いわゆるブログ!

お城へ To Go (七尾城)

 上杉謙信を撤退させた山城、七尾城(34・石川)です。押印は平成231023日、七尾城史資料館にて押しました。

 ここはいろいろと思い出のある和倉温泉の近くで、かつて大学院生の時に医局旅行できた地なので、感慨深い再訪とともに、こんな立派な山城があったのかと、感動したものでした。

 ふもとの資料館から途中まで車で上がり、本丸へ向かいました。ここは本丸からの眺めが絶景で、眼下に七尾湾、能登島が一望でき、ふもとの様子もよく見えます。籠城する畠山軍からすると、さぞや上杉軍の動きがよく見えたことは想像できます。
 こうした立地の良さも相まって、難攻不落の城として今日まで語られるわけです。

 足利義昭による織田包囲網の一環として、一向一揆と和睦した謙信は、織田軍に対抗するため、能登制圧のため七尾城を攻略しました。
 対する七尾城側は、4歳の春王丸を当主に家臣団が実権を握っている状態で、信長に与して謙信に対抗する方針をとっていました。

 こうして開始した第1次七尾城の戦いは、上杉軍が攻めあぐね、ついには春日山城へと帰陣していったため、籠城成功となりました。
 この後、上杉軍は再度出陣し第2次七尾城の戦いとなります。この際も守りは固く、上杉軍が攻めあぐねるのですが、城内に突然の伝染病が蔓延、春王丸が5歳で亡くなってしまいます。(伝染病により歴史が動いた一例ですね)
 また城内の兵士も相当数が感染したと伝えられます。これにより士気は落ち弱体化し、さらには重臣らの対立を利用した内応工作が成功し、開城します。(感染症による混乱もあったことでしょう)
 つまり軍神、謙信をもってしても純粋に戦闘では落とせなかったわけで、これが難攻不落と称されるわけです。

 和倉温泉は、沸く浦とも称されるように海中から温泉が湧いているところで、海を眺めながら温泉につかれる絶好の地です。温泉も塩味がつよい泉質です。

 城郭に興味がなくても、この七尾城からの絶景は、温泉と合わせておすすめの観光スポットです。


七尾城と小丸山城―史料年表能登の中世戦国史
坂下 喜久次
北国新聞社出版局
2005-09T


和倉温泉のれきし
田川 捷一
能登印刷・出版部
1992-01T





tougouiryo at 2021年04月10日05:00|この記事のURLComments(0)

三叉神経痛へのファッシア瘀血の関与について

 毎年冬から春にかけて、ビタミンDの欠乏をベースにもっているからなのか、神経系の不調とりわけ三叉神経痛(とくに第2枝・第3枝)の悪化で受診される方が増えるように感じています。

 栄養的な対処法としては、血液検査で欠乏している栄養素を探索し、十分な分量を補充するのですが、とにかく痛みが強いため、その場での対応が求められることがすくなくありません。
 こうした時に、効果を発揮するのが「刺絡」です。頭頸部のうっ血を背景として、三叉神経の当該部位近辺で瘀血が発生し、そこから発痛物質が神経を刺激するメカニズムを想定しています。

 教科書的には、付近の血管による三叉神経の圧迫が痛みの原因とされていますが、実際に圧迫されているケースに加え、それほどでなくてもファッシアを介して物理的もしくは化学的刺激がもたらされている可能性もあるのではないかと考えています。
 当然、症例数が少ないので決定的なことは言えないのですが、数例でも瘀血を除去する刺絡により著効した例があるので、ファッシア瘀血の関与は否定できないように感じています。手術法である微小血管減圧術も、結果としてみるとファッシア瘀血による影響の軽減を図っているとも解釈できます。

 通常の治療が優先するのは言うまでもないのですが、それでもスムースに治癒しない例では、こうしたもう一つの機序が関与している可能性も否定できないのではないでしょうか。
 また典型的な三叉神経痛だけではなく、特殊な感覚異常を伴うものもあるようですので、少し症例の蓄積が出来たらまとめてみたいと考えています。
 最近の治療経験から気になった事項でしたので、メモしておきました。


tougouiryo at 2021年04月08日23:13|この記事のURLComments(0)

4月29日甲野善紀先生との対談 オンライン配信

 甲野善紀先生との対談が決定しました。4月29日(昭和の日)にオンラインでの配信となります。詳細はまだ私もわからないのですが、わかり次第ここでご連絡します。
 当日の紹介文として、甲野先生による紹介文と、私からのものとの2つを下記に添付しますので、ご参考にしてください。

甲野先生からのメッセージ

小池弘人・小池統合医療クリニック院長と御縁が出来たのは、今からもう四半世紀ほど前で、

小池院長が、まだ群馬大学の医学部の学生の頃だったと思う。

当時合気道部に所属し、稽古を重ねるうちに生じてきた疑問を何とかしたいと、

私が講師を務めていた池袋コミュニティカレッジの講座に来られたのである。 以来、浅からぬ縁が出来、私がかつて学んでいた合気道に疑問を感じて合気道をやめ、

武術稽古研究会を立ち上げたことに影響されたかのように、群馬大学合気道部の中から

「同志会」という会を立ち上げられ、独自の研究を始められた。 つまり、自分の中に生じた疑問には蓋が出来なかったということだと思う。

「同志会」は群馬大学合気道部の中に生まれた「鬼っ子」的存在だったようだが、

この「自分の中の疑問には蓋が出来ない」という小池院長の性格は、

専門の医学の道でも発揮されていて、一応は医師免許を取得した現代医学の医師であるが、

統合医療という、いわば患者側の立場に立った、有効なものなら鍼灸でもホメオパシーでも使うという

なかなか一般の医師では踏み入れない世界に入って、日夜研究を重ねられている。 それだけに、小池院長は大変柔軟な思考を持たれていて、

8年ほど前に『武術と医術』という共著を御一緒し、その後も年に2回か3回ぐらいは会って、

いろいろと話をすることを楽しみにしている。 今回の対談では、小池院長が大きな影響を受けたと思われる「縮退」のことや、

最近私が関心を持っている「腸と脳との関係」について、いろいろと話が盛り上がることになると思う。
広い視野に立って「身体とはどういう働きを持っているか」ということへの

探究心を持ち続けている小池弘人院長との対談は、こうした事に関心を持たれている方々にとっては

大変興味深いものになると思いますので、どうぞ御視聴ください。



小池からのメッセージ

学生時代の合気道の稽古では、力を抜け、とよく注意された。力を入れないのだから、筋肉をつけなくてもよいのかと思っていると、肩が脱臼したり、ケガが続いた。また「呼吸法」という稽古では、相手につかまれても力を抜いて腕を上げろと言われるが、当然脱力したら腕は上がらない。当時は部長までやってそろそろ引退、という時期であるにもかかわらず、根本的な事柄から、かえってわけがわからなくなるばかり・・・

 

こうした状況で出会ったのが甲野先生でした。通常、講習会などでは直接体験させてもらうことも少ない中、先生は実際に腕をもって技を体験させて下さいました。この時、とても印象的だった技が「柾目返し」。合気道でいう「呼吸法」に似た、自分が最も疑問に感じていた技でした。これが渾身の力を込めて抑えても、いともたやすく上がってしまい、これまでとは違った世界の広がりに、心躍った記憶が今でも思い起こされます。

個人的にはこの「柾目返し」にこだわり続け、今や先生のオリジナルとは随分と違ったものになってしまいましたが、今でも気が付くと感覚的に脳内で反復している技ではあります。先生にも「最近、稽古していますか?」と問われ、当然学生時代の様には稽古していないのでそのように返答しているのですが、この感覚の反復というか「確認」は常に継続してきました。先日も、肥田春充の聖中心についてのお話しをしていた時に、短時間での特殊な感覚の「確認」の重要性を知り、改めてその反復の意味を嚙み締めました。

 

力を入れずに入れる、相反する矛盾をどのようにして体現するかというテーマは、そのまま現代医療と代替医療との対立を、個人のレベルで統合・解決しようとする「統合医療」の目的そのものでもあります。

東洋医学と西洋医学、見えるものと見えないもの、正統と異端、心と体、脳と腸、図と地の関係としての解剖構造とファッシア、などいくつもの相反する視点でも、同様の問題が垣間見えます。総じて私はこうした「相反」する領域に強い興味をもっています。

 

この度は、先生の武術から拓かれた医学や身体への視点を皆様と共有出来たら幸甚です。とくに現代医療の在り方について疑問を持たれている方や、統合医療という分野とその武術との関連性等に興味を抱かれている方々に何らかの参考になればと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。




tougouiryo at 2021年04月07日08:00|この記事のURLComments(0)

臨床ファッシア瘀血学(11)肥田式「聖中心」から思うこと

 前回は、臨床的な事柄から推測される連続性と局所性をキーワードに、これまでの話をまとめてみました。そこから今回は少し想像の羽を羽ばたかせて、いわゆる超人の技法との関連性などを考えてみたいと思います。

 甲野善紀先生との勉強会の話題は、以前このブログでも少し紹介しましたが、ファッシアと肥田式との関連についてです。
 肥田春充は、いわゆる丹田とされる聖中心を、自ら創出した技法の中心にしていったわけですが、その位置を、解剖学的構造ではなく、幾何学的な説明により提示していました。つまりランドマークは解剖的な構造ですが、聖中心というものを示すには「円」を規定しその中心としました。
 そしてその中心を、腰椎からの直線が通過している説明図を提示しています。つまり考え方によっては、それぞれの解剖的な構造物との関係性、位置を規定する張力のようなもの、と考えてもよいのかもしれません。これまでのファッシア理論からすると「O-F」にあたる関係です。

 また、甲野先生からの示唆で気づいたのですが、球状の円(球)が規定されているのですが、これには何らかの実体があるのではないか、という考え方もできます。ここ(球)に臓器の実態を当てるとすれば、それはまさに「腸管」、特に腸間膜に吊り下げられえた小腸となります。(甲野先生は腸管の何らかの膨張を想定されているようです)
 この小腸は後腹壁から「フレアスカート」状に吊り下げられ、斜め下方向に集塊をなす様は「球」といえなくもありません。
 学生時代の解剖学での記憶と合わせても、この「聖中心」と考えても矛盾なさそうに思います。
 ただしここで注意すべきは、聖中心が腸管であるか否かという問題ではなく、肥田春充が幾何学的に表現したものの位置に、そうしたものが存在するという意味だけです。安易な同一化をしようとするものではありません。
 こうした問題は「三焦」の捉え方にも適応できます(三焦を東洋医学の教科書的に捉えるだけでなく、腹腔動脈、上腸間膜動脈、下腸間膜動脈から腸間膜が栄養されるさまを三焦としたのではないか、という視点も実際の解剖所見からするとアリなのではないかとも思います)。機能総体としての三焦ではなく、何らかの「実体」を古人は捉えていたのではないかという考察です。これは大きな塊のように見える腸間膜と周辺の脂肪組織を古人は一塊の臓器として捉えていたのではないか、そしてそこには臓器としては当時認識されていない「膵臓」も含まれてきます(実際の解剖所見としては全てが一塊に見えます)。

 そしてこのフレアスカートの吊りあげている視点が「腸間膜根」となり、後腹壁を左上から右下へ向けて、腰椎を跨いで下降しているのです。解剖的に腰椎1番2番あたりから下降しているので、横隔膜後脚が3番あたりまで来ていますので、呼吸におけるファッシア的な連動は十分考えられます。
 そしてその終結は右側の仙腸関節上部に至ります。つまりここもファッシア的な接続を考えることができます。つまり骨盤調整との連動の可能性です。この「根」は当然、腰椎4番5番あたりで腰椎を跨いでいるので、いわゆるヤコビー線と腰椎との交点を、肥田春充が示唆しているのと関連するようにもみえます。腸間膜根の吊り上げ作用の重心が、腰椎4番5番の意識や調整と直接関連することは容易に示唆されるでしょう。

 なぜ肥田春充が、こうした幾何学的な説明によりその位置を示そうとしたのか。それこそが当時(今もそれほど大きな変わりはありませんが)の解剖学がファッシアの存在を、半ば無視していたことと無関係ではないように思います。
 解剖実習を行った経験がある人であれば、すぐわかることですが、解剖実習とはこの「ファッシア」から、いかにして目的の「臓器」取り出すか、つまり見やすくするかにつきます。ファッシアは取り除かれるべき「不要物」であり、臓器の「背景」にしか過ぎないというわけです。

 解剖するという行為の究極が、解剖学の図譜や教科書ですから、そこには当然ファッシアの記載はありません。いくら肥田春充が超人であったとしても、当時の(今も?)解剖図に記載されていないものを、実体として認識していたとは思えません。これは近年、「ニューズウィーク」誌に皮膚を上回る「巨大な臓器」としてファッシアの発見が報道されたことからも、「存在していた」にも関わらず「認識されていなかった」臓器であることがうかがわれます。

 春充は、自らの体感と、熟読した解剖書とを見比べて、その関係の体感を幾何学的に示そうとしたのではないでしょうか。これは眼光紙背に徹するかの如く解剖書を読み込んだであろう春充の、正確な解剖的知識があればこそ、「そこにないもの」を記載することが出来たのではないと考えます。「在る」ものを強く意識するほどに、認識の反転が生じた際に「ないはずのもの」がより強烈に認識されてくるのではないか。「図と地の反転」を基盤として考えるべき、ファッシアとの関連がここに出てくるように思います。春充の聖中心の体感の瞬間などは、まさにこの認識の反転として捉えることで、理解できるのではないでしょうか。

 腸間膜根から壁側腹膜として折れ返ることで、腸管の状態が全身へと接続されます。これはまさにファッシア論でいう「O-F」の引張構造で説明されます。
 室町時代に隆盛を極めた「腹部打鍼術」が、腹部のみの刺激で、全身のあらゆる症状に対応していた事実からも、この関係は意外に大きな連携を有していることが推測されます。
 進化学的にも体幹である腹から四肢が形成されてきたことを思うとその中心が「腹」の「腸管」にあることも矛盾しません。ここに「火事場の馬鹿力」発揮のカギがあるようにも思えます(甲野先生のご指摘による)。
 こうした身体(とりわけ四肢)の関係のみならず、近年は「脳腸相関」として神経系との関連が最新医学のテーマとしても注目されています。神経伝達物質において、脳→腸、または腸→脳の関連が、詳細に研究されています。こうした関連においても、腸管の占有する位置が、その機能に関係する可能性は大いにありそうです。

 腹腔内での腸間膜と腸管を一塊としたものの位置により、四肢における運動能力が大きく影響される可能性を、聖中心は持っているように思われます。そして加えて、それらの正しい位置関係が、「脳腸相関」においても生体に有利に働く可能性も想定されます。(筋膜の張力の均等化や、結合組織表面における水分子の量子的ふるまいの正常化、等が要因として考えられます)

 筋トレにおける筋肉のイメージのように、腸の塊の鮮明なイメージ化によって身体的かつ精神的な超絶した能力の開花が可能になるのではないか、そんな可能性を「聖中心」は与えてくれるのではないでしょうか。




機関誌 聖中心道
肥田 春充
NextPublishing Authors Press
2019-12-04






tougouiryo at 2021年04月05日08:00|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (和歌山城)

 徳川御三家の居城、和歌山城(62・和歌山)です。押印は平成25114日でした。

 この城は、豊臣秀長により築城され、関ケ原の後、浅野幸長により天守が建造されています。天守は太平洋戦争において米軍機の空襲により焼失、1958年に外観復元されたものが現在の姿ということになります。

 浅野はその後、さらなる加増により広島藩へ移封、代わりに徳川頼宜が入城し、以後250年にわたる紀州徳川の時代になります。
 徳川頼宜による城下町の拡張や城郭の改修が大規模であったため、途中、幕府から謀反の嫌疑をかけられるなどもしたが、入念な普請がこうした嫌疑につながったものと言えるでしょう。たしかに和歌山城をみると実に立派で、こうした嫌疑も、なるほどと思ってしまいます。
 市内の至る所から天守が見え、お城に見守られる町といったイメージぴったりです。

 訪問時の思い出としては、和歌山ラーメンを食べてから城郭を見学。その後、城内を散策していると突然の大雨。やっとの思いでトイレに駆け込みましたが、すでに大勢の人が逃げ込んでおり、びしょぬれになってしまいました。こういう記憶は明確に記憶に残りますよね。

 ちなみに和歌山ラーメンの店にいくと「早すし」と称して、鯖ずしがあるのがご当地流。自然発酵のなれずしと区別するために「早」とついているそうなのですが、ラーメン屋にすしと書いてある違和感は印象的でした。











tougouiryo at 2021年04月03日05:00|この記事のURLComments(0)

臨床ファッシア瘀血学(10)連動性と局所性(これまでのまとめ)

 これまでファッシアと瘀血に関しての境界領域を中心に、臨床的な理論を述べてきましたが、この辺りで少し概略をまとめてみたいと思います。

 鍼灸医学から量子医学まで、「ファッシア瘀血」を中心軸にしてきましたが、中でもファッシアの解剖学的な連動性と、瘀血を中心に出現する慢性炎症の局所所見が、その病理の中心を担います。つまり以下のようなまとめになります。「連続性」と「局所性」という二つの視点から、「ファッシア瘀血」の展開までをまとめてみました。

ファッシアの二大病理

1)連動性:ファッシアの特徴でもある引張構造による「引張性」だけではなく、そのコラーゲン線維により形成される「導管」(プレリンパを内包)としての役割も含む。病変としての重積により引張構造が破綻し、運動性が低下し、それに伴い瘀血病変が増悪するのが主な病理である。

2)局所性:局所的な慢性炎症により、免疫細胞が線維芽細胞を刺激するサイトカインを放出し、コラーゲン生成が促進された結果、過剰に配列不規則なコラーゲン線維が生じて「線維性癒着」や「重積」を生じる。そこには毛細血管の渋滞箇所が形成され瘀血が発生する。このモデルを「ファッシア瘀血」と本ブログでは仮称している。さらにはファッシアを形成する栄養成分の欠乏により、不完全な線維形成も局所病変の悪化を加速する。


具体的技法・理論との関連

1)連動性に関しては、ファッシア概観の水平構造を規定する「O−F」と垂直構造を規定する「A−F」が全体像をなす。詳細な機能解剖学的視点では、東洋医学的(鍼灸的)視点が有用で、自由電子による直流電流を基礎とした「正経・奇経」、神経細胞を介する交流電流や物理刺激を基礎とした「経筋」、力学的な張力を基盤とした「アナトミートレイン」が直観的に理解しやすい。応用編としては、ファッシアの連絡路を介した「熱」「(生薬の)有効成分」などの伝導を示した「経方理論」の隔を中心にした関連図も連動性に分類できる。これは腹診などの漢方的所見との橋渡し的役割を有するものでもある。腹診に限らず、東洋医学的体表観察一般に拡大できる可能性がある。かつて「帰経」によって無理に鍼灸と湯液との統合が模索されたが、より合理的な形で実現される日も近いと考える。

2)局所性は何より炎症所見に代表される。ファッシア瘀血により形成された慢性炎症所見により、マクロの「瘀血」が形成される。これが神経・血管との連携を経て、凝りなどの硬結や多彩な腹診所見を形成する。加えて、瘀血を「病巣」ととらえることで、遠隔臓器にまで悪影響を及ぼすことが推測される(病巣感染)。
 また局所での重積による疼痛は「筋膜リリース」「ハイドロリリース」などの方法により解決される。栄養による局所の慢性炎症対策も有用である。
 視点をさらに微視的にすると、量子論との関連も示唆される。生体マトリックス表面の結合水の同調状態が何らかの原因で乱された場合、微細な電流や、ホメオパシーなどの秩序を有する水分子の痕跡を介して復調される可能性がある。全身くまなく連続していると考えると、その表面の結合水の影響は想定外に大きいと言えるだろう。この視点からホメオパシーと鍼灸との接点を見出すことができると考えている。



tougouiryo at 2021年03月29日08:00|この記事のURLComments(0)

来月のジャングルカフェの課題図書は「モモ」!

 来月のジャングルカフェの課題図書は、「モモ」です。読んでいない人は読んでみてくださいね。みんなで統合医療的に語りましょう!

  
参加希望の方、気になる方は
こちら(統合医療カンファレンス協会)まで!



モモ (岩波少年文庫)
大島 かおり
岩波書店
2017-07-20






tougouiryo at 2021年03月28日19:41|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (高取城)

 標高583mの山頂に聳え立ち、数多くの櫓を有する高取城(61・奈良)です。押印は平成25112日で、観光案内所「夢創舘」で押しました。

 初の訪問時は、本丸まで登ってから帰路に立ち寄り、CGによる当時の建造物を紹介する映像を見せていただきました。上ってきたばかりでしたので、なんとなく場所は把握できましたが、現状の鬱蒼とした森から、往時の様子を再現された映像はにわかには信じられないほどのギャップがありました。

 山頂の本丸近くでは、イノシシによるものだと思われる土を掘り返した跡やらがいくつもあり、ビビっておりました。また、観光案内所の前をイノシシが疾走していくこともあるということでした!
 それが2度目の訪問時には、まだ本格的に山の中に入らぬうちから、私よりも大型のイノシシが突如出現。これはまずい!と思った瞬間、向こうも同様に感じたのか、急な斜面を駆け上がり逃走してしまいました。これまでこれほど大きなイノシシを間近で見たことがなかったのでしばらくは恐怖にオノノイテおりました。あらためて山城の危険性を肌で感じた出来事でした。高取城というとイノシシしか思い出せないくらいです!(笑)

 夢創館から結構な山道を登り、七曲・一升坂という大手道をさらに上がると、水堀・猿石・二の門跡にでます(この猿石はなんどみても不思議な感覚に襲われます)。そこからさらに上がると三の丸、二の丸と続き、本丸に至ります。
 本丸は初めて見るとかなり衝撃的な迫力です。ラピュタの世界に迷い込んだような感覚になります。山城好きは是非見ておくべきところです。(最初は本丸裏手近辺までタクシーで上がりましたが、やはり大手道から苦労して登ったほうが本丸の衝撃は大きいようです。是非とも初回は大手道からの登山をお勧めします!ただし山歩き用の装備は必須です!)

 帰りは壺坂口門跡から降りていくと、壷阪寺に至ります。ここでバスに乗ることができます。バスの時刻に間に合わせようと駆け下り、大変くたびれました…(バスの本数が少ないので要注意です)

 高取城は幕末においても歴史の表舞台に出ています。尊攘派の天誅組が高取城を攻略しますが、これを撃退し、その防衛力の高さを見せたのでした。易々とは攻略できない城郭だということが体感できました!

 奈良というと、石舞台などの古代遺跡や大仏のイメージですが、そのすぐ近くにこれだけの山城があるというのは一般にはあまり知られていません。定番の奈良観光に加えて、一度訪れてはいかがでしょうか。鹿だけでなく、猪にも会えるかもしれません(笑)






高取城
2017-01-30







tougouiryo at 2021年03月27日05:00|この記事のURLComments(0)

甲野善紀先生との勉強会

 先週末は久しぶりに、甲野善紀先生と稽古会のような勉強会のような時間をとらせて頂き、ゆっくりとお話をすることが出来ました。

 甲野先生とは、最近の技の進展に加え、肥田式の「聖中心」についての先生独自の見解に関して、お電話でお話しする機会があったのですが、その延長のような勉強会となりました。

 聖中心に関して、丹田を意識した力みのようなものではなく、実際に腸管の何らかの変化を伴った独自の感覚ではないかという先生の考えを伺い、最近の私の関心事でもある「ファッシア」について解説させて頂きました。
 身心工房リボンからも二人参加し、私の考える武術とファシアの関連を考察してみました。これにより、先生からのいくつかのご質問やコメントなどに促され、これまで気づかなかったような視点をいくつも得ることが出来ました。

 こうした具体的に事柄に関しては、追々、「臨床ファッシア瘀血学」のコーナーでまとめたいと思いますが、ポイントはやはりファッシア、とりわけ腸間膜との連携です。
 腸間膜自体が、一つの臓器のような認識をされていたのではないかという指摘は、漢方の大家である寺澤先生をはじめ幾人かの指摘するところでもあり、これをもって三焦ではないかという推測もされます。そしてこの三焦が、脂肪組織に埋没する膵臓との関連も言われてきております。
 そしてこの腸間膜の付着部が腰椎をまたいで左上方(横隔膜後脚近辺)から右下方(右仙腸関節部)へと連続し、後腹膜として折れ返って背部へとつながります。当然これは、体幹全てと連続しながら、四肢へもつながります。かつての腹部打鍼などで全身の治療を行っていたことを考え合わせると、こうした腹膜から、四肢への特別な関係もありそうに思えます。

 肥田春充の学んだ時代の解剖学では、まさに無視されていたファッシアという概念。この概念をひとつの補助線として、彼の超絶した聖中心の力への何らかの新解釈が可能ではないかと、ワクワクする思いを得られた勉強会となりました。




tougouiryo at 2021年03月25日08:30|この記事のURLComments(0)

第2回基礎医学塾@zoom講座 申し込みフォーム

 基礎医学塾、生化学の勉強会参加の申し込みフォームのお知らせです!

 ZOOMでの開催となりますので、どなたでもご参加ください。テキストは各自でご用意ください。

2021年度第2回基礎医学塾@zoom講座

 

2021年3月26日(金)

18:30〜20:30

(※質疑応答を含み、20:30まで)

参加費・・・2000円

 


【参加申し込みフォーム】は

↓↓↓こちらから

https://forms.gle/kA6fcgE1j5e9tUEg7


tougouiryo at 2021年03月24日22:02|この記事のURLComments(0)

今週の生化学の勉強会資料

 今週末26日の金曜日、生化学の勉強会です。今年第二回目の開催です。前回は、糖代謝を中心に、エネルギー代謝の概略を勉強しました。今回は、脂質代謝とアミノ酸代謝(含糖新生)です。テキストでは第5章と第6章を読んでいきますので、あらかじめ目を通しておいてください。講義ではなく読書会形式ですので予習は必須です。以下、テキストになります。






第5章
(1)単純脂質・複合脂質・誘導脂質
(2)脂肪酸合成
(3)糖質で太るメカニズム
(4)中性脂肪とカルニチンシャトル
(5)脂肪酸分解(β酸化)
(6)ケトン体の合成
(7)メバロン酸とコレステロール合成
(8)コレステロールの輸送(外因性経路・内因性経路・逆転送系)(ひと目でわかる生化学)
(9)不飽和脂肪酸
(10)エイコサノイド(プロスタノイド・ロイコトリエン)

第6章
(1)アミノ酸合成の第一歩・グルタミン酸合成
(2)非必須アミノ酸から合成される窒素化合物(プリン塩基とピリミジン塩基・ヘム・グルタチオン・クレアチン・タウリンと胆汁酸・アミノ糖)
(3)必須アミノ酸から合成される窒素化合物(カテコールアミン・メラニンとチロキシン・ヒスタミン・セロトニンとメラトニン)
(4)呼吸代謝への合流(糖原性アミノ酸・ケト原性アミノ酸)
(5)糖新生
(6)オルニチン回路

tougouiryo at 2021年03月24日19:22|この記事のURLComments(0)

臨床ファッシア瘀血学(9)経絡・経別・奇経・経筋との関連

 筋膜と経絡との関連性のみを指摘していても、臨床的にはあまり役に立たないので、今回はその具体的な「変換」を試行してみたいと思います。鍼灸医学における各概念との比較です。

 筋膜に関する概念は、Steccoによる「筋膜マニュピレーション」の用語が臨床的に使いやすいので、そちらを参考に鍼灸の概念と対比してみます。
 まずは臓器との関連で、臓器ー筋膜単位として「OーF」が仮定され、これが頸部、胸部、腰部、骨盤部の内臓筋膜と、水平方向の引張構造としての関係をもち、臓器をつりさげます。
 「OーF」単位によるヨコ(水平)の関係に対して、タテ(垂直)の方向の関係性が、器官ー筋膜配列としての「A−F」配列となります。これは文字通り身体のタテ方向を走行し、体幹を吊り橋と考えると、その懸垂線(カテナリー)を構成します。その系列は3種類で、内臓配列、血管配列、腺配列と称され、上肢、頭部、体幹、下肢と走行し、経絡との類似性が提示されます。対応は以下のようになります。

内臓配列:手太陰肺経・手陽明大腸経・足陽明胃経・足太陰脾経
血管配列:手少陰心経・手太陽小腸経・足太陽膀胱経・足少陰腎経
腺配列:手厥陰心包経・手少陽三焦経・足少陽胆経・足厥陰肝経

 次にこの「A−F」配列が、内臓筋膜との「OーF」単位に接続する流れが想定されますが、それが臓腑との関連で考えると「経別」ということになります。
 つまり、各配列の手と足の組み合わせを一組として考えると、六つの組み合わせが形成され、それを「合」とすると、一合〜六合の経別となります。これにより、内臓から体表までが連続するものとして記載されたことになります(経別は深層の臓腑まで潜り込むので)。

 さらに構造的に考えて、「OーF」単位より「A−F」配列は密な関係にないですから(空間的な半身に対して3つのループが走行するだけですから)、各配列間にはそれらを連絡する「間隙」が想定されます。
 この間隙は各「A−F」配列にとっての、緩衝地帯としても考えられることから「奇経」が類推されます。それゆえに、この奇経に邪気が流入すると、熱をもち瀉血を要するということになるのでしょう。この辺りの関係は、瘀血病変における「細絡」の形成に似ているのではないでしょうか。

 内臓と関連するファッシアとしての「OーF」単位・「A−F」配列とは幾分系統が異なり、四肢を中心にして、筋肉と神経も包含する筋膜(ファッシア)もあります。文字通り筋肉を包み、支配神経とともに走行しながら全身に分布する「経筋」です。
 当然先ほどの経絡と密接に関連しながら、中枢神経である脳・脊髄の方向に「求心性」に走行することになるため、その流注は異なります。
 また一般に、その流注においては、経穴はないとされ、類似の「穴」は、解剖学的な筋肉の起始・停止において、一定の面積をもつ領域であるとされます。また、パルス刺激や「やいと」などの物理的刺激への反応性の良さを考慮すると、解剖学的範疇でとらえることの出来る存在ともいえます。
 交流波であるパルス刺激での臨床効果から類推できることは、この機序は、経絡現象における直流波での効果とは異なるものであるということです。
 経絡現象が直流であることは、中谷博士の良導絡理論からも実証できますし、ベストセラー『閃く経絡』などでも繰り返し述べられています。つまり半導体としてのコラーゲン内部を流れる自由電子こそが、正経(経別を含む)や奇経における媒体で、経筋はこの媒体が異なるからこそ、その刺激方法も異なるという説明が可能になるのです。
 さらに述べるなら、アナトミートレインとは、こうした経筋の概念に加えて、構造的な接続、力学的な接続性が強調されたものと理解できるでしょう。ファッシア概念から始まり、東洋医学から一周廻って、西洋に戻ってきたような形ですね。

 今回は、ファッシアの構造的な分類から、東洋医学への展開を具体的に追ってみました。具体的には、十二正経とその経別、奇経、経筋、そしてアナトミートレインまでの流れを見たことになります。依然として概念の混乱の多い領域ですが、ファッシアという概念を介することで、ずいぶんと整理されてくるのではないかと思います。







tougouiryo at 2021年03月21日00:00|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (赤穂城)

 今回は忠臣蔵で名高い赤穂城(60・兵庫)です。押印は平成21922日で、当時は急速に城が整備されているといった雰囲気でした。
 かつての空撮写真をみると、本丸内部にはドッカと赤穂高校が占拠しており、二の丸、三の丸も未整備のような感じですが、2000年あたりから民家が少しずつ減り、平成21年の写真では随分と整備が進んでいる様子が写真からも見て取れます。
 訪問時は、同日に姫路城を訪問してから、電車移動で伺いました。

 赤穂城は、甲州軍学に基づいて築城された城といわれ、屏風折れの土塀、多角的な曲輪、枡形虎口の城門などが特徴とされます。
 本丸の形状が、やや星形に近いのもこうした影響なのでしょう。軍学というものが実際にどこまで有効性があったのかはわかりませんが、平和な江戸期に入り、築城方法なども形而上的な虚学的な要素をはらんできたのではないでしょうか。こうしたことから、平和な時代における形式的かつ形骸化した縄張りであるという批判も目にします。

この城の歴史的な事件といえば、なんといっても忠臣蔵です。浅野長矩の代になり、松の廊下で吉良義央を切りつける刃傷事件起こしてしまい、長矩は即日切腹、浅野家断絶、赤穂藩も幕府領となってしまいました(ここから忠臣蔵が展開していくわけですね)。その後、永井家が一時入りますが、森長直が入ってからは森氏が12代続き、明治に至ります。
 近隣には、大石内蔵助屋敷地を中心に大正1年に創建された「大石神社」もあり、忠臣蔵を偲ぶことのできる城です。

 戦国期から平和な時代へと移行していく中で、城の形態も戦闘を前提にしたものから、都市の発展や交易との関連を重視するものへと移行していきました。そうした意味では、河口の三角州に、海に面して築城されたこの城は、いわば晩期の築城の特徴をよく示すものともいえるのではないでしょうか。

 時代時代によって城の持つ意味は変化していくようです。そうした意味でも、この城の過度の縄張りの形骸化も、何らかの意図、意味、が前提にされていたのではないか、ということをナワバリストの西股先生は書かれています。では本当の意図、築城の前提条件、みたいなものは何だったのでしょうかね。個人的には養老先生の言うところの唯脳論的な視点が発現しているようにも思うのですが。

 ちなみに西股先生の著書を最近読んでいるのですが、これがとても勉強になって面白いです。通り一遍の城郭の理解しかしてこなかったことを痛感します。とりわけ山城に関しては新た視点を持つことが出来、これからの城巡りがより楽しくなりそうです。この城(赤穂城)への深い視点もとても勉強になりました。おススメです!



赤穂城断絶 [DVD]
三船敏郎
TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
2020-10-14




決算!忠臣蔵
岡村隆史
2020-05-02















首都圏発 戦国の城の歩きかた
西股 総生
ベストセラーズ
2017-04-21




tougouiryo at 2021年03月20日05:00|この記事のURLComments(0)

臨床ファッシア瘀血学(8)ファッシア信号系

 前回は「波動医学」というエネルギー医学の一つの視点を再考してみました。こうした身体全体をいわば無形化した発想を経過して、どのようにエネルギー医学的な視点を身体へと戻すか、という視点で今回は見直してみたいと思います。

 そうした視点ですでに大きな問題を提示していたのが、鍼灸における神様的な存在でもある間中喜雄先生です。遺作のような形で没後出版された『体の中の原始信号』です。
 ここで間中は「Xー信号系」として、経験的に自らが臨床的に確かめてきた経絡現象を記載しています。これをただの経絡だと述べるだけではなく、メスメリズムや微量漢方、そこから発展して「ホメオパシー」との関連にまで言及し、その診断システムの一つとして「O−リングテスト」を提示しています。本書が30年以上前の出版と考えるとその先見性は驚くべきものがあると思います。
 ここで「Xー信号系」と間中の述べる仮説は以下の通りです。

「人間が、現在のように進化していない頃、今のように複雑な制御機構を持っていなかった時点で持っていた『原始的な信号系』が遺体制として、今なお残存する。」

 同書で間中が仮説的なインフォメーション・システムとして「Xー信号系」の特徴をあげていますが、まさにここで展開しているファッシアによる情報系そのものといった感じです。
 ただ当時は科学的な知見、とりわけファッシアを巡る量子医学的な視点(結合水等)やコラーゲン線維における自由電子の存在(セントジョルジュの主張等)、さらにはファッシアを直接観察できるエコー器機が未発達であったため、その媒体の候補をファッシアに絞るには至らなかったわけです。それでも従来の自律神経説や、ボンハン小体などによる解釈に陥ることなく、自らの経験と思考によって、それがこれまでのどれでもない「X」であるとして記載しています。以下にその特徴を引用します。

(A)なるべく微量のエネルギーで信号を与える。
(B) その反応をモニターするにも、それ自身が刺激となるような操作をなるべく避ける。
(C) 実際に臨床的にこのような操作が治療として有意義かどうか見直す。
(D) このような操作がいかなるパターンで反応を示すかを注意深く観察する。


 ポイントとしては、微量な刺激で応答しているという点(A)と、それを知るには「生きている」状態で、非侵襲的な方法による検証が望ましい点(B)、そして治療として有意義である点(C)、そして生じた反応をどのようなパターンであるか、つまりその現象を物理現象として分類するという視点も重視していることに注目すべきです。

 間中のいう「Xー信号系」が、そのままファッシアによるものですべて説明されるかどうかはわかりません。しかし、その大部分はこの仮説によって説明可能に思いますし、先生が存命でしたら概ね了承されるものなのではないかと勝手に妄想しております。

 我が国においてはファッシアは現在、ファッシアに生ずる痛みの治療を中心に、エコーを中心とした可視化の分野が隆盛です。これに伴い過度の「正統な科学」へのこだわりも見られ、その大きな可能性が矮小化されている面もあります。これは当該分野を推進する総合診療系医師のホメオパシー等のエネルギー医学への無理解と偏見に依拠していることが起因しているでしょう。
 しかし外科医であった間中先生のこの仮説を前にさらに「ファッシア」「ファシア」の解釈を拡大していくことの重要性もあるように思うのです。そうした展開を私はあえて「ファッシア信号系」と称し、ファッシア瘀血学の重要な領域として捉えたいと思います。




tougouiryo at 2021年03月15日00:00|この記事のURLComments(0)

今後の「臨床ファッシア瘀血」の展開

 毎週月曜日に連載しております「臨床ファッシア瘀血学」ですが、本ブログ上で意外にもけっこう大勢の方に読んでいただき少々驚いております。読んでいただき、本当にありがとうございます。

 「城」や「サプリ」の情報に比べて、かなり読者を意識しない書き方ですので分かりにくいはずなのですが、ファッシアと瘀血という分野が意外に多くの方が関心を持っているということなのかもしれません。

 明日の月曜日からの、今後の予定としては、間中喜雄先生の理論をファッシアに照らし合わせながら考えてみたいと思います。具体的には「X信号系」とファッシアとの関連について。
 さらには間中先生の弟子筋の入江先生の理論なども援用しながら鍼灸理論とファッシアとの融合も試みます。また、だんだんと諸概念が渋滞を起こしてきつつあるので、その後は少し、これまでの全体をメタ理論からまとめてみたいと思います。

 非常事態宣言下でしたので、なかなか城巡りができず、代わりにブログが充実してきました(笑)もう少ししたら、あまり本ブログ内での人気はないのですが「お城」ネタも、さらに充実させてたいな〜と考えております(^^)/








tougouiryo at 2021年03月14日17:59|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (明石城)

 新幹線から見える城郭、明石城(58・兵庫)です。押印は平成21923日でした。駅から徒歩5分という絶好の立地です。駅近の市民の憩いの場、といった雰囲気の城で、訪問時もコスプレ女子の撮影会をしていました(笑)

 せっかく明石に来たので明石焼きを食べてから登城。駅近の城郭なので、その後も2度ほど訪問しています。

 巨大な天守台とともに、三重櫓を四隅に配置した本丸が圧巻。高石垣の上からは瀬戸内海を眺め、山陽、瀬戸内へのにらみを利かせる重要な城であることがうかがわれます。ここも西国諸藩への押さえを目的に天下普請で築城されました。

 また築城に際しては城下町の整備も行われ、一説では町割りをかの剣豪・宮本武蔵が担当したともいわれています。

 この城の印象的なところは、正面の駅側の高石垣の立派さと、対をなすかのような裏側(北側)の谷筋で、桜堀、剛の池といった池が、西側の明石川とともに天然の堀として機能しているところです。谷筋からみると駅から見た感じと印象が異なります。
 お手軽な城ですので、初心者の方はぜひどうぞ!


明石城 なぜ、天守は建てられなかったのか
神戸新聞明石総局・編
神戸新聞総合出版センター
2020-04-17







tougouiryo at 2021年03月13日05:00|この記事のURLComments(0)

細胞内部の様子、混雑具合や酵素反応など

 先月から開始した基礎医学の勉強会のテーマは生化学・栄養学なのですが、とりわけ今は「解糖系」からのエネルギー代謝を学んでいます。

 ここで気になるのが、解糖系の各反応が、どうして整然と進行するのかということ。おそらく正統とされる考えでは、確率論的に一定の割合で、各々の段階の酵素と遭遇するからという説明なのでしょうが、本当にそんなにうまくいくものなのでしょうか。(進化の問題でもネオダーウィニズムの主張に同様の疑問を感じます。たまたま生まれたアザラシの子孫がたまたま海へと戻っていった的な…)

 こうした説明の一つとして、細胞内骨格が、酵素の反応順序に絡んでいるという説もあります。つまり求められる代謝の反応順に酵素が線維によって一直線に並んでいれば、整然と反応が進行するというものです。これは最近、ファッシアや生体マトリックスに関心を持っているので、個人的には非常に納得できる考えなのですが、一般的にはトンデモということになるのでしょう。

 また細胞内も、いわゆる教科書的な説明図では、整然と細胞内小器官が内蔵されているのですが、実際は満員電車顔負けの混雑状態だということが知られています。すると酵素などタンパク質の作用を考えても、それらのいわば部品同士による相互作用を無視するような考えは現実的ではない、ということが分かります。
 しかし、実際にはテキストではそうした説明はされていないので、これも釈然としません。そのために細胞内部がいかにタンパク質がせめぎ合っているか、「模式的に書かれた図」をどこかで見たような気がしたので、先週からずっと蔵書群を捜索していたのですが、それが先日やっと発見できました。

 金子邦彦先生の『生命とは何か』のP15にやっと、その小さな図を見つけ出すことが出来ました。(この捜索はずいぶん時間がかかりましたが、その過程でたくさんの忘却の彼方にあった本を見つけることもできました)

 通常の細胞の様子とは全く違い、まさに満員電車状態でタンパク質やDNAが充てんされた混雑状態の図は、まさに我々が「常識」と普段考えているものとの大きな「溝」がありました。やはり実際の生体というものは、線形思考でとらえるにはあまりに複雑であるということを強く見せつけられたようでした。

 基本的な概念ほど、再考するとそこに大きな常識との「溝」があるものです。日々の臨床から、こうした意外な気づきをひとつでも多く掬いとりながら、診療していきたいとあらためて強く感じました。



生命とは何か―複雑系生命科学へ
金子 邦彦
東京大学出版会
2009-02-01



tougouiryo at 2021年03月12日23:46|この記事のURLComments(0)

小さな診療所から(4)改:突発性難聴 瘀血刺絡 睡眠障害 脱水

 本日のジャングルカンファレンスはオンラインでの開催となります。参加希望の方はこちらからお申込みください。
 
 それでは今回は「難聴」をテーマに頭部おける「瘀血」の症状を考えてみたいと思います。
 昨年はたまたまなのか、新型コロナの影響なのか分かりませんが、当院ではずいぶんと突発性難聴の方の相談が多かったように感じました。

 ストレスなど様々な原因で発症する突発性難聴に関して、30代女性Bさんの症例をご紹介します。

 Bさんは夏の暑さの中、突然の耳の聞こえの悪さを自覚し、耳鼻科を受診したところ「突発性難聴」の診断を受けました。
 聴力検査などの検査を行い、ATP製剤、ビタミンB12、循環改善薬などが処方されましたが、完全に回復という感じではありませんでした。

 耳鼻科における経過観察での聴力検査において、低音域の若干の改善を認めるものの、「片耳が覆いかぶさったような感じ」が続き、聞こえにくさを強く自覚する状態でした。以前、後鼻漏がひどかったので、当院にて上咽頭治療をしていたことから、なんとか現状から少しでも改善しないものかと受診されました。

 左耳の強い耳鳴りと、「何かがかぶさったような」聞こえにくさの訴えに対して、全身の緊張を解く目的での鍼を施術してから、左耳に対して、耳介周囲への刺絡と、直接灸を施行。折からの頭頸部のむくみも強くあったことから、排出される瘀血の量も多く、施術中においても自覚症状の耳鳴りはみるみる改善を認めました。(こうした反応から、多くの疾患同様に突発性難聴においても頭部の「瘀血」が関係していることが示唆されます。たとえ体表からのわずかな穿刺であっても、陰圧によって皮下のファッシア瘀血に影響し、そこでのグロブリンを中心とした炎症性物質を減量・除去することが、症状改善の機序として推測されます)

 さらに灸を加えた後には、聞こえ方も著明に改善。大きく変化したことを喜ばれて施術を終えました。ただこれだけでは、元の状態に戻りかねないので、既に処方されている薬剤の増強を目的として、ビタミンB群を多めにしたマルチビタミンと、ATPの更なる増産をはかってコエンザイムQ10(電子伝達系の最終段階でATP産生を促進します)を飲んでいただくことにしました。(鍼灸としての効果にこだわる治療家には受け入れがたい面もあるかと思いますが、刺絡による瘀血除去後、お灸や灸頭鍼が相性が良いようにサプリによる病態改善を目的にした補充は不可欠に感じています。つまり悪いものを除去し、良いもので置換するというイメージです)

 また眠りの浅さから易疲労もあったので、メラトニンも加え睡眠状態の改善も図りました。当院ではこの一年、米国の医療機関用のサプリにてメラトニンを導入していますが、その効果はかなりなものと感じています。かなり強力な抗酸化物質としても位置付けられていますが、熟眠感をもたらす自覚症状の変化は、通常の眠剤にはない効果だと思います。(本例ではメラトニンを用いていますが、身心の疲労状況によっては酸棗仁湯なども有効です。症例の体調や環境によって加味しています)

 4日後の再診時には、聞こえの悪さ等の自覚はかなり改善され、耳鼻科での検査でも改善を認める結果が出ていたこともあり、大変喜ばれておられました。
 以後、1週間後に再度加療し、耳鳴りや聞こえの悪さは全くなく、発症前と何ら変わらない、とのことでしたので終診となりました。
 また睡眠に関しても、メラトニンにより中途覚醒が劇的に減少し、起床時の熟眠感を得られ、とても喜ばれておりました。


 Bさんのように、夏の暑さのためか、ビタミンB群の劇的な減少と、自覚しないままに進行した脱水を背景として突発性難聴の方が多いように感じます。当然、発症したら早急に耳鼻科受診をお勧めしますが、通常の加療のみではなく栄養補給や鍼灸治療の併用が大変良いように思います。(こうした統合医療的な併用は、なかなか一般のドクターには理解されにくい状況ではありますが、この後、患者意識の高まりの中で広まっていくことが予想されます)

 また夏の暑さにより、睡眠時の発汗から脱水が生じ、起床時に腰痛などの身体の痛みが出たり、易疲労に限らず、色々な不調が発症してきます。暑い朝の起床時に限定して、体の痛みやこわばりのような症状があるときは、ファシア部の脱水症状が起因しているように思います。(こうした時は急に起き上がらず、布団の上を何度かゴロゴロと転がってから少しずつ四肢を動かしながら起きると良いです)


 本例のような突発性難聴に限らず、大きな症状が発症する前に、ビタミン摂取を含めた十分な栄養と、充実した睡眠時間の確保に心掛けたいものです。
 加えて起床時のファシアのこわばりにも気を付けたいものです。

tougouiryo at 2021年03月11日08:23|この記事のURLComments(0)

臨床ファッシア瘀血学(7)波動医学再考

 先日書いたブログの内容について、院内カンファレンスで話題になったことについて考察してみたいと思います。「波動医学再考」として、電子が意志を持つという山田先生の著作に関する議論をしていたときの話題です。(メモ的なものですので興味ない方はスルーしてください)今回は「ファッシア瘀血」の概念というよりは、その周辺の歴史的な流れといったところでしょうか。

 電子が意志を持つことを肯定すると、量子力学において無理に量子の二重性を仮定しなければならないわけではない、とする山田先生の論理が展開されるのですが、すると、生命の波動性のようなものも無理に仮定する必要がなくなるのではないか、という意見をのべたところ、カンファレンスにおいて質問が出ました。
 では、アストラル体やエーテル体のようなものを否定することにならないか、という質問です。ホリスティックムーヴメントにおいて、重要な書籍である「バイブレーショナルメディスン」に基づいた質問なのですが、ここに「波動医学」の諸問題が現れてくるように感じます。まさに波動性の再考です。

 私自身は、生命を考える際には物か?波か?という二重性ですら十分でなはい、という考えを述べられていた中田力先生のご意見に、大賛成という立場です。ところが代替医療を含めた統合医療という視点から見た場合、色々な意見があるのも事実です。
 そして多元的な視点を推奨する上では、それらを一概に否定するわけでもありません。しかし波動であるという立場に強くこだわる方々もまた少なくなく「波動医学」という分野を形成しているわけです。そして同書は、まさに混迷していた代替医療の世界において「波動」という用語により、多彩な代替医療群を整理分類したものです。
 こうした同様の視点を有する理論により「波動医学」が形成されてきているので、あらためて同書を読み直してみました。

 これをあえて、ファッシア瘀血学の項目として書いたのは、この波動概念こそ、ファッシアに至る歴史的潮流の一つとして考えられるのではないかと思ったからです。
 つまり、多彩な代替医療を何らかのキーワードの下に統一的に記述する、という意味では同書は重要な書籍であると考えます。しかし広義のファッシア、もしくは生体マトリックスという視点の導入により、それらの概念を「フック」として多彩な代替医療を分類することも可能になってきました。波動といういわば「無形化」した概念と比較して、具体的なイメージを持ちやすい概念のフックです。

 では、なぜ波動性をスキップすることが可能か。その理由こそが電子が意志を持つという仮説です。科学史的には、量子力学における物質と波動の二重性は、或る意味でアインシュタインの考えをも超越したものでもあり、すべてのモノは波でもあるという「考案」のような考えは、広く代替医療の世界へと浸透していきました。こうした潮流の代表例が、東洋思想と現代物理学とを融合させたカプラ『タオ自然学』でしょう。
 このような当時の先端科学の思潮が、代替医療に取り込まれるさまは、その少し前、明治日本における霊術と「放射線」との融合などにもみてとれます。つまり科学的新概念との融合は、代替医療という領域は結構得意だったりします。
 それゆえに量子力学における粒子と波動の二重性を必要としない理論が展開可能であるならば、無理に「波動」概念も持ち出す必要もなくなるわけです。

 代替医療側のこの辺りの概念の混同を、すでに見越して解説されているのが、ほかならぬ『バイブレーショナルメディスン』の翻訳者である真鍋太史郎先生であったりするのも、また一興です。
 真鍋太史郎先生は「訳者あとがき」において、シュレディンガーの「波動関数」と、作者であるガーバーのいう「波動医学」とは直接の関係はないということを明確に述べています。(この真鍋先生、医療全般に関する適確なコメントから放射線・核医学について極めて造詣の深い医師であることが推測されます)
 いずれにせよ二重性が必要ないとするならば、波動性の必要もなくなるわけですが、そうした過程の上で展開される世界観が、一般の方にとって本当に受け入れやすいものなのかは別問題です。何せ、電子に意志を仮定したわけですから、そもそも我々が普通に考える意志と似ているのかどうかすらわかりません(笑)
 ただし、この過程は意外な方向に論理を展開していきます。それが「対話」というものの重視です。平たく言うと、波動概念を不要にすると、万物の「対話」概念が必要になります。ここにジャングルカンファレンスの思想的な基盤があることは、ここを読まれてる方にはおおよそ察しが付くところでしょう。

 電子を「対話」する意志を有するものであるとの仮定は、電子そのものへの「個性」をも仮定するものでもありますし、それが身体内部を流れるのがファッシアを形成するコラーゲン線維ということになります。また量子医学と称される分野における量子は、結合水における量子的な挙動の記述であるので、波動性とは少し異なる論理の展開になるわけです。

 ちょっとまとまりませんが、あくまでもメモ的な記載ですので、ご興味ある方は直接お尋ねください。日曜夜なのでこのへんにします・・・








tougouiryo at 2021年03月08日00:00|この記事のURLComments(0)

花粉症のアイゾパシー (スギ花粉レメディの効果)

 今年は一般に、スギ花粉症の症状がひどい方が多いように感じます。飛散量が多いことが事前に警告させれていましたから、OTCの抗アレルギー薬などで対応されている方も多いのではないでしょうか。
 ただ、私の周囲の方を始め、当院に通院している方は、例年よりも症状の軽い方も多く散見され、少し例外のような感じがあります。この違いを生じているのは明らかにホメオパシー(アイゾパシー)ではないかと思います。
 単独のケースのみでは、主観だけなのでいわゆる科学的検証ではありませんが、以前に施行された多施設によるダブルブラインド研究でも、自覚症状や抗アレルギー薬の使用量の有意な減少を認めておりました。加えて、当院で花粉症アイゾパシーを開始して5年経過したことも大きいように思います。とりわけ3年前からは積極的に、スギ花粉レメディをおススメしていることから、かなりの割合の関係者が3年目に突入しています。
 このアイゾパシー(ホメオパシー)のメリットは、一年中ではなく花粉シーズンのみの服用で良いという便利さにあります。そして1年目より2年目、2年目より3年目、といった効果の蓄積がみられることも特筆されます。つまり早く始めれば、それだけ将来的にも楽になる、ということなのです。
 まだまだ花粉症シーズンですので(これからはヒノキ花粉も始まります)、ぜひとも症状の強い方は一度、アイゾパシー(ホメオパシー)を一度試されることをおススメします!

 また当院では、レメディに加えて、鼻うがいや「上咽頭洗浄液」による局所療法的なセルフケアも指導しております。また花粉症を悪化させる「脾気虚」の体調を改善する漢方や食事法なども説明しておりますので、ご興味ある方は一度、ご相談ください。


(花粉症レメディの研究に関して知りたい方は、研究リーダーでした朴澤先生の以下の著書がおススメです)




tougouiryo at 2021年03月07日10:26|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (篠山城)

対豊臣を目的に、西国大名の抑えを目的に築城された篠山城(57・兵庫)です。押印は平成25923日で、大書院の中にスタンプがありました。

 7年前の当時は前日に神戸の友人と遅くまで会食しており、朝起きたら少し寒気がして体が重くなっていましたが、予定を変更するまいと思い無理を押して、訪問しました。コロナ禍の現在では考えられませんが、その当時は急な発熱と寒気の中を強行しました。
 そのため結構つらい印象しか残っていないのですが、それでも猪料理をたべ、黒豆を買って帰りました。福知山線「篠山口」からさらに神姫バスにのり結構遠く、くたびれました。

 徳川家康の命により、藤堂高虎の縄張り、普請総奉行の池田輝政のもと天下普請で築城されました。高石垣を用いたいわゆる高虎流の城郭です。
 天守台が現存しており、建築当初は連立式天守が予定されていたようなのですが、時代の流れの中、そこまでは必要なしと判断されたようで、駆り出された大名は次の予定の名古屋城へと移動させられたようです。状況により人員配置を変えた結果、現在でも天守ないまま天守台のみ、ということになったようです。
 訪問時は復元された立派な大書院があり、大きな角馬出も現存して見どころ満載でした。

 当時はまだまだ100名城を始めたばかりで、特に近畿地方は多く残していたので、無理をしてでも行こうと思い訪問したのですが、行くべき城郭の多さを考え、体調不良と合わせボー然とした記憶がよみがえります(笑)ローカル線乗り継ぎの訪問はやはり結構大変でしたね。








tougouiryo at 2021年03月06日05:00|この記事のURLComments(0)

電子が意志をもつということ(波動医学再考)

 先週末は基礎医学塾の本年度の最初の勉強会でした。久しぶりに私も解糖系から始まるエネルギー代謝をテキストの新書で復習し、この時新ためて「擬人化」の効用を実感したことは、数日前のブログに書いた通りです。

 その時、量子力学における山田廣成先生の「電子が意志を持つ」説を擬人化の例としてご紹介しましたが、その後、改めて再読してみると、擬人化ではとどまらない大きな意味があるように感じましたので、メモしておきたいと思います。

 この本は副題が「電子にも意志があるとしたら貴方はどうしますか?」というのですが、まさにこれまでの視点を大きく転換させるものでもあります。私も個人的にとても関心のある「観測問題」から、電子を考えると、その実態は「粒子でもあり波動でもある」ということになります。

 ここから統合医療、代替医療における「波動」の様々な領域が展開していくことになるのですが、それはある種の「無形」なものにすべてを還元するという意味で、「生きる」ということへの空白地帯を形成しかねない危うさをも有するものを生み出しているようにも感じていました。
 誤解のないようにいうと、「スピリチュアリティ」などの諸概念を否定しているわけではありません。むしろケン・ウィルバーらの言うところのスピリチュアリティは積極的に肯定するのですが、あらゆるものを波動へと還元させる風潮への懸念といったところでしょうか。こうした考え方の基底をなしているのが、この電子の波動性の問題なのです。つまり身体は電子によって形成されていますから、身体や物質の波動性といえることにもなります。

 詳細は山田先生の著作を読んでいただきたいのですが、まずは電子の存在を示す基本的な(現在までわかっている)実験結果を提示して、思い込みなしで事実を判定してほしいと迫ります。
 確かに提示されるデータからは明らかに物質だということが確認されます。ではなぜ「波動」ということになるのか。それは電子が集団となった時に、干渉などの現象が現れ、それゆえに「波動性」をもつというわけです。
 当然ながら、これが電子ではなく、意志を持つ人間であれば、互いに干渉しながら影響するので、統計的に処理すれば、結果として生じた現象において波動性があるものの、それは統計的なふるまいであって、実態を有する人間そのものが波動だという結論にはなりません。これは、いわゆる「渋滞」などの現象で日常的にみられることです。集団行動の予測が、物理的にシュミレーションできることからも理解できます。

 それでは今度は、視点を反転させて電子が人間のように、個々が意志を持っていたらどうなるかと思考実験したのが、山田先生の理論展開となります。
 すると非常に難解な、モノでもあって波でもあるという「量子の二重性」という概念を持ってこなくても、電子同士が意志をもって対話していたとしたら、結果として「波動性」を持っているように見えるというわけです。
 それゆえに量子力学において基礎的な「波動方程式」は、対話方程式もしくは干渉方程式と呼ぶべきだと、山田先生は主張されます。
 つまり電子が意志をもつという考えを受け入れることができれば、少なくても量子力学のもっとも理解しにくい難所を、クリアすることが出来るわけです。「教える」という立場においては非常に重要なことだということになります。

 これを統合医療的な分野にもってくると、人間の波動性という無形化した概念の導入よりは、電子という存在が意志(われわれが実感している意思とは少し違うのでしょうが)をもつということの方が、実はすんなりと受け入れやすいのではないかと思うのです。そしてこれは「対話」という行為においてもより大きな意味を見出すことにつながります。

 明治期の霊術の展開などを見ると、当時の最新科学である「放射線」の影響を強く感じられるように、代替医療領域は、その時代の最新科学の影響を強く反映します。
 そう考えると現在の波動の風潮の基盤は、間違いなく現在の量子力学の解釈に依存していますから、ここの解釈を反転させることは、この医学領域の発想の転換を余儀なくさせるものでもあるわけです。

 個人的な興味としては、意志や干渉においても当然「階層」があるでしょうから、それを基盤として漢方薬やレメディの作用点も階層があるはずです。また電子の意志を仮定することが可能であれば、レメディの意志というものも可能であるかもしれません。そして単なる「対話」が、往々にして「スピリチュアリティ」との関係を深く印象付けることも、こうした考えとリンクしていることだと思います。

 メモ的な記述でしたので、散漫になりましたが、なんとなく興味を持たれた方は是非、山田先生のご著書を開かれることをお勧めします。




tougouiryo at 2021年03月02日00:00|この記事のURLComments(0)

臨床ファッシア瘀血学(6)微小空胞ネットワークとしてのファッシア

 前回は微小循環におけるファッシアの構造を、プレリンパの導管として説明してみました。これに近傍のリンパと毛細血管による血液が混合して、刺絡などの観血的治療における「瘀血」が形成されたという考えです。これは瘀血部位が、他の正常部位に比べて血管の蛇行多く(三日月湖状態)、それゆえに穿刺時に血管にあたる面積が多くなると考えられます(それゆえに多くのうっ血が混入するためどす黒くなるわけです)。当然、いわゆる正常部位では、血管の蛇行が少ないためファッシア(もしくはリンパ)への穿刺面積が多くなるので、引かれる血液は希釈され、相対的に薄く鮮明な赤色になることが説明されます。

 今回は、ファッシアを前回解説したようなプレリンパの導管的な役割だけではなく、「本来の構造」を維持する効果として見た場合のミクロの構造を概観してみましょう。生きた筋膜の豊富な写真による解剖書『人の生きた筋膜の構造』を参考に解説してみたいと思います。

 そもそも様々な細胞は、生体における組織の連続性には関与していないとされます。つまり何らかの「機能」を分担する反面、連続性を持ちながら構造を維持するという役割にはないわけです。
 それに対してファッシアは、皮膚表面から細胞内の核にまで連続する「原線維ネットワーク」と考えられます。そしてこれらは生体内部でただの「線維」として存在するわけではなく、微小な立体構造を持つ「多微小空胞ネットワーク」を形成し、生体を構造化していると考えられます。これは前掲書において、多くの鮮明な写真によって確認することが出来ます。
 このネットワークは、可動性、柔軟性、適応性を有し、あらゆる組織を連続化させ、生体が運動中であっても、原線維の連続性を保持し続け、それが損傷しないかぎり元の状態に戻ることもできるわけです。

 そしてこの原線維は、循環系(血管)と神経系の構造的な土台となり、これらシステムと一体となることで、細胞にエネルギーの供給を行います。そして細胞を生存させるとともに、さらには力学的な情報の伝達も担っています。

 原線維によって形成される微小空胞は、その内部を、細胞、コラーゲン、グリコサミノグリカンによって満たされ、外的圧力に適応しながら組織形態を保持し、正常組織における機能的独立を保つことができます。

 そしてこの微小空胞ネットワークは、三次元的には「テンセグリティー」構造を形成し、運動中においてさえも、安定した構造を保証することになります。
 さらにはこのテンセグリティーにより、重力からの圧迫から、ある程度解放されることができるため、いわゆる「二乗三乗の法則」に縛られない生物独自の構造をも可能にします(これは恐竜などの巨大生物の構造を可能にします)。

 また原線維によるフレームは、動的なフラクタル化とでもいえる適応能力を有し、組織化された構造や立体形成を可能にします。そしてこのフラクタル化は、安定した形態から、別の形態へと移行することも可能で、それゆえに形態発生、器官発生、系統発生を記述することもできるようになると考えられています。つまり生命の生命たる特徴を、可能にしているわけです。


 これらのように微小環境におけるファッシアは「梱包材」ではないばかりか、導管的な役割にも限定されない、生命の存在を維持する基本的な役割を有していることが『人の生きた筋膜の構造』では語られます。ファッシアへの関心がそれほどでもない時期に、同書を購入したのですが、その時は今ほどその意味するところに惹かれることはありませんでした。しかし、瘀血との関係で、改めてファッシアを再認識してからは、まさに「生命」そのものの特徴とまで感じています。

 今後、解説していきますが、瘀血と経絡を統括して、解剖的な構造のもとに理解しようとすると、神経と血管の双方の構造的基盤でもあるファッシアが極めて重要になります。そして、そこにとどまらず、ファッシア自体が「自由電子」や「物理的な力」を介しても生体に影響することの意味をより強く感じることにもなるわけです。
tougouiryo at 2021年03月01日00:00|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (千早城)

楠木正成が幕府軍を迎撃した「太平記」の舞台、千早城(55・大阪)です。押印は平成25113日で、山家料理と土産屋の「まつまさ」で押しました。訪問前に上赤坂城(楠木城)に立ち寄ってからの訪問でした。

楠木正成は1000名の手勢で、100万の幕府軍相手に100日籠城を行い、落城しなかった城として有名な千早城。
 赤坂城、楠木城との連携においては、詰めの城としての機能をもち、最後まで落城せずに籠城を続けたことが鎌倉幕府滅亡の一因になった言われる歴史的名城です。
 
 実際には30分ほど石段を結構な登山をすることになります。道路からの高低差は100mあり、急峻な地形で奇襲戦にはもってこいだったことが体感できます(笑)これだけの兵力差で凌いだ、正成の戦略と戦術を思うと、さらに感慨ひとしおですね。


楠木正成―千早城血戦録
奥田 鉱一郎
ビジネス社
1991-04T












教科書が教えない 楠木正成 (産経NF文庫)
産経新聞取材班
潮書房光人新社
2019-07-24



tougouiryo at 2021年02月27日05:00|この記事のURLComments(0)

擬人化すること、ホメオパシーを親しみやすくすること、等々

 学問的にはいけないのでしょうが、擬人的に表現することでずいぶんと分かり易くなるということは、生物や科学を学習する上で結構利用されています。
 マンガ『はたらく細胞』などもその良い例でしょう。過度な擬人化は時に批判されるものの、直観的な理解が可能であるというメリットは外せません。




 電子に意志があるとする山田廣成博士による量子力学の解説も、正当な物理学者からは批判されるのでしょうが、「意志」や「対話」を中心に、ある種の擬人化により高度な内容が極めて分かり易くなっていると思います(ただしこれは山田博士によれば擬人化ではないということになるのでしょうが)。





 このような感じで生化学を、陽子は「身体」、電子は「スピリット」というような喩えで説明しているのが、明日の勉強会のテキスト『代謝がわかれば身体がわかる』です。前回の参加者からは、エネルギー代謝における喩えが、子供から魂を抜き取ってゾンビ化するなど気持ちが悪いというご批判もあるのですが、そう書いてあるのですから仕方ありません(笑)今期の日曜夜のゾンビドラマでも見て慣れて頂くほかありませんね。こちらもまた批判されているようですが(笑)












 ただし、酸化還元反応を、電子=スピリット(魂)という感じの理解は非常に有用に思いますので、それを念頭に生化学の予習をして頂ければ効率的なように思います。

 また擬人化とは異なりますが、ホメオパシーのメカニズム理解における量子医学概念の活用も、同様の効果があるように思います。
 類似の法則や波動を用いた解釈も良いのですが、どうしても錬金術的な風合いが出てしまい、現実の医療との統合場面ではやや戸惑うことも少なくありません。
 そうした意味では、保江邦夫先生の量子医学の説明などを援用することで、統合的に活用しやすくなるように思います。具体的には、細胞膜における結合水の意義や、エバネッセント光など、秩序化された水としてのレメディとの相互作用を考慮するとわかりやすいようです。






 この辺りは実はファッシアにおけるエネルギー医学的な解釈でのキモにもなるところですので、連載している「臨床ファッシア瘀血学」においてもホメオパシーと鍼灸の統合に関する話題として記載していきたいと思います。


tougouiryo at 2021年02月25日08:26|この記事のURLComments(0)

2月26日の基礎医学塾 参加申し込みフォーム

 今週金曜日の基礎医学塾のご案内です。『代謝がわかれば身体がわかる』(大平万里著・光文社新書)をテキストにして読み進めていきます。

 第1回は糖代謝を中心にしたエネルギー代謝を中心に、代謝の基本的概念を学びます。テキストで言うと第1章から第4章ですので、その範囲をまずはしっかりと読んできてください。(代謝マップもあると便利です)


 基礎医学塾はどなたでも参加可能です。オンラインでの勉強会ですので、ご自宅で気軽に勉強会に参加できます。これからの統合医療は「共通言語」が重要です。まずは一人ではなかなか勉強する気がしない(笑)代謝から一緒に学びましょう! 

 参加申し込みは以下のフォームからよろしくお願いします。↓ ↓ ↓



2021年度第1回基礎医学塾@zoom講座

2021年2月26日(金)

18:30〜20:30

質疑応答を含み、20:30まで)

参加費・・・2000円

【参加申し込みフォーム】は

↓↓↓こちらから

https://forms.gle/Aew3raCE1m97Nbtq9


tougouiryo at 2021年02月24日06:36|この記事のURLComments(0)

臨床ファッシア瘀血学(5)微細環境におけるファッシア瘀血

 前回は経方理論とファッシア瘀血との関連性を考察しました。今回は、そうした全体性から一気に組織の局所の話題に移りましょう。ファッシア瘀血の形成されるミクロの環境についてです。

 ファッシアは、2018年3月のNewsweekによって、ヒトにおける最大の器官が発見されたという記事が掲載され、従来は結合組織(これもファッシアである)とされたものが、体液を満たして相互に連結している新たな器官であるという報告がされました。
 まさにこれは、かつての「筋膜」というイメージではとらえられない組織像で、線維の網目構造を内側から裏打ちするように細胞がはりつき、その内腔を液体が流れるというものでした。さらにその液体は、共焦点レーザー内視鏡により、血管よりも遅延して試薬が映し出され、さらにはそれがリンパとほぼ同時であったということが分かったそうです(医道の日本 2018年6月pp140-2)。

 つまり血管とリンパ、従来はその間隙であると思われたところに連結システムが存在していたということが分かったわけです。これがまさにファッシアです。
 広範なファッシアという概念の機能がこれに限定されるわけではありませんが、生きている組織のみでしか確認できない脈管系といえるでしょう。

 これに瘀血のシステムを考慮すると、細絡などミクロのレベルでの血液の鬱滞や毛細血管の蛇行、さらには三日月湖状態にまで至るような蛇行や鬱滞などが、刺絡によって破壊されるのですが、その時に同時に、このファッシア内の液体も漏れ出してくるのではないでしょうか。
 つまり従来は、こうした鬱滞した毛細血管などの血液が、吸角などで吸い出されてきていると考えられていましたが、その付近のファッシア内の液体も混在して「瘀血」として吸い出されてきている可能性が高い、ということです。

 毛細血管がそれほど多く存在するとは思えない部位において、刺絡によりたくさんの瘀血が得られるということは珍しくありませんでした。ところが、こうした事実を見ていない医師などに説明すると「血管がなければそこまで出るはずがない」という議論がたびたびなされたこともありました。しかし、ファッシア内という従来想定されていない液体プールが存在しているとすれば、そのくらいの流出量は説明できます。
 また一定量の放血後に、再度、吸い出すことが困難になるという事実も、こうしたメカニズムを示唆していると考えらえます。つまり「瘀血」といわれるものは、毛細血管等におけるうっ血した血液に加え、ファッシア内部の液体(プレリンパとも呼ばれる)が混ざったもの(そして当然少量のリンパ液も混在する)と考えれるのではないでしょうか。

 であれば、瘀血成分として局所の炎症所見を反映してグロブリン量が多いことや、瘀血の強い所見を有するところでは「どす黒い」瘀血が得られ、それほどでない場所では「さらりとしたやや明るい色」の瘀血が吸い取られることの説明にもつながります。
 また、現在あまり確定的に説明されていない、ハイドロリリースのエコーにおける目標所見である「ファッシア重積」の所見の形成理由も説明できます。つまり毛細血管から漏出した炎症物質であるグロブリン等が、ファッシア内部を通過時に停滞して、癒着所見を作ってしまうというモデルが想定されるわけです。

 それゆえに、従来「瘀血」と称される病理所見は、血液+ファッシア内液(+少量のリンパ液)により形成される可能性が高く、いわゆる瘀血という血管の鬱滞所見のみではなく、周辺のファッシアの変性もあわせて病態として理解する必要があるということなのです。

 これらは実験的な考察ではありませんが、これまでの15年に及ぶ臨床での刺絡治療の中で生じた現象の説明としては、こうしたメカニズムが今のところ、最も腑に落ちるモデルであるように感じます。

 こうしたミクロのモデルを想定して、以後のファッシア瘀血学を進めていきたいと思います。



tougouiryo at 2021年02月24日00:00|この記事のURLComments(0)

臨床ファッシア瘀血学(4)経方理論との関連

 なぜ「ファッシア瘀血」を考えるのか、を前回は述べました。刺絡のメカニズム解明について、この概念は極めて有効であることに加え、いくつもの施術系の代替医療分野での、理論的にあいまいな部分に、現代医療との接点をもたらすという意義は、極めて大きいと思います。

 漢方理論に、というより「傷寒論」という古典の読解に、革命的な解釈をもたらした「経方理論」の解釈においてもこれは同様です。つまり内部臓器の気の流れと、外部表皮での気の流れがどのようにリンクするかということをダイナミックに記載したのが、この理論の最大の面白さなのですが、そこにファッシアを仲介させることでさらにこの理論の整合性が強まるように思います。つまり経方理論に、その物質的基礎を付与することができるわけです。

 経方理論は、名医別録を基盤とした生薬の「ベクトル性」の展開を、独自の気の流れを示す生理機能図に落とし込むことで、傷寒論の理論的枠組みの下で、漢方処方を自在に展開できることが最大の特徴です。
 つまりこうした薬剤の有するベクトル性こそが、この理論のキモなのですが、その背景を成す気の流れの生理図も、提唱者である江部先生独自の腹診や脈診に連携するものなので、これまた非常に重要です。

 この「気の流れ」においてひときわ独自性が高いのが、従来あまり重要視されていなかった「隔」という概念です。
 解剖学的には横隔膜とほぼ同じ概念なのですが、機能としては、マクロにもミクロにも「気」の出入りに関わる重要な臓器です。
 つまり、気の出入りを担当する「隔」と、その上下にあって気の上げ下げを担当する「胸・心下」がキモとなり、それらの機能の相似形のようになり、体表面での気の流れを説明しています。(江部先生はこれをおそらく東洋医学的なフラクタル概念で、直観的に説明しているのですが、この理論的な跳躍もファッシアの概念を用いれば、比較的簡単に解剖的な説明が可能です)

 この体表面での気の流れに関しては、体表を「皮」と「肌」の二層に分け、その間に「膜」を置き、これらを貫通する形で「腠理(そうり)」があるという構造が仮定されます。
 「皮」は現代医療的には、いわゆる表皮と真皮における乳頭層に相当し、「肌」はそれ以下の真皮つまり網状層と皮下組織(脂肪層)に相当する考えてよさそうです。

 そうすると、経方理論における「肌」の概念が、ほぼ「ファッシア」に相当すると考えてよさそうです。となると「膜」はさしずめ、網状層における膠原線維束(皮革製品として使われる部位)といえるのではないでしょうか。(当然これはファッシアを介して隔と連続しています)

 「ファッシア」と「肌」とを比較するメリットは、その臨床応用にあります。これまでの流れであれば、整形的な痛みの発痛源として、その解剖学的位置が問題になっていましたが、経方理論に関連付けることにより、傷寒論をベースにした漢方処方への展開も可能になります。
 つまり脾胃と直接関連付けられ(心肺ではなく)、腹診における「心下」に着目することが可能になります。(このあたりは経方理論における臓腑関連図を参照してください)

 さらには、心下の下部に位置する腸間膜領域を、寺澤先生の述べられるように「三焦」として考えると、ファッシアと三焦との密接なつながりが、ダニエル・キーオン氏の『閃く経絡』とまた違った観点からみることもできます。(同書における「三焦」の胸腹全体像との関連とみるよりも、「腹腔」全体として考える方が、古典的にも整然と理解されるように思います)
 つまり、三焦をファッシアとして捉えるよりは、寺澤説によると、腹部の一塊となった「腸間膜」と考えるということになります。つまり三焦と心膜(心臓も含む)が対になるわけです。

 そしてこの間を隔てるのが「隔」ということになります。当然、隔は呼吸によって動く、つまり気の出入りを司ることになります。これは空気の出入りだけでなく、呼吸運動により、胸腔と腹腔という二つのファッシアに囲まれた閉鎖空間が、内圧を変えながら動くことになり、これに伴い、内外の物質やエネルギーの移動も行われることになります。
 この時の、動きにくさや渋滞ポイントが、胸腹診などにより圧痛や硬結として認められ、一部典型的なものが漢方処方の目標所見となります。
 こうした生体観に基づいて、ベクトル性を有する生薬によって処方組み立てをするのが、経方医学の姿であると見ることもできます。

 したがって経方医学は、ファッシアと漢方処方とのまだ見ぬリンクをつなげてくれる理論となりうる、と思うのです。ファッシア臨床における「経方医学」の重要性を、あらためて感じる次第です。

(本記事は『経方医学』に関するある程度の理解が前提になっておりますので、詳細を知らない方には???となってしまいます、申し訳ございません。ご興味ある方はとりわけ第1巻が重要です。ここでの解説は第1巻を読めば理解できると思いますので、関心のある方は是非、御一読を。)


経方医学 1―「傷寒・金匱」の理論と処方解説
横田 静夫
東洋学術出版社
2011-04T


tougouiryo at 2021年02月22日05:00|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (竹田城)

 天空の城として名高い竹田城(56・兵庫)です。押印は平成28828日、高砂市での講演の後、友人たちと電車で足を延ばしての訪問でした。

 当時はJRの竹田駅にスタンプ設置され、バスに乗り換えての訪問でした。その後、再訪することがあったときは、「山城の郷」に駐車し(スタンプもここにあります)、そこから行きはタクシー、帰りは徒歩にて城郭を往復することになります(便利になりました!)。
 途中かつて駐車場として利用されていたところも、今は関係者しか乗り入れできないようになっており、行くたびにアクセス方法が変化していますので、ご注意下さい。

 天空の城ブームのおかげで、こんなことになってしまったわけですが、ほかの山城はゆっくりとうろうろ徘徊できるのに、ここは一方通行!。かつては要所要所に案内の方が見張っているので、一度通り過ぎたら引き返すことができず、非常にフラストレーションの蓄積する山城でした。
 一部の山城ファンのブログで竹田城なんかもう行かない、みたいなことが書いてあったのですが、なるほど納得です。ですがちょうどすいている時期だったので、再訪時はゆっくり気のすむまで見れました(笑)ブームというのも考えものです。
 ガイドさんが、僕らの子供のころは、いつでもどこからでも上ってよかったですからね〜と言っていたのが印象的でした。

 車では、播但道の和田山インターからのアクセスとなるわけですが、現在でも瀬戸内からと、日本海側から、さらには鳥取からの峠越えからの交差する交通の要衝で、重要地点であることがわかります。

 1443年ごろ、山名宗全による築城ですが、豊臣政権下で生野銀山を抑える目的で、当時最先端技術であった石垣を多用して完成させた山城。複雑な折れと高低差で、迷路のようになっているまさに名城です。

 雲海に浮かぶ姿が有名ですが、これを見るには離れた山からながめる必要があるため、城好きとはちょっと異なるのかな。城好きの春風亭昇太師匠が、城好きは城に行きたいから雲海の遠景は見たことない!みたいなことをいってましたが、その通りです(笑)
 再訪時は、雲海がでていたのですが、城ごと雲海に飲み込まれてしまい、視界最悪でした(笑)











日本の城 改訂版 10号 (竹田城) [分冊百科]
デアゴスティーニ・ジャパン
2017-03-21










tougouiryo at 2021年02月20日05:00|この記事のURLComments(0)

小さな診療所から(3)改:刺絡療法・バトソン静脈叢うっ血・腹部打鍼

 乳がん術後、化学療法中の様々な不調に関してのケースを見ていきましょう。
 60代女性、Aさんです
 タンパク質の意図的な増量により、栄養状態が改善され、抑うつ気分が解消、現状の治療に対しても前向きに取り組めるようになってきました。


 表現しがたい全身の不快感や、落ち込みの解消により、今度は、具体的な体の不調が現れます。頸や肩の痛み・コリ、背中の痛み、腰痛など、局所的な症状です。
 身体としては、言葉で表現することができない、つらい状態から、はっきりと表現できる状況へと変化していったとみることができるでしょう。


 こうした症状の時には、当院ではまず鍼灸をお勧めしています。
 特に、当院の特徴としては「刺絡」を用いるというところです。鍼灸・刺絡に関しては、当院では医師である私自身が施術しています。

 刺絡は出血を伴う手技ですので、行われているところも少ないのが現状です。一部、強い治療と思われて敬遠されている面もありますが、実際はそうではありません。
 治療に伴う出血量も、いわゆる通常の採血量よりも少ないですし、治療の強さを加減することで、幅広い不調に対応することもできます。また安保・福田理論によると、自律神経と免疫の調整が可能で、がんの統合医療として大きな役割を有します。

 また、この刺絡治療の適応でない状態であれば、通常の細い針による鍼灸や、皮膚を刺すことのない「てい鍼」なども併用します。
 とりわけ、あまり刺絡向きではない腹部の調整としては、このてい鍼を用いた腹部打鍼を通常、行っています。


 Aさんに対しても、栄養状態の十分な改善を確認してから、痛みやコリの場所に加え、「カッサ」を用いて瘀血のある場所(痧点)をあぶりだして(こすりだして)それらに少量の刺絡を施術します。
 これによりコリや痛みの改善のみならず、脊椎近傍の静脈(バトソン静脈叢)の血流改善をはかることで、腹部内臓に出入りする交感神経の異常な刺激を調節することができると考えています。これは静脈弁を有しないバトソン静脈叢でのうっ血が、背部のうっ血に関与するという考えにより、自律神経の調整(交感神経異常興奮の抑制)を行うというものです。

 またそうした神経の走行を伴っての、ファッシアの異常な緊張も緩和できるので、内臓に良い影響を与えられるという治療です。その他、局所的な瘀血も改善されるため、全身の血流改善に幅広く寄与する治療でもあります。(この辺りの詳細な理論は、現在このブログ内で「臨床ファッシア瘀血学」として週に1〜2回で連載しておりますので、お読みいただければ幸いです)

 こうした刺絡治療により、Aさんの首や背部の痛みは改善され、自覚症状が改善されるだけではなく、内臓の状態、ひいては全身の免疫状態をも、改善に導くことも可能になると考えます。これはがん治療に限定されるものではなく、その他、関節リウマチなど膠原病や、アトピー性皮膚炎の体質改善にも応用しております。

 また刺絡は主に背部を中心に治療をしていますが、腹部へのアプローチとしては、てい鍼を用いて調整を行い、身体の前面と後面の両面から、内臓を含めた全身へと栄養を及ぼす治療を行っています。これは自律神経や血管が、背部から腹部へと回り込む解剖学的知見を応用し、背中を強いアプローチ、腹部をソフトなアプローチとしていることによります。(東洋医学的に陰陽で説明することも可能です)

 Aさんは現在も、栄養状態の改善に引き続き、こうした刺絡療法を中心とした鍼灸治療を継続しておられ、化学療法の併用と再発防止に努めていらっしゃいます。

 難病治療への刺絡療法は、当院の特徴的治療法とも言えるもので、これまでなかなか改善の見られない症状でお困りの方は、是非一度ご相談ください。(特にへバーデン結節など難治性の関節痛の方にも、漢方薬との併用で、疼痛改善が可能です。こうした症状のケースについても、稿をあらためてご紹介していきたいと思います)

 小池統合医療クリニック、お問い合わせはこちらまで

tougouiryo at 2021年02月17日00:00|この記事のURLComments(0)

臨床ファッシア瘀血学(3)なぜファッシア瘀血を考えるのか?

 前回までの(1)と(2)では、以前書いた原稿に加筆したような感じの記事でしたので、ファッシアと臓器の連携や、ファッシアの系統的な考え、さらには三木成夫の解剖学との関連などを書いてきたので、ファッシアの基本的なことや、何故、ファッシアなのかというような根本的な問題を飛ばしていたので理解しにくい面もあったと思います。

 今回は、そもそもの「ファッシア瘀血」とはどのような概念で、どうして思いついたのか、ということを書いてみたいと思います。
 このきっかけとなったのは、やはり「刺絡」の臨床です。当院の刺絡治療は、学生の頃教えて頂いた漢方の大家、小川新先生が、日本瘀血学会の牽引役で、その臨床を見学させて頂いた折、漢方の瘀血治療に加え、刺絡をされていたことがきっかけです。
 その後、東京女子医大での統合医療外来において、当時、大ブームだった安保理論による自律神経免疫学を基盤とした「刺絡」を、当時の講師だった班目健夫先生とともに担当させて頂いたのが、現在の形の大本となりました。当時、いわゆる安保ブームでしたので、班目先生の刺絡外来は予約待ちで一杯の状況で、その多くの初診を分担するというのが私の役割でした。
 その後、現在の統合医療クリニックでの開業となり、当時の患者さんが継続して受診して頂いたため、クリニックでのメインの治療法の一つとなっていきました。

 こうして女子医大時代から数えると15年以上、刺絡を続けている中で、具体的な技法は少しずつ変化し、現在の形式になっていきました。
 小川先生による漢方の補完的な治療、班目先生による安保理論をベースとした自律神経と免疫の調整、刺絡学会における鍼灸の標準的な方法、工藤・浅見両先生の著作から学んだ方法、いろいろな考え方や方法論が混じったものが現在の基本です。

 ただこうした方法論を駆使しても、なかなか改善しにくい病態や損傷というものはあるもので、そこへの改善策を抜本的に形成したという思いを常に持ってきました。こうしてできてきたのが「ファッシア瘀血」の概念です。近年のファッシア論の高まりにより、これまで理論的に解明できなかったことが、かなり見通せるようになってきたように思います。

 まず、首や肩の凝りや痛みは、刺絡が劇的に効果を及ぼします。それに対して、臀部の深層の痛み、中殿筋や梨状筋付近の痛みは、深さがあるので刺絡とその後の吸角でも患部まで陰圧が届きません。それゆえ、十分に瘀血を除去することが出来ず、痛みの回復が不十分でした。
 そうした時に知ったのが「エコー下ハイドロリリース」でした。これまでも、いわゆる筋膜リリースやトリガーポイントなどは知ってはいたのですが、刺絡の効果で十分でしたので、積極的には取り入れてはいませんでした。しかしこれはエコーにより幹部が描出され、ピンポイントに治療が可能であるというのが最大の魅力でした。
 そしてここで描出されるのが、いわゆるファッシアの重積やひきつれというものです。おそらく機序からすると、グロブリンなどの粘着性の強い液体によりファッシアがへばりついてしまった、と考えられそうです。
 では、そうしたグロブリンはどこから来たのか。どうしてファッシアがへばりついてしまうのだろうか。こうした疑問には、現在のファッシア関連の著作は言及していません。これこそが瘀血ではないだろうかと推測しています。
 瘀血の病態は、様々な解釈が可能ですが、血液粘性の増大、動脈硬化の進行などに加え、毛細血管床において「三日月湖」状態の淀みが形成されてくることも大きく関与しています。上馬場先生らの研究結果から、細絡の瘀血の生化学分析によると、通常の血清と比べてグロブリンの含有量が多いことが分かっていますので、ここからの漏れ出しと考えることが妥当です。つまり瘀血の形成されているポイントにおいて、ファッシアのひきつれや重積が起こりやすいと考えられるわけです。

 そしてこれは井穴刺絡の説明にも展開できます。経絡をファッシアの引張と考えると、その末端での「ピン留め」にあたるのが井穴となります。そこでの物理的なひきつれの元、もしくはそこから発生する炎症ないしは発痛物質の源と考えると、そこから延びる経絡に大きく影響を与えることが分かります。
 当然、そこからわずかでもひきつれや発痛物質を除去することができれば、所属する経絡全体の症状改善につながります。これが井穴刺絡の本体と考えられるわけです。

 ハイドロリリースの講習会などに参加すると、講師の先生方はそろって即時的な効果発現への驚きを語られます。これまでの整形外科的な治療法にないその即効性に、昂りながら強調されるのです。
 これは通常の医師があまりそうした効果を信じないから、というのもあるでしょうが、刺絡療法をしている者からすると、刺絡による効果を初めて見たときの感想に極めて似ていると感じられました。つまり、同様の劇的な効果が認められるということになります。こうしたことからも、その機序における共通性というものが示唆されるのではないでしょうか。

 そうした機序を想定できる根拠はいくつかあるのですが、その一つが、刺絡をしてからハイドロリリースをすると極めて効果が高いのに、ハイドロリリースしてから刺絡をするとそれほどでもないという臨床的な事実があります。
 つまり局所において、発痛物質を除去してから、生理的食塩水で薄めて滑りを良くするとと高い効果を得られるのですが、反対だと、滑走を良くする水分が吸引されてしまうため、発痛物質の希薄化ができるものの、滑走が悪くなるため効果が極めて減弱するわけです。

 今回は臨床的な話題を多く述べましたが、これらの経験がベースとなってファッシア重積に瘀血が関連する「ファッシア瘀血」により形成される病態がはっきりしてきました。これらはファッシアの性質上、単発の専門的な施術方法ではなく、複数の方法論の「交叉」から初めて見えてくる事象です。 
 こうした事柄への考察を、これからこの「臨床ファッシア瘀血学」では考えていこうと思います。




tougouiryo at 2021年02月15日05:00|この記事のURLComments(0)

2月26日基礎医学塾(生化学・栄養)開講します!

 2021年の基礎医学塾開講です。非常事態宣言を受けて1月の開講を延期しておりましたが、2月から開講いたします。

 テーマは「生化学」です。新書など比較的分かり易くまとめてある生化学の一般的解説書を用いて、半年ほどの予定で勉強していきます。
 まずはこれ ↓ ↓ ↓(三回ほどで読み切る予定です)







 


 新書で、全体像をつかんでから今度はやや専門的なものに挑戦 ↓ ↓ ↓ (これも三回ほどの予定です)






 代謝はどこをやっているかわからなくなり、いわゆる「迷子」になりがちなので、「代謝マップ」が必要です。下記のものがおすすめです。↓ ↓ ↓


一目でわかる医科生化学
J.G. サルウェー
メディカルサイエンスインターナショナル
2007-09-01




 オンラインでの開催になりますので、自宅にいたまま読書会に参加する感じです。ふるってご参加ください。申し込みは下記のフォームからになりますので、よろしくお願いいたします。

2021年度第1回基礎医学塾@zoom講座

2021年2月26日(金)

18:30〜20:30

質疑応答を含み、20:30まで)

参加費・・・2000円

【参加申し込みフォーム】は

↓↓↓こちらから

https://forms.gle/Aew3raCE1m97Nbtq9


tougouiryo at 2021年02月14日07:34|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (大阪城)

 今回は、かつての大坂城、大阪城(54・大阪)です。押印は平成21111日で、天守閣内で押せます。
 大坂城には豊臣期と徳川期に二つあるわけですが、豊臣期大坂城天守は、安土城天主に似ていたとされ、二重目を巨大な入母屋造とし、その上に向きを変えた入母屋造を重ねていく構造なのですが、それでもやはり、安土城でひときわ目を引く四重目の形状は踏襲していません。
 ただし信長のものよりも豪壮だったようで、当時の宣教師の記載では「安土の比に非ず」と記されているようです。

 豊臣期大坂城は、石山本願寺跡地に建築されたわけですが、そもそもこの本願寺は、普通の寺ではなく、堀と土塁を有する「城」だったということを知れば、より納得です。
 秀吉自身が居城としていた期間は実は短期間だったといわれますが、その不在の間は正妻である「おね(寧々)」が在城していたようで、秀吉没後に淀君と秀頼が入城してからは、京都新城に移っているようです。

 その後迎えた大坂冬の陣では、淀川堤防を決壊させて城外東側を水没させて水城のようにしたため、徳川方の攻撃口が南面に限定され、ここに真田丸が築かれていたということになります(今回調べて初めて知りました!)。武田の丸馬出の城郭化ともとれるこの真田丸を出丸として、激戦が繰り広げられるわけですが、実際には真田丸の形態はよくわからないみたいです。

 その後、堀という堀はすべて埋めたてて、丸裸の状態で迎えた大坂夏の陣ですが、当然こうなると難攻不落というわけにはいきません。
 当然、真田幸村は京都に家康を入れないように、瀬田の橋を落として迎撃するという戦略を主張するわけですが、結果としては採用されず、局所的な善戦はあったものの結果としては秀頼・淀君の自刃で幕を閉じるわけです。
 ただここにも異説が多く語られており、秀頼生存説は結構根強いですね。薩摩経由での逃亡などは地域では語り継がれたりしていますし、琉球や東南アジア方面への逃亡もあるかもしれません。荒唐無稽とされる天草四郎説もまんざらではないのかもしれません。

 また大坂の陣の後、徳川方により徹底して城域が破壊され、城内もひろく掘り返されたとも伝えられたにもかかわらず、似たような縄張りで徳川期大坂城が建築されたのも、ちょっと疑問です。
 巷間、豊臣への憎しみからだといわれますが、ただそれだけで、そこまでするかは甚だ疑問です。もし憎悪の念からであれば、徹底的に破却したままにしておけばよいと思うのですが、一度更地にしてからまた建てるというのは面倒なだけのように思います。何か城域内で埋蔵物などを捜索していたと考えるのが妥当なような気がします。

 また真田の動向も不可解です。これほど徳川家に反発したにもかかわらず、伊達藩はその血筋を保護し、とくに咎めを受けてはいないようです。こう言うのを「男の友情」では済ませられません(笑)
 大坂の陣はその他にも多くの疑問が投げかけられうるイベントですよね。

 その後家康は、豊臣期を凌駕する天守を建造したものの、その天守は40年足らずで落雷による全焼。そして1931年に現在のコンクリート製天守になるというわけです。ちなみに現在は、徳川の土台の上に、豊臣の天守に似た形状のものが建っているといったところです。

















tougouiryo at 2021年02月13日05:00|この記事のURLComments(0)

小さな診療所から(2)改:がん統合医療 栄養療法 免疫療法

 60代女性、乳がんの術後で化学療法中のAさんです。
 乳がん発症前から、あまり「肉類」は食べなかったとのことで、ごはん・野菜を中心とした食事だったようです。術後も、肉は体に悪いのではないかと思い、避けていたということでした。

 化学療法による体調の不良と、現状に対しての不安や医療への不信など、精神的ストレスを強く抱えている状態で受診されました。
 それでも一時期は相当のストレスだったようで、心理カウンセリングにてかなり改善の方向には進んでいるようでしたが、とにかく心身ともにエネルギーが不足しているといった印象でした。


 当院ではこうした方には、まず「食事記録」をとって頂きます。どのようなものを毎日食べているかを、詳細にチェックします。何が良い、何が悪いではなく、まずは現状を知り、その過不足をともに考えます。またある一定の考えに固着した食養生法をとることもありません。不調をとる方法を、一緒に考えていきます。「身体は知っている」という立場です。

 これによりAさんは、肉類をはじめとしたタンパク質の摂取が極めて少ないことが分かりました。タンパク摂取が少なければ、血液検査においても白血球(とりわけリンパ球)が減少してしまうことは広く知られています。そして、タンパクが少なければ、当然、糖質過多もあるわけです。これは東洋医学的にも「湿」を増大させ、五臓で言うところの「脾」に負担をかけてしまいます。

 一般に肉類を以前からあまり食べ慣れていない方にとっては、タンパク質をとれ、といってもなかなか急には摂取できないのが現状です。
 しかし、そうした方でも、卵や魚などは、比較的摂取しやすいようです。なかでもアミノ酸スコアを考慮すると、卵はかなり有効です。1日に2〜3個いけるとかなり体調改善が実感されてきます(オムレツなどが食べやすいようですが、あまり頑張りすぎると気持ち悪くなるので要注意です)。

 それでも十分なタンパク摂取は難しいという方も少なくありません。こうした場合、液体でのプロテイン摂取をおすすめします。いわゆる「プロテイン」です。最近は、かなり味のバリエーションも多く、各社特徴が様々あるのですが、基本的には、いくつか試してみて、飲めそうなものを選択してもらうというのが良いようです。これには当然、人工甘味料など「からだに良くないもの」も含まれますが、経験的にも低たんぱく状態をスムーズに脱することができ、元気を取り戻しやすいというメリットがあります。つまり「良い悪い」を一元的には決めにくいという良い例なのです。時と場合によっての「使いよう」というわけです。

 Aさんもそうですが、無理に食べていたご飯(糖質)の量を少し減らしてでも、タンパク質摂取を心掛けると、体調はめきめき改善することは少なくありません。
 プロテインで慣れてきたら、卵などの食品でのタンパク摂取にも抵抗がなくなるようです。そこまでの「橋渡し」として考えても良いでしょう。

 また、これと同時に、ビタミン・ミネラルの摂取も必要です。当院では十分なサプリメントの摂取も併せておすすめします。これまでの食事内容から、エネルギー代謝に不可欠なビタミンB群の不足が多く認められ、これが十分でないとせっかく摂取したタンパクも有効利用できないわけです。

 こうした栄養の補給で、これまでの化学療法などの治療の続行を躊躇っていた方でも、前向きに治療続行が可能になってきます。A さんも、力がついてきたということで、現代医療との併用に、日々前向きに取り組まれています。

 一般に「がんの統合医療」というと、免疫療法や点滴療法などの高額な治療が良く知られていますが、個々の身体の状況に合わせて戦略的に栄養を駆使するという地味な方法は忘れられがちです。また「栄養は大事です」という説明だけで、具体的な説明がないまま、高額なサプリをその意味も解らないまま摂取している方も少なくありません。
 まずは自分の身体の状況を知り、何故、その栄養素が重要なのかを理解してから納得の上で、十分な栄養を摂取することがなにより重要であると思います。

 人は苦しい状況下では、どうしても派手な治療に引き込まれやすくなります。しかし、そうした中で地に足の着いた「栄養」を、一人でも多くのがん治療中の方と語りながら、ともに考えていきたい思います。それこそが「免疫力」の源であると考えます。そうした確固たる基盤が出来れば、現状の化学療法などの標準治療のみならず、免疫療法などの補完的治療もより有効性が高まっていくのです。

tougouiryo at 2021年02月12日00:00|この記事のURLComments(0)

資本論と統合医療の接点(カフェ追加資料)

 明日のジャングルカフェの課題図書についての追加情報です。明日のカフェに参加される方は是非お読みください。





 内容の読解というより、統合医療との共通点について、私の感想をメモ的に書いてみます。
 
1)「富」が資本主義社会では「商品(貨幣を介した交換対象)」に変化していくわけだが、これを医療のアナロジーで考えると「(現代)医療化された身体」といえる。そこには実感できる「使用価値」ではなく、幻のような「価値」がある。つまり「使用価値」が低くても、売れさえすれば「価値」が実現する、ということ。例えれば、生を実感する丸ごとの「身体」を「使用価値」とするならば、データないしは画像化された身体(情報)は作られた「価値」と対置することができる。すると「使用価値と価値の対立」は、「ホリスティックな身体とデータ化された身体」と読み替えることもできるのではないか。

2)資本主義において金儲けの主軸になるのは、「使用価値」ではなく「価値」であるというのは(1)で考えると理解しやすい。そして「資本」とは「絶えず価値を増やしながら自己増殖していく運動」であるので、それを延々と続けなくてはならない。すると人間も自然もその運動に従属して、利用される存在に格下げされてしまうことで、日々の豊かな暮らしという「富」が搾取されることになる。

3)一見、資本主義は膨大な富をもたらしたように見えるが、我々の欲求や感性はやせ細り貧しいものに成り下がる、この状態を「疎外」とよぶ。これを医療のアナロジーで語るなら、「直観」「身体智」というものが消失し、貧しい「身体像」のみが「真に科学的」とされる状況に近いのではないだろうか。

4)生産過程を細分化する「分業」が労働者を無力化する、という状況は、過度の専門分化の果てに、具体的な「身体」がどんどん見えにくくなっている状況とアナロジーなのではないだろうか。「分業」というシステムは、何かを作る「生産能力」を失わせる、これこそが専門分化の弊害として見えていることなのではないだろうか。またこうした分離を徹底した例が「テイラー主義」で、これは生産に関する知という共有財産の囲い込み行為でもある。これは一見、合理的な良いことのように見えるが、人間らしい関与を奪うガイドライン的なものへのアナロジーでもある。

5)「構想」からの分離は、医療におけるデータと専門家の言説に踊らされるだけの状況と類似しており、自らの「生命」を活かした状態ではない。そのためには、構想と実行の分離を越えて、労働(例えば医療)における自律性を取り戻すことが重要だ。

6)「資本の専制」と「労働の疎外」はいわば従来の「あちらの医学」といえるもので、労働の自立性と豊かさを取り戻す「労働の民主制」は、「こちらの医学」と表現可能で、「こちらの医学」の本質の一端を示すものである。

7)資本主義に代わるものとしてのキーワードが「アソシエート」であり、これは持続可能な形で制御することでもある。つまり、共通の目的のために自発的に結びつき、協同するということであり、この基盤の提供が他でもない「ジャングルカンファレンス」である。(リボン・アソシエーションの構想)

8)マルクスによる否定の否定による将来社会の構想は、「富」をシェアするコミュニズムであり、JC的に述べるなら、「対話による身体(観)の再構築」とでも言えようか。そして社会の「富」が「商品」として現れないように、みんなでシェアして自治管理していくことが重要。各人の能力に応じて、必要に応じて。そしてその必要を満たす規模を定常させることが「脱成長」である。つまりJCは、医療におけるアソシエーションの動きでもあるのである。





tougouiryo at 2021年02月11日16:13|この記事のURLComments(0)

小さな診療所から(1)改:良導絡・横隔膜マッサージ

 統合医療の実際の様子をお伝えすることは、本ブログの重要な役割と考え少しずつ書いていましたが、診療の意義や解釈、類似症例からのエピソードを加筆して<改>として述べていきます。

 なお、具体的なケースに関しては、年齢性別など複数のエピソードを融合させた典型例ですので、特定の個人のエピソードを示すものではないことをm、改めてお断りさせていただきます。

 60代女性の血液疾患の方です。
 当院の受診歴は2年ほどで、大学病院での診療を受けながらの統合医療併用を希望されて来院されました。化学療法と併用する形で、栄養補充のサプリメントと漢方処方に加えて、体調管理を目的とした鍼灸治療を行っていました。

 化学療法の進展や、健康状態の変化に伴い、様々なアプローチを行ってきましたが、最近は、白血球、血小板の大幅な低下を伴う汎血球減少により、鍼灸などの侵襲的な治療が行えずにいました。ご自分でも何か健康に良いことを、ということで、食べ物などの工夫に加え、腰腹を中心とした身体の温めを丁寧に行っておりました。

 そうした中でも、化学療法との併用、並びに原疾患による体調の変動が激しく、お自分で行っているセルフケアの方法に不安を抱えるようになってきました。当院でも非侵襲的な治療を中心に行っていたので、何か、現状を肯定する方法はないものかと思い、良導絡を奥から引っ張り出してきました。良道絡は、治療法としても有効ですが、この時はもっぱら診断用として使っておりました、(後日、良導絡による通電治療も開始しますが、この時は経絡(良導絡)の様子を知る方法として用いました)

 ファッシアの研究や勉強をするようになって、さらにこの良導絡の意味するところが明確になっていたので、理論的に再評価していたところでもありました。厳密に「ファッシア」ということであればば、良導点は角質に存在しているされるので、深層にあるファッシアをみているわけではないのですが、そこから発生された電気を何らかの形で体表面で診ているということになります。これは、体表面において角質を除去することで良導点が消失するという事実に基づいています。しかし、良導絡への通電は、表面ではなくファッシアや筋層に刺入していることから、必ずしもその走行は角質内に限定したものと考えなくても良いことになります。(この辺りは今後臨床経験を積み上げる必要があると考えています)

 良導点を計測すると、肝経(F2) 胃経(F6)の高値と、腎経の低値ならびに左右の乖離、が測定されました。腹診においても胃部と胸脇部が固く触れる所見で、良導絡の測定結果を示すものとして捉えるができます。ちなみにこうした所見は、腹部への物理的刺激「腹部打鍼」により、刺入することなく金属の接触と共鳴で改善することができます。

 ご家庭で常に温めている部位を中心にお灸などで温め、瘀血が疑われる領域に軽めのカッピングをかけるなどの非侵襲的なアプローチを行い、施術後に再度、測定を行いました。
 これにより、施術前の値が落ち着き、データの左右差の改善も認められ、セルフケアにおける腎への温めの効果も肯定的にとらえることができ、大変喜んでおられました。

 加筆しておくと、この方と別の方ですが、いわゆる肝経の高まりにより胸脇苦満の所見がある方に、肋骨弓を自分でつかみあげるようしてもらい、ゆっくりと深呼吸させる「横隔膜マッサージ」を指導し、さらに同部位が軟らかくなる結果を得ており、胸脇苦満へのより有効な方法であることを確認しております。なおこの効果は他覚的所見の改善のみならず、睡眠の質向上など自覚的にも確認されいるのでセルフケアの方法として、より多くの可能性を秘めていると考えています。

 いろいろな検査機器はありますが、こうしたセルフケアをサポートする役割としてもとても大切なものです。当然こうした電気的な変化は、病態把握にとっても重要な情報ですが、こうした器機を用いずとも「身体智」を用いるキネシオロジーを駆使することも可能です。身体智を用いる方法に関しては、また稿ををあらためてご紹介してみたいと思います。

tougouiryo at 2021年02月11日09:26|この記事のURLComments(0)

臨床ファッシア瘀血学(2)三木解剖学との関連

 前回は、ただの結合組織や生体膜ではない、ひとつながりの意味を持つファッシアとしての理解をするために、各臓器との連続性、もしくは器官の連続性などから、主に「筋膜マニュピレーション」における理論を参考に解説しました。
 今回は、そうした「ファッシア」の概念を三木成夫の解剖学と連携して考えてみたいと思います。こうしたファッシアの基本的概念の問題を考えてから、もう一つの重要な概念である「瘀血」を扱っていきたいと思います。

 三木の著作(『ヒトのからだ』等)の総論において、アリストテレスの四階建ピラミッド(人・動物・植物・四大)が解説されていますが、この中でプシケのあるもの(生物)とないもの(無生物・四大)ということで、西洋では完全に壁によって隔てられているとされています。
 そして現代医学では、ここでいう生物でさえも、次第に「生」が失われ無生物化しつつあると警鐘を鳴らしています。(解剖学が骨学からはじまるのはそのためだと三木は述べています)

 対して東洋では、この壁が取り払われ、同一線上に並べる思想(陰陽五行説)により、すべての要素が「生」を保っているといいます。
 ここに三木が東洋医学を礼賛する理由があるのでしょうが(晩年の三木は鍼灸師の資格を取ろうとしていたという発言もあります)、これを解剖学的な構造に結び付けることも可能に思います。それが「ファッシア」の概念です。

 当時の解剖学としては、まさに「除去すべきもの」だったファッシアが、こうした論の流れに登場するというのは、著者の三木にとっても意外に感じられるのではないでしょうか。


 動物系は、「感覚ー実施」という神経を基盤にした、いわば電気信号ベースの情報です。そして植物系は、食物から得られる栄養素、つまり化学物質といえる物質です。では四大のところは何か。それはまさに、物理的な「力」です。つまり、押されたら、その圧力(剪断力、張力)など力学的な力が、その内部に伝わります。これは生物でもそうでなくても、共通です。その意味で、無生物としての生物への影響となります。こうした力学的影響を伝達するのが「ファッシア」であるのはいうまでもありません。
 つまり「皮膚ーファッシアー内蔵(これは内部臓器に限らず筋肉などいわば「内蔵」されたもの全て)」の伝達路により、外側から内側への情報の流れとなります。これの仮想的なルートが「経絡」となるわけですし、整体やカイロ、あらゆる徒手技法の基本となりうるものです。

 それゆえに三木の言う中心的な役割のものとしては、動物系の神経系、植物系の循環系、さらにその基盤にファッシア系があると位置づけられます。この観点で、三木解剖学を読み返すとまた新たな解釈が可能ですが、ここではとりあえず、ここで議論を止めます。
 
 こうした見方は、人体における信号伝達システムとして捉えることもできます。神経・脈管・ファッシアの3つのシステムです。
 これら3つに関しては、『アナトミートレイン』においては、理性・感情・信念の3つに対応するのではないかと解説されています。ファッシアは特に空間における身体の感覚を表しており、身体観に大きな影響を与えています。神経・脈管・ファッシアの3システムの相違などを考慮しながら、今後このあたりを深堀りしていきたいと思います。

ヒトのからだ―生物史的考察
三木 成夫
うぶすな書院
1997-07T






 

 

tougouiryo at 2021年02月08日05:00|この記事のURLComments(0)

花粉症対策でもあり、新型コロナ対策でもある!

 徐々に花粉症症状が現れているようです。花粉症の方、いかがお過ごしでしょうか。今年は例年以上にマスクが行き渡っているようですので、鼻症状よりも、眼の症状を訴える方が多いように思います。

 通常は、抗ヒスタミン薬が処方されることが多いでしょうが、これはやはり「眠気」がネックとなりあます。こうした副作用なしで、少しでも軽く、といった場合、やはり「ホメオパシー(アイゾパシー)」の出番です。
 基本的にはレメディ1粒を毎日、花粉飛散時期のおよそ2か月間、舌下に投与するだけ。当院でも初めに投与してから4,5年経過した方が出てきているので、そうした方はかなり症状は軽快し、抗ヒスタミン薬を使わなくなることがほとんどです。
 劇的に効く方ですと、初年度からでもかなりの効果が表れます。毎年、この治療だけを受けに来るというかたもいらっしゃるので、この時期の定番の治療法の一つといえます。

 次にポイントなのが、栄養です。特に「ビタミンD」が花粉症に関しては重要です。25ヒドロキシビタミンDの測定を行ってからであれば、より自分の不足度合も分かるので、適切に補充することができます。
 当院では栄養チェックの採血検査を、希望の方に実施していますが、その際にはほぼこのビタミンD測定も行っています。
 ビタミンDの補充は、花粉症に限らず、特に、話題の新型コロナウイルス感染症の発症や重症化と関連すると言われ、免疫力の一つの指標とも言えます。花粉症対策として、このビタミンD補充を行うことで、そのままCOVID‐19対策となるわけです。この時期、二つの意味で、補給しておきたい栄養素です。

 そして最後は、鼻うがい。マスクでガードされているとはいうものの、やはり、花粉は鼻腔から吸入されてしまいます。鼻から吸入された粉塵や花粉が、捕獲されるのが「上咽頭」となります。つまりここで花粉はアレルギー症状を起こすわけです。これは新型コロナウイルスも同様で、多くのウイルスが上咽頭で増殖すると考えられています。つまり上咽頭を清潔にする「鼻うがい」は花粉症にも、ウイルス対策に双方に有用な治療となるわけです。
 鼻うがいがうまくできない、というお話はよく伺うのですが、まずは専用の鼻洗浄液を、鼻腔に入れるところから。つまり右(もしくは左)から入れて、反対側から出す。うまくできなくても、入れるだけで、鼻腔はそこそこ洗浄されます。
 慣れてきたら、首を後方に反らせて、洗浄液(生理的食塩水)を上咽頭にためます。そこで左右に洗浄液を揺らすことで、上咽頭壁の汚れを洗うような感じにし、(可能なら)口から出します。こうすることで口蓋垂の裏側も洗浄できます。
 うまくできなくても、まずは洗浄液(生理的食塩水)を鼻腔にい入れるところから、始めてみましょう。

 以上、当院の推奨する花粉症対策(そしてウイルス対策にも)としては、ホメオパシー(スギ花粉レメディ)、ビタミンD補充、鼻うがいの3本立てです。
 このほか症状の強さなどに伴って適宜、漢方薬なども追加しています。




tougouiryo at 2021年02月07日00:30|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (二条城)

 京都の城らしくない城といったイメージの二条城(53・京都)です。押印は平成22918日ですが、京都の高雄病院の研究会に参加する折などに数回立ち寄っているので、結構訪問している印象です。歴史に興味がないと「鴬張り」の記憶しかない、という知り合いもいます(笑)

 かつては五重の天守が聳える堅固な要塞でもあり、縄張り的には輪郭式の平城になります。一般に城の印象が薄いのは世界遺産にもなった国宝御殿のインパクトが強いからでしょうか。
 幕末最大のイベント大政奉還の行われた場所としてあまりに有名ですし、歴史的にも極めて重要な城郭です。江戸時代の初めと終わりを見届けた城、と称されることもあります。

 「二条城」という名称は歴史的に複数存在し、永禄の変で焼け落ちた二条御所に引き続き、信長により築かれた二条御所は「旧二条城」とも呼ばれていますが、現在のものは徳川家康による天下普請で築かれたものになります。
 1939年に宮内省から京都市に下賜されてから一般公開されるようになり、1994年に「古都京都の文化財」として世界遺産に認定されました。

 二条城の初代天守は、大和郡山城からの移築で、二代目天守もまた伏見城からの移築(この際初代天守は淀城へ移築!)、とけっこう天守にもかかわらず使いまわしが行われているのですね。


二条城を極める
加藤 理文
サンライズ出版
2012-08T





tougouiryo at 2021年02月06日05:00|この記事のURLComments(0)

『身体構造力』から近代的思考を考えてみる

 来週の金曜日が新形式のジャングルカフェの開始です。課題図書形式となりますので、奮ってご参加ください、課題図書、未読状態でもご遠慮なく、統合医療について語りましょう。参加希望の方はこちら!
 ジャングルカンファレンスがオンライン形式となり、カフェの形式も一新してみたのですが、コロナ禍によって、あらゆるものが大きく変わりました。
 ジャングルカンファレンス1.0とでもいうべき、当初のJCは、とにかく正解というものを出さずに、出来る限り「相対主義」的な姿勢で、多くの人たちの自由な発言を促進してきました。
 そこから少しずつ多元的な姿勢へと移行し、オンラインにより、一層「多元主義」が徹底してきているように思います。こうした多元主義に、「型」としての基本的な質問形式を導入し、ジャングルカンファレンス2.0として進行していきたいと考えています。

 こうした流れを考えながら『身体構造力』を開いてみたいと思います。とくに第2章が、いろいろな問題に示唆的です。近代的思考のドグマ、のもたらす問題が考察されています。

 まず第一に、心と身体を二分割し、身体を一段低いところに置くということ。そして思考を実現しているものが「頭脳」だとすること。これによりコンピューターに制御されたボディというような、我々にとってなじみ深いモデルが形成されてきます。こうした世界観のもと、脱近代などを唱えてみても、あまり意味のないことなのではないか、という考察です。
 こうした構図は、現代医療はもとより、分子栄養学など科学的を標榜するオルタナティブにも見て取れます。一見そうではなさそうな、整体や鍼灸にも根深く浸透しているのではないでしょうか。

 では、そうしたものに縛られないためにはどうすれば良いのでしょうか。本書ではそのためには「相対化」を目指すべきだと述べられています。
 現状の縛りを超越するためにがたしかに相対化して、その縛り自体に気づかなければなりません。ところが、相対主義というと、けっこう思想界隈からいろいろと難癖が付きます。私が、JC1.0で使っていた「相対主義」というワードを外したのも、そうした煩わしさからでもあります。それでも、近代的思考の壁を超えるにはやはりこれは重要であると考えます。それゆえに個々の思考方法をより磨き上げるような形で、ときに論戦も仕方なしという姿勢で折衷から多元への脱皮を図る必要がありました。完全に相対化が強まると、折衷主義が台頭してきて、かなり危険なスピ系の思想や、量子論を乱用する理論が横行してくるからでもあります。

 それゆえに我々は近代の相対化を、しっかりと経由して危険な流れに安易に同調しない姿勢が求められるように思います。
 このあたりのことを著者の伊東先生は「近代の相対化という知的作業を経ずに、行われた刹那的なつ虚無的な近代の超克は実際のところ、我々の抱える病からの逃避にすぎません(p149)」と述べられています。

 こうした近代思考の問題は、治療に限らず様々な領域で顕在化してきています。そうしたことについて少しずつでも思いを巡らせながら『身体構造力』を読み進めてみたいと思います。





tougouiryo at 2021年02月05日05:00|この記事のURLComments(0)

ファッシアについての備忘録

 今「臨床ファッシア瘀血学」の原稿を少しずつ書き溜めているところなのですが、そうすると普段より「ファッシア」について考える時間も増えてくるので、またいろいろな着想が得られています。ファッシア瘀血学は(2)以降もなるべく毎週月曜日にアップしていこうと思うのですが、その着想的なことを少しメモしていきたいと思います。

 ファッシアは、皮膚と筋肉の間や、各臓器の連携、またミクロでは細胞ひとつひとつの間隙を埋める細胞外マトリックスなどを含む大きな概念です。」そのため、意味するところはかなり多様なのですが、特に皮下のファッシアについては、アナトミートレインなどで明示されているように、ほぼ経絡と解釈しうる特徴を持っています。これはまさに「経絡ファッシア論」と称しても良いものではないかと思います。
 ファッシア線維が引きのばされることで、そこに電子の流れが形成しうるというもので、それが「気」の本体ではないかとするものです。
 この辺りはマクロに引張されたときに限らず、ごくわずかな刺激が加わった場合でも、保江先生の量子医学的な見地から「結合水」を介して、情報が伝達しうるとも考えられます。まさにファッシアと量子論との接点となります。

 ここからさらに推論していくと、ホメオパシーとの関連性も示唆されてきます。つまり、ホメオパシーを秩序化された水分子を利用した「レメディ」の使用と考えると、いわば最適なレメディこそが、このファッシア上の結合水を理想的な状態に導くとも考えられます。
 この理論展開は、鍼とホメオパシーのミッシングリンクを解明するうえでも非常に興味深い視点を与えると思います。

 加えて鍼灸分野ではありますが、「刺絡」の特殊性を考えるうえでも独自の視点を提供するように思います。またサプリを含めた栄養の面からも、ファッシアへの影響は大きいことが推測されますし、とりわけビタミンCとの関連は、大量投与の場合も含めて、より密接な関係もありそうに思います。

 またこのファッシア論の一つの魅力は、漢方などを中心とした東洋医学的な診察方法にも大きく関連していそうなこともあります。
 特に「腹診」「背診」などは、これなしには考えられないように思いますし、漢方処方の決め手となる腹診所見なども、ファッシアの関連で考えていくと、新たな視点が得られるように思います。現在、とりわけ、柴胡剤の使用目標となる胸脇苦満などの肋骨弓下の硬さなどについては、ファッシアからの視点で、徒手的にかなり改善し、結果として漢方使用時に匹敵するような臨床的な感覚もあります。具体的には後日ご紹介しますが、呼吸法とファッシアへのマッサージを併用することで、大きな変化を与えることが出来るように感じています。

 そしてなによりこのファッシア概念の面白さは、統合医療の幅広い各論を、一つの軸によって論じることが出来る可能性にあるのです。

 備忘録的な目的で、概略をメモしただけなので分かりにくいのですが、ご興味ある方は、直接お聞きください。ファッシア瘀血学、これからぼちぼち書き進む予定ですので、よろしくどうぞ。


医者と薬を遠ざける「ふくらはぎ」習慣 (SB新書)
小池 弘人
SBクリエイティブ
2014-06-17


tougouiryo at 2021年02月03日20:17|この記事のURLComments(0)

人新世の「資本論」のご紹介

 今月のジャングルカフェは12日㈮の18:30〜の予定です。100分で名著の「資本論」を読みながら、カンファレンスの在り方を考えてみたいと思います。ジャングルカフェ参加希望の方はこちら!

 このテキストに加え、参考図書を挙げておきます。同じ作者による「資本論」の解説です。それにしてもマルクスの資本論といういわば確定的な古典が、これほどまでに違った解釈ができるというのはすごいです。

 ソ連の社会主義崩壊後、何をいまさら資本論、という印象を私ももっていましたが、晩期マルクスはその限界を超えて、現代にも通用する理論を構想していたということが納得できます。
 政治的なことが苦手な方も、環境問題や集団の在り方などに関心のある方であれば、広く何らかのヒントが得られるのではないかと思います。

 ここのブログを読んでいただいている方向けに言うと、「縮退防止」の別な表現として「脱成長」をとらえることができると思います。いわば脱成長とは、脱縮退ともいえるでしょう。脱縮退を医療という分野において展開していく、そうしたカンファレンス(同盟)がジャングルカンファレンスであるとすれば、こうした考えの重要性が伝わるのではないでしょうか。医療における真実、データの在り方など、これからさらに多くの問題となっていくでしょう。そうしたことへの根本的思想がそこには含まれているように思うのです。「モモ」などにも通底する思想ですね。


人新世の「資本論」 (集英社新書)
斎藤 幸平
集英社
2020-09-17








 カフェの時のメモ的に記載しておくと、脱成長コミュニズムの要点は以下の5つとなります。
1)使用価値経済への転換
2)労働時間の短縮
3)画一的な分業の廃止
4)生産過程の民主化
5)エッセンシャルワークの重視



tougouiryo at 2021年02月01日16:59|この記事のURLComments(0)

臨床ファッシア瘀血学(1)ファッシアの単位・配列・系

 これまで「刺絡」という治療方法を中心に臨床を行ってきました。通常の鍼灸とは少し異なりますが、鍼よりもおそらく歴史的には古く、原初的な方法論といっても良いかもしれません。ところが実際の臨床においては、いわゆる鍼とは一線を画した方法論といえそうです。単純に出血を伴うということだけではなく、そこには何か身体への直接の働きかけがあるように思うのです。

 そうした中で、これまで臨床において刺絡を通していろいろと考えてきたことを、まとめてみたいと思います。具体的には「ファッシア」と「瘀血」という二つのキーワードの交差するところの問題でもあり、「ファッシアにおける瘀血」としての問題でもあります。この二つの視点から、かなり独特な視点から考えてみたいと思います。ファッシアは、その本当の意義としては現代医療と鍼灸との架橋的な役割を強く持つでしょうし、瘀血は同様に現代医療と東洋医学概念との架橋でもあります。かつて私の師匠の小川新先生が瘀血学会を立ち上げた理由として、東洋医学の概念の中で現代医療に直接的に影響する概念が瘀血だというようなことをおっしゃっておられました。その意味でも、瘀血の新しい解釈の一つとしても「ファッシア瘀血」を考えていきたいと思います。

 まずは、経絡との交差点であるファッシアに関しての基本的な話題から述べていきたいと思います。

 
Carla Stecco『筋膜マニュピレーション』では、ファッシア(筋膜)の基本原理として、「o-f(臓器筋膜)単位」、「a-f(器官筋膜)配列」、「システム(系)」、の3つに分けて考えていました。
 このうち「o-f単位」は、臓器単独の筋膜との関係性で、張力棒でシートを広げたような「引張構造」を基盤とし、局所的な関連痛の説明として用いられていました。
 いわば臓器による局所的な筋膜への影響です。体幹部を、頸部、胸部、腰部、骨盤部の4つの腔に分け、そこに引張構造で吊るされた臓器があるため、局所的な症状を及ぼすというわけです。

 ここではさらに、交感神経、副交感神経の腸内システムとして、各臓器における神経叢単独の影響も示しています。つまりこれは腸神経として、中枢とは別に独自に作用する系でもあり、後に交感・副交感との連絡を持つようになるというわけです。この視点は従来の自律神経の解説ではあまりみないところでもあります。

 次は、こうした「単位」の考えを受けて、ファッシアの連なりとしての「配列」です。配列は、内臓配列、血管配列、腺配列、受容器配列から成り立っています。モデルとして、金門橋のような橋げたを有する吊り橋構造の「懸垂線(カテナリー)」を基盤として説明されます。
 この配列の考えは、遠位の関連痛を説明する概念として用いられています。この概念は、あきらかに経絡との整合性を意識したものだと思います。なので、逆に言えば、経絡的な(鍼灸的な)理解で良い、とも言えるでしょう。無理にカテナリー的な概念を入れなくても(入れてもそれほど難しくはないのですが)経絡への負荷という視点からでも理解できるように思います。また、経絡の概念が、思っている以上に西洋医学的に理解できるので結構すっきりします。また腹診や背診のダイナミックな理解も可能にしてくれるのではないでしょうか。


 そして3つ目が「システム(系)」です。幅広く浅筋膜全般における関連を示しており、具体的には免疫系、代謝系、体温調節(皮膚)系、心因系とざっくりと分類されます。解剖学的には、皮下組織として括られる場で、皮膚構造そのものを扱ってもいるので、3つの中では一番分かり易いのではないでしょうか。
 これらの3つは診察のポイントとしても分かり易く、ファッシアを意識した診療がやりやすくなりそうです。

 これらのファッシア的な視点によって、自律神経全般を考えなおす良い機会にもなります。つまりファッシアが内臓への影響を及ぼすとすると、その理論的な基盤は、皮膚や血管を基礎にした交感神経系が重要になります。
 つまりファッシアは交感神経を介して、神経節から内臓に影響することになります。その神経節がただの交感神経のシナプス交換の場だけでなく、いわば小さな脳として機能するというのです。つまり筋骨格系における筋紡錘の役割として考えることができます。

 当然、従来の自律神経のテキストにはそうした説明はありませんから、これまでとは違った斬新な自律神経に関する解釈を必要とします。
 自律神経の特徴としても有名な相互に拮抗的な二重支配的視点は、自律神経系において本質ではないとする立場があります。確かに、従来の自律神経の解釈を変更することで、よりファッシアの臓器への影響を記述しやすくなるでしょう。


 こうした自律神経についての考え方の変更は、ファッシアの分野に限らず、話題になったもので言うと「ポリヴェーガル理論」などが代表的ではないでしょうか。これまでの交感・副交感のシーソー的関連ではなく、迷走神経を有髄と無髄とに分類し、不動化などのいわばマイナス的なものを「背側」とし、社会性を有するものを「腹側」とするという理論です。これにより、これまでの副交感によるマイナス面の解釈が分かりやすく、より臨床に適合したものとなりました。

 これらの例からも分かるように、これまでの自律神経の説明には、臨床的な無理が目立つようになってきたように思います。シーソー的な拮抗関係は説明としてはスマートなものの、あまりに臨床的な例外が多く、実臨床を行うものとしては不便といわざるをえません。それでも学生向けの教育などでは、分かり易いなどの長所も多いので、これからもある程度は継続していくのでしょうが、実際には、大きな概念のモデルチェンジが必要になりそうです。
 これは物理学における古典力学と量子力学的な関係に近いのかもしれません。こうした例からも「分かり易いモデル」というのはそれだけで大きな「盲点」を生み出しやすいということが分かりますね。

 ファッシア瘀血の基盤を成す、ファッシアの基礎的な関係性について考えてみました。



tougouiryo at 2021年01月31日19:21|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (観音寺城)

安土城の背後、繖山全体にわたる観音寺城(52・滋賀)です。押印は安土城と同日の平成26112日です。現在、城域は観音正寺となっており、そこにスタンプが置いてあるのですが、訪問時は標識などの案内がわかりにくく、100名城認定されているにも関わらず、あまり城郭訪問者は歓迎されていない雰囲気でした。おそらく歴史的には寺院の方が古く、聖徳太子の由来にまでさかのぼるというのですから仕方ないのかもしれません。良くも悪くも歴史が物語っているのかもしれませんね。

この城郭の特異な点としては、本丸が山頂部に設けられず、下った尾根筋に築かれている点。これは先述したように観音正寺との関係によるとされ、その奥の院が山頂部を占めているため、そこを避けるようにして築城しなければならなかった事情によるとされます。こうした関係が現在にも見て取れるというのは、興味深いです。

 巨大な山城には、全域において石垣が用いられ、安土城に先立つ石垣の城として位置づけられます。またその眼下には、安土山を見下ろす位置関係にあります。

山城研究的には特異な縄張りを有する城郭とされているだけではなく、かつて経済人類学者の栗本慎一郎先生から直接伺ったのですが、その地下には巨大な抜け道や建造物があり、安土城を経て琵琶湖にまで通じているとおっしゃっておりました。地中探索レーダーなどの何らかの証拠もあるようです。
 栗本先生は栗本鐵工所にもつながる家系だそうで、そのご先祖様がこの土木工事を請け負ったそうです。
 この城と安土城との関連は、確かに一筋縄ではいかなそうですから、そうした壮大な物的連携はありえそうですね。安土城と合わせて、謎めいた城郭です。

 訪問時は雨だったので、十分な見学もできず、あまり山中を徘徊することはできませんでしたが、そんな天候の中でも傘を差した城好きが数名、鬱蒼とした木々の中をうろついておりました。加えて、観音正寺までの石段が長くとてもつらかったことが、最も記憶に残っております(笑)覚悟していってください。


幻の観音寺城 (文春文庫)
南条 範夫
文藝春秋
1986-09T





tougouiryo at 2021年01月30日05:00|この記事のURLComments(0)

量子医学の誕生

 量子脳理論や神の物理学などの著者である保江邦夫氏の新刊です。アマゾンの推薦欄にあるので、つい買ってしまいました(笑)
 量子力学と医学との接点は、いわゆる「代替医療」の世界では定番ではありますが、私としてはそれほど、量子や波動「推し」ではありません。むしろやや距離を置いた見方をしている天外伺朗氏のいう「無分別智」のほうがしっくりときます。
 それほど、雰囲気やアナロジー的に使われることが多い量子論(最近もそうした本を何冊か読みました…)ですが、どのような意味で「量子」といっているのかは気になるところです。保江先生の量子脳理論、結合水などのキーワードとどう関係するのか?
 この本は、まだ読了していないのですが、前書きや巻末の対談によるとQPAという医療機器を持ち込まれた保江先生が最初は疑念を持ちつつも、自らの量子論、特に量子脳理論などで展開された論旨との類似性をみつけ、のめりこんでいった様子が伝わります。本文の大部分はそうした保江理論の医学分野の人への解説といったところです。 
 この理論は結構面白く、現在考えているファッシアと瘀血との深い関連をも思わせる記載もあるので興味深いです。私も物理畑ではないので、詳細な理論はほとんどわかっていないのですが、大きなヒントがありそうな気がしています。
 量子論と医学の接近の一例として、ご興味ある方は、読んでみてはいかがでしょうか。





 現状の量子力学と生物学の接近を知りたい方はこちら↓


量子力学で生命の謎を解く
Johnjoe McFadden
SBクリエイティブ
2015-09-16


tougouiryo at 2021年01月29日19:51|この記事のURLComments(0)

2月ジャングルカフェの課題図書の紹介

 これまで、症例以外の様々な日常診療に関しての「対話」を行ってきた「ジャングルカフェ」ですが、ジャングルカンファレンスのオンライン化に伴い、形式を新しいものに変更したいと思います。
 ジャングルカンファレンスも、前回のオンラインで発表したように、「三原則」に基づいて発言し、なるべく「多元的」であるように意識する内容にしました。これは今後も継続していきますが、同様に、カフェの形式も若干変更します。

 これまで通り、気になるテーマや話したいことを話すのは同じですが、そこに各回、あまり難解ではない課題図書を設定しようと思います。
 課題図書のテーマに沿って、統合医療の諸問題を皆で「対話」していくわけです。課題図書は読んでいる方が良いのですが、必ずしも未読でも、対話にはついて行けるようにしたいとも考えています。つまり医学的な専門知識の書籍ではなく、考え方などに関する一般的なものにしようと思います。

 課題図書は、各回は予め発表していきますが、いまのところ、NHKテキストの「100分で名著」など、廉価で分かり易い一般書にしようと思います。

 当然、分かりにくい内容のものもあるでしょうが、斜め読みや未読でも、会話にはついて行けるくらいの内容にしますので、それほど緊張して準備する必要はありません。
 では、2月のジャングルカフェの課題図書は以下です。当然、原書の「資本論」は読む必要はありません、私も読めません(笑)





 通常の「医療」に対して、統合医療はどのようにあるべきか。「資本」の根本的な考え方から、皆さんと統合医療的に対話していけたらと思います。
 なお、ジャングルカンファレンス&ジャングルカフェ、に参加ご希望の方は、統合医療カンファレンス協会までご連絡ください。

tougouiryo at 2021年01月24日22:26|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (安土城)

 誰もが知る、絢爛豪華であったであろう安土城(51・滋賀)です。押印は平成26112日受付にて行っています。唯一「天主」と表記される城と思っていたのですが、大河ドラマ『麒麟がくる』では坂本城も天主と表現されているようですね。信長グループのお偉方が使用可能だったのでしょうか()

 安土城は、普請奉行を丹羽長秀として急ピッチで築城され、築城開始から約3年で「天主」が完成し、早々に信長が岐阜城から移り住んでいます。
 鳥観図でみると一目瞭然ですが、背後に広大な観音寺城を有する観音寺山があり、一方では(当時は)琵琶湖に張り出すような形になっています。
 築城にあたっては、六角氏の観音寺城に大きく影響されたとされますが、見ようによってはアピールしやすいように琵琶湖湖畔に近づき、背後の詰めの城的な役割を観音寺城が担うようなイメージでもあります。

 後世の幾多の名城の原型でもあるこの城は、その消滅の仕方も劇的で、天主完成から3年後には本能寺の変が勃発、原因不明のまま焼失してしまいます。
 この原因については様々な憶測がありますが、どれもパッとしません。現在では織田信雄が本丸に火を放ったという説が有力らしいのですが、どうなのでしょうか。廃城ののちは、豊臣秀次により八幡山城の部材として転用されているようです。

 天主を実際に見てきたわけではないのですが、この城の最も目を引くポイントは四重・五重のド派手な建築様式です。ほかに類似する城郭がないのですから、本当?という疑問をいつも持ってしまいます。
 いくら信長が特別だからと言って全く後世に類似したものがないというのも腑に落ちません。それほど信長は特別なんだから、と言われれば仕方ないのですが。(豊臣期大坂城が一応これに似せているといわれてはいます)

 この城郭は当然、天主などは現存していないのですが、大手道をまっすぐに上がるダイナミックな縄張りは、城好きでなくても十分楽しめる歴史スポットだろうと思います。
 特に城が好きというわけでもない友人が、安土城は良かった、と連発していたので間違いないと思います。
 実際に訪問すると、本当に「見せ方」にこだわったんだろうな、ということが実感できます。








火天の城
河本準一
2019-11-29

 


tougouiryo at 2021年01月23日05:00|この記事のURLComments(0)

鼻うがいの様々な疾患への応用

 花粉症のシーズンが近づいてきました。今年はコロナの影響でマスクなしという人は通常いないでしょうから、花粉症も例年よりはひどい人が減るのではないでしょうか。

 コロナの付着部としても、注目されている上咽頭ですが、この部位を、簡単に洗浄できるのが「鼻うがい」です。生理的食塩水を作成して洗浄するもよし、もっと簡便に専用の洗浄液を薬局で購入するもよし(ハナノア等)、です。もっと上咽頭局所の治療としてやるのであれば、専用のリノローションなどもあります(こちらは医療用なので医療機関での購入が必要ですが)。

 いずれにせよ、上咽頭の清浄化のみではなく、その部位の適度な刺激にもなり、自律神経(とりわけ迷走神経)への刺激や調整機能として捉えることもできます。つまり呼吸法などと並んで、ポリヴェーガル理論でいうところの有髄の迷走神経への介入にもなるのではないでしょうか。

 こうした刺激は、安保理論なども考え合わせれば、難病やがんなどの難治性疾患における、免疫の調整や賦活にもつながることが予測されます。いずれにせよ、安全な健康法の一つとして、免疫賦活や調整の手軽な方法になりうるものですから、漢方やホメオパシー、サプリメントなどの従来の方法論と合わせて積極的に用いてみることをおすすめします。




tougouiryo at 2021年01月22日23:59|この記事のURLComments(0)

スギ花粉のレメディ 花粉症のホメオパシー

 そろそろ早い方ではスギの花粉症症状が出てきているようです。私も、普段マスクしているので、鼻の症状は感じないのですが、眼の症状(瞼の際の違和感)は先週から少し感じてきました。クリニックに通院されている方も、そろそろ違和感を感じるようです。このブログをご覧の方も検索ワードに「花粉症・ホメオパシー」が増えているので、同様なのでしょう。

 例年のこの時期からおすすめしているのが、花粉症のレメディです。ホメオパシーなので、科学的嗜好が強い方はアレルギーを持つかもしれませんが(笑)、こと花粉症対策としては、是非ともおすすめのアイテムです。(ちなみに当クリニックでは月ごとに、ホワイトボードに健康増進のためのおすすめアイテムを掲示しています!)

 薄めたものを用いる、その利用方法は、舌下免疫療法においても発想は同じですが、生成方法や希釈濃度などに若干の差があります、というより法的な差異が最も大きいといえるかもしれません。いずれにせよ、日本のスギ花粉から作られたレメディを、舌下に毎日1粒ずつとるだけですから、負担は極めて少ない療法です。毎日1粒、2か月ほどの継続が通常の方法となります。

 このレメディに関しては、仙台の朴沢先生らにより既に研究発表がされています。19施設125名の患者さんを対象にした研究の結果、対照群では半数の患者さんがほぼ毎日抗アレルギー薬を服用せざるをえなかったのに対して、レメディ服用群では42.6%の方が1週間で0〜2錠の抗アレルギー薬服用で症状を抑えることができていたというものです。これが単年の結果なのですが、さらに継続すると結果が良くなります。つまり、
2年3年と継続することで有効性が高まり、4年経過時点で、80%の方が抗アレルギー薬を全く服用しなくなったという結果が出ているのです。

 この治療はホメオパシーのカテゴリーですので、いわゆる「代替医療」枠の治療法ではありますが、海外の報告もあわせるとかなり良い結果がすでにあるので、ただ漫然と「抗アレルギー薬」に頼っている方にはぜひとも試して頂きたい治療法です。ホメオパシーが嫌いでも、この花粉症レメディは、かなりの方に効果を実感して頂けるのではないかと感じています。

 ご興味ある方は、当クリニックまで、お問い合わせ、ご予約下さい。個々の体調に合わせた診察の上、処方可能です。

 ちなみにこの方法は、他のアレルギーにも応用可能で、レメディの種類を変えることで、スギやヒノキに限らず、ハウスダストや、犬や猫のアレルギーなどにも効果的です。当院でもアレルギー治療として用いております。スギ以外のアレルギーの方もご相談ください。

tougouiryo at 2021年01月18日18:21|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go 統合医療編 (折衷と多元から「城」をみる)

 お城のブログとして、医療ブログとは一線を画して連載していますが、じつは全く無関係ではありません。ウィルバーの4象限の「ITS」の実例でもあるのは、これまで書きましたが、多元主義理解のための実例でもあるのです。

 教条、折衷、多元、統合という、複数のカテゴリーの括り方の差異について、統合医療という概念は極めてあいまいであり、それゆえに現在でもその概念の混乱がある、というのが私の主張なのですが、これの具体例として、結構、城の分類が役に立ちます。

 いわゆるお城を時代的に大きく分類すると、古代山城、中世山城、近世城郭に大別できます。少なくても100名城などの城巡りでは、これらのどこに分類されるのかを意識しながらめぐることで。ポイントを外さずに済みます。

 古代山城に関しては、大和朝廷の対外政策の関連なので、少し例外的なのですが、中世山城はまさに「折衷」から「多元」への移行、近世城郭は「多元」から「統合」への移行、を象徴しているように思います。
 応仁の乱以降の混乱期から、戦国時代へと突入、次第に吸収合併が進んでいくさまは、まさに折衷状態が、力の強さによって教条(統合)へと向かう様子そのものとも見れます。この過程がまさに中世山城的です。
 それから織田信長による安土城築城から、統合への意図がちらほらと透けて見えるようになります。それでも、各地の大名が群雄割拠した政局が続くため「多元的」状況が続き、或る意味そのまま近世江戸期に入ります。そしてこの幕藩体制そのものが、「多元的」政体とも言えます。
 このようにして見ると近世城郭を「多元」とみなすことが出来そうです。そして明治政府の樹立により近代国家が形成され、廃藩置県が断行されることで、「統合」(そしてある種の「教条」)が完成されたと見ることもできるわけです。

 これまで、多元と折衷の違いなどでは歴史的視点で解説してきたのですが、城との関連で今回は解説してみました。ご興味ある方は、直接聞いてください。もっと分かり易く説明します(笑)

 いずれにせよ、こうしたモノサシ📏の導入により城も統合医療も、混乱を少しはのぞけるのではないでしょうか。でも、こうした混乱で困っていないという方に提案しても、あまり必要性は感じないかもしれませんね…年末の学会発表での「統合医療の可視化」も、ほとんど諸先生方の反響ないままなので・・・(T_T)







tougouiryo at 2021年01月17日17:26|この記事のURLComments(0)