いわゆるブログ!

小池統合医療クリニックは四谷三丁目に移転しました!

 小池統合医療クリニックは、四谷三丁目にて診療再開しております。(新宿区四谷3丁目1−4 斉藤ビルディング 2階B号室)。従来の2丁目新一ビルではありませんのでお間違え無く!

 四谷三丁目駅から徒歩三分、ペルシャ絨毯のお店の入ったビルの2階になります。(ペルシャ絨毯のお店の横の自動ドアを入り奥のエレベータにてお上がり下さい)

 お問い合わせ(ご予約等)の電話番号は、これまでのものと同様(03−3357-0105)ですのでお気軽にどうぞ。なお、身心工房リボンは、少し遅れて7月からのスタートになります。(なお、リボンは同ビルの三階A号室です)

tougouiryo at 2022年06月28日00:09|この記事のURLComments(0)

津田真人先生と林真一郎先生の「健康ブームの深層を追求する」

 昨日は、ホリスティック医学協会主催の講演会に参加してきました。いつもお世話になっている林真一郎先生と、ポリヴェーガル理論解説書で話題の津田真人先生による、社会医学シリーズの講座「健康ブームの深層を追求する・その背景と対策」でした!

 この中で、特に印象的だったのは「健康ブーム」は「社会の変動期の危機の表現である」ということ。いわゆる健康ブームは社会の高自殺率期とオーバーラップし、さらにはより大きな変革(破壊)の前触れでもあるという視点です。
 これは、今後も考え続けたい大きなテーマとなりましたが、さらに示唆に富んでいたのが、こうした変動期の一種のコーピング(?)として、自己を否定する「自殺」と自己を強化する「健康ブーム」があるというわけです。
 しかしそうした両極のみならず、他にも方法はあるわけですが、それが、弱さを受容して他者と共有する、相互補完的な「社会的関わり」となります。そしてこのかかわりは、相互の相違を認め合う必要があるので(一律を強制するものではないので)、いわゆる「折衷」ではなくて、「多元的」であるでしょう(この辺りは多分に私個人の見解です)。多元的なつながりが大きな解決ヒントであるというのはとても印象的でした。いまさらながらに「ジャングルカンファレンス」のセラピスト間での癒しの効果を感じることができました。

 ポリヴェーガル理論の話題は出ませんでしたが、講義後に津田先生と三木成夫と安保徹のポリヴェーガル理論との関連性について少しお話をさせて頂いたのはとてもうれしく大きく参考になりました。ダイアローグが、これからの医療の大きな潮流になることを確信した、素晴らしい講演会でした。


ポリヴェーガル理論への誘い
津田 真人
星和書店
2022-03-29



 

tougouiryo at 2022年06月26日08:28|この記事のURLComments(0)

小池統合医療クリニック 本日、診療再開します!

 本日、小池統合医療クリニックは、四谷三丁目にて診療再開いたします。(新宿区四谷3丁目1−4 斉藤ビルディング 2階B号室)四谷三丁目駅から徒歩三分、ペルシャ絨毯のお店の入ったビルの2階になります。
 お問い合わせ(ご予約等)の電話番号は、これまでのものと同様(03−3357-0105)ですのでお気軽にどうぞ。
 本日は18時まで診療しております。

tougouiryo at 2022年06月23日07:00|この記事のURLComments(0)

明日からクリニック再開です! 診療例をご紹介します(再録)

 明日、いよいよクリニックが四谷三丁目にて再開となります。
 予定を約一か月遅れての再開で皆様には大変ご迷惑をおかけしましたが、何とか再開にこぎつけることができました。

 再開に伴い、診療内容などについてのお問い合わせも増えてきているようですので、当院における診療の例、とくに多いがん(悪性腫瘍)の方の診療の例を、これまでのブログから再録しておきますので、ご参考にしてください。なお、本例は複数例の複合エピソードなので特定の個人を記載したものではないことを予めご了承ください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 60代女性、乳がんの術後で化学療法中のAさんです。発症前からあまり「肉類」は食べなかったとのことで、ごはん・野菜を中心とした食事だったようです。術後も、肉は体に悪いのではないかと思い、避けていたということでした。(人によって食習慣は本当に様々ですが、免疫力アップを考える場合、タンパク摂取はやはり極めて重要な食養となります)

 化学療法による体調の不良と、現状に対しての不安や医療への不信など、精神的ストレスを強く抱えている状態で当院を受診されました。
 それでも一時期は相当のストレスだったようで、心理カウンセリングにてかなり改善の方向には進んでいるようでしたが、とにかく心身ともにエネルギーが不足しているといった印象でした。


 こうした方には当院では、まず簡単な「食事記録」をとって頂きます。どのようなものを毎日食べているかを、詳細にチェックします。
 これによりAさんは、肉類をはじめとしたタンパク質の摂取が極めて少ないことが分かりました。であれば、当然、糖質過多もあるわけです。

 一般に肉類を以前からあまり食べ慣れていない方にとっては、タンパク質をとれ、といってもなかなか急には摂取できないのが現状です。
 しかし、そうした方でも、卵や魚などは、比較的摂取しやすいようです。なかでもアミノ酸スコアを考慮すると、卵はかなり有効です。1日に2〜3個いけるとかなり体調改善が実感されてきます(オムレツなどが食べやすいようです)。

 それでも十分なタンパク摂取は難しい、という方も少なくありません。こうした場合、液体でのプロテイン摂取も一つの手段です。いわゆる「プロテイン」です。最近は、かなり味のバリエーションも多く、各社特徴が様々あるのですが、基本的には、いくつか試してみて、飲めそうなものを選択してもらうというのが良いようです。(もっと栄養状態が悪いようであれば当然「アミノ酸」です。これなら吸収にあたって負担がありません。医療用のアミノ酸ゼリーなどもおすすめです)

 無理に食べていたご飯(糖質)の量を少し減らしてでも、タンパク質摂取を心掛けると、体調はめきめき改善することは少なくありません。プロテインで慣れてきたら、卵などの食品でのタンパク摂取にも抵抗がなくなるようです。逆に、こちらにエネルギーがない時はたんぱくを摂取しようという気になりません。つまり、摂取する側の生命エネルギーの強度にしたがって、摂取タンパク量は規定されてしまうわけです。こうした関係を、私はエネルギーバランスの法則と呼んでおります。(法則といっても当然経験則なのですが…)

 また、これと同時に、ビタミン・ミネラルの摂取も必要です。当院では十分なサプリメントの摂取も併せておすすめします。
 これまでの食事内容から、エネルギー代謝に不可欠なビタミンB群の不足が多く認められ、これが十分でないとせっかく摂取したタンパクも有効利用できないわけです(特にビタミンB6)。


 こうした栄養の補給により、これまでの化学療法などの治療の続行を躊躇っていた方でも、前向きに治療続行が可能になってきます。
 A さんも、こうした食事内容の改善によって力がついてきたということで、現代医療との併用に、日々前向きに取り組まれるようになりました。
 こうしてAさんは、タンパク質の意図的な増量による、栄養状態の改善により、抑うつ気分が解消され、現状の治療に対しても前向きに取り組んでおります。

 そうこうしているうちに、表現しがたい全身の不快感や、落ち込みの解消により、今度は、具体的な体の他の不調が現れます。
 頸や肩の痛み・コリ、背中の痛み、腰痛など、局所的な症状です。身体としては、言葉で表現することができない状態から、はっきりと表現できる状況へと変化していったとみることができるでしょう。(表現できるようになるだけでも大きな進歩です。一般に医療難民の方は多くが表現困難な状態で、医師患者双方にとっての解決困難さの大本といってもよいでしょう)


 こうした症状の時には、当院ではまず鍼灸をお勧めします。特に、当院の特徴としては「刺絡」を用いるというところです。(これには自律神経と免疫の調整の意味合いもあります)
 刺絡は、出血を伴う手技ですので、行われているところも少ない技法で、強い治療と思われて敬遠されている面もありますが、実際はそうではありません。施術に伴う出血量も、いわゆる通常の採血量よりも少ないですし、治療の強さを加減することで、幅広い不調に対応することもできます。
 また、この治療の適応でない状態であれば、通常の細い針による鍼灸や、皮膚を刺すことのない「てい鍼」なども併用します。腹部の調整としては、このてい鍼を用いた腹部打鍼を通常、行っています。(さらにはファシア組織の重積やひきつれが原因と考えられる場合はエコー下ハイドロリリースなども行います)


 Aさんに対しても、栄養状態の十分な改善を確認してから、痛みやコリの場所に加え、「カッサ」を用いて瘀血のある場所(痧点)をあぶりだして(こすりだして)それらに少量の刺絡を施術します。
 これによりコリや痛みの改善のみならず、脊椎近傍の静脈(バトソン静脈叢)の血流改善をはかることで、腹部内臓に出入りする交感神経の異常な刺激を調節することができると考えています。
 またそうした神経の走行を伴っての、ファッシア(膜)の異常な緊張も緩和できるので、内臓に良い影響を与えられるという治療です。ちなみに刺絡によってとれる瘀血は、私はこのファシア由来と考えております。

 こうした治療により、Aさんの首や背部の痛みは改善され、自覚症状が改善されるだけではなく、内臓の状態、ひいては全身の免疫状態をも、改善に導くことも可能になると考えます。
 また刺絡は主に背部を中心に治療をしていますが、腹部へのアプローチとしては、てい鍼を用いて調整を行い、身体の前面と後面の両面から、内臓を含めた全身へと栄養を及ぼす治療を行っています。(また瘀血が発生しやすい頸部へのアプローチとしては上咽頭治療EATも並行して行うことがあります)

 Aさんは現在も、栄養状態の改善に引き続き、こうした刺絡療法を中心とした鍼灸治療を継続しておられ、化学療法の併用と再発防止に努めていらっしゃいます。

(なお本例は、年齢性別など複数のエピソードを融合させた典型例ですので、特定の個人のエピソードを示すものではないことをお断りさせていただきます)
tougouiryo at 2022年06月22日19:40|この記事のURLComments(0)

6月23日㈭ 四谷三丁目にて診療再開します!!

クリニック再開の正式な日程が決まりました!

 認可やら工事やらの諸問題で、少し遅れましたが6月23日木曜日からの再開となります。

 診療を継続されていた方には、長らくお待たせいたしまして、申し訳ございませんでした。東京メトロ、四谷三丁目駅からは非常に近くなりますので、これまでよりアクセスは良くなると思いますので、よろしくお願いいたします。
 また内装も全く新しい木調のナチュラルなデザインです。いろいろと「癒しの場」造りの工夫を凝らしましたので、お待たせしただけのものになったのではないかと自負しております。
 身心工房リボン(こちらはもう少しオープンが遅くなりますが、同じビル3階です)ともども、今後ともよろしくお願い申し上げます。

tougouiryo at 2022年06月21日06:00|この記事のURLComments(0)

統合医療を抽象度を上げて考える 四谷三丁目院開院を前に

 統合医療の意義について、ファシアとカンファレンスの観点から再考してみよう。
 一般的には、統合医療は、「代替医療」の言い換え的な用法が跋扈しているため、医療者においてさえも、なお統合医療はインチキとかいった物言いが広がっている。

 だがしかし、統合医療が現代医療をも内包していることから、原則としてはインチキとかインチキでないとかいう対象ではないことは言うまでもなかろう。

 では、統合医療という概念を用いる必要性は何なのだろうか。よく言われる「多様性」への対応であるというのは極めて単純な解釈ではある。
 確かに医療における多様性の実現であるが、実際に臨床を行っている立場からすると、それだけではない「何か」が含まれる気がしてならない。


 ここに哲学者、ケン・ウィルバーの「四象限」という考えがある。あらゆる視点を統合的(インテグラル)に捉えるために用いられる「道具」といってもいいかもしれない。
 これは学問の諸領域を総括整理するため、もしくは概観する目的にも利用可能である。「I(主観・単数)」、「WE(主観・複数)」、「IT(客観・単数)」、「ITS(客観・複数)」の4つの視点に分別することで、インテグラルな視点を確保する方法である。これに統合医療の意義を重ね合わせてみたいと思う。

 まずは、WE(主観・複数)の視点。
 これは統合医療に関わる複数のメンバーによる内的な世界観とも言えるもので、我々が「ジャングルカンファレンス」として実践しているものに他ならない。その他にも、ある種の統合医療という同一の概念を共有するグループの理念も含まれるだろう。

 多職種連携を基盤とする昨今の医療思想において、統合医療の提案しうる新たな連携の在り方がここにあると思う。
 私はこれは精神科医療における「オープンダイアローグ」に匹敵する概念であると考えている。


 次に、IT(客観・単数)の視点。
 単純な図式でいうと、現代西洋医学と、伝統を踏襲する東洋医学などの代替医療との理論的統合の先に見えてくる新たな「知見」である。

 具体的なテーマでいうと、総合診療領域や、「整形内科」という新領域を開拓するグループにおいて、特に注目される「ファシア」の研究である。これなどはまさに東洋と西洋という視点の交差により、明確になってきた研究領域といっても良いだろう。
 そしてこれは従来、神秘的とされた東洋医学の「気」や「経絡」といった諸理論を西洋医学的に解明する端緒、ないしは「本丸」といってもよい概念である。この理論的研究のためには、統合医療という複眼的な領域は不可欠であると考えている。

 これら二つが当面の、提示しやすい医療の新展開における「統合医療の意義」といえよう。そしてそこから必然的に発展していく「社会的な仕組み」などが、ITS(客観・複数)として表現されるものになるだろう。
 異種のものを統合することで、新たな視界が開け、そこから新たな仕組みや制度が生れてくる、という社会医学的な視点は、これまでも統合医療学会において語られ続けたことではある。統合医療の社会モデルと称されるものである。


 そして最後の4つ目が、I(主観・単数)の視点、つまり個人からの視点である。
 自らの視点が展開される環境としての「構造」と、自らが見えている「現象」、時に「ナラティブ」と表現してもよい領域である。

 異質なものを統合するという行為から、導き出される自らの「姿勢」がどのような視点を展開するのか。私としては実践を足場とする統合医療の立場は、まさに「プラグマティズム」に基づく姿勢がその基本になるように思う。
 哲学界隈では「プラグマティズム」というと、昨今、見直されつつあるものの、一般的風潮では、古臭い思想として一蹴されることも少なくない。しかし、現実への取り組み、瞬間への爪痕から、ナマの感覚を会得するその姿勢は、プラグマティズムという言葉でしか表現しようがないものであると実感している。
 個に基づいた「唯一無二の対象への応答」を模索するためにこそ、前述したWE・ITの視点が必要になってくるものと思う。


 統合医療の実践の意義、それは唯一無二の自らの対応を、カンファレンスによる多職種連携の在り方や、ファシアなど学際領域の研究により高めていくことにあるのだとあらためて痛感する。
 抽象度を上げた話題というのは一般に「うけ」がわるい。具体的でない、ということが、そのまま分かりにくさとされてしまうからであろう。しかし、これからの生き方をも見据えた医療の捉え方としては、個別のエビデンスの蓄積では本来の問題が見えてこないようにも思う。それゆえに抽象度を上げて考えることは、統合医療に限らず、今後の医療にとって不可欠の思考法であると思う。

tougouiryo at 2022年06月19日22:56|この記事のURLComments(0)

4つのカテゴリーと、城郭史との関係について

「お城へ To Go」番外編の再録です。
 このコーナーは、統合医療ブログとは一線を画して連載していますが、じつは医療とは全く無関係とは考えていません。ウィルバーの4象限の「ITS」(客観・複数)の実例でもあるのは、これまで書きましたが、多元主義理解のための実例でもあるのです。それを今回は示してみましょう

 教条、折衷、多元、統合という、複数のカテゴリーの括り方の差異について考えてきましたが、本来「統合医療」という概念は極めてあいまいであり、それゆえに現在でもその概念の混乱がある、というのがこれまでの(これからも)私の主張です。この説明の具体例として、結構、城の分類が役に立つ、ということを見ていきましょう。

 いわゆるお城を時代的に大きく分類すると、古代山城、中世山城、近世城郭に大別できます。
 少なくても100名城などの城巡りでは、これらのどこに分類されるのかを意識しながらめぐることで、見どころポイントを外さずに済みます。(類型化には多くの問題もありますがやはり分かり易いというのが最大のメリットではあります)

 古代山城に関しては、大和朝廷の対外政策の関連(大野城・鬼の城・金田城)なので、少し例外的で、東アジアにおける世界情勢に大きく影響されます。それゆえに大規模ではありますが、築城の意図などは明確で、統合医療のモデルにしては極めて単純なものになります。(「正しい統合医療」といった言説に近いでしょうか)
 それに対して、中世山城となると、まさに「折衷」から「多元」への移行、そしてその発展としての近世城郭は「多元」から「統合」への移行、を象徴していると考えられます。

 応仁の乱以降の混乱期から、戦国時代へと突入、「くに」が次第に吸収合併が進んでいくさまは、まさに折衷状態が、力の強さによって統合へと向かう様子そのものとも見れます。この過程がまさに中世山城的です。

 それから織田信長による安土城築城から、統合への意図がちらほらと透けて見えるようになります。
 それでも、各地の大名が群雄割拠した政局が続くため「多元的」状況が続き、或る意味そのまま近世江戸期に入ります。そしてこの幕藩体制そのものが、「多元的」政体とも言えます。幕府自体は中央集権化しておらず、天領など直轄地からの税収で運営されいると考えられるので、多元の要素を多くもつわけです。つまり、近世城郭は「多元」の象徴とみなすことが出来そうです。

 そして明治政府の樹立により近代国家が形成され、廃藩置県が断行されることで、「統合」(そしてある種の「教条」)が完成されたと見ることもできるわけです。中央集権という言葉にそれが象徴されているわけです。

 これまで、多元と折衷の違いなどでは歴史的視点で解説してきたのですが、城との関連で今回は解説してみました。
 いずれにせよ、こうしたモノサシ📏の導入により城も統合医療も、混乱を少しはのぞけるのではないか、という試みです。
 少し「恣意的」な感じもしますが、結構良いモデルなのではないかと自負しています。

 ちなみに統合医療の臨床連携のモデルとしては「離島」をモデルとして昨年の統合医療学会で発表しました。抽象的な概念や仕組みついては、やはりモデルによる「比喩」が分かり易いように感じています。



日本100名城と続日本100名城に行こう 公式スタンプ帳つき (歴史群像シリーズ)
公益財団法人日本城郭協会
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tougouiryo at 2022年06月15日19:25|この記事のURLComments(0)

6月23日㈭ 新クリニックにて診療再開です。

 クリニック再開の正式な日程が決まりました!

 認可やら工事やらの諸問題で、少し遅れましたが6月23日木曜日からの再開です。これまで予約をいただいていた方には順次お電話にて予約開始しておりますが、新患の方は基本的には30日以降の予約とさせていただいております。

 診療を継続されていた方には、長らくお待たせいたしまして、申し訳ございませんでした。東京メトロ、四谷三丁目駅からは非常に近くなりますので、これまでよりアクセスは良くなると思いますので、よろしくお願いいたします。
 また内装も全く新しいナチュラルなデザインとなる予定です。リボン(24日オープン予定)ともども、今後ともよろしくお願い申し上げます。

tougouiryo at 2022年06月11日13:48|この記事のURLComments(0)

当院の6つの診療の柱 四ツ谷三丁目移転開院を前にして

 新しくブログにいらした方も多いかと思いますので、当院の診療内容について、久しぶりに振り返ってみましょう。
 何か特殊な代替医療もしくは、院長(私)の突飛な考えに基づいているのではなく、「統合医療」という本来の概念に基づいての診療スタイルです。つまりガイドライン重視の通常の内科クリニックスタイルでもなく、奇異を衒った特殊療法のみを提供するスタイルでもありません。
 では、具体的にはどういう視点を重視して診療しているのか。普段は自分でもなかなか客観視する機会は少ないのですが、現在、移転準備期間でもあり、新しいところでの心機一転リスタート前のこの時期に見直してみたいと思います。
 これまでの15年の診療を振り返ると、大きく分けて6つの視点からの診療と言えるのではないでしょうか。各々について説明していきましょう。

(1)栄養・サプリメント 〜栄養系〜

 糖質制限やたんぱく摂取などの栄養指導。健康増進のためのサプリメントの活用。分子整合医学(オーソモレキュラー医学の応用)による副腎疲労などの不調の解除、など。普段何を食べているか、といった食事記録表を基にして「食」からの健康をアドバイスしていきます。興味のある方に関してはファスティング(断食)もご紹介しております。
 自分の健康にとって、何を摂って、何を摂らないかというのは、最も基本的な問題であると考えます。
 また、現在の体調、栄養状態を客観的に評価するために各種血液検査も実施しております。大学病院時代の専門が臨床検査医学でしたので、こうした検査データの説明の経験は豊富です。

(2)鍼灸・刺絡・ファッシア 〜身体・ファッシア系〜

 通常の鍼灸に加え、体に停滞した瘀血を針とカッピングなどで取り除く刺絡療法。さらには頑固な深い痛みに対して超音波(エコー)により確認しながらファッシア(筋膜)のリリース、灸頭鍼や電子焼鍼など、様々な方法で痛みを取り除きます。
 この他にも、やや古めかしいですが良導絡による測定や、それを用いた微細な刺激(ハペパッチ等)による疼痛軽減法、パルス波や直流電流による経穴刺激なども併用しています。
 各人にとってどのような刺激が効果的か、方法論の選択も「鍼灸」における重要な要素であると考えます。
 独自のファッシア、生体マトリックス理論により、整形外科的な疾患のみならず、内臓疾患への重要なアプローチとして位置づけています。

(3)漢方・養生法 〜東洋医学系〜

 エキス剤や煎じ薬や、中医薬なども用いながら、主にがん(各種悪性腫瘍)の再発防止や、アトピー性皮膚炎、関節リウマチ、更年期障害などに対応しています。また東洋医学的な視点をいかした養生指導(温めや食事指導など)も行っています。
 特に漢方薬に関してはエキス剤でも、単味のエキスを併用することで、煎じのような個別対応を心掛けています。
 漢方は近年、ガイドライン的な一律の方向性を有するようになっていますが、どのように個人の身体を解釈するかにより、本来は大きくその処方は変わります。ファッシアなど近縁の理論や、古典的な視点、統合医療的解釈などを用いた柔軟な処方姿勢が重要であると考えます。
 和漢・中医学を適宜使い分け、具体的には小川瘀血理論、江部経方理論を組み合わせながら「身体」を解釈しております。

(4)ホメオパシー・エネルギー療法 〜エネルギー系〜

 統合医療的なホメオパシーの処方に加え、アイソパシーによる体質改善(花粉症対策など)やその他エネルギー医学的な相談も行っています。ホメオパシーは専門医の資格を活かして、英国直輸入の医師専用レメディを処方しております。
 またホメオパシーをメインの治療としてではなく、統合医療における自発的治癒力発動の1アイテムとして位置づけ、積極的な併用療法も行っています。
 ホメオパシーの持つ異端的な要素を強調するのではなく、微量な要素による「生体の反応」の発露に注目して、レメディの統合医療における新たな役割を模索しております。

(5)心理・スピリチュアル 〜心理系〜

 各種、心理療法との連携を通じて、メンタル・スピリチュアルの影響を考慮した統合医療を展開しております。インテグラルな視点から幅広く、心理学・哲学・霊学の視点を考慮していきたいと考えています。当院の統合医療指導の基本としても、行動療法や現代催眠(エリクソン的方法論)などの考えを導入して実践しております。
 心理的なアプローチとしては、連携する統合医療施設である「リボン」において、通常の心理カウンセリングに加え、行動分析的アプローチやスピリチュアル的な方法論も幅広く採用しております。ご興味ある方は一度ご相談ください。

(6)内科学・現代医療・臨床検査医学 〜現代医療系〜

 総合内科専門医の資格を活かして、現代医療との境界領域のご相談にも幅広く対応しております。
 また持参された人間ドックなどのデータ説明や、気になる検査項目、現在の栄養状態や健康状態を採血検査(当院で採血できます)により詳細に説明いたします。このほかにも統合医療において、現代医療・通常医療とのバランスは不可欠なものです。現役の内科専門医として、こうした境界領域におけるご相談にも応じております。

 統合医療は「代替医療の言い換え」ではありません。通常医療と代替医療の境界に立ち、そのバランスを考慮しながら、新たな方針を模索していく医療なのです。そのためにも現代医療的な視点は重要、不可欠なものと考えます。

 私の統合医療観については以下の書籍をお読みいただけましたら幸いです。↓ ↓




tougouiryo at 2022年06月05日19:19|この記事のURLComments(0)

可能性と共創

 今度のジャングルカフェ開催はクリニック移転中のため、オンラインを中心として開催し、撮影会場としては貸し会議室で撮影したいと思います。
 なので、一般参加の方々はオンライン参加となりますのでご了承ください。

 今回のカフェの課題図書は森田洋之医師の『人は家畜になっても生き残る道を選ぶのか?』です。なかなかに過激なタイトルですので、ゴーマニズム宣言なみの過激表現を想像される方も多いかもしれませんが、内容は極めて穏当かつ堅実な内容だと思います。ブログからの記事がメインの内容で、題名を変えれば(笑)自費出版ではなくても行けたのではないかも思います。

人は家畜になっても生き残る道を選ぶのか?
森田 洋之
南日本ヘルスリサーチラボ
2022-04-11



 いわゆる「医療化」という問題を、現代の最大問題に焦点をあわせて論じている内容です。問題提起としてはこれまでも、別な切り口で論じられていたものではありますが、ポストコロナにおいて、それが決定的な意味を持ってしまったことに対しての考察です。

 いろいろな視点をカフェでは取り扱おうと思いますが、このブログ上でまず、メモ的に記しておくのが「取引の2類型」について。
 いわゆる専門家が「ゼロコロナ」を目指すのは構造的な問題であり、この2類型を考えると分かり易いというもの。ここでは世の中の取引には「等価な価値を交換する取引」と「両者で共に創出した価値を分け合う協同プロジェクト型の取引」があるとしています。「等価交換」と「共同創出」とでもまとめておきましょう。
 医療現場におけるアナロジーとして、急性期医療は「等価交換」、いわゆる慢性期や終末期は「共同創出」といった感じです。
 これは私の従来から説明している医療における「縮退」での説明にも相通じるところで、選択肢の限定された状況では「等価交換」でよく、選択肢が開かれた状況では「共同」での創出が必要にならざるを得ないわけです。ところが(医療現場において)巷間よく耳にするのは、診療点数に紐づけられた等価交換性です。売買可能な商品としての医療といった側面です。こうした状況では、買うべきものが明確に限定されなければなりません。可能性が開いていては、それはそれでまずいという感じになります。そこで用いられる方法が共同(協同)での創出、といったところでしょうか。
 しかしこの方法が、まさに線形的な思考とは程遠い方法論を基盤とするため、一般にはなかなか理解しがたいところでもあります。この本でも、こうしたパターンは多く見積もっても「2割」程度と記載してあります。と、続きはカフェでの会話にて。

 これを書いていて気付いたのが、現在ホームページの大幅改定中なのですが、そこでの当院のキャッチフレーズ的なものです。これまでも「可能性のための医療」を掲げていたのですが、加えて「共に創る(共創する)医療」を追加したいと思います。
 「可能性のための医療・共に創る医療」です。標語的に表現すると「可能性と共創」でしょうか。新たなクリニック開設時の標語にしたいと思います。


tougouiryo at 2022年05月30日07:45|この記事のURLComments(0)

現状の報告 6月20日クリニック再開予定です

 今のところクリニックの再開は来月、6月20日を目標に準備をしております。場所はこれまでの四ツ谷2丁目の近くで、同じように新宿通り沿い、四ツ谷三丁目駅から徒歩2,3分のところです。

 現在、申し訳ありませんが、新規の患者さんの予約は受け付けておりません。これまでの患者様、とくにご予約をいただいておりました方々には、電話再診ならびに往診にて対応させて頂いております。往診はこれまで鍼灸治療、刺絡治療で継続されていた方を優先して診療させて頂いております。

 なお電話再診日は月曜日・金曜日、往診日は木曜日・土曜日とさせていただいておりますので、ご了承ください。

tougouiryo at 2022年05月28日23:43|この記事のURLComments(0)

アプリ「ニッポン城めぐり」の紹介

 最近は移転のごたごたでお城にも行けず、雑務に追われております。そんな折でもあるので、スマホやタブレットで楽しめるお城のアプリをご紹介しましょう。その名も「ニッポン城めぐり」!

 ゲーム的な要素に加えて、城郭巡りやその計画を立てるうえでも非常に有用なアプリです。ダウンロードして通常に楽しむ分には無料ですので、ご安心下さい。すごい量の情報量です!

 具体的に機能を少しご紹介しましょう!

(1)城攻め
 現在の位置情報から近隣の城郭を「攻略」します。これにより、その城をとることができ、同月に何度攻略したかで行軍の数となり「城主」になることもできます(このパターンはあまり外出しない一か所にいることが多い方向け)。多くの移動をする人は「攻城」の数を増やします。全国で攻城可能な城郭数が3000あるので、旅行などに伴って攻めます(これは出かけることが多い方向け)。
 また城攻めに伴って、所縁の武将も登場します。これを石高に投入することで雇用します(笑)これにより家臣団を形成し、名将を我がものにすることができます(笑)。

(2)下調べ
 「城郭一覧」により、全国地図から3000に及ぶ城郭の情報(情報詳細やグーグルマップでの表示、ルート検索や先達の投稿写真まで)をみることができます。これでみれば、城郭に実際に行かなくてもいったような気がしてきます。どこか旅先で、「近くに城ないかな?」というときにも便利。見知らぬ土地での迷子も減ります(笑) またリア攻めでの見落としを防ぐこともできます!

(3)築城
 初めのページで自分の城を築城することが出来ます。ちょっとした癒しの箱庭療法です(笑)。金銭(両)がたまらなったので、これまであまりやらなかったのですが、最近、これにはまっています。村上水軍の能島城風の縄張りで、帰宅時にせせこましく少しずつ築城しております。最近はこれによりあっという間の通勤時間です。気に入ったを20件頂き、とても充実感を感じております!

 私が良く使うのはこんなところですが、それ以外にもクイズ(毎日出題されます)や伝言板、世論調査なども面白いので時折はまっております。また都市部では難しいですが、地方によっては「城主」になる可能性が高まるので、「城主争い」に血道を上げるのも楽しいでしょう(私は隠岐滞在時に一度だけ黒木御所城主になれました!)。

 また、これもくだらないと笑われるのですが、年数回のペースで「合戦」イベントが開催されます。激突する両軍に分かれて、仲間を助けながら、合戦で手柄を立てます。はじめは馬鹿にしている人も結構、最後の方はのめり込んでます。

お城に興味がある方、そうでない方も(笑)ぜひのぞいてみてください。


tougouiryo at 2022年05月25日06:00|この記事のURLComments(0)

四象限についてのメモ

 最近の話題をウィルバーの四象限でまとめたものをメモします。関心のない方はスルーしてくださいませ! DFPに関しての記載の続編です。
 ウィルバーの四象限をさらに、内部と外部とに分割した詳細なバージョンにて、最近のDFPの視点から記載してみます。

第一象限:これはいわゆる「客観」の視点、「It」と称されるものです。いわゆる客観的・科学的に記載されるものです。ここではDFPの視点から生理学的な新知見として、ファシア、自律神経、免疫、内分泌などをあげておきましょう。詳細としては有髄迷走神経(腹側迷走神経)もここの分類です。これらは全ていわゆる「外部」。「内部」としては、認知心理学的な用語が当てはまると考えられます。安保理論を刷新しうる新しい自律神経・免疫・内分泌学や、経絡理論を発展させるファシア学などは視点としては全てここの分類です。

第二象限:これは「私」という一人称に関するもので、自分の中で展開される精神や無意識など主観的な領域といえます。哲学的な分類でいうと、「内部」は自らの内側から湧き上がるものですから実存主義、「外部」はそうした湧き上がるものを規定している構造ですので構造主義といったところでしょうか。また第一象限は幅広くNBM的領域とすることもできます(厳密には「内部」になるでしょう)。発展的に考えると、第一第四と第二第三との対立をEBMとNBMとの関連として捉えることも可能です。また自由意志の有無なども併せて考えるとさらに興味深いものとなります。

第三象限:これは「私たち」で、二人称・三人称の主観的な視点です。ダイアローグにおいて展開されるものが代表的でしょう。とりわけオープンダイアローグやジャングルカンファレンスにおいて、各人の内面に去来するものが「内部」です。そして、そうした対話の「場」を構造的に規定しているものが「外部」となります。会話の場を成り立たせている雰囲気やルールのようなものでしょうか。総じて、一人称の時には思ってもみなかったものが「やってくる」場、とも言えます。対人の関係性の中から、「個」を超越して創出されると表現してもいいかもしれません。
 ある種のスピリチュアルな療法(ホメオパシーやフラワーエッセンスなど)の妙味もここに関連すると考えています。(この療法には事実と価値の分離の問題が絡んでいるのではないでしょうか)

第四象限:社会における関係性の客観的記載、社会システムみたいなところです。ここは普通に考えると「外部」が想定しやすいので、それのみのようにも感じますが、理論的にはというか原理的に考えると、ここでも「内部」というものを考えることが出来ます。この象限自体が、ベイトソンが問題意識を持ったサイバネティクスが適合します。最近の潮流として、サイバネティクスの内面から記載という視点も注目されており、これが「ネオサイバネティクス」と称される分野です。ここでは、撃たれたミサイルを迎撃しようとする戦闘機のパイロットの内面における試行錯誤、のようなものを想定しているようです。いずれにせよサイバネティクス的な視点は「統合医療」という複眼的なものを扱うにあたってはとても重要な概念になりうるでしょう。ヒト・モノ・コトの関連として特にホメオパシー的な視点にも応用できるのではないかと考えています。
 加えて、第四象限での社会システムは当然、第三象限の間主観性と共に、社会系神経(第一象限的概念である有髄迷走神経)の影響を介して、第二象限(とりわけ構造主義)として一巡し帰還することになるわけです。こうして全部の象限がつながることになります。つまり、止揚されないこうしたつながりこそが、ウィルバーのいうインテグラル(統合)ということなのでしょう。

とりとめないので、この辺で。




tougouiryo at 2022年05月24日06:00|この記事のURLComments(0)

四谷三丁目に決定しました!

 クリニック移転に関するお知らせです。移転先が決定いたしました!

 四谷三丁目駅から徒歩3分ほどのビルです。これまでのクリニックと同様、新宿通り沿いです。四谷三丁目駅からあるくと、これまでの半分ほどの距離となります。

 場所決定に続き、内装工事などが決定しましたら、いよいよ診療再開の予定日が決まります。日程が決まり次第、こちらでお知らせしたいと思います。




tougouiryo at 2022年05月23日06:06|この記事のURLComments(0)

ポリヴェーガル理論からもたらされるもの

 クリニック移転ということもあり、ずいぶん前の健康本やら代替医療本が出てくるので見直す機会が増えています。
 そこで感じるのは(まあ今でも同じようなことはよく聞きますが)冷たいもの(冷飲食)を控えることや、口呼吸の弊害などをなくすことで慢性炎症を解消し、さらなる健康状態へと導こうというもの。現在でも、その方向性に誤りはないのですが、そのプロセスを説明する「ツール」がずいぶんと充実してきた感があります。

 特にこのあたりは、有髄迷走神経(腹側迷走神経)の効果を考慮したポリヴェーガル理論の影響が特に大きいのではないでしょうか。
 この理論の展開として面白いのは、ファシア理論を介して従来のオステオパシーやカイロをはじめとした(特に頭頸部を用いた)徒手技法に接続する点です。これにより具体的なセルフケア技法としても落としこむことができるようになります。

 さらには、社会性の神経としての有髄迷走神経の面から「人間関係」「社会性」という観点が導入されたという点。とくにこの社会性の導入は、わが師アンドリュー・ワイルがセルフケアの最重要項目として「絆」を入れたことの説明にもなると思います。
 これまではなんとなく人間にとって必要だな、といういわば直観的に肯定できるものでしたが、この理論によってこれが、合理的理由を持って組み込まれたことになります。
 さらにこの迷走神経の効果は、オープンダイアローグやジャングルカンファレンスなどの臨床的効果の説明にもつながります。

 これらをまとめたものが、先日記載した「DFP」の概念です。これ自体が、ここで述べた理論展開によって一つの生理学上のまとまりを成すものとなるので、ウィルバーの四象限にまとめることが可能になるわけです。後日、移転業務の合間にでも、またこの辺りをまとめてみたいと思います。




tougouiryo at 2022年05月22日19:42|この記事のURLComments(0)

森田洋之医師のアマゾン限定本 カフェ課題図書の変更

 来月のジャングルカフェ課題図書を先日「ゲンロン戦記」としましたが、仲間内で別の本が話題になってきたので(時期的にも今が適切なので)以下の書籍に変更することにしました。

 アマゾンでの紹介文が「タイトル・内容の過激さから数々の出版社から書籍化を断られクラウドファンディングによる自費出版となった」というもの。
 賛成・反対いずれの意見でも構いません。非常に挑戦的な書籍のようですので、是非とも皆さんで一緒にジャングルカフェで読んでみましょう。



人は家畜になっても生き残る道を選ぶのか?
森田 洋之
南日本ヘルスリサーチラボ
2022-04-11


tougouiryo at 2022年05月20日00:10|この記事のURLComments(0)

5月20日 電話再診・往診を開始します!

 クリニックの移転に関して、ご予約いただいた皆様をはじめ大変ご迷惑をおかけしております。完全ではありませんが、5月20日から電話再診ならびに往診という形で、クリニック再開いたします。

 当初はこれまで通院していた方々を中心に、5月20日からは電話カウンセリング(体調相談・サプリメント漢方相談等)という形式で、また施術・診察のご希望の方には往診という形式で診療を開始いたします。
 完全予約制ですので、すでに初日は予約枠は埋まっておりますが、その後であれば予約可能です。ご希望の方は、これまでのクリニックの電話番号におかけ頂くと、専用の携帯番号が通知されますので、そちらからご予約・お問い合わせお願いいたします。(なお電話・往診での再開期間は新規患者様はお受けしておりません、ご了承ください)

 6月中旬をメドに完全再開を目指して準備しております。来週にははっきりとした時期や場所などを告知できると思いますので、今しばらくお待ちください。

 通院して頂いておりました方々、並びに、新規での受診を検討して頂いた方々、皆様にはたいへんご迷惑をおかけしております。現在、これまで以上の充実したクリニックとして再開準備中です。セラピールーム・リボンともども何卒よろしくお願い致します。




tougouiryo at 2022年05月18日06:00|この記事のURLComments(0)

「一律」であること、「多様」であること

「一律」であること、「多様」であることについて考える。(最近の思考の整理目的ですので、ご興味ない方はスルーしてください m(__)m )

 量子力学の通常解釈におけるものは、当然、物質の一律性を基礎にしたものとなる。物理学の前提がそうなので、言うまでもない。が、もし物質が一律ではなく「多様」で、それゆえに各々に個性があったならばどうなるか。これが量子に意志があるとした山田廣成博士の量子論で、これは或る意味分かり易い量子力学の考え方である。

 そして、あらゆる細胞は当然、個性があるわけだが、一身体として考えた場合、我々は意外と物質同様に「一律に」その性質を考慮してしまってはいないだろうか。
 ちょっとした場所や機序の違いを、ノイズのようにカットした単純化された思考をしていないだろうか。当然、現代医療においても、脳や心臓など細かな地図が作成される領域もあるが(一般に外科領域では個々の手術において当然そうではあるが…)、それ以外の場面では、いわゆるファシア等大きく広がったものについて、意外に一律な思考で考えているところが多いようにも感じる。(これは先端医療というよりは日常診療的な思考に特徴的であるように思う)
 例えば、デルマトームは「よし」としながらも、代替医療的な反射区はダメとか。経絡上の痛みが内臓と関連するとか。こうした発想はファシアなどが「一律」な傾向であることが暗黙の裡に想定されていることと無縁ではないように思う。

 これに関係して最近感じているのが、上咽頭擦過や、頭蓋仙骨療法や頭鍼などによる頭蓋内部、「脳」への刺激ということ。
 通常の発想では、髄液に保護された状態で、いわば浮遊している臓器だけに外部から刺激したところで直接の内部への影響は少ないように感じる。
 しかし、上咽頭擦過における効果の仮説としては、その影響は上咽頭におけるリンパ流を介して骨を通過し、視床下部・下垂体への影響を示唆している、といわざるを得ない。
 また頭蓋仙骨療法はそれ自体、副交感神経への影響を示唆する直接的な名称であるし、最近の話題としてもポリヴェーガル理論の実践的アプローチとして、身体操法や手技的方法での「腹側迷走神経」への介入も可能だとしている。
 これらは応用すれば、刺絡や上咽頭擦過もまたポリヴェーガル理論における、有髄迷走神経(腹側迷走神経)への直接的な介入技法になる可能性を示唆するものである。すると従来の上咽頭擦過の幅広い効果への説明も、下垂体からの内分泌的な機序による説明だけではなく、腹側迷走神経への効果も合わさるのでより納得のいくものになる。

 またポリヴェーガル理論によって、迷走神経への刺激を際立たせることで、逆に交感神経系へのアプローチとしての脊椎への刺絡などの刺激の意味もまた再評価できるだろう。(これは安保理論を用いた説明でも十分であるが…)
 このアプローチをまとめると以下のようになるだろう。
腹側迷走神経:ポリヴェーガル理論による脳幹へのアプローチ、上咽頭擦過療法、頭・頸部刺絡
交感神経幹:脊椎刺絡、デルマトームを介した鍼刺激(ファシアリリース含む)

 上のようにまとめれば、「身体(表層と症状)」と「自律神経」との関連となるが、これはライヒやローウェン的に考えれば、身体の表層と症状は、無意識をも含む精神領域との関連へも発展させることが出来る。無意識を手で触れることが出来るということである。
 つまり症状と身体観察により、自律神経・内分泌・免疫さらには精神・無意識、そして社会性をも、直接的診察の視野に入れることが出来ることになる。身体を詳細で多様なモノとして捉えることで、診察における最高の観測点を得ることができるのである。

 最後にこれまでの概念を、ケン・ウィルバーのいう「四象限」にまとめると以下のようになるだろう。詳細としてはさらに「内側」「外側」とに各々を分割するので8領域にすべきだが、煩雑になるので今回は単純な4領域までの概略にする。この内容の詳細は、また後日、まとめてみたいと思う。

第一象限(それ):ファシア、自律神経・内分泌・免疫(生理学的知識の刷新)
第二象限(私):精神・無意識(身体に刻印されるものを含む)
第三象限(われら):関係性、ダイアローグ(対話から紡がれるもの)
第四象限(それら):社会性、サイバネティクス(社会的システム図)

tougouiryo at 2022年05月17日07:00|この記事のURLComments(0)

移転状況のおしらせとお詫び

 現在の移転状況に関しまして、ご心配をおかけしている方々も多いので、お知らせいたします。確定的な状況ではございませんが、6月中旬を目指して再開できるよう鋭意、努力しております。

 おおよその目安をご報告できなかったのですが(詳細はまだ流動的ですが)、6月半ばに四ツ谷近辺での再スタートを目標に動いております。
 ご迷惑をおかけしておりますが、もう少しお待ちくださいませ。従来のクリニックの電話番号にてお問い合わせをお受けしております。留守番電話にメッセージを残していただけましたら、後程こちらからおかけ直しさせて頂います。

 ご不便をおかけしており、大変申し訳ございません。

tougouiryo at 2022年05月16日07:00|この記事のURLComments(0)

ダイアローグ ファシア ポリヴェーガル

 アイデアのメモですのでご興味ない方はスルーを!m(__)m

 前回の記事の続きですが、メタ思考としての3つのキーワードをあげました。別に覚える必要もないのですが、自分の中での概念整理上、ダイアローグ(D)・ファシア(F)・ポリヴェーガル(P)の3つなので「DFP」としてみました。
 この3つの観点から、漢方、鍼灸、ホメオパシー、徒手技法等々の補完医療を再解釈することが可能になります。これは、また後日にでも書いてみたいと思います。

 ちなみにダイアローグからは、ベイトソン的なサイバネティックスの概念へも展開可能ですし、ファシアからは現状のハイドロリリース的な解釈にとどまらず、ライヒやオーウェンの理論を応用して無意識との関連にも展開できます。
 そしてポリヴェーガルからは文字通り腹側迷走神経の役割による自律神経の再解釈だけではなく、そこでの概念変更に伴って、極めて二元論的な性格の強い安保・福田理論を再構成して実臨床に近いモデルにすることもできそうです。これにより内分泌のみならず、免疫学への展開も考慮することが出来ます。

 この3つ「DFP」によって、社会的概念、フロイト的無意識概念(オルゴンエネルギー含む)、そして自律神経・免疫・内分泌といった生理学の基礎概念の発展までをもふくめて、補完医療の各論の概念を刷新することが可能になりそうです。
 

tougouiryo at 2022年05月15日19:51|この記事のURLComments(0)

本ブログで補完医療の各論解説が少ない理由

 漢方・鍼灸、ホメオパシー、サプリメントや多彩な徒手的技法、と様々な補完医療があり、各々に詳細なサイトでの解説があります。
 しかし、それらの相互関係や実際の運用ポイントなどは、解説者のその方法への思い入れなどが強ければ強いほど、そちらへ強く誘導される傾向があります。

 その治療法に思い入れが強い方であれば、それでも良いのですが、実際はいくつかの複数のものとの併用など一般的なのではないでしょうか。
 すると、各論の詳細を知っても、その相互関係にまで目を配ることが出来ない。というより詳細を知るほど「俯瞰」で見ることは困難になる、という矛盾を生じます。
 補完医療の利用者の多くが、実はこうした点で行き場に困っているのですが、それを各療法のカリスマでは解決することが原理的に難しいのはこうした理由によると思われます。

 この問題の解決に必要なのが「メタ思考」です。つまり、考え方についての「考え方」です。この問題でいえば、各治療法の詳細の一段階上、各治療方法の相互関係(相乗効果・相殺効果もふくめ)についての知見ということになります。
 本ブログでは、そうしたステージでの問題意識が強くあるので、あまり各論の詳細に踏み込んだ記載をしていない、というわけです。

 そして、そうした段階を考えるのに必要な概念が、「ダイアローグ」「ファシア」「ポリヴェーガル」とったものになります。
 当然これらはそれ自体、強く一定の疾患に関連付けて解説されることもありますが(例えば、精神疾患でのオープンダイアローグ、疼痛疾患へのファシアリリース、トラウマにたいしてのポリヴェーガル理論、等々)、そこに留まることなく、一段高いメタ思考的キーワードととらえることもできるわけです。
 本ブログの内容が少し他の補完医療を推進のクリニックのものとは毛色が違う理由は、こうした視点にあるわけです。
 

tougouiryo at 2022年05月15日11:18|この記事のURLComments(0)

ご不便をおかけしており申し訳ございません

 現在、クリニック移転のための休診中で皆様には大変ご迷惑をおかけしております。従来の電話番号にかけていただくと、専用の携帯電話番号が通知されるようにしてありますので、お問い合わせ等はそちらをご利用ください。
 なお、即座に対応できない場合も多いので、留守電でメッセージ・ご用件を残していただけましたら、追ってご連絡を差し上げます。

 再開時期など詳細は決定次第、お知らせいたしますので、もう少々お待ち下さい(ご予約いただいている患者さん方には、逐次お電話にて詳細をご報告させて頂いております)

 このたびは大変ご不便をおかけしておりますが、何卒よろしくお願い申し上げます m(__)m

tougouiryo at 2022年05月14日20:25|この記事のURLComments(0)

ゲンロン戦記 次回のカフェの課題図書紹介

 先日のカンファレンスは参加者数は少なめでしたが、非常に活発な議論が展開され、とても充実した回になりました。原因不明の湿疹について、多元的に議論・対話をしていきました。
 また当日は、鍼灸師の船水先生とそのお弟子さんたちが、基礎講座のみ見学に来られ、大変興味を持っていただけました。今後、様々な形でのコラボが展開されていければ良いなと思います。

 次回は偶数月ですのでジャングルカフェですので、テーマとなる書籍を当日発表しました。今回は東浩紀『ゲンロン戦記』を皆さんで読んでいきます。

 統合医療クリニック、ジャングルカンファレンスといった、現状のエビデンスやマニュアル重視の通常医療へのアンチテーゼ的な医療を展開してきた中で、この本は分野こそ異なれど、新領域を展開させることの難しさを素直に表現してくれているように感じました。
 普及版の考えで、経済性のみを追求する従来のビジネスモデルとは一線を画した考え方で、それゆえにかなりの失敗の数々も吐露されておりとても共感できる内容でした。セラピーサロンなどの経営者も多く参加する「カフェ」にはもってこいのテキストではないかと思い、今回はこれを課題としました。

 ご興味ある方はジャングルカンファレンスに入会して頂ければ参加可能ですので、是非この機会にいかがでしょうか。「カンファレンス戦記」を皆で振り返ってみましょう!




tougouiryo at 2022年05月14日20:15|この記事のURLComments(0)

今週の木曜日はジャングルカンファレンスです!

 今週木曜日は通常通り「ジャングルカンファレンス」が開催されます。代々木会場でのハイブリッド形式です。 
 統合医療についての症例を、多元主義に基づいて捉え直し、対話を展開していきましょう。
 次回のジャングルカフェに関しの詳細も当日発表いたします。

 なおクリニックへのお問い合わせ等は、現在これまでの電話番号において「専用の携帯電話番号」をご案内しております。
 業務の関係上、その場でつながらなくても、留守電にメッセージを残して頂けましたら、おかけになった番号へ追ってご連絡させて頂きます。
 しばらくご不便をおかけしますが、何卒よろしくお願いいたします。

ジャングルカンファレンスについて知りたい方はこちら ↓ ↓ ↓




tougouiryo at 2022年05月10日22:57|この記事のURLComments(0)

ご不便をおかけして申し訳ございません

 先日、クリニック移転のお知らせをしましたが、現在、内装工事が遅延し、かつ全体の工程も大きな変更をせざるを得ない状況となっております。

 そのため今月ご予約いただいた方々には、直接にお電話等で事情を説明の上、今後の対応策を相談させて頂こうと思います。

 移転をお待ちいただいている皆様にはご不便をおかけして、誠に申し訳ございません。早急に対応し、皆様に気持ちよくご利用いただける新クリニックを作り上げたいと考えております。

tougouiryo at 2022年05月08日06:51|この記事のURLComments(0)

移転後の電話受付再開は5月20日となります

 四ツ谷二丁目院での診療は、あと二日となります。本日も通常通りの診療をしておりますので、予約・お問い合わせのお電話などございましたら、よろしくお願いいたします。

 新しい一丁目院での診療開始は5月20日となりますが、NTTの工事が当日の午前のため受付での電話対応が5月20日の午後からとなりますので、ご注意下さい。お電話はなるべく4月30日までにお願いいたします。なお本日と明日は6時ごろまで診療の予定ですので、受付等お電話可能です。(移転後も電話番号は変わりません)

 移転に関しましては、急な日程のため受診して頂いている方々には、大変ご迷惑をおかけすることとなり、誠に申し訳ございません。ご理解いただきますようお願い申し上げます。

tougouiryo at 2022年04月29日08:18|この記事のURLComments(0)

「一」から「多」への方向性、あらためて「オルタナティブ」を希求する

 ダビンチの『解剖手稿』を眺めていて感じたのですが、遺体の保存などが現在とは比較にならない状況であった当時、血や脂にまみれることなく、記録としての解剖のデッサンを残すことはかなりの作業だったと思います。

 そうした事情もあり、当時これらのデッサンは体表解剖の後、筋肉・骨格系の段階まで一気に進められていたようで(一部の皮静脈などの描写等を除いては)紙を汚さないような状況まで達してから、つまり作業的にひと段落してから記録していたようです。
 当然こうした状況では、ぞうきにまとわりつく「ファシア」はただの邪魔ものです。特に身体の大きな動きなどを記載するには、筋肉と骨格で十分すぎる情報ですし、そこにわざわざファシアを考慮したとしても、ただコンタミを増やしているような感じだったことでしょう。本質に対してのノイズといったところでしょうか。

 フッサールがかつてガリレオを評して「隠蔽の天才」といったと伝えられますが、まさに近代科学の生みの親とも言えるガリレオにとっては、大きく物理現象をとらえることで、ニュートンに至る「科学革命」を成し遂げることが出来たともいえるでしょう。真理の追求のみちのりです。
 しかし、それを文字通り「真理の発見」のようにとらえるのではなく、特定の事実を隠蔽している、ということを喝破したフッサールもまた現象学創始者としての面目躍如たるところでしょう。
 ただここで、注意すべきは、ガリレオは生の世界から(ノイズを除去して)真理を掬いだしたのではなくて、何らかの情報を隠蔽することで「真理らしきもの」を記載することができたという視点です。

 この辺りの事情は、科学史において時折現れるものです。ただしギリシャ時代など古代との齟齬であればだれもがすぐに気づくのですが、現代に近づくほど「自らの問題」とも隣接してくるので、そう簡単にはいきません。
 例えば、「エーテル」の存在などは、物理学のスーパーヒーロー、アインシュタインの存在とあいまって、もはやその実在を口にすることもはばかられるといった状況ではないでしょうか。アインシュタイン物語的には、旧来の「絶対空間」否定における「ラスボス」に位置付けられるわけですから。そして後世、いくらエーテルに対して否定的な実験結果が出たとしても、大きな物語が一度完成してしまうとその修正はほぼ困難ということなのでしょう。壮大な物語を誰も崩したくはないでしょうからね。

 ココマデの状況ではなくても、細胞の基本構造にもこうしたお話はあります。各細胞を隔てるものはいわゆる「脂質二重膜」とされていますが、これすらも「絶対」という状況ではないようです。
 いくつかの実験では二重膜を仮定しては矛盾する結果もありますし、代替的な膜モデルも水分子を研究するMRI研究者などからも出ているようです。それは、液体を包んだ袋ではなく、その内部がマトリックスで満たされむしろあまり「水」の自由な状態ではない、というモデルが考えられているようです。例えるなら海ブドウ状に、ファシア近辺を水分子が取り巻くようなイメージでしょうか。

 まあ、このような例は多分他の分野でもいくつかあるように思うのですが、いずれも時の主流の中、ただの「トンデモ」扱いを受けてしまっているのでしょう。ただ、実際は我々が考えるよりも、簡単には割り切れないことも多いわけです。例えば、飛行機が飛ぶ理由などもそうで、専門家によれば「揚力」を仮定する現在の説明モデルは実際には否定的だそうです。でも実際に飛ぶことは可能。麻酔のメカニズムも、学術的には諸説ありながらも、実際の手術は出来るというわけです。

 しかし、そうした扱いにより、明らかに、生の現実界における何らかの「現象」をとり漏らしているだろうこともまた事実。
 医学の単純化へと突き進む流れの中で、解剖においてファシアは取り残され、それゆえに幾多の「経絡現象」もまた「ないこと」にされてきたのではないでしょうか。
 物事の理解の仕方は、主に単純化への方向性がほとんどですが、それ以外の方法、複雑化へと向かう方向も、また考慮しなければいけない時代に近づいているのではないでしょうか。(時代はさらに単純化へと突っ走っているようではありますが…)

 いわゆる「多」から「一」へと真理探究を進める方向だけではなく、逆に「一」から「多」へと思考を進めることで新たに気づくことも少なくないでしょう。アナトミートレインなどからファッシアを考えるとき、この「一則多」的な方法の重要性を感じます。いわば「逆張り」的な方向性ですね。

 これはダイアローグの思想にも連なるものがあります。とにかく「結論」がひとつへと収束しないことに対して不満を持つ方が少なくない状況において、リフレクションなどのプロセスの結果、共通了解へとつながる流れがそれです。
 「多」つまり「複雑」な状況に進行させることは、従来の真理探究においては求められていなったものですが、この混迷する時代状況においては多くのヒントをもたらしてくれることも少なくありません。
 我々は知らないうちに、勝手に物事を単純化(モデル化)して、簡単な答えに飛びつくことのなんと多いことか。そしてそこから取りもれることのなんと多いことか。


 統合医療における当院の取り組みにおいて、こうした方向性は非常に重要なヒントになります。
 皆さんの健康な生き方をサポートするにあたり、こうした視点、つまり「一」から「多」へと至るプロセスをより明確にしながら取り組んでいきたいと思います。この業界では、さまざまな治療法におけるオルタナティブにばかり関心がむきますが、発想におけるオルタナティブみたいなところは、ほぼほったらかし状態といえそうです。
 デカルトにはじまる真理探究の単純化のパラダイムを超えて、大きな方向性でのオルタナティブを展開するのが、統合医療本来の役割であり、魅力であるとあらためて考えます。



 

tougouiryo at 2022年04月25日00:00|この記事のURLComments(0)

ポリヴェーガル理論への誘いのメモ

 最近のメモ。個人的な備忘録ですので、関心ない方はスルーしてくださいね。

 『世界の再魔術化』からの展開として、デカルトによるいわゆる「科学的思考」から、ベイトソンの「メタサイエンス」的な思考への考察。
 ベイトソンの領域横断的なシステムとしての理解の仕方を、本書におけるユングやライヒから発展した身体論(とくにライヒに由来する生体エネルギー理論)に応用した場合はどうなるのか、と考えていました。
 そこで意図していなかったのですが、ちょうどポリヴェーガル理論の新刊『ポリヴェーガル理論への誘い』(津田真人著)を購入したばかりでしたのでぱらぱらとみていました。前著はかなりの大作にして労作でしたので、なかなか読み進められなかったのですが、本作はかなり内容を基礎的な話題に絞っているので、ボリュームもかなりコンパクトで理論の再想起に役立ちました。

 ここで改めて、三木成夫理論への接続の重要性が著者である津田氏によって述べられている(注)を読み納得。また従来の二元論的な拮抗する単純な自律神経モデルを超えた「ポリヴェーガル」の持つ意義も再確認できました。単純なモデル、乃至は単純な正誤判定の「メタ的段階」を考えるうえで、ベイトソンの展開したものとの類似性も感じました。特に実臨床における自律神経やファシアなどへの具体的展開として位置づけられるように感じます。(まだ構想段階ですが、ポリヴェーガルにおける愛による不動の問題とライヒからオーウェンに連なるオルガズム理論との関連性は非常に興味深いと考えます。またオキシトシンの問題と絡めてライヒ的な社会問題への発展や、ベイトソン的な考えと三木成夫との関連性も考察したいテーマです)


ポリヴェーガル理論への誘い
津田 真人
星和書店
2022-03-29


tougouiryo at 2022年04月24日00:00|この記事のURLComments(0)

新規移転に関して(続報)

 小池統合医療クリニックの移転に関しての日程が決まりましたので、お伝えします。

 現在の2丁目院においては、4月30日まで通常診療となります。予約枠が少なくなっておりますので、受診をご検討の方はお早めにご連絡ください。

 また移転後の1丁目院における診療再開は、5月20日となります。5月、6月の予約を開始しておりますので、お電話にてお願いします。なお、電話番号は、従来と変わりませんので、いつも通りで大丈夫です。

 グリーンランドビル、というビルへの移転なのですが、これまでも当院の看板などは「グリーン」を基調にしてきましたが、今回はさらに内装など全体のコンセプトを、グリーンで統一しました。緑を基調にしたナチュラルな内装になる予定です。(現在、内装工事中です)




tougouiryo at 2022年04月23日07:35|この記事のURLComments(0)

四ツ谷1丁目にて新規開院のお知らせ

 前回、2丁目院の閉院のお知らせを書きましたが、これはビルの立て壊しによる移転のためのもので、5月中旬(5月20日開院予定)、四ツ谷1丁目にて、小池統合医療クリニック(四ツ谷1丁目院)として新規開院致します。四ツ谷駅をご利用の方には、より駅近になりますので、便利になるかと思います。

 この移転で、開院以来2回目の移転となります。東京女子医大青山病院を退職してすぐに、白金台プラチナ通りの裏手に、小池統合医療クリニック「白金院」として開院。その後、現在の「四ツ谷2丁目院」へ移り、14年ほど経過して今回の移転となります。四ツ谷で慣れている方が多いかと考えまして、今回の物件の選定は四ツ谷近辺に限定して、なかでも駅に近い今回の「四ツ谷1丁目院」を決定しました。

 10年以上診療している中で、その内容も少しずつ変化してきます。そうした変化を取り入れて、院の内装を大幅に変更しました。また量子医学に基づいた器機(QPA)をはじめ、独自のファシア理論に密着した治療法をより積極的に取り入れていく体制が整いました。
 いずれにせよ、これまでの統合医療を推進する姿勢に変わりはありません。むしろ、それをさらに加速させる体制で「四ツ谷1丁目院」をスタートさせたいと思います。
 なお、4月30日までは現在の「2丁目院」にて通常通り診療いたします(祝日の29日も通常診療)ので、よろしくお願いいたします!




tougouiryo at 2022年04月11日08:00|この記事のURLComments(0)

大学講義の準備を終えて 〜科学至上主義、デカルト主義から相対主義を考える〜

 大学での統合医療講義が実に2年ぶりに、通常の「対面」式に戻ります。久々の生での統合医療概論なので、準備をしておりました。
 例年、この準備をして思うことは、いわゆる、科学至上主義、エビデンス至上主義を唯一の真理と信じて、入学後に学習してきた学生に対して、それだけで本当に良いのかというゆさぶりをかける難しさです。いきおい、科学とは何か、医学とは何か、といった哲学的問いを無視することはできません。

 こうした中で、今週はジャングルカフェも開催予定です。こちらはコロナ関連の書籍を読んでいくものなのですが、いわゆる情報が錯そうする中、何を真実とすべきかという問題を考えることになります。
 敵対する考えを即座に排除する風潮の中、分断をすこしでも止めるべく、対話の可能性を議論する予定です。当然、そこでは多元主義がテーマとなるのですが、これがまた、やっかいな概念でもあります。つまり文字通りとらえるといわゆる「相対主義」のようなニュアンスでとらえる方がなんと多いことか。これは、私がよく話題にする四つの主義のうち、じつは折衷主義と表現すべきものなのですが、これが多元ととらえられやすい、つまり間違えやすいということ。
 また多元主義には、ある種の「統合」的な意味合いもあるので、時に統合主義と表現しうる場合もあるし、また統合主義と安易に表現すると、今度はナイーブな意味での善悪二元論に陥りやすくもなる。とにかく概念の混乱が多い領域というわけです。

 こうした中で特に注意すべきは「相対主義」に陥らないということ。これは哲学的な議論においてもとても重要なことではあるのですが、どうすれば良いかとなると、かなりの難問ではあります。この問題に関して最近、モリス・バーマン著『デカルトからベイトソンへ 世界の再魔術化』を読んで、非常に大きな気づきがありました。

 そこには、最初に書いたような科学的思考、つまりデカルト思考の誕生によって「相対主義」が出現することが繰り返し述べられています。
 つまり錬金術の世界を脱し、科学が誕生する中で、思想においてなにかとんでもない過ちを犯しているのではないかという考察です。
 こうした思想における大きな転換を科学史から解き明かす内容は非常に興味深いものです。この相対主義の出現の問題は、多元主義の根底と不可分なものでもあり、これはまた後日に再度考えることにしましょう。




tougouiryo at 2022年04月10日19:29|この記事のURLComments(0)

突然のお知らせ

 突然ですが、当院、小池統合医療クリニック(四ツ谷2丁目院)は2022年4月30日、閉院します。詳細は後日、当ブログにてお知らせいたします。(既に詳細をご存知の方、当院受診されている患者様には既にお知らせしている通りですのでご心配なく)
tougouiryo at 2022年04月10日10:05|この記事のURLComments(2)

お城へToGo 対馬編(かなたのき)

 対馬編の第2弾。五島列島の福江城と並んで、続100名城のラスボス、金田城です。NHKの最強の城にも認定されていますが、とにかく行きにくい…。おとなり韓国の方が近い「国境の城」、別名「かなたのき」。実際の由来は違うのかもしれませんが、かなたのき、の方がしっくりとくる城ですね。

 白村江の戦いの敗戦後に、唐の侵攻に備えて建設された古代山城で、大野城や基イ城などに続いて、国境の最前線として防人が配置され、古代史上重要な城となります。

 城めぐり的には、鬼ノ城や、玄蕃尾城に匹敵するハードな運転の行きにくさです。はるばる対馬に到着した上に、なかなかの山道、徐行運転、カーブは減速というよりほぼ停止、ライト点灯、クラクション併用です。到着しても狭い駐車スペースに、わナンバーの駐車群で転回も困難、携帯電話は電波状態悪く使用できません、とのお達し。そこからさらに登山スタートです。(今後、更なる整備の予定があるようですので再訪が楽しみです)

 ただ、そこからは石塁や城戸、石垣が万里の長城のごとくに展開しており、事前に想像していた以上の迫力でした。壮大な石垣の向こうに、黒瀬湾が見え、三つの城戸は威圧感満点です。こうした迫力はやはり写真やテレビでは伝わらないですね!

 訪問時、ひざを痛めていたので、山頂部の旧軍施設や最高所の石垣など、アンゴルモアでの名場面をみることはできませんでしたが、いわゆる湾からの侵入を防ぐ城戸や主な石塁、さらには主郭にあたるビングシ山など主だったところは見ることができました。

 アンゴルモアで描かれるように「元寇」における籠城戦的な活躍はなかったのかもしれませんが、古代の戦争に使用された施設が、近代になっての日露戦争でも軍事拠点となったというのはやはりすごいです。
 現在の見学路が、日露戦争時の軍用道路として用いられたものだからこその、見学のしやすさといったところでしょうか。古代と明治の邂逅です。

 大野城などでも感じましたが、古代山城の規模の大きさには圧倒されます。日本書紀の後半部の話にもかかわらず、現代的にもすごい規模で、いやおうなしに古代とのつながりを感じることができます。
 ある意味、古代山城ができてから中世、戦国の城郭につながったわけですが、知識なしにみたら順序が逆のように感じるのが普通でしょう。当時の国際的な緊張状態を知る上でも、とても勉強になりました。(技術というものが直線的に伝わらない、容易に断絶してしまうということを実感します)

 「アンゴルモア」のクライマックスとなるお城ですが、原作を読んでから実際に行ってみるとその迫力がさらに強く感じるのではないでしょうか。



tougouiryo at 2022年04月09日06:00|この記事のURLComments(0)

お城へToGo 対馬編(金石城・清水山城)

 続100名城のラスボス的な対馬の城です。五島列島はじめ、離島や遠隔地への訪問が、このスタンプラリーにおいては大きなハードルとなります。

 今回は、古代山城の金田城訪問のためなのですが、それだけではもったいないので当然他のお城にも足を延ばしてみました。
 中心地である厳原にある、宗氏の居城、金石城です。宿泊した東横インからも近く、街中のお城といった感じです。


 観光情報館ふれあい処「つしま」で、金田城のスタンプを押してから、そこに駐車させてもらい徒歩で大手櫓門に向かいました。遠くからも目を引く立派な門ですが、城内は復元された庭園のみで歴史民俗資料館ともども工事中でした。
 庭園管理のおじさんのお話によると、現在は学校のグランドになっているところに御殿があったようで、将来的には運動施設を移動し、御殿を再建する計画があるようです。
 心字の池がある庭園を(閉園しそうだったのですが)見学させてもらい、搦手門の石垣を見ながら、万松院に行ったのですが、こちらは間に合わず見学できず。
 金石川に沿って石垣をみながら帰ったのですが、万松院を出たところから猫(ツシマヤマネコではありませんでした笑)が大手門の辺りまで何かもらえると思ってか、しばらくついてきたのが思い出です。人懐っこいツンデレネコでした。


 翌日の早朝には、詰めの城的な位置にある清水山城へ。観光情報館では盛んに三の丸までで十分ですよと言われたのですが、そうはいきません。全部見ます。
 確かに厳原港を押さえる目的での城だけに、港が一望出来てとても景色が良いところでした。そこからは連郭式になっているので、二ノ丸、一ノ丸とまっすぐに登っていきます。ただ背後の有明山への登山ではないのでそれほど大変ではなく登れます。
 途中、枡形虎口などもよく残っており、一ノ丸では先ほどの三ノ丸以上の素晴らしい眺望でした。ここはそもそも秀吉による文禄・慶長の役における、朝鮮半島との中継拠点として築城されたもので、かの地に出兵した加藤清正ら多くの武将たちもこの風景を見たのかと思うと感無量でした。
 対馬は朝鮮半島から50kmもない位置ですので、ここまで戻った時には多くの出兵した武将たちはホッと安堵したことでしょう。
 かつて訪問した肥前名護屋城から、壱岐勝本城を経由して、いよいよここから出撃していったというまさに国境の城です。


 対馬の夜は、漫画「アンゴルモア」でも紹介されている居酒屋「対玄」で、アナゴをたくさん食べました。作者のたかぎ七彦先生のサイン色紙も飾られていました。
 以前は韓国からの旅行者であふれていたようですが、この時はコロナ禍の影響でそうした旅行客も全くおらず、ゆっくりと歴史探訪ができました。白村江の戦い、文禄・慶長の役、日露戦争、と歴史上、地政学的に重要な位置を占め、さらには倭寇の拠点でもあった対馬は、少し遠いのですが機会がればまた再訪したい地となりました。


tougouiryo at 2022年04月02日06:00|この記事のURLComments(0)

コヒーレントから波動医学・量子医学への導入を考える

 最近、頻繁に用いるキーワードがあります。素材としての「ファッシア」、JCなどの「ダイアローグ」、そしていわゆる共鳴としての「コヒーレント」です。
 よく使う初めの二つ、ファッシアもダイアローグも、そこには「コヒーレント」が重要概念となってくるので、相互に関連しており、並列した概念ではないのですが、まあいいでしょう。これらを使って最近の当院での診療内容や、いわゆる量子医学との関連性を考えてみます。

 思考とダイアローグについて、すこし再考してみたいと思います。物理学者ボームは思考のクセのようなところを指摘し(彼は思考の明白な問題点は「断片化」にあるといいます)、それを自覚することの重要性を述べます。また、あらゆる問題はすべて思考の中で起こるとも述べています。まあたしかに言われてみればそうでしょう。

 そして、こうした思考のクセのようなものを自覚する方法が「ダイアローグ」にあるというのです。そこからは「洞察」も得ることができると述べています。洞察により、自らの思考を自覚し、そのインコヒーレントな点を超越して「コヒーレント」な状態に至ることができるというわけです。より調和した状況においてということになるでしょうか。
 一人だけでは容易に到達できない状態に、集合体となることで可能になるということです。つまり、興味深い挙動の発現(物理的にも社会的にも)もこれを基盤として発動してくるのです。


 少し違った観点ですが、このようなことはいわゆるエネルギー医学の領域においても、かつてから指摘されていました。
 一例として、ラグビーやサッカーのような集団競技の試合中に負傷者が出た場合のケースが、あるエネルギー系医療の解説書に紹介されていました。その際、応急処置がとられるのは言うまでもありませんが、それと同時にチームのメンバーが集結して、その負傷者に対して祈りを行うことで、状況の好転や回復の早まりが起こるという解説がありました。さらに
その後、試合続行時においてもメンバー間の意思疎通が良好になるという「付加的」な事態も生じるらしいのです。それこそ、このチームという集団が「コヒーレント」な理想的調和の状況になっているということだと思います。
 我々の経験でも、ジャングルカンファレンスや、相談者を含めたジャングルカフェといった状況においてあてはまる経験があります。(この辺りの感覚が、経験者と説明を聞いただけの人との大きな隔たりとなります)

 つまり集団が、「首尾一貫した良好な状態」になっているとき(まさにレーザー光線のような状態にあるとき)、それは「コヒーレント」な状態であるといえます。これは社会的な集団のみのことではなく、我々の身体における細胞・組織の集団においても適応できます。つまり一個の身体としてもコヒーレントな状態となりうるのです。

 こうしたすべてのシステムに超越したものとして、血管、神経を凌駕して想定されている物質的な基礎が「ファッシア」といえます。
 進化論的にも、他の組織に比べて出現が早いことは言うまでもありません(広義には細胞外マトリックスも含まれるいわけですから)
 これはエネルギー系の書籍では、何らかのエネルギーを媒体する生体マトリックスやら軟部組織と称されることがありますが、概念の統一を図るとすれば、現時点では「ファッシア」として捉える方が分かり易いでしょう。(ただし厳密には「生体マトリックス」だと思います)

 ファッシアに関連する(周辺に存在する)水分子、さらには生体を構成する他の諸分子が、コヒーレントな状態になっていることが、健康的な状態といってよいでしょう。(ちなみにボームは『ボームの思考論』において「ガン」はインコヒーレントであると述べています)これらの分子の状態を差異化して画像にしたものが、MRIですから当然と言えば当然です。

 このように考えると不調の状態(インコヒーレントな状態)を、コヒーレントな状態へと復調させる方法、例えばホメオパシーをはじめとするエネルギー医学の特徴がとらえやすくなるのではないでしょうか。当然、一定の仮定が想定されるわけですが、プラグマティックには「アリ」としてよいでしょう。つまりその挙動は、漢方やハーブのように大きめの分子レベルで作用しているのではなく、量子レベルでの挙動となるわけです。(電子、陽子の状況が関与するので)
 直接、ファッシアを復調させる徒手療法のみならず、こうしたエネルギー的な観点も許容しながら、生体における「コヒーレンス」ということを考えていかなければならないのではないでしょうか。その方法論の違いが、ホメオパシーであったり、波動・量子医学系の器機であったりするわけです。

 こうした考え方は同時に、現在のファッシア研究(や紹介)が、ややもすると限定的な徒手療法の視点からのみで展開されていることにも注意していかなければなりません。
 確かにファッシアはエコーにより可視化されたことで、その存在がクローズアップされたことは否めませんが、世界的な研究の流れから見ると、エネルギー医学との密接な関係は無視することはできないものです。(この辺りが我が国における今後の展開の分岐となるでしょう。良くも悪くも…)

 ダイアローグを再考するということは、ファッシアという概念を単なる徒手療法の一用語としてとどめることなく、コヒーレンスという視点から再認識することにもつながるのです。(ここも多くの誤解があり、ただ話せばダイアローグになるというわけではないのです)

 コヒーレンスに関しては、最近は、身体内部における定常状態において共鳴する周波数やらホメオパシー、経絡現象論とあわせて具体的な治療論ともリンクしてきています。その流れの中に波動系器機も位置付けられるでしょう。
 一見違ったもののように見えますが、結構共通点が多く、診療においては私の個人内部では矛盾しないのですが、まだなかなか連続しにくいかもしれません。

tougouiryo at 2022年03月27日15:51|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (白石城)

 今回は白石城(続105・宮城)です。白石駅から徒歩10分、新幹線の白石蔵王からもタクシーで数分というアクセスのよい城郭です。これまで二度ほど訪問しております。
 現在の天守は復元天守ですが、それ以前も天守ながら一国一城令の例外的な城のため「大櫓」を名乗っていたようですが、どう見ても天守です(笑)

 そもそも平安末期に築城されていた歴史ある城郭ですが、伊達の家臣であった白石氏の居城だったものが奥羽仕置に伴い、会津若松に蒲生氏郷が入った際に、ともに蒲生に与えられました。
 その後、上杉景勝の所領となり、その家臣を城代として送り込んでいます。関ケ原の合戦の折には、上杉VS伊達による白石城の合戦が展開され、伊達が白石城を奪還、仙台城の支城として片倉小十郎景綱に与えています。その後、明治維新まで片倉氏の領有となるわけですが、これがまた例外中の例外的な扱いなわけです。

 いろいろと理由はつけられるのでしょうが、伊達家の宇和島領有のみならず、一国一城の例外として、実質的な天守を有する城郭を、家臣の片倉に認めさせているというのはどうなのでしょう。
 おまけに、講談的には徳川にとっては憎き敵である真田幸村につながるものまでも、その城でかくまってしまうわけです。これは、歴史ロマン派からすれば、真田と片倉による漢たちの感動秘話、となるのでしょうが、そういう解釈でいいものでしょうか。あまり私は納得できない派、ですね〜(笑)。
 数代後とはいえ、子息である大八につながるものが真田を復興させるわけですから、わかってやっているとしか思えません。
 上杉、伊達の境界領域というだけでなく、一国一城の例外、さらには幕末明治期には、奥羽越列藩同盟の締結の地にもなっています。きわめて重要な城郭というわけです。仙台藩にとっては南側の要となる重要な地でもあります。

 白石城の訪問の後は、仙台城を訪問することが多いのですが、巨大な仙台城の藩南方の前線防衛としてみると感慨ひとしおです。
 仙台城と組で考えた場合、大櫓と称した実質的天守を持つ白石城と、幕府に遠慮して天守を建設しなかったとされる巨大縄張りの仙台城の組み合わせは何とも違和感を感じますね。仙台、伊達藩に対しての依怙贔屓を感じざるをえません(笑)

 帰路に新幹線の駅で白石温麺を食べて帰りました。温麺は、そうめんと違って油を練りこんでいないそうです。それゆえに体に優しいという点がウリのようです。温麺にも関わらず、暑いので「冷やしメカブうーめん」を食べました(*^^*)




tougouiryo at 2022年03月26日06:00|この記事のURLComments(0)

アトピー性皮膚炎の統合医療

 アトピー性皮膚炎は、アレルギー反応により、慢性的かつ再発性に皮膚にかゆみを発生させる湿疹で、全人口の約5%の罹患率があるといわれています。

 非常にメジャーな疾患にも関わらず、従来の治療法のみでは、簡単に解決できないことも多く、ステロイドなどへの不信も合わさり、医療不信につながることも多いようです。そしてこの不信をベースにさらに悪化することも少なくありません。

 一般的な発症の原因は、身体的要因のみならず、精神的、環境的などさまざまな要因が重なっていることがほとんどです。

 こうした疾患には、いわゆる現代西洋医学のみで解決できた方はいいのですが、そうでない方には統合医療的なアプローチが必要であると考えます。
 つまり重症化した場合のステロイド治療などは否定せず、現代医療的アプローチも併用しながら、できるだけ漢方、ホメオパシー、サプリメント(腸内環境改善用)などの自然医療を駆使して、速やかに状態の改善を図るものです。こうした考えの中では、現代医療VS代替医療というような対立構図を想定していないことがポイントです。

 こうした考えのもと、当クリニックでは、漢方、鍼灸、ホメオパシー、さらにはサプリメントも取り入れつつ治療を行います。(具体的には刺絡によって頸部の瘀血を除去しながら、石膏などの消炎系漢方薬を用いて赤みの強い炎症をコントロールしていきます。また栄養欠乏型のアトピーに対してはミネラル中心のサプリメント補給、精神要素の強いケースではホメオパシーなど個別に多彩に組み合わせていきます)

 必要に応じて専門医との連携もおこなっておりますが、そもそもこれまでたくさんの医療機関を経てきた方がほとんどかと思います。
 これまでの経過などを時間をかけて聞く中で、治癒のキーポイントも探っていきたいと思います。こうした経過に大きな治癒のポイントがあることも少なくありません。

 あらゆる疾患に共通することですが、アトピー性皮膚炎も突然の災難として発症してきたわけではありません。
 生活の見直し、心理的な問題など、一つ一つ解決していくことが、結局は治療の近道になるでしょう。統合医療はそのための大きな道しるべと言えるものです。いろいろな方法が、まだある、という希望を持っていただきたいと思います。



tougouiryo at 2022年03月21日07:00|この記事のURLComments(0)

当院が自由診療であることの理由

 当クリニックでは、保険診療ではなく、自由診療形式をとっております。普通、医療機関は保険診療なので、どうしてこうした診療形態なのか、を説明したいと思います。理由は大きく二つあります。

(1)ゆっくりとした時間で「納得の医療」のため

(2)代替医療を含めた「統合医療」のため

(1)ゆっくりとした時間で「納得の医療」のため: 従来の保険診療の枠では、患者さんの方でゆっくりと時間をとってもらいたい、もしくは、医師の側もそうしたいと考えても、様々な制約の中で、どうしても手早い診療になってしまいます。
 ただ薬だけほしい、という方にはいいのかもしれませんが、心身両面にわたる問題や、ドクターショッピングを重ねている場合などは、短時間(いわゆる「3分診療」)の診療で解決されないことがほとんどです。また、遠慮深い方は「他の患者さんがお待ちだから・・・」と遠慮される方も少なくありません。
 医療は本来、一人一人の人生において重要な局面を握るものであることもすくなくありません。これまでの人間ドックなどのデータなども含めて、じっくりと医療相談(加えて健康状態にあった代替医療相談)をするには、ある程度の時間がどうしても必要です。当クリニックでは、こうした問題を解決するために、ゆったりとした時間の取れる、自由診療形式を採用しています。

(2)代替医療を含めた「統合医療」のため: いうまでもなく保険医療のカバーしている医療はおおむね「現代西洋医学」です。わが国は一定の制約のもと、エキス剤を中心に医療用漢方も保険適応とされていますが、通常の薬剤と異なり、生薬であれば、かなりの制限がつきます。ましては良質の生薬を使用する場合は、なおさらです。
 さらには、漢方と両輪の関係でもある鍼灸を、漢方処方する医師が、相乗的効果をねらって自ら行うことも、事実上困難です。また、サプリメントやホメオパシーといった代替医療であればなおさらです。特にホメオパシーはそうですね(笑)
 いわゆる「身体にやさしい自然医療」は、保険診療ではカバーされていないため、自由診療とせざるを得ないのです。
 また、一緒にやってくれないの、というご意見をうかがうこともあるのですが、基本的に現在の制度上、混合診療(保険診療+自由診療)はきわめて限られた条件のもとでしか認められておりません。この辺りはローカルルールなども合わさり、単純には言えないところでもあります。
 こうした理由から、統合医療実践のための当クリニックでは自由診療形式を採用せざるを得ないのです。

 こうした理由からまだまだ「統合医療クリニック」というものは一般的ではありませんが、「統合医療」という概念はまた別です。個人のなかでの、ベストな医療の理想として、一人一人のなかで個別にベストな統合医療が展開されることが、現状としては望まれているといえるでしょう。



tougouiryo at 2022年03月20日07:00|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (鶴ヶ岡城)

 鶴ヶ岡城(続108・山形)です。新潟から特急いなほに乗って訪問しました。特急いなほは、羽越本線を通っていくため、村上を過ぎてから、鶴岡の2、3駅手前まで日本海沿いを走る風光明媚な路線でした。
 村上近くでは、有名な「笹川流れ」に代表される奇岩により形成される海岸が、そのまま山形県まで続きます。トンネルとトンネルの間に、つかの間、こうした景色が見え、「旅情」あふれる、といった感じでした。


 時折、上杉の領国としての越後の広大さの理由を考えるのですが、こうやって実際に行くと納得の理由があるものです。
 春日山城から西へ向かうと。こちらも「親知らず子知らず」に代表される断崖絶壁により富山県と隔てられているのがわかります。そして春日山城から広大な水田地帯に隔てられ遠く離れ、上杉の支配に対して独立的反抗的であったとされる「阿賀北衆」の領土もまた、最上の本拠である山形と前述した自然の要害で隔てられているわけです。実際の歴史は、地政学的にみても納得です。


 鶴岡駅で「冷やしラーメン」を食べてから、鶴ヶ岡城(鶴岡公園)へ。現在の本丸は荘内神社となっていて、御祭神は、酒井忠次をはじめ酒井家二代、三代、九代が祀られています。元来、この地は最上と上杉の勢力がせめぎ合っており、大宝寺城として築城されたこの城も、上杉から最上の支配へと変わっていきます。

 しかし、江戸時代に入って最上三代の時のお家騒動により改易され、酒井家が信濃松代藩から(!)入り、そのまま明治へとつながります。この間、酒井家の国替えが画策されたときに、領民の反対運動により、酒井家の領有が続行されたことは「善政」であったためといわれますが、上杉と最上に挟まれた歴史をみると、やっと得られた「安定」と継続したかったという面も強かったように思われます。他にもいろいろとありそうですが…(*_*)
 
 ここ庄内藩は、幕末においてはかなり特異な扱いを受けることになり、歴史的にはかなり穿った見方をすることも可能です。
 東北諸藩の中では例外的に、官軍である西郷隆盛を敬愛する土地柄で、元藩士がはるばる西南戦争に西郷軍として参加までしています。「西郷の人柄を慕って」というのが定番の解釈なのですが、それにしても戊辰戦争で徹底抗戦までしたにも関わらず、何故、寛大な戦後の処置を受けることができたのでしょうか。黒田清隆、西郷隆盛の漢の心意気みたいな説明は個人的には全く納得しておりません。明らかな依怙贔屓を感じざるを得ません。
 大本営の移動も画策された「松代」からの初代忠次の移封にも、何か関連しているのではないでしょうか。(大いにありそうです…)


 訪問した日が休館日だったため、致道館、藤沢周平記念館は見学することが出来ませんでしたが、かろうじて旧三の丸にある致道博物館は開いていたので見学できました。かなり見どころ満点の博物館で、入り口を入ると青い立派な旧鶴岡警察署庁舎、その横には藩主御隠殿、美術展覧会場、多層民家、奥には酒井氏庭園、振り返ると旧役所も立派な建造物で、こちらには戊辰戦争関連資料があります。
 城郭自体があっさりしていたので、次の予定までに時間を持て余していたのですが、たっぷり楽しむことができました。充実の博物館です!


 駅までの帰り道、「千葉寿司」さんで日本海の海の幸を堪能し、サクランボ(紅秀峰)を買って帰りました。紅秀峰、美味しかったです。




tougouiryo at 2022年03月19日06:00|この記事のURLComments(0)

新型コロナと統合医療について考えていて気づいたこと

 新型コロナをめぐる統合医療学会の講義の準備をしていて久しぶりにケン・ウィルバーなどを考え直しておりました。(これに関しては、今週末20日にオンラインにて統合医療学会主催の講義が開催されますので、ご興味ある方はどうぞ!)

 プラグマティズムについて。哲学の大学院に行っていたころ、よくこのプラグマティズムについて「そうした浅はかな西洋思想とは東洋思想とは違う」といっていた研究者がいらっしゃったのですが、巷間言われるように、成功すれば正義、というようなきわめてアメリカ的思想と考えればそうなのですが、実際にこの思想に触れると、そうした通俗的な印象とはまた異なった印象を持つものです。


 私の尊敬するブロガーの意見でも、ことこのプラグマティズムに関しては、結果重視の浅はかな思想、こうした考えにより科学がおかしな方向に進んだという認識があるようです。特にデューイが批判にさらされるようです。確かに、プラグマティズム自体がその起源が2つあり、微妙に内容が異なることがこうした混乱に拍車をかけているように思います。(私自身は旗色は悪いのですが、ジェイムズのプラグマティズムを支持しています)

 しかし甲野善紀先生のいう「出来ねば無意味」なども、その厳しさも含めて、やはりプラグマティズム的といってよいですし、結果を考慮に入れない思想は、その理論があらぬ方向に進展してしまうというのもまた事実です。
 こうした誤作動を防ぐ意味でも、やはり現実を受け入れる「プラグマティズム」が必須になってくるように思います。

 では、浅はかなアメリカ的もしくはIT社長の成功哲学的な論法に陥ることなく、どのようにこの思想を扱っていけばよいのでしょうか。
 そこで必要になるのが、ケン・ウィルバーの4象限(もしくは8領域)の考え方です。これ自体、彼のインテグラルなスピリチュアリティの思想展開に多用されるので、当たり前といえば当たり前なのですが、この多元主義的なベースを導入することで、悪しきプラグマティズムへのある種の誤解が却下できると考えます。(かつて京大の藤井教授がプラグマティズム理解にはモラルがある種の必要だということを著作で述べておられましたが、その一般系として4象限は役立つと考えます)

 悪しき結果論的説明に陥ることなく、現実を受け入れるというある種の柔軟性が求められる一面がプラグマティズムにはあると思います。そして、その柔軟性(ある種の曖昧さ)が、認識に大きな可能性を与えるようにも思います。そしてこれが、今回の新型コロナによる分断への処方箋の可能性もあるわけです(こうした内容が20日の講演になります)。

 この辺りは天外伺朗のいう「無分別知」や、郡司ペギオ幸夫のいう自由意志・決定論・局在性のトリレンマなどとも関連してくるでしょう。
 分断を乗り越えるツールとしての多元主義についてすこし考えてみました。

tougouiryo at 2022年03月15日06:17|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (会津若松城)

 今回は会津若松城(12・福島)です。押印は平成22年8月21日でしたので、ここも東日本大震災前に押印したことになります。その後一度、訪問し現在は、赤瓦の五重天守という印象ですが、かつては普通の黒瓦で、史実に基づいた「赤」にこれから変えるということで、平成22年の時、赤瓦一枚、裏に名前を書いて寄付してきました。

 元は92万石の蒲生氏郷により、壮大な七重天守が建造されたのがはじまりです。それが1611年の大地震にて傾いてしまい、時の城主、加藤明成により五重に縮小して再建されたものが、会津戦争まで継続された天守となります。
 現在は1965年復元の天守で、2011年に黒瓦から赤瓦に葺きかえられました。


 歴史的には極めて重要な城で、ご当地では会津戦争ネタが一押しという感じでしょうか。それでも戦国の歴史もはなばなしく、頼朝による東北支配の後、蘆名によって居館(東黒川館)が立てられたことが起源となり、蘆名による領有が続きます。
 その後、米沢の伊達政宗により蘆名義広が「摺上原の戦い」で敗北、政宗が黒川城にはいります。
 しかしそれもわずか一年で、豊臣秀吉の奥羽仕置により、会津を追われ、かわりに伊勢から蒲生氏郷が入城します。この時、氏郷は出身である近江にちなんで黒川を「若松」に改名します(出身地に近い「若松の杜」に由来するといわれます)。
 その後、氏郷が40歳という若さで亡くなると、続く秀行の代でお家騒動が勃発、宇都宮へ移され、かわりに春日山城から上杉景勝が入ります。
 ここでまた大イベント発生で、関が原合戦の契機となります。歴史小説的には、石田三成と上杉景勝の共謀による家康の東北への陽動作戦ということになるのですが、実際はどうだったのか?というところでしょう。

 いずれにせよ、この家康への叛旗により関ケ原合戦へと展開していくわけです。しかし敗戦により、上杉は米沢へ移封、再度、蒲生秀行が会津に入るものの、これまた30歳で若死(さらにその子の忠郷も25歳で夭折!短命の家系なのか、呪われているのか…)。次には、「賤ヶ岳の七本槍」加藤嘉明が入城、その子明成が、五重に改築した天守が幕末まで続くのは既に書きました。
 その明成も会津騒動により所領没収、そして名君、保科正之が入城します。秀忠の隠し子、いよいよ「お江」の目を逃れて世に出ます。ここから幕末のイベントの伏線が開始です。かの名著『風雲児たち』もここから始まります(というかこんなところから始めるから終わらない・笑)


 というように歴史の流れを追うだけでも東北のオールスター登場、からの関が原、そしてそれを引きずって幕末に至っては新政府の敵役、とものがたりに事欠かないお城なのです。


 実際に訪れると、会津観光史観との批判もありますが、二本松少年隊と並ぶ「白虎隊」の悲劇の場でもあり、考えさせられる史跡がたくさんあります。
 単なる悲劇の場としてだけでなく、おそらく当時も一部の者は実情を知っていたにもかかわらず、末端の若者や婦女子は知らされることなく大義の名のもとに命を落としていたわけです。
 またこの地は、前述したように伊達、蒲生、加藤、上杉、保科と政治的にもいろいろとありそうな人達が濃厚に関連しています。東北の要衝だから、といった理由だけではないように感じるのは私だけでしょうか。


WhiteTiger 〜白虎隊西部開拓譚〜1
夏目義徳
ナンバーナイン
2019-03-15



tougouiryo at 2022年03月12日06:00|この記事のURLComments(0)

ふ〜塩

 先日、当院で取り扱っている水素水「キヨラビ」の社長さんとお話する機会がありました。水素水にまつわる興味深い話だけでなく、いろいろと興味深い歴史の話などで盛り上がり、とても楽しい時間を過ごさせて頂きました。
 この際に、ご紹介頂いたのが「ふ〜塩」。和風のミックスソルト、といった感じで、確かに何にかけてもおいしいです! 私は豆腐、キュウリがおすすめ。ごはんに少しかけても美味しいです。
 社長の水素水へのこだわりだけでなく、消毒液、炭酸氷に塩まで、実に多彩なアイデアを実現する実行力は本当にすごいです!

 ふ〜塩についてはこちら↓

キヨラセレクト

 

tougouiryo at 2022年03月07日06:55|この記事のURLComments(0)

今週、3月10日のジャングルカンファレンス

今週木曜日はジャングルカンファレンスです。今回は代々木での開催となります。

未だ、蔓延防止のさなかですが、オンラインと実際とのハイブリッドにて開催します。今回は、新型コロナによって、期せずして変貌した医療の現場について、皆さんと考えていきたいと思います。
いわゆる「ロングコビット」と称される遷延する症状や、感染対応によって分断された人間関係について、我々はどのように対応していけば良いのでしょうか。

今回は「医の多様性」「多元主義」をキーワードに基調講演的に話題提供してから、会話していきたいと思います。

参加希望の方はこちら! 初めての方も、どなたでも参加できます!


tougouiryo at 2022年03月07日05:35|この記事のURLComments(0)

お城へ To Go (江戸城)

 江戸城(21・東京)です。クリニックが四ツ谷にあるので、毎日城内に入っているようなものですが、それでも100名城としての押印は行きました。そして押印することで、江戸城本丸の天守台を初めて見ました。堂々たる台座です!

 大手門から三の丸に入り、現存する番所である同心番所、百人番所、中の門を通って、大番所と続きます。そこから本丸に上がり、大奥のあった広場を通過し、天守台へ。これまで天守が再建されることがなかった天守台(加賀前田藩)にのぼると本丸全体が見渡せ、とても気持ち良いです。

 訪問時は、かなりの外国人で、日本人の方が少ないくらいでした。たしかに自分も、その時まで、ここに来たことはなく、こんなに奥まで入れることも知りませんでした。それもこれも、城巡りをしなければ、一生来ることもなかったかもしれません。
 天守台からは汐見坂から白鳥掘を右手に見ながら、二の丸へ。二の丸庭園を通過して三の丸に戻ります。日本最大の巨大城郭、江戸城として散策してみると、感慨もひとしおです。

 江戸の城の歴史としては、太田道灌築城が有名ですが、厳密には秩父氏が居館を桜田に築いたのが初めということです。この時、秩父重継は「江戸太郎」を称したそうです。その後に、扇谷上杉氏の重臣である太田道灌が、江戸氏の居館跡に、江戸城を築城。そして秀吉の小田原平定後に、徳川家康が入城するという流れになります。

 天守としては慶長度、元和度、寛永度の三度にわたって史上最大の天守が建造されました。家康は当初、秀吉政権下においては、天守を建造しませんでしたが、これは、秀吉存命中であると大坂城を超える建造物は建てられないからといわれ、蒲生氏郷が七重天守を有する中、天守無し、という状態でした。

 これはなるほど納得で、下手に建てれば大坂城より劣ったものにしなければならず、それだと格下であることを印象付けてしまうことになります。それゆえに征夷大将軍に任ぜられた7年後に天守を完成させるのです。

 しかし、こうして建てられた天守もわずか15年しか存在せず、2代秀忠により家康没後一年で取り壊されてしまいます。これは本丸御殿拡張のためといわれますが、さてそれだけなのでしょうか?(徳川期大坂城天守に家康天守は転用されたとも伝わっていますが…)

 そしてさらに、この秀忠の天守を3代家光が14年ほど壊してしまうのです!これは家康天守を壊した秀忠への意趣返しといわれていますが、きっとそうなのでしょう。祖父家康を神のように崇めていたといわれますが、単純に家康の子供なのかもしれません。
 ちなみにこれは推測でもなんでもなく、家光自身が家康の子供であると言っているのですが、教科書的には、それは尊敬の念の表れだということになっています。
 しかし、この天守の取り壊し戦争をみていると、やはり家康の孫ではなく、子供という気がしてなりません。まあいずれにせよ、家光による寛永度の天守は現在の20階建てのビルに相当するといわれております。

 ちなみに現在の天守台には、新井白石によって4代目の天守が提案されいたようなのですが、実際に建造されることはなく、天守台のまま、今日に至っています。

 とにかく江戸城は大きい。大きさとしては一般的な城郭の100倍ほどもあるわけで、現在の千代田区全体を超える大きさです。
 四ツ谷駅ひとつとっても、地下鉄丸ノ内線が、四ツ谷で一度地上に出た感じになるのは、江戸城の堀の中に駅があるからで、こうしたことも城を知らなければ、結構知られていない事実なのではないでしょうか。

 江戸城の再建という話題が時折出ています。個人的には天守が聳えたつ首都、というものにあこがれもありますが、反対する方々の主張も分からないではありません。天守再建を社会の起爆剤に、というマンガです! ↓ ↓




tougouiryo at 2022年03月05日06:00|この記事のURLComments(0)

お城へTo Go(小田原城)

 小田原攻めの攻城をここ数回取り上げてきましたが、いよいよ本拠地、小田原城(23・神奈川)です。100名城の押印は平成21年6月29日です。

 当時、100名城のスタンプラリーが始まってそれほど経っていないにも関わらず、訪問者数の多さから既にスタンプが劣化してしていました(現在は復活しているかもしれませんが…)。
 本丸は、訪問時は遊園地というか公園化されていて、動物園のような感じで、象までいました。小諸城も同様に動物園になっているので、一時期の城郭の利用法として盛んだったのでしょう。一頭だけの象、それほど観客もいなそうで、なんだかとても寂しそうでした。それから、しばらくしてニュースか何かで、(記憶が曖昧なのですが)その象の死亡を知りました。(その後再訪した際は猿だけになっており、かつてゾウがいたことを示すものは全くなく「なかったこと」にされているようで悲しいですね)


 訪問の際、「ういろう」屋さん(といっても「薬」です)によって、薬の「ういろう」を買いました。漢方薬局が併設されていて、ちょこっとのぞいたところ、薬剤師さんが一人いて漢方の処方をしているようでした。どのような処方の方法なのか知りませんが、歴史ある場で漢方処方が出来る、というのはなかなかうらやましい環境だと思いました。

 銅門や馬出門などが復元されていて、子供の頃に来た印象とは少し違っているなあ、と感じました。1997年の復元で、かつてを偲ばれる立派な門でした。
 三重の天守は1960年に鉄筋コンクリートで復元されたもので、明治期まで残った関東の天守としては、この小田原城が唯一ということです。この近世城郭は、豊臣の包囲したものとは違っておりますが、近くにある秀吉による一夜城からこの天守を見ると(とても小さいですが見えます!)、これまでの落城した諸城を思い、実に感慨深いものです。


 総構という、町ごと土塁や空堀で囲い込む壮大な防御設備により、鉄壁の守りを貫いていた小田原城でしたが、これもやはり豊臣の大兵力を前にしては、勝敗は戦う前には決していたも同然です。
 兵力に加え、周辺の北条方の諸城を、特に要となる城郭を徹底して落城させた秀吉の戦法は、心理戦としてもかなり有効だったようで、八王子城落城などはかなり主戦派の心を挫いているようです。何事もその設備だけでなく、そこに関連する無形の心理状態などが大きく影響することを教えてくれています。


 そして本丸天守から少し離れますが、小峰の大堀切や稲荷森総構掘などが実はみどころ。当時の総構のすごさを実感できます。ちょっと城についての知識がないと、よくわからないかもしれませんが、なんかスゴイ感じは伝わるようで、「時空の歪み」みたいな感じで、いわゆる「映え」写真としてネット上でも時折見かけます。(何が歪みなのか、ネット検索してみると分かります!)

 小田原攻めに関連する城郭をいくつか見てきましたが、実に作りこまれた見事な城郭も、歴史の流れという大きな濁流には全くの無力といった感想を持ちます。
 我々は、細かな対策や作戦を立てることで眼前のリスクを何とか減らそうと試みます。これが奏功することもありますが、常に思い通りにいくとは限りません。あらゆる取り組みが意味をなさないことを覚悟する、という状況もまたあり得るわけです。ハーバード教育学研究所のロバート・キーガン博士は、次のように述べています。


 こうした状況においては、私たちが問題を解決するのではなく、問題が私たちを解決するのである。


はじめてのお城ガイドマップ 小田原城(神奈川県)
城びと 監修:加藤理文・諏訪間順
(株)東北新社
2021-03-19



tougouiryo at 2022年02月26日07:00|この記事のURLComments(0)

お城へTo Go(山中城)

 今回は関東というより東海ですが、山中城(40・静岡)です。前々回から続いての「小田原攻めシリーズ」で、東海道上にある、小田原への最後の要とも言える城です。

 100名城の押印は平成21年の6月28日です。駐車場に車を止め、道路向かいの売店にスタンプがありました。当時は、まだ城めぐりを始めたばかりでしたが、「最近、100名城の人が結構いらっしゃいますね、かなり廻られたのですか」とお店の人に声をかけられたのを覚えています。ここは沼津、三島によく行っていた時があるので、そのたびに幹線上に位置するアクセスの良い城なので、何度も行きました。(訪問時はまさに東海道上沿いにあったのですが現在は城を迂回するバイパス完成に伴い、本線から外れて標識に従って従来の道路へと入る必要がありますので、東海道上の要衝といった感じが少し薄れてしましました)
 この城は近年では、独特の形状をした「障子堀」が大人気で、お城好きからはベルギーワッフルとも称されております。どこかの歴女が「好きなお堀は障子堀!」とも言っておりました(笑)。


 この城はまさに東海道上に両側から挟むように縄張りで、まさに「関所」のように位置しています。豊臣の天下統一の締めくくりとして小田原城へと向かうには、通らざるを得ない位置です。
 既に秀吉が天下統一へと向かっていた時期ですから、戦国の世と比べると戦闘がずいぶんと減り、逆に手柄を立てる機会もまた、ぐっと減っていた時期でもあります。そうした意味でも、華々しい業績を上げるめったにない機会といった意味合いが、この山中城をめぐる戦いからは見えてきます。

 
 この城も八王子城同様、戦闘までに整備が間に合わず、未完成のまま戦闘状態に入ります。東海道を上ってくると右手側に位置する出丸(岱崎出丸)で戦闘が開始され、豊臣側の一柳直末が討ち死(三の丸跡のお寺にお墓があります)。
 しかし攻城側の多数の兵により二の丸、三の丸と次々におち、山中城はその日のうちに落城します。障子堀をはじめ、いくつもの技巧を駆使した北条の築城技術が盛り込まれた城郭ですが、やはり大群にはひとたまりもないということでしょう。


 この小田原攻めの際には関東各地の城が落ちていくわけですが、どれもこれまでの築城の様々な技法にも関わらず、圧倒的な豊臣軍の数にはかなわないわけです。そうした意味で、小田原の喉元とも言える立地の山中城は、凄まじい勢いで飲み込まれる運命の城だったといえるのではないでしょうか。

 近くには旧東海道の石畳の街道もあり、城自体も駐車場完備で、よく整備され、歴史に興味がなくても障子堀の美しさは一見の価値ありです。少し足を延ばせば、三島大社、そして三島のうなぎが食べられます。
 非常によく整備されているので、城にあまり興味ない方でも楽しめると思います。




tougouiryo at 2022年02月19日07:00|この記事のURLComments(0)

臨床ファッシア瘀血学 経別と経方理論

 前回の臨床ファシア瘀血学の話題で、江部経方医学の機能図と経別との関連を少し示唆しましたが、これについて補足の考察です。  
 経方医学における衛気の流れを示す機能図(俗にUFO図?とも)に基づく話題ですので、経方医学未読の方はスルーしてくださいませ。(何となく雰囲気だけは伝わるようにはします…)

 江部経方医学における人体構造の概観としては、「胃気」が人体におけるシステム全体を維持することが特徴といえます。それをベースに「胸」「隔」「心下」が、各臓腑を外界(外殻)と交通するというのが中心構造となります。
 つまりここでの「胃」は全身に供給される気の中心で、胃の気のバックアップとしての「脾」「肌」といった貯蔵の場を持ちながら、その調節を行っています。(西洋医学的にはさながら心臓の概念に近いのでしょうか)

 ここでファシアとの関連も強い「三焦」を考えてみます。経方医学第1巻では、中医学的な三焦は、血脈以外の気津が循環する場を総称したものであると解説しています。そして経方との関連では「胸」「隔」「心下」と「皮気」「肌気」「脈外の気」「腠理」そして経方独自の概念である「直達路」もこれにあたるとしています。
 つまり全体像としては、機能図すべてが相当することになるのですが、その開始点、中心となるものは胃気を出す「胃」そのものとも解釈できそうです。胃は本来、消化管として認識されていたものですから(古代の解剖においても小腸への連続は自明であったと推測できます)吸収がそのメインの機能です。
 そこにさらに発出としての機能が付加されたわけですから、その放出先と合わせてなんらかの新しい概念が必要とされたのではないでしょうか。それが全体像としての「三焦」ではないかと考えます。
 つまり「胃」には消化器としての側面と、三焦への気の放出器官としての側面とがあることになります。あえて表現するなら、胃(消化)と胃(三焦)、となるでしょうか。
 これを機能図に当てはめる際、心と心包のような関係として適応させてみます。もしくは、胃(消化)と脾、胃(三焦)と三焦、としても良いでしょう。こうすると心下と小腸の間に、消化器としての胃を配置でき、また、胃気の放出源としての胃(三焦)を置くことが出来ます。

 なぜ、このような面倒な概念を導入したかというと、臓腑との関連の深い「経別」の概念をこの機能図に入れ込みたかったからです。
 これにより心下より下の臓腑、二組(経方の機能図において)になっているものは、腎・膀胱(一合)、肝・胆(二合)、胃・脾(三合)と分けられます。これら経別の源流としての陽経は、上から下への流れのため、経別となった後に、胸より上に引き上げるときは「心」の働きを要すると考えられます。それゆえに一から三合の陽経の経別は、すべて心を通過することになります。
 次に、隔の上下に配置が分かれているものをみると、それは経別における四から六合にあたることが分かります。心・小腸(四合)、心包・三焦(五合)、肺・大腸(六合)です。これらの経別は、源流からすぐに心を通過することがわかります。

 四肢から独自のルートで臓腑にいたる経別ですが、こうしてみると一定の法則性が、この機能図においてもあることが理解できます。こうした関連は帰経で考えるよりも自然な臓腑との連続で、湯液と鍼灸との相互作用における重要な接点としても考えられるのではないでしょうか。
 この考え方は図示すると分かり易いのですが、メモとして残す意味でブログとして文章にして解説してみました。

 またこの考え方によると、隔からの気の放出において「肌気」の放出が胃(三焦)から前隔を通してのみ、なされることがわかるので、ファシアの病態説明にも有用に思います。つまり、ファシア、肌気、三焦をひとまとまりとして理解することが出来るわけです。

  ちなみに波動による器機は、ファシアを介して独自の周波数を放出もしくは感受すると考えられます。その場合は、こうした機能図の関連性を飛び越えて、直接的に臓腑に作用すると考えられます。




tougouiryo at 2022年02月13日06:00|この記事のURLComments(0)

お城へTo Go(八王子城)

 今回は、八王子城(22・東京)です。前回の鉢形城を落とした「北陸支隊」が、汚名挽回をかけて襲い掛かった悲劇の攻城戦の舞台です。100名城押印は平成21年2月22日です。近場ですのでたまに行くのですが、縄張りがかなりヤバい状態になっているので前線部など全域はほぼ行けていません…)

 初めて訪れた際は、現在のように御主殿跡などは整備されてはいなったのですが、復元の曳橋や虎口などは立派で、見どころ満載でした。
 ただ場所柄、車で訪れると霊園を通過していき、さらには「マムシ注意」に加え、嚙まれた場合の医療施設の電話番号まであったので、ドキドキしながらの散策でした。御主殿部と山上要害部があり、本丸や八王子神社のある山上要害部へ向かうには、ちょっとしたハイキングといった感じで思ったより登りの距離があります。

 また西側に展開された「馬冷の堀切」は、距離もある上に、訪問時は藪で歩きにくく、マムシの危険もあるので未だに行けておりません。

 以前読んだ解説書に書いてあったのですが、たしかに城としては全体像がつかみにくい城です。特に初心のころに行ったので、分かりにくい感じで、西側に至ってはかなりの上級者向けといった雰囲気に満ち溢れてました。人によっては、マニア向けの城なのでこれを100名城として挙げるのはいかがなものか、といった指摘もあるようです(納得です)。

 この城は城主の北条氏照が不在のまま激戦の末、落城を迎えるという悲劇の城です。近隣の滝山城が、武田の軍勢にかなり攻め込まれたことから、豊臣との鉄砲主体の戦闘に備えて、移ってきたきたばかりで戦闘となり、まだ城郭としては未完成だったといいます。 

 また前田・上杉を主体とする「北陸支隊」の鉢形攻めが手ぬるいと秀吉に叱責され、撃滅による落城を命じられてもいたようです。そのため城内には、婦女子が自害し身を投げたといわれる御主殿の滝もあり、そこから流れた血で川が赤く染まったという言い伝えもあります。はじめは、このエピソードを知らず、この滝近くに降りて一服したりしておりました。(゚Д゚;) さらに後日ネットで、「関東最恐心霊スポット」としても紹介されていることを知りました・・・

 滝山城も好きな城で、武田の攻撃にも落ちなかった堅城なのですが、それを捨ててまで移ったこの八王子城。しかしどれほど地の利を生かして、築城しても寄せ手の兵力差はいかんともしがたいということをつくづく感じます。こうした豊臣方に飲み込まれたしろとしては東海道にまたがる山中城も、同様の暗さがありますね。

 医療でいうところの強力な感染症や難治の疾患に対しての無力感と二重写しになるようにも感じます。
 
 ちなみにこの八王子城、八人の王子がここに降臨した地で、八王子という名称の由来になったという説もあるようです。城はやはりその地の古くからの信仰と密接に関連しているものが多いですね。

tougouiryo at 2022年02月12日06:00|この記事のURLComments(0)

お城へTo Go (鉢形城)

 北武蔵の要、鉢形城(18・埼玉)です。押印は平成21年の3月29日でした。このころは100名城のスタンプを開始したばかりでしたので、快調に関東の諸城を立て続けに制覇していました。
 初めて訪れた際は、車で荒川にかかる正喜橋を渡った、まさに崖の上にある城といった印象。ちょうど桜のシーズンでしたので、敷地内にある「エドヒガン桜」がとてもきれいに咲いていました。

 長尾景春によって築城された鉢形城は、同氏が山内上杉に反発して立てこもった「長尾景春の乱」の舞台となった城です。
 後に武田の侵攻や、豊臣による小田原平定戦において防戦を展開した実践経験豊かな城です。広々として眺めもよく、併設された資料館も充実しているので、とても勉強になりました。


 深沢川と荒川の合流する点の突端に笹曲輪が位置し、その奥の一段高い場所に本丸(御殿曲輪)があります。荒川越しに眺めると、難攻不落といった感じですが、二の丸、三の丸と土地が次第に開けていくので、反対側からの侵攻が弱点であり、そのため石積み土塁や堀などの防衛設備が整えられています。攻めるならこちら、といった感じでしょうか。

 実際にここを攻めた「北陸支隊」は、四方から包囲し(東方・前田利家、南方・上杉景勝、西方・本田忠勝、北方・真田昌幸)一斉に攻撃、中でも大打撃を与えたのが、本田忠勝による南西の車山から大手方面へ向けての大砲攻撃といわれます。これにより北条氏邦は降伏、開城します。このとき氏邦は、前田利家に助命され、後に金沢で没するのですが、これがのちの八王子城攻めなどに大きく影響します。つまり、この措置が手ぬるいと、秀吉に評価されることになるのです。

 一度、こうした評価を受けると、このぶんを次の戦にて挽回しないといけなくなるわけです。これにより八王子城や山中城をめぐる戦いが激化し、悲惨な結末へとつながっていきます。しかし、これがのちの小田原城の開城の伏線となるので、仕方ないといえば仕方ないのですが、局所戦だけでは評価できない良い例といえるかもしれません。

 良かれと思ってうった一手が、全体の中で、自らを次に追い込んでしまうということは、往々にして様々な場面でも見られることです。
 城めぐりにおいても、他の城と併せて考えることで、より多くの情報が得られることは少なくありません。八王子城、山中城の落城と合わせて考慮したいお城です。

 PS:局所だけの治療の有効性ばかりを追っていると全体の健康を見失うということは、珍しいことではありません。全体を把握するということが、統計的にはなかなか困難ですので。医療においてはどうしても近視眼的な方策が多く取られるように感じます。
tougouiryo at 2022年02月05日06:00|この記事のURLComments(0)

臨床ファッシア瘀血学 「経別」について・BファシアとEファシア

「臨床ファッシア瘀血学」の連載のはじめの方で、経別・経筋・奇経とファシアに関して論考しましたが、最近、山田新一郎・佐藤源彦著『東洋医学と潜在運動系』を読んで、とりわけ経別への理解が進みましたので、ファシアの総論的なこととあわせて記載してみたいと思います。ファシア瘀血学の第2回で論じた三木解剖学との関連で述べていきます。

 三木はヒトのからだを大きく動物系と植物系にわけ、生命の基盤を成す植物系に対して、現代では如何に動物系の影響が強まっているかを論じています。
 この二つの関連で言うと、内臓との関連の密接な「経別」は植物系、そして通常の経絡(経脈)は動物系に相当すると考えられます。正確には経脈さらには奇経・経筋がこれに相当し、特に動物系という意味では経筋がそのものといえましょう。また奇経についても十二正経を持つ身体が立ち上がり、重力が縦軸に負荷されることで見えてくる、新たな関係としてとらえるとまさに動物系といえるでしょう。

 この『東洋医学と潜在運動系』では、歴史的に臓器との関連の深い経別は、いわゆる現在の経脈の成立する前に存在していたと考えています。
 人体の上下関係からヒントを得た経絡の原型から発展して、四肢と臓器の関連をしめした経別が形成され、さらにその後の知見を加えて(本書では潜在から顕在への時代の流れを受けて)十二正経が主流となったと推測しています。
 そしてその過程で、従来の経別が十二正経の理論に取り込まれたのが、現在の解釈となったというわけです。それゆえに経絡の説明として、若干の強引な理論展開が出てくるわけで、経別の流注の複雑さはここに由来することになります。

 ただ、もともと四肢と頭部との関連で、この流れ(経別)が存在していたとする見方は、非常に理解しやすい考え方だと思います。
 大きな流れでとらえれば、1〜3合は足から頭部への流れ、4〜6合は頭部から手への流れになります(2本の経脈を一組として合としているので、合計6合となります)。
 あわせて「足⇒頭部⇒手」と考えれば、三木がいうところの進化における「頭進」そのものになります。そしてこのハブとなるところが頭部です。内臓と感情との深い関係を考えるとTFT(思考場療法)のタッピング場所との関連も見えてきそうです。
 つまり従来の経絡による解釈だけよりも、この療法の意味するところが明確になるのではないでしょうか。ちなみにこのルートを「エネルギー的」ととらえると、合気系武術などエネルギー的な身体技法的側面との接点が見えてきます。

 そしてこれと逆ルートとも言えるのが経脈の流れとなります。「(胸)⇒手⇒頭部⇒足⇒(腹)」といった流れです。これは「動き」をベースにした「ボディワーク的」と言えるでしょう。関連する領域で言えば、向野先生の「M(経絡)テスト」や、より経筋に近い「アナトミートレイン」などがこれにあたるでしょう。

 ここですこし三木解剖学の話題に戻ると、アリストテレスの「四大」での底辺である「モノ(物質)」を物理的な力であると考えると、ファシアとりわけアナトミートレイン的なファシアがそれに相当すると考えられます。いわばマトリックス(母体)となって植物系、動物系へと展開するわけです。
 ボディワーク系ファシア(以後「Bファシア」)から始まり、植物系である内臓器官、そして中枢のベースである辺縁系(爬虫類)へとつながります。ここまでを経別として考えます。ちなみにBファシアは、張力をベースとして機能しうるので、一個体として身体を見るとき、それは「テンセグリティ」として考えることが出来ます。
 そしてここから新皮質へと発展し、ここに従来型の経別に、感覚・運動系が大幅に上乗せされて経脈となるわけです。(ここで理論の整合性を保つために陽経経別の対向流システムが出てくるのでしょう)
 進化的には爬虫類、哺乳類、さらには霊長類と進化し、壮大な精神的・霊的なシステムが出現してきます。身体のエネルギー殻を想定するエネルギー医学的視点です。エーテル体、アストラル体といった領域です。
 この基本となるエネルギーとして想定されるのが、電子などの量子や、水分子をはじめとした生体においてコヒーレント性を有する分子です。この考え方によるとコラーゲン分子から成るファシアにおいて、電子の流れを形成し、エネルギー医学の基本としてのエネルギー系ファシア(以後「Eファシア」)として捉えることができます。

 BファシアとEファシアという造語を、わざわざ導入した理由は、ファシア概念の混乱にあります。(近年の流れとしてはBファシアのみが正統化されつつあることを懸念しています)
 生体マトリックス的な総合的考え方では、当然BとEの両方が考慮されるべきなので、どちらかを無視したり、混乱するということは避けなければなりません。『東洋医学と潜在運動系』では、顕在運動系と潜在運動系として、その混乱を戒めています。

 これらを総合して三木解剖学に接続すると「物質的なBファシア(唯顕)⇒植物系(潜主顕従)⇒動物系(顕主潜従)⇒Eファシア(唯潜)」といった関係が記せます。一周廻ってBとEが、ファシアで合流というわけです。
 ここにファシア概念の二重性も見て取ることが出来ます。これは、電子の波動性と粒子性の二重性とも重なりそうです。(ここにさらに量子の「意志」説をいれると面白いのですが話題が拡散するのでここまで)

 また植物系と動物系の対比で考えられることは、経別と経脈との自律神経へのアナロジーです。
 頭部との密接な関連から経別は、副交感神経とりわけ迷走神経との類似が推測されます。そして経脈は、交感神経との関連性、これはとりわけ長田先生の無血刺絡理論で展開されるデルマトームとの関連から示唆されます。
 この対比は、診察法においても見て取られ、夢分流に代表される腹部臓器を投影した腹診では経別と密接な臓器の様子を知り、背部(背候診)においては、明確なデルマトームは交感神経との関連そのもの(関連痛のメカニズム参照)ですから、表裏でこれも対称的となります。
 ちなみに皮膚と神経との関連では、経脈における内臓への影響は「体性自律神経反射」として説明されています。この反射で説明されるのがファシア連関のA−F、O−Fによる内臓への影響で、経絡理論的には経脈から派生した「絡脈」による内臓への接続です。かつてはこれを経別と解釈していたのですが、違って経別はもっと本幹的なものと考えるようになりました。このあたりは迷走神経の多彩な機能が関連してくるので「ポリヴェーガル理論」の援用を要します。つまり、ポリヴェーガル理論によってTFTなどが、トラウマ治療に効果を発揮する仕組みが説明できるのではないでしょうか。

 別な話題としては、江部経方理論の臓腑の機能図において、各臓器に直接影響しうるラインもまた経別となります。つまり臓腑へ直接的に、エネルギーを送るラインとして考えられます。
 ただその場合、頭部との密接な関連がやや説明困難ではありますが、これも合流しながら「胃の気」として江部先生の言うところの頭部への「直達路」を通っていくのかもしれません。直達路自体が経別の遺残(もしくは「影」)と考えることも出来そうです。なお経方理論の機能図は、体表構造(皮・肌・肉)と内部臓器との関連を総括している図でもあるので、統合医療的諸分野の総括図として非常に有効です。(私個人としては解剖図、生化学代謝図と並び、補完医療的要素のまとめとして統合医療臨床における重要な概念図であると考えています)

 今回は「経別」の特殊性と、そこから導かれる「Bファシア」「Eファシア」の概念について考えてみました。これらはさらに発展して考えると、メタトロンやAWGなどの波動系器機の理論的基礎としても解釈が可能です。つまり統合医療的な統括概念として、極めて重要なものと考えられます。
 波動系器機との関連は、また後日、考察してみたいテーマです。今回はココマデ。

 以下は今回参考にした書籍です。内容としては概論半分、ワークの具体的方法半分、といった感じです。







tougouiryo at 2022年01月30日06:00|この記事のURLComments(0)