですが、本当の意味で統合医療が展開されるには、避けては通れない診療モデルだと思います。ご興味ある方は、12月の開催ですが、ぜひご視聴下さいませ。

隠岐絶景
今井印刷
2018-11-01






tougouiryo at 2020年10月06日05:00|この記事のURLComments(0)