部分と全体:統合医療基礎論
身体における縮退
バランスについて感じたことを少し。
先日の講習会で、小関先生がスポーツなどでのいわゆる「クセ」は少数の大きな筋肉の単純な動きに帰着しがち、というような意味のお話しがあった。
最近、医療にかかわらず「縮退」(という現象)を考えることが多いので、非常に納得した。いわゆる粗雑な(もしくは故障しやすい)動きというものは、少数の筋肉にその動きが「縮退」している、と言えるのではないだろうか。
これをバランスボードなどで不安定にすることで、縮退のループを一時的に切る、これにより、新たな動きや行為、動作につながるのではないか、と思う。
心や関係性のみならず、身体の使い方においても縮退は大きなポイントになっているのではないだろうか。
温食動想の「動」の部分がかなり充実したように感じる。
小関先生のHPはhttp://www.kablabo.com/
テトラセルフケアの意義(1)
また、これらの有効性を示す証拠がはっきりしないと、という方もおられるでしょう。その通りではあるのですが、一つ一つの証拠を出しているとまたそれはそれで、実践の話がおろそかになる、という面もあります。
また、これ以上たくさんだと反対に、何をどうやっていいかわからない、ということになってしまいます。
つまり、少なすぎても、多すぎても良くないところがあるわけで、バランスの良い最小限の数、というものが必要になってくるわけです。それをここではテトラつまり4つにしてみたということです。
まずはこの4つのバランスを保ちながらのセルフケアを試してみてはいかがでしょう、という提案だったのです。
テトラセルフケア(想)
結構、ぐるぐると同じことを考えてしまうことってありますよね。いわゆる認知行動療法は、こうしたプロセスを客観的に自分で理解し、改善していく思考方法ですが、それ以外にもいろいろあります。我が国で生まれたものとしては「森田療法」もその代表的なものといえるでしょう。
とにかく、あたかも「縮退」するかのような思考の悪循環を。どこかで断ち切る、つまり視点をずらすわけです。今回はそうした詳細は省略しますが、こうしたアプローチは身体に対しても有効です。どこか一部分だけに集中しないようにする、ということなのです。
テトラセルフケア(動)
久々の「テトラセルフケア」です。今回は「動」です。運動がからだにいいことは、あえていうまでもないことですが、「運動する」という言葉が「強迫」になってしまっては元も子もありません。
大した運動量でなくても、たのしくストレスに感じないでやれるかどうか、がミソになります。私は歴史が好きなので、史跡や城跡をめぐる中で、運動量を稼ぐようにしています。しかし毎日ではないので、まあなかなか十分な運動量とは言えませんが(笑)一つの参考にしてください。
<歩行>
やはり万歩計などでの計測も大切です。客観的な評価があると「やる気」にもつながります。ただ歩くということだけではなくて。記録をつけるのも成功の秘訣です。
<呼吸法>
運動に分類するか否かは意見の分かれるところですが、呼吸運動と捉えてここでは「動」として扱っておきます。さまざまな方法がありますが、わかりやすいのは「吐く息」を「なが〜く」です。
つまり・・・
1)まず息を吐いてから大きく吸います。
2)吐いている時間を自分で数えます。20くらいを目安にしますが、無理をせず、初めは少なく5くらいからでOKです。
呼吸法になれたきた方には1〜3を心で唱えながら行う「自律訓練法」もおすすめです。詳しい説明はここでは省きますが、当クリニックで行っている「からだ再発見教室」でも評判のいい方法ですので、ご興味ある方は成書などを参照してみてはいかがでしょうか。
<自律訓練法>
1「気持ちが落ち着いている」
2「両腕が重たい」「両脚が重たい」
3「両腕が温かい」「両脚が温かい」
テトラセルフケア(ちょっと休憩)
これらをモデルとして書くと正四面体の4つの頂点をイメージしています。
つまり、これらがまとまることで基本的なセルフケアとなる、というイメージです。
「4」という数字はユングのタイプ論でも4種類のように、まとまりのある「完全」な数、という意味合いがあります。
それらをつなぐ要素、つまり正四面体の辺にあたるもの、が「絆」もしくは「関係性」として捉えています。
これらの立体的なイメージと詳しい内容は現在、本を書いていますので、近いうちに出版を予定しています。
またお知らせしますので、ご興味ある方はぜひご覧ください。
テトラセルフケア(食)
ついで、食についてです。それぞれ、これはというような方法があると思います。私の経験的なところで確実な方法をご紹介します。
<糖質制限>
一日一食は糖質制限をしてみる。つまり主食を抜いてみる。だるさ、落ち込み、眠さのある人はとくに。
<サプリメント>
マルチビタミンを中心としてサプリメントを摂取する。とくにストレスの強い状況であれば、ビタミンBやCは多めに摂取する。また亜鉛欠乏にも注意し、女性は加えて鉄欠乏にも留意する。
<発酵食品>
発酵食品を摂る。納豆、味噌、ぬか漬けにキムチ、ヨーグルト、チーズと発酵食品はさまざま。腸内環境の調整、ビタミン・アミノ酸の補充、さまざまな効果が期待できまので、摂取を心がけてください。
テトラセルフケア(序)
テトラセルフケアとは、4つのセルフケアをまとめたものです。
まあ、つぎはぎ、と言われればその通りなのですが、まとめた時はまた違った効果を発揮するものです。
ただの部分の総和以上の効果を「シナジー」とよびますが、このセルフケアもこのシナジー効果を狙ったものです。
どれか一つの専門家でなければならない、といった考えがこの国では強いですが、ある程度俯瞰した視点もこれからは必要です。全体の危機管理も局所の専門家のみでは、難しいのではないでしょうか。
総合診療という医療の在り方、そして統合医療の在り方、こんなことを先日、名古屋大学総合診療の先生と話してきましたが、そうした視点の重要性も我々は考えていかなければならないのではないでしょうか。
身体内部における「縮退」
ここでの気づきをいくつか・・・。からだの力みを意識しないと、簡単に腕があげられるのに、どこかに(腹など)に力みを意識すると途端に腕があげられなくなってしまいます。これは一見、臍下丹田に気を込めるという行為と矛盾する結果です。
しかし、実際に体験して感じるのは、まさにこうした力みにより、からだ全体の動きは低下してしまうこと。つまりどこかに中心(もしくは支点)を作ってしまうと、そこに動きが「縮退」してしまうような現象が起きるようです。縮退は、ものごとの歴史的な流れに対してだけではなく、空間的な広がりにおいても適応されうることが実感できました。
つまり、どこかの支点に動きを縮退することなく、全身に分散させることで掴まれても妨げられることのない動きにつながるのではないでしょうか。小関先生は部分的な関係性をつくることで全体性が崩れる、と表現されていました。これはまさに「部分と全体」の関係そのものです。理論として理解していたものが、体感をもって伝わったようで非常に勉強になりました。
力み(つまりは交感神経優位となるようなストレス状況下)は、まさに縮退の中心点と考えられ、数々のリラックス技法(自律訓練法など)はまさにこの縮退を止める、もしくは遅めるものとして理解できそうです。縮退を防ぐ、このことがかなり医学においても重要であることがさらに実感できました。
効率化の功罪
スローダウンな生活の重要性を少し前に考えてみました。速さを求められる現代、なぜスローが重要かを少し考えてみたいと思います。
物事のスピードアップは、無駄なことを省いてより短い経路で物事を遂行していきます。結果無駄がなくなるので、経済的なわけです。しかし、このちょうしで続けていけば際限なく、スピードがあがるわけで、人間の本来持つ速さ(もしくは対応可能な速度)を上回るような日が来てもおかしくないわけです。現に、それに対応すべく、さまざまな機器が発達し続けているわけです。
こうした速度の上昇は一方で、その経路を短くもします。わかりやすくいうと、株の取引などで極めて短時間に超多額のお金がパソコン上を動くわけです。一昔まえとはその速度が異なるわけです。これにより一部の人が大金持ちになり、社会の二極化も速度を増すというわけです。
こうしたことは人間の体でも起こってはいないでしょうか。いろいろな薬が出来たことにより、症状の改善(もしくは変化)がよりスピードアップしうる時代になりました。が、一方ではそのための問題も散見されるようになったわけです。こうした健康への素朴な疑問や心配がスローダウンの風潮の基底にあるように思います。効率化にかんしては、サプリメントなどが良い例です。なぜサプリが必要になってきたか、それは、昔は米を食べるとしてもきれいに精米して食べるということはないわけです。一見無駄なものが、たくさん付いていたわけです。しかし効率化によりエッセンスのみを取り出すようになるなかで、以前はゴミと思われていたものの中に、大切な栄養素がたくさん含まれていたわけです。無駄を切り捨てるなかで、本当に必要なものも捨ててしまっていた、ということもあるわけです。これこそまさに短絡化することの弊害と考えて良いと思います。
人の体も同様で、一見面倒な生活改善をせずに、薬物による短絡化を安易に取り入れることの弊害もありそうです。「縮退」そのものの説明には至りませんでしたが、こうした効率化の功罪を考えてみることも重要ではないでしょうか。
縮退に対抗するわけではないのですが、今週末は弘前で統合医療研究会です。東京ではなく、地方での開催に意味があると考えております。統合医療医が5名ほど集まって、小さな発表会をする予定です。公開ではないのですが、良い成果があれば。またここでもご紹介したいと思います。といいながら温泉もあるので、楽しみです。
次回の「からだ再発見教室」は3月5日13時半〜です。お電話にてご予約受付中です。
「スローライフ」を考える
どれも良いことで、それ自体、何ら問題はないのですが、それってどうして重要なんだろう、と、ふと考えると、意外に簡単には説明できないような気がするのです。たとえば安保先生の理論を使って、副交感神経活性化だから・・ということはできるけれど、すべてがそれだけというわけでもなさそうです。
こうした言葉の中に「スローフード」「スローライフ」というものも入ります。これもなんとなく「スロー」なのはいい、というところまではわかりやすいのですが、どうして、といわれると、意外に情感だけで納得しているような気がするのです。急がない、急がなければアドレナリンが出ないから、副交感神経優位となる・・・そうした自律神経を介した説明以外にはできないものだろうか、とかつて考えていました。こうした「言葉」たちにはもっと根本的な意味はないのでしょうか。
早くて確実ということはすべてに優先すべきこと、と結論付けていいのでしょうか。こうした素朴な疑問から「スロー」が提唱されてきているのでしょうが、ちゃんとした議論になると、「・・・」とつまってしまうようにも思います。こうした、いわば「あいまいな」ところがちゃんと説明することができれば、医療をふくめたライフスタイルを考え直す上で大きな力になるように思います。
「スローダウン」することに何か意味があるとすれば、それはどういうことなのでしょうか。こうした問題には、「現代医療だけではダメなんですか?」と問う人への答えや、多くの代替医療の存在理由、もしくは代替医療の危険な側面などを考えるヒントがあるように思います。急速にスピードアップする現代、なんでも早くて確実な方が本当にいいのでしょうか?
こうした問題への一つの視点として、すべてのもの(こと)が速度を上げて収束していく「縮退」といわれる現象があります。そうした現象を次回以降考えてみたいと思います。
統合医療における「部分と全体」
このブログでも統合医療についていろいろと書いてきましたが、まだまだ統合医療という考え方自体が良く理解されているという状況ではありません。また、専門家の中でも大きく意見の相違があるのも事実です。
保守的な先生では、現代医療と論文などしっかりとしたエビデンスのある代替医療を合わせたもののみを統合医療と呼ぶべきだという意見もある一方で、そうではないものも含めて考えて(マネージメントして)いくべきではないか(ただし勧めるかどうかは別ですが・・・)という考えもあります。
私はどちらかといえば後者なのですが、仲間内でもこれに反対、という先生もいらっしゃるのは事実です。ただし、なんでもEBM、EBMとしてしまうと必ず、裏に入ってしまうものを増やすだけだし、答えとしては優等生ですが、あまり現実的ではないと思うのです。それゆえに、実際は一つ一つのケースに最適なように考えていくしかないように思うのです。
また、ふくらはぎについての執筆をしていて思うのは、「なぜふくらはぎ?」「なぜ温め?」「なぜ統合医療?」「なぜナチュラル志向?」こうした問題はなんとなくそのほうがいいから、という気はするのですが、「どうして?」と問われるとはっきりしない人も多いのではないでしょうか。これに対しては少し前には、新潟大学安保先生による「安保理論」として総括的に説明され、かなり理論的には以前よりすっきりしたものの、まだ、すべてがクリアという感じではありません。
これらの問題に対しては、統計的な方法でははっきりするのは困難で、むしろ数学的な論理のようなもので、バッサリと切ってしまうしかないように思います。でなければ、延々水掛け論を続けざるを得ないでしょう。
そうした問題のうち「部分と全体」の問題はとても大きなものです。部分を集めたものは全体と一致するか、という問題です。これをこの後少し考えてみたいと思います。私たちは意外と、部分は全体の状態を反映していると考えがちです。こうしたところに意外な盲点がありそうです。こんなことをおいおい考えていきます。
長くなったので、今日はここまでにします。
ちなみに次回の「からだ再発見教室」は3月5日(土曜日)13:30〜です。糖質制限や自律訓練法に加えて、「部分と全体」についてもお話しする予定です。