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当院の新型コロナウイルス対応に関してのお知らせ

 当院の診療は完全予約制となっておりますので、ご予約いただいている患者さんで診療に関してご不明の方、ご不安な方は個別にお電話にて対応させていただいております。

 ご不明な方、ご不安な方は、本日と明日に関しては、昼12時から14時の間にお電話ください。(03ー3357−0105)

 なお、新規の診察をご希望される方も同時間帯で受け付けております。

tougouiryo at 2020年03月31日06:13|この記事のURLComments(0)

ティール組織としてのJIMC

 現在、日本統合医療センター(JIMC)のホームページの改訂が進行中です。JIMCとは、当院(小池統合医療クリニック)と、併設されている身心工房リボン(心身の癒し・施術部門)との総称としての呼称となっています。
 当院も含めて、従来の病院・クリニックを念頭に置くと解りにくいかと思うのですが、それこそが、これまでの医療の施設の問題点を改善しようとする全く新しい試みであることが原因といっても良いでしょう。類例の少ないものはわかりにくい、理解しにくいというものです。人が類似例から、物事の多くを理解することを考えれば当然といえば当然です。
 そのために、分かり易いように説明文を書くことも必要ですし、加えて、メンバー間も改めて自らの組織の意味するところを理解する必要もあるわけです。そうした考察をする中で、新しい組織論について少し目を通してみました。

 かなり話題になった書籍でもあるので、ご存知の方も多いかとは思いますが、2014年に原著が出版され、2018年に邦訳された『ティール組織』です。『万物の歴史』などで知られるケン・ウィルバーの「インテグラル理論」を基盤として、組織の在り方を歴史的に(もしくは発達心理学的に)5つの段階に分析し、それぞれの特徴を解説しながら、第5段階の「ティール」の意義を解き明かし、これからの組織の在り方の可能性を示していくといった内容といえるでしょう。何せ原著がなかなかの大著なので、読破できていないのですが、解説書や周辺書籍からの理解で考察しています。



 同書では、組織を以下の5つに分類しています。
レッド(衝動型)組織
アンバー(順応型)組織
オレンジ(達成型)組織
グリーン(多元型)組織
ティール(進化型)組織


 これらの分類は基本的に優劣ではなく、それぞれの特徴として捉えるのが良いのでしょうが、進化という言葉が使われていることもあり、どうして最終形に達せなければいけないかのような印象もあります。個人的には、各々の利点や適性もあるので、一概に階層的な捉え方をしない方が、応用範囲が広がるように感じます。

 荒っぽい分類を医療に置き換えてみると(個人的かつ恣意的ではありますが)、旧来の医療のイメージ(実際はどうだったかは抜きにして)がレッド、大学病院など旧来の組織的な医療制度をベースにしたものがアンバー、医療連携などを意識した新しい病院システムがオレンジといったところでしょうか。多元性を重んじるというのは医療現場として実際には困難ですが、新しい統合医療のイメージ(多元的統合医療)に基づいた「ジャングルカンファレンス」はグリーンになりそうだと思いながら読んでいました。グリーンの抱える問題は意思決定の困難さです。かつて学会などでジャングルカンファレンスのコンセプトを発表していたころ、最終決定はどうするのか、ただの絵に描いた餅だ、というようなご批判をたくさん受けました。これこそはまさにこのカンファレンスのグリーン性を読み取られてのことだったのかもしれません。しかし、家族性とも言えるつながりを強めるものとしてはグリーンは極めて有用ですので、これからもジャングルカンファレンスはグリーンの性質を生かして展開すべきだということをあらためて感じました。
 そしてその家族性の強いグリーンから派生した組織が、日本統合医療センター(JIMC)のように感じます。ただ多元であるばかりではなく、そこにはダイアローグを基盤として統合医療という領域に対して進むべき方向性が共有されています。それゆえに、個々がほぼ独立した形で、活動を展開しつつも、調和のとれた連携が実現していく、まさにティールが実現してるように思います。 
 いかにティールを実現するかということが、書籍での大きなテーマなのでしょうが、われわれとしてはむしろそこにどれくらいの共通点を見いだせるかという観点で、学べる点があるように思います。
 JIMCの組織の特異性を説明するにあたって、大変有力なワードが手に入ったような感じをしております。
 統合医療という新たな医療には、新たな枠組みの組織として取り組まなければ、その魅力は半減してしまうことでしょう。

 ティール組織の冒頭に、テンセグリティを創り出したR.B.フラーの言葉が引用されているのが、なんとも印象的に感じました。

目の前の現実と闘っても何も変えることができない。何かを変えたければ、今あるモデルが時代遅れになるような新しいモデルを作るべきだ。R.B.フラー

tougouiryo at 2020年03月29日15:09|この記事のURLComments(0)

城めぐり

  2008年に白金台から四谷にクリニックを移転させたときに開始したのが、統合医療カンファレンスです。以後、広く一般公開して現在は「ジャングルカンファレンス」として二か月に一度代々木で開催しておりますが、この時に同時に開始したのが「城めぐり」です。

 当時は内輪のメンバー数名でクリニック内でカンファレンスを行っていましたが、或るとき、参加していたメンバーと群馬県の太田にある居酒屋に行こうという話になり、一泊で出かけたことがありました。そこはとても珍しい日本酒をふんだんに取り揃えていることで、有名なところだっただけにかなり飲んだのを覚えています。そのため翌日起きても、二日酔いでボーとしていたのですが、そのまま帰るのももったいないと思い、周辺の観光マップを見てみました。その時に、気になって立ち寄ったのが「金山城」です。

 当時は、まだあまり旅行などでうろつくことが少なったのですが、歴史には興味がったので、行ってみようということで、山城へ向かいました。これが城めぐりのはじめです。城の基礎知識もないままに、駐車場(現在よりかなり未整備でした)から歩き出しましたが、これがかなり楽しめました。案内板の説明などよみながら、「やりすぎ」とも称される(?)大手虎口に至る頃にはすっかり山城に魅了されていました。そこで、「日本100名城」の碑とスタンプを見つけ、城めぐりが開始しました。

 その後じわじわと城ブームが到来し、100名城が200になるという事態にまで(笑)発展しました。学会や講演会などの用事のついでのみならず、ただただ城のためだけに行く旅行まで、いろいろな城をまわりました。統合医療という未開の領域を歩む中、この城めぐりは、気分転換はいうまでもなく、様々な考えももたらしてくれる機会でもありました。

 これまであまり「城めぐり」はココでは書いてこなかったのですが、時折、思い出しながらメモ的に書いていこうかと思います。




tougouiryo at 2020年03月26日09:30|この記事のURLComments(0)

解剖勉強会の学習ポイント

内輪の連絡事項ですので、関係ない方はスルーを。
今週の勉強会の内容です。今回は「背部」と「胸部」です。
以下の学習ポイントを中心にテキストを読んできてください。

背部

椎骨の基本形態
高齢で身長が低くなるわけ
長背筋群と短背筋群
椎骨静脈叢

胸部

胸郭の運動(バケツモデル)と肋骨を上下させる仕組み
横隔膜と横隔膜裂孔
乳腺の脈管
肺・気管支の構造と中葉症候群
肺の栄養血管と機能血管
食道静脈瘤
心臓の外形と位置
心臓の脈管(テベシウス系静脈含む)
心臓の発生
奇静脈の意義
反回神経麻痺が左に多い理由

解剖学講義
伊藤 隆
南山堂
2012-04-10





tougouiryo at 2020年03月25日09:54|この記事のURLComments(0)

異端の科学

 MRIと水分子について調べているうちに、中田力先生の「脳の渦理論」を思い出し、久しぶりに渦理論3部作を読んでみました。何度もよみかえしているのですが、こちらの理解力不足のためなかなか理解できずにいる内容なのですが、それでも時折気になってしまうわけです。なぜか不思議な引力を感じる本なのです。こうした事情は、私に限ったわけではないようで、松岡正剛先生の千夜千冊でも、同じような感想が書いてありました。

脳のなかの水分子―意識が創られるとき
中田 力
紀伊國屋書店
2006-08-01



 それでも今回は、ELDER、アセンブリ、アクアポリンといったキーワードがずいぶんと理解できたような気がします。とりわけ、全身麻酔の基礎が水のクラスター形成にあるというポーリングの理論から(これもポーリング!)水分子の重要性が良く分かりました。しかし、中田先生をしても脳機能と水分子の関係を述べると「おかしい人と思われる」というのですから、科学にはどうしても触れてはいけない、という領域がやはりあるようですね。

 中田先生の著作とは関係ありませんが、そうしたものの代表格のようなものを少しメモしておきましょう。これらは、その理論の突飛さもさることながら、ちゃんと検証しようとしたにも関わらず、何らかの妨害が入ってしまったというものです。事の真偽は、現在の私たちにとって「藪の中」なのですが、各人が推理しながら読まれるのも面白いと思います。科学の闇のようなものにご興味ある方はどうぞ。

 まずは千里眼や念写・透視の実験を行った福来友吉(東京帝国大学文学博士)については以下。前帝大総長の山川健次郎(理学博士)を前にした実証実験の圧巻の様子が描かれています。

霊術家の饗宴
宏次, 井村
心交社
1984-01T


 次は獲得形質は遺伝すると主張したオーストリアの生物学者パウル・カンメラ―の悲劇を描く、アーサー・ケストラーの代表作。エピジェネティックが語られる現代においては、また違った角度で興味深い作品です。







 そして最後は、ホメオパシーの理論的基盤を提供するはずだった実験の顛末。PAFの発見などそれまで一流の科学者であったベンベニストが「水の記憶」事件に対して、「ネイチャー」とのやり取りを記した反論の著作です。序文を「ジョセフソン効果」を発見したブライアン・ジョセフソンが書いているのも興味深いです。




 読む方によっていろいろな感想を持つことと思いますが、たまには「異端」の世界に思いをはせるのも良い頭の体操になるのでは。

tougouiryo at 2020年03月21日06:00|この記事のURLComments(0)

プラグマティズムの重要性

 医療における「統合医療的転回」において重要な要素が、多元主義とプラグマティズムである、という主張を展開したのが以下の拙著です。多元に関しては、理解しやすいので多くの方が納得していただいているようなのですが、プラグマティズムの方がちょっと、という方は多いようで時に質問されることがあります。




 人によってはプラグマティズムを科学的検証と同一として捉えて、EBMと同じだ、と極論する方までおられます。完全に間違いではないのですが、しかしEBMを統計的なエビデンスのみと考えると、やはり異なっているといわざるを得ません。
 これは記述統計とベイズ統計との相違にも少し似ているところがあります。医療におけるベイズ統計の使い方としては概ね事前確率をざっくりとした数値で予測します。これをもとに何らかの臨床的な決断に移るわけですが、臨床現場としては、こうした使い方が適しているわけです。プラグマティズムに基づくという点もこれに似ています。
 一例一例の経験を、論文といった形に限定されず、個人的経験も含めて積極的に臨床応用していくというものです。これにより大規模スタディでは見えてこない方法論を取ることもできるわけです。

 以前、ここでご紹介した「三石理論」における「検証」といったプロセスはこれに近いように思っております。現状の大きな統計データにのみ縛られることなく、じっくりと推測した方法論により、その結果を丁寧に観察していく、一見すると科学の基本のような姿勢なのですが、なかなかに忘れられがちな姿勢でもあります。
 こうした姿勢を前面に押し出したものがプラグマティックメディスンと私が呼ぶもののイメージに近いのではないでしょうか。

 そのためには、現状の解剖生理学における、病態をとらえるアクティブな知識が不可欠になります。そうした知識を得るためにも解剖生理学の学習が必要になってくるのではないでしょうか。ただし現状では統合医療的な臨床に必要な解剖生理学の枠組みが提示されていないため、明確でない点はありますが、今後こうした枠組みを示していく試みもしていきたいと考えています。

tougouiryo at 2020年03月20日06:00|この記事のURLComments(0)

鼻うがいの続き

鼻うがいの記事を書いたのですが、反響がありましたので、追加します。

鼻うがいについては、どうしてもできない、やろうと思うだけでオエッとなる、など抵抗の強い方も多いと思います。こうした方は、副鼻腔炎や後鼻漏、慢性上咽頭炎といったトラブルを既に抱えている方が多いです。何ら鼻や咽頭のトラブルを抱えていない方は、それほど鼻うがいに抵抗を持たれないようです。

私自身も花粉症など鼻トラブルが強かったので、そうしたお気持ちは理解できます。しかし、そうした方にこそやって頂きたい。うまく鼻から口に、うがい液をまわすことができなくても、ただ鼻に水をいれるということから始めてみてはいかがでしょうか。ハナノアなどの市販のものには専用の容器がついており、思い切ってピュッと押し出せば、結構鼻腔内に広がります。一瞬のちょっとした勇気です。

慣れてきたら、上向きになってうがい液を入れることで、上咽頭に液体をためることが出来ます。ここで専用液であれば、しみることがないので少し首を揺らして、上咽頭を洗浄することも可能です。
そこまでできれば、後鼻漏の方であれば、後鼻漏をタンとして口から出すようにすると、口にうがい液をまわすことが出来ます。この時のどの緊張を緩めることが大切です。

始めはうまくいかないでしょうが、がらがらする普通のうがいも、子供頃はうまくできなかったひとも 多いはず。後は慣れと練習です。失敗しても少しは鼻腔はきれいになるわけですから、気楽に始めることが大切です。




tougouiryo at 2020年03月19日10:00|この記事のURLComments(0)

三石理論における分析と総合

 三石巌先生の『医学常識はウソだらけ』を読み直していたら、まえがきにおいて渡部昇一先生が興味深いことを書かれていたのでメモしておきます。

三石理論を読むと、それが科学至上主義の唯物論であることが解る。(中略)人体を一つの物理化学的反応体系として徹底的に考察せずして、真の栄養学は生まれないであろう。私は唯物論者ではないが、唯物論的にも考えることが出来ない人は科学者でないと思っている。

 とあります。ともすると統合医療の分野は、過度のオカルトに引き込まれる可能性を十分持っているだけに(これは各自で相当姿勢の違いがありますが…)大きな警鐘とすることもできる言葉です。まあオカルトをどう定義するかなど、実際はそう簡単ではないでしょうが、分子栄養学、オーソモレキュラー、といった分野が、こうした唯物論的精神によって大きな成果を上げたこともまた事実でしょう。
 いわゆる現代医学以外が、すべてオカルトであるかのような構図でこの統合医療という領域を捉える方には少し混乱するかもしれません。しかし、合理的な精神をもって、医学という幅広い世界(三石先生は医学は科学ではない、と喝破していますが…)を見ていくことは、統合医療にとって大変重要なことだと思います。

 こうした三石理論と、現代医療の思考方法の違いを(勝手に)比較してみると、分析と総合、という哲学的方法の違いに影響すると思います。昨今のEBM重視の流れは、統計学的方法を前面に出したいわば「総合」的な方法です。これに対し、分子栄養学やオーソモレキュラーの立場は、「分析」の立場を徹底しているように思います。そして分析を徹底した後に、現実の臨床効果を、統計的ではなくプラグマティックな「総合」により進展していっているという感じでしょうか。三石先生はそれを「検証」という言葉で、前掲書のなかで次のように表現しています。

科学であるためには「検証の精神」が不可欠であり、「検証」とは仮説を実証する科学的手続きのことである。だが、人間の生命に関わる分野であるだけに、昔からこの「検証」という手続きが曖昧なままに放置されてきたのである。

 として現状の医学批判を展開されています。我々は、「医学」といわれる領域をもう一度、捉え直すことで、各々の生命をより輝かすことが出来るのではないでしょうか。三石理論は、唯物論の立場からそうした視点を、今に至っても提供し続ける力強い理論といえるでしょう。



現在のオーソモレキュラー、分子栄養学の隆盛の基盤となった著者による一般書です。ご一読をお勧めします。

tougouiryo at 2020年03月17日06:00|この記事のURLComments(0)

みんなで治る

 統合医療の重要性の一つに、セルフケアの重視があります。つまり、自分で治す、ということです。確かにこれは素晴らしいことですし、医療の理想といってもよいでしょう。
 しっかりとした情報を入れ、先入観に惑わされず、合理的(科学的)に考えることができるのであれば、極めて有効であることは言うまでもないでしょう。ところがここが難しいところです。果たして自分にそれが出来ているのか、どのように判定すればいいのか。こうした質問に答えることは容易なことではありません。

 先日、セラピストの方から質問を頂きました。クライアントさんが、ある栄養素を大量にとっているんだけど大丈夫なのでしょうか、というものです。これには、当然、その栄養素の種類によるので、一概に答えがあるわけではなく、ビタミンCであれば、大量に(概ね下痢する程度)とることで治療に十分な量と考えることもできます。しかし、そうではない、一般的には大量にとっては害がある可能性があるというものもあります。また組み合わせによっては大丈夫、ということもあれば、病態によっては大丈夫ということもあるでしょう。しかし、一般にそうした状況を、誰もが簡単に判断できるわけではありません。
 だからと言ってすべて医師の指導のもと、というのも過剰な「医療化」となってしまいます。このところのバランスが非常に難しいと思います。答えはないのですが、自分の身体に聞く、自分で正確に効果を判定する、ということに尽きるのではないでしょうか。

 よくある光景として、一つの治療法や考えに固執しているにも関わらず、まったく改善しないかどころか増悪しているというケースがあります。こうした改善が見られないときは、やはり医師など専門家という他力を頼ることも重要なのではないでしょうか。また、いろいろと自分で調べたものが、主治医と違う場合、そこから距離を置く方もいるでしょう。どれが正しいのか、と考えると混迷を深めるばかりです。

 こうしたとき少し考えたいのが、「みんなで考える」という姿勢です。いろいろな人の意見を聞き、それに影響されながら、自らが決定していく。一見、自分で決定していることと同じようですが、ひとは意見を聞きながら考えるうちに、我知らず、大きな影響を受けるものです。徹底して考え、みんなの意見の中で、最終決定をしていく、そうしたサポートをしながらいろいろな健康の在り方を応援できるクリニックにしたいと考えています。これが身心工房リボンとともに掲げる「みんなで治る」の基本コンセプトです。

 こうした問題は、非常に難しいニュアンスがある問題ですので、また機会を改めて、ここで論じてみたいと思います。

 

tougouiryo at 2020年03月16日06:00|この記事のURLComments(0)

アイゾパシーによるアレルギー体質改善

 まだまだ花粉症の季節は続きますが、当院ではレメディを使いだしてから随分と症状のひどい方は減ってきました。今年で4年目になりますので、蓄積効果も確実にあるようです。

 花粉症で効いた方から、他のアレルギーについても時折質問されることがありますので、今年はアイゾパシーとしていくつかの体質改善レメディを追加で、スコットランドから輸入しました。以下、当院で扱っておりますレメディです。

スギ・ヒノキに追加して、ネコ・イヌ・ハウスダスト・ダニ・ブタクサ・カモガヤ・チモシー・ヨモギ


こうしたアレルギー体質の改善などについて詳しく知りたい方は朴澤先生のご著書をどうぞ。電子書籍に加えて、書籍としても出版されるようです。




tougouiryo at 2020年03月15日06:00|この記事のURLComments(0)

診療内容の4つの柱

 当院が、特定の診療ではなく、多元的な診療を行っている理由を前回、説明させていただきました。これに引き続いて、ではどのような診療内容なのかを説明したいと思います。

 前回述べました「統合医療相談」をベースに、まずはどのような症状にお困りなのかをじっくりとお聞きしています。現代医療、代替医療を問わず、各々の診療体系には向き不向きがあるように思います。学生時代など、いわば名人といわれる方々の診療を見学させていただきましたが、その方法論によって(キャラクターによっても)得意とする領域は異なるように思いました。つまり適する疾患と、そうでないものが存在してしまうというわけです。

 まず、現代医療として特定の疾患名を有するもので、確実なエビデンスを有するものに関しては、ご本人の意向に反していなければ、最優先されることは言うまでもありません。この姿勢が、「統合医療」と「代替医療」の最大の違いといってもよいかもしれません。

 慢性的な咳や胃腸障害、感冒症状から引き続いいての不調、アトピー性皮膚炎やその他慢性症状は、適合するものであれば、「漢方薬」が大きな力を発揮します。私個人としては、中国医学系から勉強をスタートしたのですが、現在では和漢診療系の方法も多く用いますし、古典をベースとしないサイエンス漢方的な考え方も重要であると考えています。とくにアトピー性皮膚炎は、栄養の補助も重要ですが、漢方による「寒熱」の処理が不可欠に思います。

 肩こり・腰痛・膝痛など整形的な不調に対しては、「鍼灸」「刺絡」「ハイドロリリース」など「徒手療法」の系統が非常に効果的です。後鼻漏など慢性上咽頭炎関連の不調に対しての「EAT(Bスポット療法)」など特殊な手技も同じ分類で考えています。また自律神経・免疫の関連から、井穴刺絡療法によりがん治療の補完的治療として免疫力の底上げも見逃せません。

 不足している栄養素などを血液データから推測して栄養の補給や、メガビタミンでの積極的治療を行う「栄養」「サプリメント」「オーソモレキュラー医療」といった領域も重要です。この分野は、特に診断がつかないような不調やそれ以前のセルフケア領域ともあわせて幅広い日常の不調に対応できます。以前は(今でも?)漢方が、その役割を担っていましたが、冷えなど特定の症状を除くと、分子栄養的な治療の方が汎用性が高いように思います。新たな概念である「副腎疲労」や「機能性低血糖」、「抑うつ」といった精神的症状に極めて効果的なのもこの分野の特徴です。

 最後はエネルギー医療の代表格といってもよい「ホメオパシー」です。欧米において一般的であることから、当院では海外から帰国された方々からのリクエストが多い治療法になります。ホメオパシーは日本ではあまり広く知られていないので、全く知らない方に一から説明すると、訝しがられる治療法でもあり、私自身、この療法の専門医でもあるのですが、他のものに比べ処方する機会が少ないものでもあります。それでもこの時期は、スギ花粉症のレメディは大人気ですので、他のアイゾパシー(犬、猫、ハウスダスト等)と合わせお問い合わせをいただいております。希望される方もかつてと比べると随分と増えてきた印象です。ある意味で、心理療法的な面もあり、根本治療としても秀でた治療だと思います。ここでもたまに解説しているように、身体を構成する水分子の容態(クラスター形成)という根底からの回復を意図している治療といえるのです。

 以上、大きく4つに分けて当院の治療法の特色と、適応のようなものを説明しました。代替医療に限らず、あらゆる治療法には向き不向きがあります。なんでもそうですが、一つの方法論ですべてが回復するわけではありません。だからこそ、いくつもの要素を多元的に並列させた方法論が必要に思うのです。

 当院の方法論でも、さらに不足な方には(とくに徒手療法系)ご希望があれば、隣接する身心工房リボンをご紹介しています。

tougouiryo at 2020年03月14日06:00|この記事のURLComments(0)

当院のコンセプト

 サプリメントに関心のある方から、サプリメント専門となぜ銘打たないのですか、というようなご質問を受けましたので少し当院について解説しておきたいと思います。

 そもそも当院は、かつての東京女子医大青山自然医療研究所(現存せず跡地は天ぷら屋さんになっております)の診療体制を引き継いでおり、サプリメント診療に加え、相補代替医療を交えた統合医療的な医療相談を行っております。コンセプトとしては、どういう代替医療をやるか、やらないかをそもそも迷っている方も受診の対象にしております。
 これに対して、特定の代替医療を専門的に展開されているクリニックでは、受診される方がすでに、特定の療法を受ける事を強く希望していることが前提となります。いわばこうした特定のファン層が、既にSNSなどで形成されているため、受診者の目的がはっきりしています。
 しかし、様々な不調を抱えている方の多くは、そうした明確な方針を持っている方の方がむしろ稀です。つまり、何をしたらよいのか、通常の現代医療を優先すべきなのか、そうでもないのか、といった「そもそも」の疑問にぶつっかている方がほとんどではないでしょうか。

 こうした事情から、特定の代替医療のクリニックという形式ではないのです。ただ、こうしたコンセプトですと、そもそも何のクリニックなのかわからない、という疑問も当然出てくるので、悩ましいところです。そうした事情から、このブログでも時折、診療内容についての説明を行っているわけです。

 また特定の療法に限定しないことから、統合医療における多元主義を標榜しているわけです。これは何でもよいという意味ではなく、しっかりと吟味したうえで選択するという意味が「多元」にはこめられております。ここのところが、一番誤解が多いところでもあり、吟味することのない「何でもよい」というようにとらえられることも少なくありません。
 先日も私の関係する会で、ある違反が行われた際に、多元・多様だからと表明されることがありました。こうした無法状態の「なんでもあり」状態を、「折衷主義」と呼んで、いかに「多元主義」と異なるかということを下記の拙著で論じたのですが、なかなか近しい中でもちゃんと理解してもらうのは難しいようです。

 明日は、クリニックでの具体的な診療内容について述べてみたいと思います。




tougouiryo at 2020年03月13日06:00|この記事のURLComments(0)

東日本大震災から9年

 昨日で東日本大震災から9年が経過しました。あらためて、震災に関連してお亡くなりになられた方々にお悔やみ申し上げます。



 その頃はすでに現在の四ツ谷にクリニックが移転していましたので、どのような記事を書いていたろうと思い、久々にブログ内検索してみました。

 東日本大震災の前には、既にニュージーランドでの大地震があり、自身に対する恐怖感も高まっていた時期だったように思います。個人的には、大谷先生の書いた「ふくらはぎ」本の監修をさせていただいたことを契機に、文庫版の小さなふくらはぎ本を出版した、まさにそのタイミングでした。当然、ごたごたの中で、大きな話題にはなりませんでしたが、今に通じる考えの基本コンセプトができはじめたころだったように思います。そのころ、診療も交通事情が不確定だったので、暫定的に予約制ではなく来院順に一時的にしていたことも思い出されます。




 この本は、出版社の強い意向で「もみ押し」というキーワードが前面に出されたのも、今となっては良い思い出です。
 話は変わりますが、出版における題名というのは、いろいろ難しい面があるようで、拙著とは比較するのもおこがましいですが、西田幾多郎『善の研究』も、当初、西田自身は違う題名をつけていたそうです。これが出版社の意向で、善の研究となったようですが、それがここまで広まったことに対して作者自身はどう感じていたのだろうか、聞いてみたいところですね。

tougouiryo at 2020年03月12日13:24|この記事のURLComments(0)

ボームのことば(8)

 ボームのダイアローグを必要する理由をまた少しみてみましょう。

 コヒーレントな暗黙のプロセスを行うには、現代の社会は大きくなりすぎた、とボームは指摘します。それゆえにコミュニケーションをとることが急を要するようになった現在、再度、開始しなければならない、というのです。以下、ボームの引用です。

必要なことを賢明に実行するには、意識を共有し、ともに考えねばならないのだ。対話グループで繰り広げられることに取り組みはじめれば、社会全体における現象の、確信めいたものを摑めるようになるだろう。自分ひとりではそうした核心をかなり見落としかねない。一対一の対話をした場合でさえ、正確につかめないものである。


 さらに対話全体についてまとめた示唆的な文章、少し長いですが…

対話の目的は、物事の分析ではなく、議論に勝つことでも意見を交換することでもない。いわば、あなたの意見を目の前に掲げてそれを見ることなのである。様々な人の意見に耳を傾け、それを掲げてどんな意味なのかよく見ることだ。自分たちの意見の意味がすべてわかれば、完全な同意には達しなくても共通の内容を分かち合うようになる。ある意見が実際にはさほど重要でないとわかるかもしれない。どれもこれも想定なのである。そして、あらゆる意見を理解できれば、別の方向へもっと創造的に動けるかもしれない。意味の認識をただ分かち合うだけということも可能だ。こうしたすべての事柄から予告もなしに真実が現れてくる。たとえ自分がそれを選んだわけではなくても。

tougouiryo at 2020年03月10日06:00|この記事のURLComments(0)

鼻うがいのすすめ

コロナウイルス対策として、うがい・手洗いの励行が勧められていますが、加えて、花粉やほこりも多い時期です。この機会に、鼻うがいもはじめてみてはいかがでしょうか。




ハナノアである必要はないのですが(作れるかたは自分で作るのも一法です)、やったことない方ははじめはうまく鼻から口へと洗浄液をまわせなくてもよいので、とりあえず、鼻腔内の洗浄だけでもおすすめします。当院でも、何人かの方におすすめし、指導しています。やったことない方にとっては、始めはなかなかハードルが高いのですが、鼻腔内の洗浄であればなんとかできるようになります。

また、より大きな効果を期待されるかたには、上咽頭の洗浄も可能です。EAT(Bスポット療法)を希望されていらした方には、専用の梅エキスによる上咽頭洗浄も指導しております(専用の洗浄セットをクリニックにて取り扱っております)。これですとさらに上咽頭に付着した細菌やウイルス、花粉・ホコリなども落とせるので風邪をひきかけの時には最適です。副鼻腔炎になりやすい方であれば、その予防的な効果も期待できます。




tougouiryo at 2020年03月09日06:00|この記事のURLComments(0)

経方医学とファッシア


 最近のファッシア絡みの考え方のメモみたいなものですので、ご興味ない方はスルーしてくださいませ。(クリニックの勉強会メンバーで参考にされたい方はお読みください)

 昨今のファッシアの訳本などの解説書の流れとしては、整形内科研究会の先生方がけん引している事情もあって、ファッシア重積のリリースや、それに類する鍼灸や理学療法の治療へとつながる話題が多いように感じます。それゆえにファッシアの科学的解明の方向性を呈するものが目立つわけですが、十数年前からテンセグリティーやエネルギー医学の流れに関心をもっていたものの立場からすると、エネルギー系の考えから少し距離が置かれているようにも感じております。
 まあ、怪しいエネルギー系とは一線を画したいという総合診療系の先生方のお考えもわかるのですが、「ファッシア」という概念自体が、そうしたものを一つの母体として脚光を浴びたという点は否定できない面もあり、オシュマンなどの展開する「生体マトリックス」という用語にも私としては親近感を感じております。
 今後は、細胞外マトリックスや細胞骨格と水分子の極性との関連が、ホメオパシーなどエネルギー系の医学とよりいっそう密接に論じられるようになると感じているので、生体マトリックスという用語も積極的に用いていこうかと考えています。

 また、昨年の1月に開催した「ファッシア研究会」の折に発表したファッシアについての総論のPPTを見ていたら、江部洋一郎先生の提唱された「経方理論」との関連を(自分でも忘れていたのですが)説明してあり、あらためて原典を見直してみる機会になりました。

経方医学 1―「傷寒・金匱」の理論と処方解説
横田 静夫
東洋学術出版社
2011-04T


 経方理論は、名医別録を基盤とした生薬の「ベクトル性」の展開だけではなく、従来あまり重要視されていなかった「隔」という概念がネックとなる漢方理論です。いわば、気の出入りを担当する「隔」と、その上下にあって気の上げ下げを担当する「胸・心下」がキモとなり、それらの機能の相似形のようになり体表面での気の流れを説明するというものです。
 この体表面での流れを「皮」と「肌」の二層に分け、その間に「膜」を置き、これらを貫通する形で「腠理(そうり)」があるという構造です。皮は、いわゆる表皮と真皮における乳頭層に相当し、肌はそれ以下の真皮つまり網状層と皮下組織(脂肪層)がこれにあたります。
 つまり、経方理論における「肌」がファッシアに相当すると考えてよさそうです。となると「膜」はさしずめ、網状層における膠原線維束(皮革製品として使われる部位)といえるのではないでしょうか。
 ファッシアと肌とを比較するメリットは、その臨床応用にあります。これまでの流れであれば、整形的な痛みの発痛源としてその解剖学的位置が問題になっていましたが、経方理論に関連付けることにより、傷寒論をベースにした漢方処方への展開が可能になります。つまり脾胃と直接関連付けられ(心肺ではなく)、腹診における心下に着目することが可能になります。(このあたりは経方理論における臓腑関連図を参照してください)
 さらには、心下の下部に位置する腸間膜領域を寺澤先生の述べられるように「三焦」として考えると、ファッシアと三焦との密接なつながりが『閃く経絡』とまた違った観点からみることもできます。




 いずれにせよ、故江部洋一郎先生の遺した「経方理論」は、昨今のファッシア理論の展開にも極めて重要な役割があるのではないかと感じることが出来ました。ご興味ある方は、さらに理論展開を考えているので直接お尋ねください(笑)

tougouiryo at 2020年03月08日20:00|この記事のURLComments(0)

ファシア ダイアローグ ホメオパシーをコヒーレンスから考える

 これまでダイアローグやホメオパシーのところで少し書いてきましたが、思考とダイアローグについて。ボームは思考のクセのようなところを指摘し(思考の明白な問題点は「断片化」にあるといいます)、それを自覚することの重要性を述べます。また、あらゆる問題はすべて思考の中で起こるとも述べています。
 こうした思考のクセのようなものを自覚する方法が「ダイアローグ」にあるというのです。そしてそこからは「洞察」も得ることができると述べています。洞察により、自らの思考を自覚し、そのインコヒーレントな点を超越して「コヒーレント」な状態に至ることができるというわけです。一人だけでは容易に到達できない状態に、集合体となることで可能になるということです。

 少し違った観点ですが、このようなことはエネルギー医学の領域においても指摘されています。一例として、ラグビーやサッカーのような集団競技の試合中に負傷者が出た場合のケースが、あるエネルギー系医療の解説書に紹介されていました。その際に、応急処置がとられるのは言うまでもありませんが、それと同時にチームのメンバーが集結して、その負傷者に対して祈りを行うことで、状況の好転や回復の早まりが起こるという指摘がありました。
 これは同時にその後、試合続行時にもメンバー間の意思疎通が良好になるという付加的な事態も生じうるというのです。それこそ、このチームという集団が「コヒーレント」な状況になっているということだと思います。我々のジャングルカンファレンスや、相談者を含めたジャングルカフェといった状況にもあてはまる例といってよいでしょう。
 つまり集団が、首尾一貫した良好な状態になっているとき(まさにレーザー光線のような状態にあるとき)、それは「コヒーレント」な状態であるといえるでしょう。これは社会的な集団のみのことではありません。我々の身体は、細胞・組織の集団といってよいものです。つまり一個の身体としてもコヒーレントな状態となりうるのです。

 こうしたすべてのシステムに超越したものとして、血管、神経を凌駕して想定されているのが、「ファッシア」といえるかもしれません。これはエネルギー系の書籍では、何らかのエネルギーを媒体する生体マトリックスやら軟部組織と称されることがありますが、概念の統一を図るとすれば、現時点では「ファッシア」としてよいのではないでしょうか。
 ファッシアに関連する水分子をはじめとする生体を構成する諸分子が、コヒーレントな状態になっていることが、健康的な状態といってよいでしょう。(ちなみにボームは『ボームの思考論』において「ガン」はインコヒーレントであると述べています)

 このように考えると不調の状態(インコヒーレントな状態)を、コヒーレントな状態へと復調させる方法、例えばホメオパシーをはじめとするエネルギー医学の特徴がとらえやすくなるのではないでしょうか。つまり漢方やハーブのように大きめの分子レベルで作用しているのではなく、量子レベルでの挙動で考えるということです。
 直接、ファッシアを復調させる徒手療法のみならず、こうしたエネルギー的な観点も許容しながら、生体におけるコヒーレンスということを考えていかなければならないのではないでしょうか。これは同時に、現在のファッシア研究(や紹介)が、ややもすると限定的な徒手療法の視点からのみ展開されていることにも注意しなければなりません。確かにファッシアはエコーにより可視化されたことで、その存在がクローズアップされたことは否めませんが、世界的な研究の流れから見ると、エネルギー医学との密接な関係は無視することはできません。
 ダイアローグを再考するということは、ファッシアという概念を単なる徒手療法の一用語としてとどめることなく、コヒーレンスという視点から再認識することにもつながるのです。

 ざっと書いたメモなので、分かりにくい点も多々あるかと思いますが、現時点でのダイアローグ、ファッシア、ホメオパシーの関連ついての私見を述べました。本邦では、日増しに「ファッシア」への関心が高まりつつありますが、一部の徒手療法に限定されることなく、広範なエネルギー医学の裾野において多元的に理解され定着していくことが望まれます。

tougouiryo at 2020年02月28日06:00|この記事のURLComments(0)

悲しみの秘儀

 ボームの言葉をここでしばらく引用していると、読んでいる時とは異なった感覚になることがしばしばでした。ただ引用しているだけにもかかわらず、ダイアローグやカンファレンスという行為に対して、深く考えさせられます。
 数日前から若松英輔『悲しみの秘儀』を読んでいるのですが、そこからこの引用ということにも考えさせられました。ちなみの俵万智さんは、著者を「引用の達人」と称賛しています。

誰かの言葉であっても書き写すことによってそれは、自らのコトバへと変じてゆく(中略)
引用は人生の裏打ちがあるとき、高貴なる沈黙の創造になる。そこに刻まれた言葉は人がこの世に残しうる、もっとも美しいものにすらなりうる。


 若松先生の本は『本を読めなくなった人のための読書論』を読んでから、その独自の視点と優しい文体から何冊か読んでいますが、今回、この引用についての文章と、さらにはカンファレンスの在り方について考えさえられたのですこしメモすることにします。

 医療における通常のカンファレンスでは、当然今後の方針など具体的なことを決定していくので、感傷的なことばかりでは進まないのですが、ジャングルカンファレンスにおいてはそれとは少し違った印象をわたしはもっています。代替医療、統合医療の場には、通常の医療からふるい落とされた悩みや不調が数多く現れます。
 これに対して、いわゆる通常の「医療従事者」的な言葉だけでは、寄り添うことが出来ない場面も多々あるはずです。様々な意見を多元的に取り扱う理由はそこにもあるわけです。しかし、それだけなのかということです。そこにはふるいにかけられ、既存の枠組みでは掬い上げられることのない悲痛な訴えがあります。そこにどのように共感していくのか、ということもとても重要に思います。若松先生の以下の文章が、印象的でした。

人生には悲しみの扉を通じてしか見ることのできない地平がある。人は、悲しみを生きることによって、「私」の殻を打ち破り、真の「わたし」の姿をかいま見る。また、悲しみを経て見出された希望こそが、他者と分かち合うに足る強度を持っている、とも思う。悲しみを生きるとは、朽ちることのない希望を見出さそうとする旅の異名なのではないだろうか。

 ジャングルカンファレンスにおける、対話の中で交わされた言葉が、何らかの「強度」を持つとしたら、こうした悲しみへの共感が大きいのではないだろうか、たとえどんな形でカンファレンスが展開されようとも、こうした共感なしでは、その基礎がないといっても仕方がないのではなかろうか、といったことを強く感じた文章でした。

 また普通は受け身ととられがちな「読者」についても書かれていました。カンファレンスなど欧米系の考えでは何か発言しなければならないとされますが、ただ聞いているだけでも多くの人のない内部では、実は大きなうねりが生じているものです。そうしたことと考え合わせながら。

読者とは、書き手から押し付けられた言葉を受け止める存在ではない。書き手すら感じ得なかった真意を個々の言葉に、また物語の深層に発見していく存在である。こうした固有の役割が、読み手に託されていることを私たちは書物を開くたびに何度となく想い返してよい。


悲しみの秘義 (文春文庫)
若松 英輔
文藝春秋
2019-12-05


tougouiryo at 2020年02月27日06:00|この記事のURLComments(0)

ボームのことば(7)

 ボームは対話についての考察だけでなく、それを行うための条件なども『ダイアローグ』には具体的に述べています。我々の開催するジャングルカンファレンスと併せて、考えると非常に示唆に富む内容なのでご紹介しましょう。

20人から40人ほどの人々で構成される対話グループでは、社会全体の縮図のようなものを考えることができる。(中略)一つの輪として都合よくまとめられるのは、多くても40人ほどだろう。それ以上の場合は二つの輪にわけるといい。

 まさに我々がジャングルカンファレンスで試行錯誤した結果と一致した見解が述べられており、読んだときは驚きました。実際の参加者の感覚というものを時代を超えて、場所を超えて、かなり普遍的なものなのだと感じました。そしてそこから生まれるものの重要性も述べています。

集団による思考は、個人による思考よりも力を持っている。
(中略)
集団としての力はレーザー光線と比較できる。通常の光線は「インコヒーレント」と呼ばれている。光線がまちまちな方向に向かい光の波が互いに一致しないため強度が得られない。だが、レーザー光線は「コヒーレント」の非常に強力な光線を発する。
(中略)
社会における我々の通常の思考は「インコヒーレント」なものと呼んでいいだろう。それは対立しあったり、互いに打ち消したりする思考とともにあらゆる方向に向かっている。

 個々で述べられる集団における「コヒーレント」の意義は、広くエネルギー医学におけるワークの原理としても理解されているものだと思います。集団における事例と、こうした物理現象、さらにはホメオパシーなどの医療体系との関連、そしてファッシアとの意外な関連なども、後日述べてみたいと思います。





tougouiryo at 2020年02月26日06:00|この記事のURLComments(0)

3月のジャングルカンファレンス延期のお知らせ

 既にメール会員様をはじめ、参加されたことのある方には先週のうちに連絡させて頂いたと思いますが、念のため、こちらでも3月12日開催予定でしたジャングルカンファレンス(JC)の延期をお知らせいたします。次回は5月の開催予定です。

 コロナウイルスの感染拡大を憂慮した結果ではありますが、あらためて参加をご検討されていた方には申し訳ございませんが、ご理解いただきたく存じます。

 医学系の各学会・研究会も、各々の判断により延期・中止等を決定しております。私の所属するいくつかの研究会も中止の連絡がありました。統合医療は、いわば急性期の医療がメインではありませんが、しっかりとした医療体系の一つであるという自覚のもとに苦渋の開催中止としました。

 今後、当協会(統合医療カンファレンス協会)のその他の関連イベント(5月JCを含め)等は、しっかりと検討したうえで早急に、皆様にお知らせしていく所存でございます。

tougouiryo at 2020年02月23日18:38|この記事のURLComments(0)

ボームのことば(6)

 ボームはニューエイジ運動やホリスティックムーヴメントの理論的旗手とみなされることも多いのは、彼の個人より全体性を優先する考え方が大きく関係すると思われます。思考に対する考え方にもそれがうかがわれます。

思考には二種類ある。個人的思考と集団的思考だ。個人として私はさまざまなことを考えられる。だが、思考の大半は、人がともに行うものを意味している。というより、思考の大部分は集団的な背景から発生する。例えば、言語は集団的なものである。

 また、次のように述べている個所もあります。

自分の意見に固執していては対話など出来まい。その上、意見を守っていることに自分で気づいていない場合が多い。意図的な行動でない場合がほとんどなのである。意見を正当化していると自覚するときもあるが、たいていは無自覚に行っている。

 特異的な物理学理論を展開し、天才性を発揮した物理学者とは思えないような、全体というものを見据えた文章です。何事も個人というよりは集団的な無意識のようなものを常に感じていたのではないでしょうか。彼の対話論には、至る所に個人の思考の暴走を抑制するような文面が見られます。

tougouiryo at 2020年02月23日06:00|この記事のURLComments(0)

ダイアローグ、ホメオパシー、ファッシア

 ボームの話をしたり、ホメオパシーの話をしたりしていると、それぞれが関係のない分野を思いついて書いているだけ、と思われるかもしれませんが、実はそうではないのです。
 統合医療という枠だけではなく、具体的なイメージとしても連続性があるという話をしましょう。

 量子力学の研究者としてアインシュタインらとともに実績を積んできたボームは、このダイアローグというプロセスにおいて「コヒーレント」という物理学の考えを応用し展開しています。物理学における元の意味は、私も専門外なので、正確には説明できませんが、小さな刺激がともに増幅されレーザーなどの大きなエネルギーを生み出すので、そうした波動が増幅されるイメージでこの用語を用いているのでしょう。

 量子場脳理論においては、こうしたレーザーが無限の光量子を生み出すことで凝集体を形成し、細胞骨格や細胞膜などにおける電気双極子に作用し記憶を想起させるという仕組みが想定されているようですが(私も詳細は分かりません…『脳と心の量子論』など参照してみてください)、コヒーレントな状態が創造の基盤を形成するということは、なんとなく想像できるのではないでしょうか。ボームがコヒーレントという用語を使う時、こうしたイメージがその背後にあることは確かでしょう。




 ボームは自らの思考を知覚しなければ(思考のクセのようなものに気づかなければ、コヒーレントでない状態「インコヒーレント」に容易に陥ってしまうというようなことを述べています。この状態ではダイアローグは展開せず、他をたたくディスカッションになってしまうというわけです。物理的な厳密な意味合いで展開された話ではないので、専門の方からはご批判を受けるでしょうが、イメージや試論としては考えられるのではないでしょうか。個人であっても多数であっても、ボームの言うコヒーレントな状態を形成することができれば、より創造的な望ましい思考に近づくのではないかということです。

 量子的な基盤があるか否かはわかりませんが、ホメオパシーのレメディもこのような機序で効果を発揮しているのではないでしょうか。何らかの場を形成することから、インコヒーレントな状態からコヒーレントな状態へと向かわせ、症状の改善をもたらしているという考えです。これが全身あらゆるところの細胞骨格や細胞膜において電気双極子を形成し、歪みなど独特な病的状態を取っているとすると、その独自な偏りをルブリックなどを用いてレパトリーゼーションで、レメディを探索しているとも考えられます。

PRISMA MATERIA MEDICA (日本語版)
Frans Vermeulen
一般社団法人 日本ホメオパシー医学会
2019-05-10



 また細胞骨格に電気双極子が形成されることも注目に値します。これは定義を広げれば当然、全身のファッシアと考えてもよいので、全身の歪みや、局所の歪みが、身体のみならず、こころの状態にも大きく影響することになります。つまり徒手技法が、心の状態へアプローチしうる理論的基盤ともなるわけです。従来、ファッシアと信念体系との関連も指摘されていますが、その説明としても良いのかもしれません。

 ざっと自分用のメモとして書いてみたので、訳が分からない文章だったかと思いますが、ダイアローグ、量子論、ホメオパシー、ファッシア、とが有効に接続しうるという考えを書き留めてみました。

tougouiryo at 2020年02月22日06:00|この記事のURLComments(0)

ボームのことば(5)

 これまでのことばのまとめのような部分があるので引用します。ジャングルカンファレンスをしていて非常に共感できる文章です。心理系の学者ではなく、当時の量子論の先端を走る物理学者であったボームからの文章であると考えると、彼の思索の深遠さが伝わります。

 対話の目的は、物事の分析ではなく、議論に勝つことでも意見を交換することでもない。いわば、あなたの意見を目の前に掲げて、それを見ることなのである。
 様々な人の意見に耳を傾け、それを掲げてどんな意味なのかよく見ることだ。自分たちの意見の意味が全てわかれば、完全な同意に達しなくても共通の内容を分かち合うようになる。
 ある意見が、実際にはさほど重要でないとわかるかもしれない。どれもこれも想定なのである。そして、あらゆる意見を理解できれば、別の方向へもっと創造的に動けるかもしれない。意味の認識をただ分かち合うだけということも可能だ。
 こうしたすべての事柄から予告もなしに真実が現れてくる。たとえ自分がそれを選んだわけでなくても。

tougouiryo at 2020年02月21日06:00|この記事のURLComments(0)

ボームのことば(4)

 通常我々が、対話と考えているものに対して、ボームは否定的であり、痛烈な批判を述べています。対話というのは、ただ漠然と話し合っているということではない、ということを主張しています。見てみましょう。

 人々が行っているのは、対話というよりはむしろディスカッションである。または取引とか交渉と呼んだ方がいいだろう。話し合いに参加している人々が自分たちの根本的な想定を問題にすることなど実際にはない。彼らはさほど重要ではない点について、取引しているだけである。
・・・(中略)・・・人は自分の想定を正当化せずにいられない場合が多く、感情的に相手を攻撃することで、それを守ろうとしがちである。


 われわれは、ついディスカッションに陥ってしまう、ということです。自分は陥ってはいない、ちゃんと対話していると思っていても、そうなっていないということは往々にしてある、ということでしょう。

 多元的な話し合いというのはとても難しいものです。かじ取りをする人がちゃんと理解していなければ、ただの意見の羅列になってしまうわけです。そこがまさに折衷主義の落とし穴となるのでしょう。我々は、頻繁にその思考を振り返らなければ、多元主義であり続けることは困難なのです。
 これを理解するには、会話のための会話、つまり会話をスカイプなどのツールを用いて客観視する必要があるのです。

 ボームの時代にはまだ出現していなったリフレクティングという技法がこうした壁をのりこえやすくしているのかもしれません。ボームの晩年の煩悶を解決するべく、現在は様々な技法が登場しているとみることもできるでしょう。オープンダイアログに代表される方法はまさにそれであり、ジャングルカンファレンスもの基盤もそこにあるわけです。

tougouiryo at 2020年02月20日06:00|この記事のURLComments(0)

勉強会延期のお知らせ

 業務連絡です。今週金曜日の勉強会は、コロナウイルス蔓延に伴う不要不急の外出を控えるため延期とします。各人の個別の感染対策が重要な段階となってしまいました。
 今回の背部・胸部を3月に回します。間が空くのでしっかりと勉強しておいてください。十分な栄養に加え、ビタミンCなどで抵抗力をつけておいてくださいませ。詳細はここでは書けませんので、直接お尋ねください。
 
tougouiryo at 2020年02月19日04:00|この記事のURLComments(0)

ボームのことば(3)

 ダイアローグと混乱しやすい用語に「ディスカッション」があります。意味する感じが違うのはわかっても、その本当の差異にはなかなか気づかないものです。

「ダイアローグ」を「ディスカッション」という言葉と比較してみよう。「ディスカッション」は「打楽器」や「脳震盪」と語源が同じだ。これには物事を壊すという意味がある。ディスカッションは分析という考え方を重視する。(中略)つまり、分析し解体しているのである。(中略)ディスカッションはピンポンのようなもので人々は考えをあちこちに打っている状態だ。そしてこのゲームの目的は、勝つか、自分のために点を得ることである。

 カンファレンスのルールとしても、打ち負かし型にしないというのは挙げています。しかしこれに止まらず、日常の会話においてもこれは成り立ちます。
 自分では勝ち負けにしていないつもりでも、深く理解していないと容易にこの罠にはまってしまうのが人の常ではないでしょうか。自戒も含めて。


tougouiryo at 2020年02月18日06:00|この記事のURLComments(0)

ボームのことば(2)

 ダイアローグの意味するところを、その語源からボームが述べています。これを読むと、「対話」という訳語が適しているのか甚だ疑問に感じてきます。ファッシアが筋膜では少し意味合いが違ってくることにも似ているように感じています。ダイアローグは「ダイアローグ」のまま記載したほうが意味するところがずれないのかもしれません。

「ダイアローグ」はギリシャ語の「dialogos」という言葉から生まれた。「logos」とは言葉という意味であり、ここでは「言葉の意味」と考えてもいいだろう。「dia」は「〜を通して」という意味である。「二つ」という意味ではない。対話は二人の間だけでなく、何人の間でも可能なものなのだ。・・・(中略)・・・この語源から人々の間を通って流れている「意味の流れ」という映像やイメージが生まれてくる。これはグループの全体に一種の意味の流れが生じ、そこから何か新たな理解が現れてくる可能性を伝えてくる。この新たな理解は、そもそも出発点に存在しなかったものかもしれない。それは創造的なものである。

我々のジャングルカンファレンスにも大きな流れが形成される。その流れを感じることができなければ、その場に居合わせたとしてもダイアローグに参加していないのかもしれない。

tougouiryo at 2020年02月17日06:00|この記事のURLComments(0)

今週の解剖学勉強会の内容

 業務連絡です。今週の勉強会は前回に引き続き解剖学講義です。第4章背部、第5章胸部、を中心に勉強します。とくに背部の筋肉、肩や腰を重点的に見ておいて下さい。また胸部では、呼吸運動(呼気と吸気)の理解と心臓・肺の構造もよく見ておいて下さい。


解剖学講義
伊藤 隆
南山堂
2012-04-10


 こうした系統解剖学の講義に加えて、統合医療的視点も併せて学習するためには以下の書籍もおすすめです。全員が購入する必要はありませんが、より深く学習したい方は合わせて学習すると効果的です。解剖学を「なぜ」という視点から臨床的に考えることができます。なぜ脊椎はあのように複雑な形態なのか、なぜ腹部には骨がないのか、なぜ誤嚥してしまうのか・・・等々。三木理論を何冊も広げなくても、直径の弟子の布施先生がコンパクトにまとめてさらにわかりやすく解説してくれています。




tougouiryo at 2020年02月16日06:00|この記事のURLComments(0)

ボームのことば(1)

 我々の展開しているジャングルカンファレンスは、統合医療カンファレンスの一形態ではありますが、通常の院内での症例カンファレンスとは大きく異なります。しかし、ただの意見の羅列でもなければ、治療者・患者双方の不満の捌け口でもありません。そこには対話する意味を模索し続けるということに意義を見出せるか否かがかかってきます。
 そのためにも最近はスカイプでの直接接続に統合医療カンファレンス協会としても積極的に取り組んでいます。それでもなかなかその意味するところは伝わりにくく、ただ集まって遊んでいるだけのように見えてしまうというのは非常に残念なことです。
 ボームは以下のように『ダイアローグ』で述べています。

対話グループを立ち上げる場合、普通は対話について話すことから始める。対話について議論し、対話する理由について話し合ったり、対話の意味を考えたりするのだ。私は参加者がそうした話に全面的に、少なくともある程度は打ち込めるようになるまで、グループを作り始めるのは利口ではないと思っている。

ボームのダイアローグも非常に紆余曲折があったことがうかがわれる一文です。ただ集まればよいわけではない。しかしただ気分が良ければそれでいいという人が多くいるのもまた事実。そして対話の意味をすくなくても考えてみたことがある人はもっとすくないのかもしれない。

tougouiryo at 2020年02月15日06:00|この記事のURLComments(0)

ダイアローグ

 カンファレンスの在り方を考えさせられることが度々あり、対話、会話の意味を最近よく考えております。そうした中で、ボーム式とも称される対話(ダイアローグ)の在り方を展開した古典的な対話についての書籍が、『ダイアローグ』です。
 ボームという人の量子力学や相対論における立ち位置なども考えながら読むとさらに考えさせられる内容ですが、そうした前提がなくても、対話することの意味とそれへの無理解など、非常に示唆的な文章がつづられます。




 対話の目的をボームは本書の中で、真実の究明ではないことを述べています。対話の目的は、対話を継続することであり、そこから真実や新解釈を探ることではないのです。我々は、自分では意図して真実究明はしていないと思いながらも、往々にして強くそこにひっかかってしまうことも事実です。
 真相究明に血道をあげる事より、対話、会話を継続していくことの重要性を改めて感じさせてくれる一冊です。
 印象的な文章を、いくつか引用しながら考えていきたいと思います。

tougouiryo at 2020年02月14日06:00|この記事のURLComments(0)

スギ花粉のレメディの研究成果

 質問がいくつかあったので、花粉症のレメディの効果を示した二重盲検法での研究をご紹介しましょう。
 19施設125名の患者さんを対象にした結果、対照群では半数の患者さんがほぼ毎日抗アレルギー薬を服用せざるをえなかったのに対して、レメディ服用群では42.6%の方が1週間で0〜2錠の抗アレルギー薬服用で症状を抑えることができていたというものです。
 さらには、2年3年と継続することで有効性が高まり、4年経過時点で、80%の方が抗アレルギー薬を全く服用しなくなったということも評価できます。

 印象だけではない、しっかりとデザインされた二重盲検での検査ということで、もっと見直されてよい研究なのではないかと思います。




tougouiryo at 2020年02月13日06:00|この記事のURLComments(0)

コレラ流行におけるホメオパシー

 ホメオパシーの、花粉症やさらにはより深刻な感染症への効能は意外に知られていないので、前回の書き込みの内容に疑念を持った方も多いのではないでしょうか。

 特に現在進行形の感染症に関して、当然ながらデータなどはまだ存在していないので確定的なことは言えませんが、医学史的にははきりとしった記録が残されています。1854年のロンドンにおけるコレラ流行の際に、通常医療の病院での生存率が47%だったのに対して、ホメオパシー病院での生存率は84%だったという記録です。当然、反対派からは同じ条件ではなかったのではないか等の批判はあるものの、同時代的にはこの差は相当なインパクトがあったのではないかと想像できます。

 花粉症に対しても朴澤先生の臨床知見として、正統とされる舌下免疫療法とレメディの臨床効果の違いとして、抗アレルギー薬の中止という指標で比較した場合、薬剤中止が可能な患者さんが舌下免疫では30%程度であるのに対して、レメディを用いた治療では80%の患者さんで服薬せずに生活が可能でした。また舌下免疫は、高齢者や小児、妊娠中、授乳中、ステロイド内服中やぜんそく患者さんへの適応が制限されるのもひとつのネックとなります。

 ホメオパシー批判は時折巻き起こるものの、その有効性を示すような事象がでてくることもまた事実です。正統とされる思考では、確かに受け入れ難いのでしょうが、プラグマティックな思考によればまた少し見方が変わるのではないでしょうか。こうした問題を論じるときは、「思考」というもののクセが多いにかかわっているように感じます。

 こうした思考というものを、見直すための機会としてダイアローグ(対話)が提案されている点も見逃せません。思考とダイアローグとの関連はまた別の機会に述べてみたいと思います。

tougouiryo at 2020年02月12日09:35|この記事のURLComments(0)

花粉症レメディとその周辺

 いよいよ花粉症のシーズンとなってきました。当院にも、花粉症の治療の問い合わせが増えてきました。

 花粉症についてはとりわけ今年は朴澤先生のアイゾパシーの本が出版されたので、ここで紹介されているスギ花粉レメディの希望が多いです。朴澤先生は、レメディによる花粉症治療を二重盲検法を用いて有効性を証明された先生で本書↓で、その実験データが公開されています。



 当院ではこのレメディに加え、Bスポット療法(EAT)による上咽頭の炎症治療、漢方による対症療法と体質改善治療、糖質制限による炎症の鎮静化とビタミンD補充による栄養療法なども行っており、各人の体質と併せて用いるとより効果的です。

 またホメオパシーについては、現在社会問題化している新型肺炎コロナウイルスに対して、インド政府がワクチンなど有効な治療法の開発に至るまでの治療法として、レメディのクラシカルな方法で予防法を提示しております。インドはそもそもAYUSH省というアーユルヴェーダやホメオパシー等に特化した省庁を有していることから、他国と比較してかなり特殊な立ち位置ではありますが、政府による興味深い取り組みとして、その効果を見守っていきたいと思います。ちなみにインドの首相はこのAYUSH省の設立をした当人であるということです。また今回、推奨されているレメディはArsenicum album 30Cで、ホメオパシーを使い慣れた人にとってはそれほど珍しいものではありませんが、言われてみると、なるほど、といったレメディでもあります。


tougouiryo at 2020年02月11日19:31|この記事のURLComments(0)

隠岐から帰ってきました

 しばらくバタバタしておりまして、久しぶりの書き込みとなります。

 1月17日から23日までの一週間は、超音波を中心に離島の僻地医療を見学に隠岐にいっておりました。初めての訪問でしたので、まずは到着するまでに結構大変でした。隠岐では、観光する時間も十分に取れたので、島前のみでしたがいろいろと見て回れました。とりわけ摩天崖から通天橋への散策は、外国にいるかのような雄大さで、事前に調査していなかっただけにかえって大きな感動でした。
 また離島の医療についても初めて知ることばかりで大変刺激的な一週間となりました。





 ここでの長期休暇のつけがまわっていろいろと忙しかったのに加え、カンファレンスの在り方を考えさせられる事件が頻発し、心身ともに疲労困憊しておりましたが、同時に多くの学びも得ることができました。とりわけ「ダイアローグ」についての考察がいろいろ進みましたので、ここでも書いていきたいと思います。以下のボームの著作から多くの示唆を得ました。ニューエイジ運動にかぶれていた時にボームの著作は何度か手に取ってはいたのですが、当時は難解でとっつきにくそうなので敬遠しておりましたが、現在は大変共感できます。本にも出合うタイミングというのがあるものですね。




tougouiryo at 2020年02月09日09:19|この記事のURLComments(0)

来週の木曜日までクリニックは休診となります

 今週末から来週の木曜日まで、研修参加のため当院は休診となります。よろしくお願いいたします。

 今週は身心工房リボンは通常の営業をしておりますが、来週は受付もお休みになりますので、お電話などは今週末にお願いいたします。


隠岐絶景
佐々木 俊和
今井印刷
2018-11-01


 現在、統合医療カンファレンス協会の新規事業改革中です。これまでの勉強会の延長から、一度リセットして、本部、支部共に新装開店のような感じです。
 第一にジャングルカンファレンスは従来の形式に加え、これまで散発的に開催していたスカイプでの意見交換を、カンファレンスの主なコンテンツとして据えたいと思います。とりあえず、沖縄と地域差による統合医療の在り方の差異などを相互理解していきたいと思います。
 第二に、多元医療研究会の充実です。従来の発表形式に加え、本年からは講義形式や検定試験なども考えていきたいと思います。
 第三に、共通言語としての基礎医学の充実です。これはこれまでも、当院での内輪の勉強会などで展開しておりましたが、協会としてより大きな形で実現していきたいと思います。統合医療の大きな課題が、数多の療法群との共通の了解です。哲学からのこの了解可能性は、幾度も述べてきましたが、それを現実の物として充実させるには、やはり基礎医の理解が不可欠です。共通了解は共通言語から、です。当協会は、統合医療の共通言語は「基礎医学」にあり、と考えています。


 
tougouiryo at 2020年01月16日18:20|この記事のURLComments(0)

1月の勉強会の連絡

 関係者の方へ、内部連絡です。関係ない方はスルーしてください。

 今月の勉強会は、これまでと少し変則で月末31日金曜日ですので、お間違いなく。内容は、前回までの体表解剖学から、解剖学の全般を、名著『解剖学講義』を使って勉強していきます。

 第1回は、上肢・下肢を中心に勉強します。第1章〜第3章を概観していきますが、とりわけ第2章と第3章をしっかりと読んできてください。徒手系の方は、得意分野でしょうから大丈夫だと思いますが、それ以外の方はだいたいどのあたりに筋肉などの構造物があるかを把握しておいてください。


解剖学講義
伊藤 隆
南山堂
2012-04-10


 解剖学は、生化学の代謝の全貌に匹敵する、「わかっていそうでわかっていない分野」の代表です。これをしっかり理解することで、これまでなんとなく目が滑ってしまっていた分野の知識が、少しはひっかかってくるようになると思います。

tougouiryo at 2020年01月10日06:00|この記事のURLComments(0)

ラリー・ドッシー『時間・空間・医療』

 医療における「対話」の意義が強調されつつある中で、前回はその重要性を考えたわけですが、そこでラリー・ドッシーの著作を思いだして、久々に『時間・空間・医療 プロセスとしての身体』を引っ張り出してみました。ラリー・ドッシーには7年ほど前に、沖縄の講演会に参加した際に、懇親対話会でお話をする機会があり(奥様ともお話しすることができました!)、ご著書にサインして頂きました。
 そこには、現在、医療において最も重要視されている「客観性」ということに関して、鋭い文章が書いてあり、読書時も印象に残ったためチェックしてありました。以下、引用してみます。



 科学は、今まで存在せずほんとうに必要でもなかった原理に対する確信を、ひとつひとつ拒絶しながら発展を遂げてきた。たとえば、エーテル、カロリック、フロギストンなどの概念は、よく健全な科学へと向かう努力の中で、初期の時代に全て断念された。しかしこうした修正はもっぱら科学の内容に関係していた。(中略)その結果、医学は大混乱を招くかもしれない。けれども、客観性という幻想がなくなれば、医学は手かせ足かせから解放されることになる。医学は客観的であるべしという要請は、実質的に健康と病気における強力なファクターを否定してきた。


 ここでは「客観性」というのはそろそろ乗り越えられるべき、「フロギストン」のような概念だとドッシーは述べています。これが居座るがゆえに、意識の介入という医学的に大きな展望を逃してしまっている、と述べているのです。
 意識を排除し、絶対的真理のような概念を探求したこれまでの医療に対して、対話がもたらすものは単なるナラティブの復権というようなものをはるかに超えているように思います。絶対的真理ではなく個別の真理、客観的・普遍的ではなく、各々の「場」から生成される価値のようなものを重要視する考え方なのです。そして、我々がそうしたものの生起する場面の代表として捉えているのが「対話」なのではないでしょうか。
 久々に読み返してみて改めて示唆に富む著作だと感じさせられましたので、メモとして書いておきました。


時間・空間・医療―プロセスとしての身体
ラリー・ドッシー
めるくまーる
1997-11


tougouiryo at 2020年01月09日06:00|この記事のURLComments(0)

診療内容:対話(含オープンダイアローグ)

 このブログでもたびたび紹介しております「オープンダイアローグ」や「ジャングルカフェ」といった取り組みは、近年の「対話」重視の流れを積極的に取り入れたものです。診療ではありませんが、10年以上前から取り組んでいるジャングルカンファレンスも当然、この系譜です。
 ただ「傾聴」していることが対話のようにとらえられることも少なくないのですが(そうした面もないわけではありませんが)「対話」といった時には、少し異なった大きな意味も含まれるように思います。

 多元主義的な統合医療を主張すると、「なんでもいいのね」とか「相対主義だね」といった感想をいただくことがあります。哲学の議論としてもこの辺りは結構ややこしくなるのですが、結論からいうと、対話により現実にアクセスすれば、相対主義には陥らない、ということです。JCなどの対話を、実際に行わず頭だけで考えた場合、どうやって結論に至るのか明確に構造化されていない、といった批判がなされるのですが、これこそ、ガイドラインがあればすべての問題が解決される的な安直な思考といって過言ではありません。現実はもっと流動的で、急性期などを除けば絶対的な視点などは思っているほどあてになるものではありません。

 価値の問題なども、相対主義的な陥穽に陥りそうに思いますが、実際のケースに基づいて考えれば概ね一つの結論に収束することも稀ではありません。このあたりのことは哲学史的にも大きな問題ですが、ソクラテス、プラトンの昔から共通の了解として、認識されていたことといってよいようです。良心に基づいた対話を展開すれば、人はおのずと結論めいた共通了解に至るという実感があります。

 あらゆる方法論のベースに、現在は客観性のデータが最も重要視されておりますが、本当にそれだけなのでしょうか。対話というもののの再認識の中で、統合医療のみならず、医療全体が大きなパラダイム変換を行っているように感じます。

 
 以下の書籍が大変参考になりました。対話を深く考えたい方にはお薦めです。



tougouiryo at 2020年01月08日06:00|この記事のURLComments(0)

診療内容:ホメオパシー(含量子医学)

 昨年、井口和基博士のブログを読んでいたら、MRI発明者ダマディアンに、生体内の水分子の特殊性を教えたギルバート・リン博士の訃報が書かれていました。その記事には、生体における水分子の特殊性がアクアポリンの発見などいろいろと紹介されているのですが、一番印象的だったのが、「ポリウォーター事件」という科学スキャンダルに関してです。
 現在でもホメオパシーをはじめ「水」に関する研究や療法は、徹底的に怪しいとみなされるわけですが、その前提が、ほぼすべての物理学者が試験管内の水分子と、生体内の水分子とが全く同じとみなしていることにある、とのべられています。それゆえにそれが「異なる」という言説がでると徹底的にたたくということなのでしょう。そしてその源流に「ポリウォーター事件」があるというのです。これは重合水という水の特殊状態が、ソ連のデリャーギンにより報告されてから否定されるまでの、一連の科学における熱狂的事件だったというわけですが、これが水の研究の怪しさの源流でした。(このあたりの事情は経絡が北朝鮮研究者により発見されてから否定されるまでの経緯と極めて似ているように感じます)

 まあこれ以来、水の「ありがとう」転写問題に至るまで、否定的な流れが続くわけですが、こうした流れからいわばスピンオフしてMRIが誕生したというのも興味深い視点です。いずれにせよ(どこまで認めるかは見解が異なりますが)生体内の水分子は独自の挙動をとるということは間違いないわけで、通常細胞内とがん細胞内ではその水分子の挙動が異なるということです。
 こうした事実に、ラリー・ドッシーのいう量子論的な「非局在医療」の考えを導入すれば、ホメオパシーという医療の一応のメカニズムの説明になるかと思うのですが、この辺りは異論の多いところでしょう。しかしながら、スギ花粉レメディの二重盲検など世界的な発表を見てみると、実臨床における効果の証明はできているといえます。 
 であれば、一つの仮定として、生体における水分子の状態への働きかけの方法としてホメオパシーを捉えることが出来るのではないでしょうか。量子論的な視点からスピリチュアリティを論じている滋賀県立大学の奥教授によれば、意識の持ち方によっても生体は量子のレベルで変化するということですから、その媒介としてもレメディの有効性をかたることはできるでしょう。これはおそらく、バイオフィードバックやマインドフルネスといった方法にもあてはまることだと思います。

 治癒という過程での生体内の水は間違いなく重要です。医療というものを生化学や細胞生物学的に語った場合でも、ファッシアに基づいて語った場合でも、そこには水が存在しています。そうした大いなるバックグランドを意識するということも、統合医療の提供する重要な視点だと考えます。

tougouiryo at 2020年01月07日06:00|この記事のURLComments(0)

診療内容:漢方(含健康食品)

 漢方に関しては、自分にとって一番最初に学んだCAMといえるもので、学生時代からの学習や、漢方外来を群馬県の山あいで開設してから数えると四半世紀以上の長いお付き合いです。現在でも、腹診を中心にした和漢の手法で処方するときは、広島で古方を展開されていた小川新先生の処方を、アトピー性皮膚炎や腎機能障害、リウマチなどアレルギー・自己免疫の難治性疾患を扱うときには京都・高雄病院の江部洋一郎先生の処方を参考に診療を行っています。加えて近年は、サイエンス漢方的な視点も大切にして処方をしています。

 こうした従来の漢方処方に加え、伝統的な考え方を援用して応用しているのが、「慢性炎症」の治療です。血液データ上、何らかの慢性炎症が疑われるものの、そのフォーカスが定まらないということは少なくありません。これまでいくつもの病院を経由してから当院へ来られる方も少なくないことが、こうした事情につながるのだと思います。自己免疫や自己炎症的な状態など、西洋医学的にはそれ以上のアプローチが出来ない状態の方に「漢方」がとても有効なことがすくなくありません。これは栄養やオーソモレキュラー的な方法よりも、身体内部の「方向性」や「寒熱」の視点も絡むため、漢方的方法が最も奏功するように思います。
(この方向性と寒熱の処理という問題はオーソモレキュラー医学の弱点であるとも考えています)

 またアトピー性皮膚炎の治療などは「寒熱」の微妙な調整が必要になるので、鍼灸・刺絡など徒手的な療法と組み合わせて、東洋医学的視点は外せません。また赤ミミズの健康食品など、従来の漢方の枠を拡大してくれるようなものも増えてきているので、統合医療のもとで、漢方は更なる発展を遂げるのではないかと考えています。
tougouiryo at 2020年01月06日06:00|この記事のURLComments(0)

診療内容:ファッシア(含鍼灸・刺絡)

 これまで「鍼灸」として、当院の診療の中心としてご紹介してきましたが、近年の概念の変遷などを考え、ファッシアへのアプローチとしてまとめるのが良いと考え「ファッシア」としました。(今回もメモ的な内容ですので、ご興味ある方は直接お聞きください)

 鍼灸は当然、その理論的な基盤を「経絡」の概念においているので、異論はあると思いますが、筋膜リリース、トリガーポイント、アナトミートレインやMテストなどさまざまな取り組みの成果を評価すると、その本質は「ファッシア」ととらえて問題ないように思います。これは当院のメインの診療技法である「刺絡」を10年以上続けてきた実感でもありますし、現在取り入れつつある「ハイドロリリース」においてはなおのことです。

 全身をくまなく網羅するファッシアは、まさに痛みを感知する場そのものだろうし、そこでの発痛物質が全身の整体的なバランスや自律神経・免疫系を介して内臓諸器官に影響を及ぼすことも間違いないことだろうと思います。これは日本独自の診療技法といえる腹診・按腹が、全身状態を反映して診察法となり、かつ按腹として治療法でもあるということからも肯定できるのではないでしょうか。

 当院では、従来通りの「鍼灸」と「刺絡」に加え、按腹を基本に据えた「打診術」やファッシアそのものをターゲットにするエコー下での「ハイドロリリース」により、ファッシアを統合医療の重要なキーワードとして捉えた診療を行っていく予定です。この概念は、これまでも行っていた「SPAT」など整体的な方法の統一的な解釈にも応用できるので、これからもこのブログ内で、いろいろとご紹介していくだろうと思います。




 ちなみに、刺絡とハイドロリリースとの関連は、診療においても極めて好対照で、ファッシアにおける発痛物質を想定した場合、陰圧によりその物質の除去を行う「刺絡」に対して、陽圧をかけて組織内に液体を注入し物質の希釈により疼痛除去をはかる「ハイドロリリース」という関係になります。実際の臨床における感覚も、この仮説に矛盾しないように感じています。こうしたことから発痛部位などと併せて、その適応を分類して実際の診療を行っております


tougouiryo at 2020年01月05日06:00|この記事のURLComments(0)

診療内容:栄養(含分子矯正医学)

 当院の主な診療内容をあらためてご紹介します。これまでと大きな変化はないのですが、解釈というか考え方が少し異なってきているので、メモ的にまとめたいと思います。

 まずは「栄養」です。一般的なカロリーに基づく栄養指導というよりは、オーソモレキュラー(分子矯正)医学的な視点から、米国での流れなども鑑みて、「症状改善」をめざす栄養指導を行います。具体的には、血液検査から現在の栄養状態を評価し、不足した栄養素を徹底的に補充します。このさい、メガビタミン的な処方も併せて行います。これと現状の食事改善が合わさって、症状の改善が行われると考えています。また血液検査の詳細な説明により、これまでの栄養状態を客観的に評価し、これからの指針を考えることが出来ます。

 この栄養の観点は極めて重要で、当院の診療の基盤となるものといえます。つまり手技的な方法を行うにしても、それらだけで直そうということではなく、あくまでも栄養素の補充を中心にしていくということをご理解いただきたいと考えています。

 具体的には、各種ビタミンC大量やナイアシン大量に加え、不足しがちなヘム鉄、亜鉛、ビタミンDなどをマルチビタミンをベースに取り入れます。また各種プロバイオティクスやバイオジェニックスなどにより腸内環境を整えつつ、漢方などと併せて深部カンジダ対策なども行っています。

tougouiryo at 2020年01月04日06:00|この記事のURLComments(0)

2020の診療私針

 いよいよ2020となりました。せっかくの正月休みなので、今後の行く末を見定めるためにも、一度、これまでの当院の治療体制を振り返ってみたいと思います。

 統合医療というと多くの場合、何か特定のセラピーを提供している場合がほとんどだと思います。また、そもそも「統合医療」という名称を用いることも少なくなってきているようです。統合医療、代替医療などといわず、各々の名称を用いて専門家を名乗るという形式が多くなっています。
 そうした中で、どの専門という視点ではこのブログは書いてきていませんでしたが、それゆえに、一体何が専門なのか、分かりにくいといった面もあったかもしれません。

 「ジャングルカンファレンス」を主宰していることから、多元主義を標榜しているので、多彩なセラピストと情報交換をする機会が多く、多分野の知識を得られます。これが当院での多元主義的な統合医療臨床の根底をなしているといえます。
 とはいうものの、ただ雑然と(折衷的に)複数の療法を展開しているわけではありません。そこには自分なりのストーリーがあるのですが、あらためてまとめてなかったので少し整理をしてみたいと思います。
 鍼灸・刺絡・筋膜リリース等のファッシアへのアプローチ、身体を構成する栄養素補充の栄養学的(オーソモレキュラー的)アプローチ、寒熱など気の流れの調整や慢性炎症への対処を中心とした漢方的アプローチ、水分子の状態と考えられる、治癒をもたらす場を形成するホメオパシー的アプローチ、等々。随時、ご紹介していきたいと思います。




tougouiryo at 2020年01月02日08:24|この記事のURLComments(0)

新年あけましておめでとうございます

 新年あけましておめでとうございます!

 いよいよオリンピックの年、2020となりました。昨年の身心工房リボンの誕生から、当院も多元主義による多職種連携の具体的実現に乗り出しました。これを受けて、今年は更なる統合医療臨床の発展をしていきたいと思います。
 本年は、オープンダイアローグとジャングルカフェの充実、ハイドロリリースをはじめとしたファッシア理論の実践と展開、ポケットエコーの統合医療臨床への応用などを実現していきたいと思います。またジャングルカンファレンスも沖縄、新潟、群馬、名古屋などとのスカイプ会議を実現していきたいと思います。

 新年の診療は4日正午から、電話受付を開始いたします。統合医療による診療を希望される方のご連絡をお待ちしております。

 本年もよろしくお願い申し上げます。




tougouiryo at 2020年01月01日00:00|この記事のURLComments(0)

本年も皆さまには大変お世話になりました

 本年も、もうわずかになってまいりました。年の瀬のぎりぎりに、一報の訃報がメールに入ってきました。内輪の連絡の段階なので、お名前などの公表は差し控えさせていただきますが、私がこの統合医療の世界に入るきっかけともなった先生ですので、ここにも記録させて頂きたいと思います。

 まさに統合医療の巨星といって過言ではない先生の訃報に接し、更なる統合医療への精進を誓う年の瀬となりました。

 統合医療は、様々な補完代替医療がひしめく折衷料理のような段階から、どのようにその統合体としてのアウトラインを示せるかという段階に達していると思います。学問の諸領域や、世界の諸地域において、次々と進展を見せる中、「統合医療2.0」の達成に向けて、ダイアローグなど連携の哲学を中心に精進していきたいと思います。

 本年も皆さまには大変お世話になりました。来年もよろしくお願い申し上げます。

tougouiryo at 2019年12月31日18:19|この記事のURLComments(0)

昨日は忘年会でした

 昨日は新橋にて、当院の忘年会でした。関連の方々のご参加(遠くは鹿児島から参加して頂きました!)により盛況のうちに一年を締めくくることができました。

 今年は従来の体制を改革し、身心工房リボンとして治療家の先生方と、コラボという形で連合をくむという取り組みを開始しました。また基礎医学の学習会も充実し、オープンダイアローグの取り組みも開始することもできました。ジャングルカンファレンスも、沖縄支部が開設され、スカイプを通じてリアルにカンファレンスができるようになりました。この方式は、今後、新潟、群馬と拡充する予定で、関西支部、中京支部なども開設されれば、逐次拡大予定となっております。来年からの展開が楽しみです。

 明日30日は、本年最後の診療日となります。若干の余裕がありますので、予約可能です。診療をご希望の方はお早めにお電話ください。また新年のご予約や変更等のご連絡は、明日までによろしくお願いします。正月休みとしては、31日、1日、2日、3日となります。4日は正午からの開始となります。




tougouiryo at 2019年12月29日19:25|この記事のURLComments(0)

「花粉症は治る病気です」出版されました!



 ホメオパシー医学会でかつて、花粉症のレメディの効果を、多施設の二重盲検法にて検討しその有効性を証明した朴澤先生の電子書籍が出版されました。この二重盲検研究の時も当院は、研究施設として協力させて頂きました。
 こうしたことから当院も、本書で連携施設として掲載されております(電子書籍のためまだ確認していないのですが…スミマセン)

 朴澤先生と同じレメディを用いて例年、花粉症のレメディとして当院でもその効果を実感しております。本年も早々に、花粉症のレメディ希望者が出ておりますので、すでに大量にスコットランドより輸入しました。スギ・ヒノキともにレメディの準備万端です!

 このレメディは年年その効果が蓄積されていくようで、3〜4年経過した患者さんは明らかに前年よりも症状の経過が顕著にみられます。この傾向は、初めの年では、はっきりしない方も多いのですが、2年3年と経過するうちに、明らかに、使用していない人との差が出てきます。

 大きな副作用もなく、非常に有効な方法ですので、ホメオパシーに対して「アレルギー」がある方にも是非おすすめしたい治療法です。

tougouiryo at 2019年12月17日06:00|この記事のURLComments(0)

疲れの取り方、発売中!



 私が監修し、朝野ペコさんによるイラストの「365日やさしい疲れの取り方」が出版されました! 学会開催日には間に合いませんでしたが、現在、アマゾンにて購入可能ですので、是非、どうぞ。関係者の方は、クリニックにても販売しております!「いいこと大全」に次ぐ、「かわいいシリーズ」です。おっさんなのですが、どうしてか、こういうかわいい系のお仕事の依頼が増えている傾向にあります(笑)

tougouiryo at 2019年12月16日06:00|この記事のURLComments(0)

鹿児島での統合医療大会が終了しました!

 無事に本年度の統合医療学会(鹿児島大会)が終了しました。本年は、多職種連携をテーマとしたシンポジウムと、ジャングルカンファレンスからはたくさんのポスター発表を提示しました。

 当学会の理事に就任して初めての大会でしたので、開催前の理事会や親睦会から始まり、例年より長い開催期間のような実感がありました。個人的には関隆志先生や山口孝二郎先生と親しくお話しさせて頂き、ご当地のお寿司の名店までご一緒させて頂き充実した大会になりました。

 また大会前後から現地入りしていたので、城めぐりも「鹿児島城」は言うに及ばず、「志布志城」「知覧城」といった南九州の独特の縄張りを持つ城郭をめぐることが出来たので、これもまた大きな収穫でした。また終了後、ジャングルカンファレンスのメンバーと共に、特攻隊出撃の地として知られる「知覧」に赴き、数々の特攻の兵隊さんを見送った「冨屋旅館」に宿泊し、当時の食堂や座敷、建物の中で、統合医療についてもいろいろと語ることができました。

 いろいろと盛りだくさんでしたので、しばらく本調子に戻らず、また残務が山積していたので、こちらの更新も久しぶりとなりましたが、また、復活しますのでよろしくお願いいたします。




tougouiryo at 2019年12月15日19:35|この記事のURLComments(0)

本年のポスター発表題名

 今週末の鹿児島での統合医療学会のご紹介です。ジャングルカンファレンスの仲間たちのポスター発表内容を少しご紹介します。以下、演題名をご紹介します!

モルフォセラピーによる変形性股関節症が改善した2症例(西岡裕先生)

骨盤底筋を中心とするインナーユニットを強化することによる女性の機能改善度、満足度についての検討(三村博子先生)

鍼灸パルスと徒手療法による筋緊張緩和が背部の掻痒感を緩和した一症例(阿部英雄先生)

リフレクソロジーにより足部形態は変化する(佐藤公典先生)

アトピー患者における「信じる力」(アンケート調査から見えてきたアトピー患者の心情)(川浪さくら先生)

心的外傷による問題が脳機能トレーニング並びに心理カウンセリングによって改善した一症例(渡辺光理先生)

「気」に関するアンケート調査からみえるメンタル疾患の傾向について(天野智樹先生)
総合健康フェスタに参加した専門家の「統合医療」に関する意識調査(天野智樹先生)
 

tougouiryo at 2019年12月06日05:00|この記事のURLComments(0)