読書だより

異端の科学

 MRIと水分子について調べているうちに、中田力先生の「脳の渦理論」を思い出し、久しぶりに渦理論3部作を読んでみました。何度もよみかえしているのですが、こちらの理解力不足のためなかなか理解できずにいる内容なのですが、それでも時折気になってしまうわけです。なぜか不思議な引力を感じる本なのです。こうした事情は、私に限ったわけではないようで、松岡正剛先生の千夜千冊でも、同じような感想が書いてありました。

脳のなかの水分子―意識が創られるとき
中田 力
紀伊國屋書店
2006-08-01



 それでも今回は、ELDER、アセンブリ、アクアポリンといったキーワードがずいぶんと理解できたような気がします。とりわけ、全身麻酔の基礎が水のクラスター形成にあるというポーリングの理論から(これもポーリング!)水分子の重要性が良く分かりました。しかし、中田先生をしても脳機能と水分子の関係を述べると「おかしい人と思われる」というのですから、科学にはどうしても触れてはいけない、という領域がやはりあるようですね。

 中田先生の著作とは関係ありませんが、そうしたものの代表格のようなものを少しメモしておきましょう。これらは、その理論の突飛さもさることながら、ちゃんと検証しようとしたにも関わらず、何らかの妨害が入ってしまったというものです。事の真偽は、現在の私たちにとって「藪の中」なのですが、各人が推理しながら読まれるのも面白いと思います。科学の闇のようなものにご興味ある方はどうぞ。

 まずは千里眼や念写・透視の実験を行った福来友吉(東京帝国大学文学博士)については以下。前帝大総長の山川健次郎(理学博士)を前にした実証実験の圧巻の様子が描かれています。

霊術家の饗宴
宏次, 井村
心交社
1984-01T


 次は獲得形質は遺伝すると主張したオーストリアの生物学者パウル・カンメラ―の悲劇を描く、アーサー・ケストラーの代表作。エピジェネティックが語られる現代においては、また違った角度で興味深い作品です。







 そして最後は、ホメオパシーの理論的基盤を提供するはずだった実験の顛末。PAFの発見などそれまで一流の科学者であったベンベニストが「水の記憶」事件に対して、「ネイチャー」とのやり取りを記した反論の著作です。序文を「ジョセフソン効果」を発見したブライアン・ジョセフソンが書いているのも興味深いです。




 読む方によっていろいろな感想を持つことと思いますが、たまには「異端」の世界に思いをはせるのも良い頭の体操になるのでは。

tougouiryo at 2020年03月21日06:00|この記事のURLComments(0)

三石理論における分析と総合

 三石巌先生の『医学常識はウソだらけ』を読み直していたら、まえがきにおいて渡部昇一先生が興味深いことを書かれていたのでメモしておきます。

三石理論を読むと、それが科学至上主義の唯物論であることが解る。(中略)人体を一つの物理化学的反応体系として徹底的に考察せずして、真の栄養学は生まれないであろう。私は唯物論者ではないが、唯物論的にも考えることが出来ない人は科学者でないと思っている。

 とあります。ともすると統合医療の分野は、過度のオカルトに引き込まれる可能性を十分持っているだけに(これは各自で相当姿勢の違いがありますが…)大きな警鐘とすることもできる言葉です。まあオカルトをどう定義するかなど、実際はそう簡単ではないでしょうが、分子栄養学、オーソモレキュラー、といった分野が、こうした唯物論的精神によって大きな成果を上げたこともまた事実でしょう。
 いわゆる現代医学以外が、すべてオカルトであるかのような構図でこの統合医療という領域を捉える方には少し混乱するかもしれません。しかし、合理的な精神をもって、医学という幅広い世界(三石先生は医学は科学ではない、と喝破していますが…)を見ていくことは、統合医療にとって大変重要なことだと思います。

 こうした三石理論と、現代医療の思考方法の違いを(勝手に)比較してみると、分析と総合、という哲学的方法の違いに影響すると思います。昨今のEBM重視の流れは、統計学的方法を前面に出したいわば「総合」的な方法です。これに対し、分子栄養学やオーソモレキュラーの立場は、「分析」の立場を徹底しているように思います。そして分析を徹底した後に、現実の臨床効果を、統計的ではなくプラグマティックな「総合」により進展していっているという感じでしょうか。三石先生はそれを「検証」という言葉で、前掲書のなかで次のように表現しています。

科学であるためには「検証の精神」が不可欠であり、「検証」とは仮説を実証する科学的手続きのことである。だが、人間の生命に関わる分野であるだけに、昔からこの「検証」という手続きが曖昧なままに放置されてきたのである。

 として現状の医学批判を展開されています。我々は、「医学」といわれる領域をもう一度、捉え直すことで、各々の生命をより輝かすことが出来るのではないでしょうか。三石理論は、唯物論の立場からそうした視点を、今に至っても提供し続ける力強い理論といえるでしょう。



現在のオーソモレキュラー、分子栄養学の隆盛の基盤となった著者による一般書です。ご一読をお勧めします。

tougouiryo at 2020年03月17日06:00|この記事のURLComments(0)

経方医学とファッシア


 最近のファッシア絡みの考え方のメモみたいなものですので、ご興味ない方はスルーしてくださいませ。(クリニックの勉強会メンバーで参考にされたい方はお読みください)

 昨今のファッシアの訳本などの解説書の流れとしては、整形内科研究会の先生方がけん引している事情もあって、ファッシア重積のリリースや、それに類する鍼灸や理学療法の治療へとつながる話題が多いように感じます。それゆえにファッシアの科学的解明の方向性を呈するものが目立つわけですが、十数年前からテンセグリティーやエネルギー医学の流れに関心をもっていたものの立場からすると、エネルギー系の考えから少し距離が置かれているようにも感じております。
 まあ、怪しいエネルギー系とは一線を画したいという総合診療系の先生方のお考えもわかるのですが、「ファッシア」という概念自体が、そうしたものを一つの母体として脚光を浴びたという点は否定できない面もあり、オシュマンなどの展開する「生体マトリックス」という用語にも私としては親近感を感じております。
 今後は、細胞外マトリックスや細胞骨格と水分子の極性との関連が、ホメオパシーなどエネルギー系の医学とよりいっそう密接に論じられるようになると感じているので、生体マトリックスという用語も積極的に用いていこうかと考えています。

 また、昨年の1月に開催した「ファッシア研究会」の折に発表したファッシアについての総論のPPTを見ていたら、江部洋一郎先生の提唱された「経方理論」との関連を(自分でも忘れていたのですが)説明してあり、あらためて原典を見直してみる機会になりました。

経方医学 1―「傷寒・金匱」の理論と処方解説
横田 静夫
東洋学術出版社
2011-04T


 経方理論は、名医別録を基盤とした生薬の「ベクトル性」の展開だけではなく、従来あまり重要視されていなかった「隔」という概念がネックとなる漢方理論です。いわば、気の出入りを担当する「隔」と、その上下にあって気の上げ下げを担当する「胸・心下」がキモとなり、それらの機能の相似形のようになり体表面での気の流れを説明するというものです。
 この体表面での流れを「皮」と「肌」の二層に分け、その間に「膜」を置き、これらを貫通する形で「腠理(そうり)」があるという構造です。皮は、いわゆる表皮と真皮における乳頭層に相当し、肌はそれ以下の真皮つまり網状層と皮下組織(脂肪層)がこれにあたります。
 つまり、経方理論における「肌」がファッシアに相当すると考えてよさそうです。となると「膜」はさしずめ、網状層における膠原線維束(皮革製品として使われる部位)といえるのではないでしょうか。
 ファッシアと肌とを比較するメリットは、その臨床応用にあります。これまでの流れであれば、整形的な痛みの発痛源としてその解剖学的位置が問題になっていましたが、経方理論に関連付けることにより、傷寒論をベースにした漢方処方への展開が可能になります。つまり脾胃と直接関連付けられ(心肺ではなく)、腹診における心下に着目することが可能になります。(このあたりは経方理論における臓腑関連図を参照してください)
 さらには、心下の下部に位置する腸間膜領域を寺澤先生の述べられるように「三焦」として考えると、ファッシアと三焦との密接なつながりが『閃く経絡』とまた違った観点からみることもできます。




 いずれにせよ、故江部洋一郎先生の遺した「経方理論」は、昨今のファッシア理論の展開にも極めて重要な役割があるのではないかと感じることが出来ました。ご興味ある方は、さらに理論展開を考えているので直接お尋ねください(笑)

tougouiryo at 2020年03月08日20:00|この記事のURLComments(0)

悲しみの秘儀

 ボームの言葉をここでしばらく引用していると、読んでいる時とは異なった感覚になることがしばしばでした。ただ引用しているだけにもかかわらず、ダイアローグやカンファレンスという行為に対して、深く考えさせられます。
 数日前から若松英輔『悲しみの秘儀』を読んでいるのですが、そこからこの引用ということにも考えさせられました。ちなみの俵万智さんは、著者を「引用の達人」と称賛しています。

誰かの言葉であっても書き写すことによってそれは、自らのコトバへと変じてゆく(中略)
引用は人生の裏打ちがあるとき、高貴なる沈黙の創造になる。そこに刻まれた言葉は人がこの世に残しうる、もっとも美しいものにすらなりうる。


 若松先生の本は『本を読めなくなった人のための読書論』を読んでから、その独自の視点と優しい文体から何冊か読んでいますが、今回、この引用についての文章と、さらにはカンファレンスの在り方について考えさえられたのですこしメモすることにします。

 医療における通常のカンファレンスでは、当然今後の方針など具体的なことを決定していくので、感傷的なことばかりでは進まないのですが、ジャングルカンファレンスにおいてはそれとは少し違った印象をわたしはもっています。代替医療、統合医療の場には、通常の医療からふるい落とされた悩みや不調が数多く現れます。
 これに対して、いわゆる通常の「医療従事者」的な言葉だけでは、寄り添うことが出来ない場面も多々あるはずです。様々な意見を多元的に取り扱う理由はそこにもあるわけです。しかし、それだけなのかということです。そこにはふるいにかけられ、既存の枠組みでは掬い上げられることのない悲痛な訴えがあります。そこにどのように共感していくのか、ということもとても重要に思います。若松先生の以下の文章が、印象的でした。

人生には悲しみの扉を通じてしか見ることのできない地平がある。人は、悲しみを生きることによって、「私」の殻を打ち破り、真の「わたし」の姿をかいま見る。また、悲しみを経て見出された希望こそが、他者と分かち合うに足る強度を持っている、とも思う。悲しみを生きるとは、朽ちることのない希望を見出さそうとする旅の異名なのではないだろうか。

 ジャングルカンファレンスにおける、対話の中で交わされた言葉が、何らかの「強度」を持つとしたら、こうした悲しみへの共感が大きいのではないだろうか、たとえどんな形でカンファレンスが展開されようとも、こうした共感なしでは、その基礎がないといっても仕方がないのではなかろうか、といったことを強く感じた文章でした。

 また普通は受け身ととられがちな「読者」についても書かれていました。カンファレンスなど欧米系の考えでは何か発言しなければならないとされますが、ただ聞いているだけでも多くの人のない内部では、実は大きなうねりが生じているものです。そうしたことと考え合わせながら。

読者とは、書き手から押し付けられた言葉を受け止める存在ではない。書き手すら感じ得なかった真意を個々の言葉に、また物語の深層に発見していく存在である。こうした固有の役割が、読み手に託されていることを私たちは書物を開くたびに何度となく想い返してよい。


悲しみの秘義 (文春文庫)
若松 英輔
文藝春秋
2019-12-05


tougouiryo at 2020年02月27日06:00|この記事のURLComments(0)

隠岐から帰ってきました

 しばらくバタバタしておりまして、久しぶりの書き込みとなります。

 1月17日から23日までの一週間は、超音波を中心に離島の僻地医療を見学に隠岐にいっておりました。初めての訪問でしたので、まずは到着するまでに結構大変でした。隠岐では、観光する時間も十分に取れたので、島前のみでしたがいろいろと見て回れました。とりわけ摩天崖から通天橋への散策は、外国にいるかのような雄大さで、事前に調査していなかっただけにかえって大きな感動でした。
 また離島の医療についても初めて知ることばかりで大変刺激的な一週間となりました。





 ここでの長期休暇のつけがまわっていろいろと忙しかったのに加え、カンファレンスの在り方を考えさせられる事件が頻発し、心身ともに疲労困憊しておりましたが、同時に多くの学びも得ることができました。とりわけ「ダイアローグ」についての考察がいろいろ進みましたので、ここでも書いていきたいと思います。以下のボームの著作から多くの示唆を得ました。ニューエイジ運動にかぶれていた時にボームの著作は何度か手に取ってはいたのですが、当時は難解でとっつきにくそうなので敬遠しておりましたが、現在は大変共感できます。本にも出合うタイミングというのがあるものですね。




tougouiryo at 2020年02月09日09:19|この記事のURLComments(0)

「花粉症は治る病気です」出版されました!



 ホメオパシー医学会でかつて、花粉症のレメディの効果を、多施設の二重盲検法にて検討しその有効性を証明した朴澤先生の電子書籍が出版されました。この二重盲検研究の時も当院は、研究施設として協力させて頂きました。
 こうしたことから当院も、本書で連携施設として掲載されております(電子書籍のためまだ確認していないのですが…スミマセン)

 朴澤先生と同じレメディを用いて例年、花粉症のレメディとして当院でもその効果を実感しております。本年も早々に、花粉症のレメディ希望者が出ておりますので、すでに大量にスコットランドより輸入しました。スギ・ヒノキともにレメディの準備万端です!

 このレメディは年年その効果が蓄積されていくようで、3〜4年経過した患者さんは明らかに前年よりも症状の経過が顕著にみられます。この傾向は、初めの年では、はっきりしない方も多いのですが、2年3年と経過するうちに、明らかに、使用していない人との差が出てきます。

 大きな副作用もなく、非常に有効な方法ですので、ホメオパシーに対して「アレルギー」がある方にも是非おすすめしたい治療法です。

tougouiryo at 2019年12月17日06:00|この記事のURLComments(0)

疲れの取り方、発売中!



 私が監修し、朝野ペコさんによるイラストの「365日やさしい疲れの取り方」が出版されました! 学会開催日には間に合いませんでしたが、現在、アマゾンにて購入可能ですので、是非、どうぞ。関係者の方は、クリニックにても販売しております!「いいこと大全」に次ぐ、「かわいいシリーズ」です。おっさんなのですが、どうしてか、こういうかわいい系のお仕事の依頼が増えている傾向にあります(笑)

tougouiryo at 2019年12月16日06:00|この記事のURLComments(0)

今週は勉強会とジャングルカンファレンスです

 今週14日木曜日は、定例のジャングルカンファレンスです。鹿児島での統合医療学会の前のカンファレンスになりますので、発表予定の方はなるべく参加するようにしてください。参加申し込みは、統合医療カンファレンス協会HP(11月開催分)まで。

 翌15日金曜日の勉強会のお知らせ(関係者のみ対象)。今回は体表解剖の3回目でボディナビゲーションの体幹部をやります。具体的には、前回の残りの「足部」からはじめ、4章「脊柱と胸郭」を中心に、頭頚部と骨盤部の復習をする予定です。

具体的には、以下の「トレイル」を中心に、自分で実際に自分の身体を触って予習してきてください。
4章 正中線稜、横断道、項部、隠れた大通り、胸骨稜、でこぼこ道
5章 球形一周、顎の遠足、馬蹄トレック
6章 骨盤部の復習



 また今週金曜日はオープンダイアローグ開催予定です。出席予定者はオープンダイアローグについて少し見ておくとやりやすいでしょう。





 

tougouiryo at 2019年11月11日13:00|この記事のURLComments(0)

ファシアの健康番組と刺絡治療

 先日、NHKの健康番組で「ファシア」が取り上げられていました。我々の勉強会では「ファッシア」と言っていますが、まあどちらも「筋膜」の訳なわけです。番組では美容をメインに展開されていましたが、それにとどまらない今後の展開が期待される重要な身体の考え方です。
 これまで、筋肉や骨格、内臓などいわゆる「実」が話題となることばかりだったのですが、「それ以外」にだんだんと注目が移ってきているのでしょう。番組では、ファッシアに向けての「ハイドロリリース」の様子なども紹介されており、今後ますますこうした番組での取り上げられることが増えていくでしょう。

 ファッシアに興味を持つのは、当院での治療のメインでもある「刺絡」や「ハイドロリリース」の理論的基盤になるからです。ハイドロリリースはまさにエコーを見ながら、ファッシアを狙うわけですからそのものズバリ、なわけです。
 これに対して刺絡はどうしてなのでしょうか。これまではなんとなく、末梢の毛細血管での「瘀血」を対象にした鍼治療の一つというとらえ方をしていたのですが(それでもまちがいではないのですが)、なぜこれほどまでに即効性をもって疼痛などに効果があるのか、そしてそもそもどこから「瀉血」しているのか、などいざゆっくりと考えるとわからなくなってくる問題は少なくありません。
 これに対して、ファッシアに含まれる毛細血管の停滞部(細絡)と考えると、その治療対象が明確になってきます。加えて、経絡の流れをアナトミートレインとして考えると、その流れはファッシアにテンションがかかったものそのものであるので、経絡上の瘀血と考えて矛盾しません。
 
 ファッシアを中心にこれからの健康への考えを展開すると、まさに瘀血、刺絡、という概念がさらに重要になってくることでしょう。ただの結合組織としてのとらえ方から、統合医療全般を改めて再考させる重要な概念としてより注目していきたいと思います。
 また慢性的な疼痛の方には、きわめて重要な考え方となっていくことでしょう。お困りの方は、このファッシアにおける瘀血という視点での治療が、大きな可能性をもたらすことは間違いないでしょう。









tougouiryo at 2019年11月09日06:00|この記事のURLComments(0)

対話型ファシリテーション

 今月はジャングルカンファレンスです。11月14日木曜日、いつもの代々木ウィルワンアカデミーですので、ぜひともご参集ください。最近は、JCに加えて、ジャングルカフェやオープンダイアローグなどいろいろな方法論をもちいて、開催することが多いので、ファシリテーションについていろいろと読んでいます。
 そんな中でも気になったものがこれ。



 メタファシリテーションという技法を分かり易く解説している手引きなのですが、これが内観療法ととても似ていることに驚きました。「なぜ?」や「どうした?」という質問を封じることで、相手の気づき促すというものなのですが、内観の3原則、してもらったこと、してかえしたこと、迷惑をかけたこと、を尋ね、迷惑をかけられたことという質問を意図的に外すというところが一脈通じます。また質問の過程も、事実関係を聞いていくということを徹底するなど、基本的な方針も似ていると感じました。また「問題は何か、誰の問題なのか」という点を強調するところは、最近特に気になっていた視点だけにとても共感できました。
 意図的に何かを聞かない、ということが大きく相手の気づきを促進するということをあらためて感じさせられました。

tougouiryo at 2019年11月07日09:08|この記事のURLComments(0)

今週の勉強会は「下肢」です 

 関係者向けの連絡です。今週の勉強会は、前回に引き続き、体表解剖学です。今回のテーマは「下肢」ですので、ボディナビゲーション、を中心に自分の体を触っておいてください。余裕があれば『解剖学講義』の下肢のところも見ておいて下さい。



 筋肉の基本的な知識が不安な方は、さらに簡単な参考書を挙げておきます。漫画的な説明にも関わらず、結構詳しく書かれていたりします。進化的な視点もふんだんに入っているので、ためになります。




tougouiryo at 2019年10月17日06:00|この記事のURLComments(0)

中動態の世界と、善の研究

 先月の沖縄でのジャングルカンファレンスの際に、アリゾナ大学PIMAAの同門の濱田先生と統合医療の在り方について議論した時に、ともに重要な理論として挙げたのが「中動態」についての考え方でした。
 この考え方はリボンの「一緒に治る」という思想にも反映されているもので、私も非常に重要な概念だと思っております。
 なぜ、能動態、受動態でない中動態が重要なのか、なぜそもそも文法の話が統合医療の考えにおいて大切なのか。疑問に思った方は是非、下記の書籍をお読みください。対話や会話を重視する新たな医療の考え方の一端に触れられると思います!



 現在、「100分で名著」、西田幾多郎の『善の研究』です。日本独自の哲学という切り口で紹介されることが多い名著ですが、プラグマティズムとの関連は、専門ではない方にとってはあまり知られていません。ジャングルカンファレンスの基本思想でもあるプラグマティズムと関連させながら、読解することも面白いのではないでしょうか。




tougouiryo at 2019年10月16日06:00|この記事のURLComments(0)

寄生生物から脳腸相関を考える

 自由意志というものはあるのか。無意識のついて以前書いたところでもご紹介したのが『心を操る寄生生物』です。文字通り、われわれの心を操り、さも自分で決断したかのように思わせているといった、よく考えると非常にショッキングな内容の本です。

心を操る寄生生物 : 感情から文化・社会まで
キャスリン・マコーリフ
インターシフト
2017-04-15


 コオロギを内部から操り、プールへと飛び込ませる「ハリガネムシ」、感染した人を交通事故に合わせる確率を2.7倍に押し上げる「トキソプラズマ」、人を社交的にさせ感染の機会を増やす「インフルエンザウイルス」、認知症のリスクを増加させる「トキソカラ」・・・いくつもの衝撃的な寄生生物の実態が紹介されています。
 そうした内容の一環として、プロバイオティクスについても言及があり、腸内細菌が、腸内環境の変化を通じて、自律神経としての「迷走神経」を介して(求心性に)脳に影響を及ぼすということも詳述されています。プロバイオティクスがアレルギー疾患などさまざまな疾患の治療に有効なことは、目新しいことではないのですが、寄生生物による介入という視点でとらえると何とも不気味にも感じます。また、脳は腸の出先機関として進化した可能性がある、という記載も常識と逆転した視点で、考えさせられます。
 とりわけ、ピロリ菌については、胃潰瘍から悪性腫瘍までの予防的な効果を述べつつも、グレリンの調整を介して肥満をも調整しているというのです。つまりピロリ除菌により食べ過ぎにつながるというわけです。逆流性食道炎の増加など、負の側面も伝えられてはいますが、体重増加への関連はかなりショッキングなものなのではないでしょうか。

 これらの例を見ても明らかなように、これまでの中枢から末梢という片道的な考えだけではなく、あきらかに末梢から中枢というルートの重要性が示唆されているわけです。
 こうした「脳腸相関」の関連から、腹部の打鍼など腹部への治療的介入が、全身に影響することの理論的な基盤とも考えることが出来そうです。
 横隔膜や上腹部への徒手的な圧迫などの理論的基盤だけでなく、アルベックスやいくつかのプロバイオティクスの内臓的のみならず精神的作用機序を説明するのに、寄生生物は重要な視点を提供しているように感じました。

tougouiryo at 2019年10月15日06:00|この記事のURLComments(0)

甲野先生新作DVDです

甲野善紀 技と術理2018 - 呼吸を消す [DVD]
甲野善紀
株式会社夜間飛行
2018-10-08


甲野先生のDVD2019年版が発売予定です。上記は2018年版ですが、2019年版のテーマは「教わることの落とし穴」です。すべての領域の指導者・教育者必見!、とあります!

tougouiryo at 2019年10月12日06:00|この記事のURLComments(0)

クルミドコーヒー

 先月、これまで一度行ってみたかった西国分寺の「クルミドコーヒー」に行ってきました。独特な主張のある建物に入ると、階段を上がった二階に案内され、座るとやはり「クルミ」が置いてありました!
 これまですぐ近くの居酒屋には何度か来たことがあるのですが、これほどまでに近くあるとは知りませんでした。また、駅前は店主のご著書にもある通り、たくさんのチェーン店のコーヒー店が立ち並んでいました。そうした条件のところで一杯650円のコーヒーを自らの主張のもとに提供する、という雰囲気を味わうことができました。
 伺った時間が19時前ということもあり、店内は2〜3組のお客さんのみで静かな雰囲気でした。独特の入り組んだ構造で、静かにコーヒーを味わうという感じがにじみ出ていました。それにしても、特別に立地条件が良いというわけではないこの場所で、自らの考えを展開し、人気店となるというのは本当にすごいですね。いろいろと今後のクリニックやジャングルカンファレンス、そしてこれから展開するジャングルカフェの在りかたを考えさせられました。
 自らの考えはあるものの、なかなか一般的ではない形態のものというのは、理解してもらうのにもかなりの時間を要するものです。特に医療に関しては、(美容などを除けば)ほぼすべてが保険制度下が前提ですから、他分野のものとは比較にならないほど分かりにくいことでしょう。それでも「健康」というものは誰にとっても本来は最も切実なもののはず。「一緒に治る」という中動態で表す我々の目指す医療の在り方を少しでも知って頂けるよう、色々と思考を巡らす日々です。



tougouiryo at 2019年10月07日06:00|この記事のURLComments(0)

無意識について少し考える

 本日は久しぶりに甲野先生とお会いします。新しく解説した「身心工房リボン」も少し軌道に乗ってきたところですので、設立メンバー数名とともに立川近辺の居酒屋にて会合です。

 甲野先生にいただいた前野教授との対談本を契機に、前野教授の無意識に関するご著書を読んでみました。


 前野教授の「受動意識仮説」は、哲学における自由意志の問題に対して一石を投ずる問題提示で、とても興味深い考え方だと思います。そしてこの仮説を支持する事象として興味を惹くのが、カリフォルニア大学のリベット教授による実験結果です。それは筋肉を動かす運動神経の指令は、それを意図する脳の活動よりも0.35秒先んじている、というものです。分かり易くいうと、意識で動かそうと「思う」前に、運動の指令がでているという、常識とは反対 順序で事象が進 していることが分かったというのです。
 我々の把握している「意識」だけでは、すべては説明がつかないという衝撃的な結果ですよね。




 意識して考えそして行動する、という当たり前だと思っていたプロセスに疑問が呈されているわけです。自分という確固としたものに対しての疑問ですね。

 これとは少し異なりますが、自分が意図していると思っていたら、そうではなかった、という筋で「寄生生物」にあやつられているという視点もまた衝撃的です。トキソプラズマに感染したネズミは、猫に対して警戒心を抱きにくくなるばかりではなく、人間にも大きく影響している可能性もあり、この感染により男性では規則を破る傾向を強め、疑い深くなり、女性では逆に規則に従い、友好的で社交的になるというのです。まだ当然、仮説としての範囲を超えないとはいうものの、いくつもの実例が示されており、自分の意志、哲学で言う自由意志というものについてゆさぶりをかける内容です。
 様々な要因で、自分の考えが形成されてくる、そこに自分というものはあるのか、考えるほどに混迷していきますね。また、こうした書籍では指摘されませんが、ホメオパシーにおけるマヤズムの問題なんかにも、こうした寄生生物の視点は新展開をもたらしそうです。Medorrhinumや Syphilinumの体質によって引き起こされる衝動的な行動の原因なども何らかの関連がありそうです。この視点からの医学的な考察はまたいつか書いてみたいと思います。

心を操る寄生生物 : 感情から文化・社会まで
キャスリン・マコーリフ
インターシフト
2017-04-15





 自分というものは、どこまで自分なのか。無意識こそが、むしろいろいろなものと接続している。そうしたことを考えると、様々な情報をもたらす、脈診、舌診、腹診といった診察方法から知れる情報の起源の奥深さをあらためて感じます。通常の西洋医学でも同じ部位は見ているのですが、腹部や背部から知れる伝統医学的(統合医療的?)情報の奥深さ、異質さは、全く別次元とでもいえるものなのでしょう。

tougouiryo at 2019年09月26日06:00|この記事のURLComments(0)

Bスポット療法(EAT)関連書籍

 前回、Bスポット療法をご紹介し反響がありましたので、関連書籍のご紹介です。是非、一度お読みください。




 EATにかんする最新情報がわかりやすく解説されています。慢性上咽頭炎はまさに鼻だけの病気ではありません。三木成夫の著書などでも重視されている「鰓」から発生した重要な免疫の拠点です。様々な疾患との関連を考えることができます。大きなムック本もあります。







やや専門家向けですが、堀田先生と相田先生とのご共著です。



tougouiryo at 2019年08月20日06:00|この記事のURLComments(0)

共通言語としての基礎医学

 統合医療を構成するたくさんの代替医療について考えていくことも大切なのですが、やはりこの分野は「共通言語」を持つことが重要であるとかんがえます。
 こうした共通言語となりうるのが、基礎医学だと思います。西洋医学ではないか!と思う人もいるかと思いますが、かつてのような対立構図でとらえるような時代ではないでしょう。
 そうした中で、基礎医学は統合医療における共通言語として、より分かり易くまとめられなければならない時代なのかもしれません。そこで、基礎医学学習のきっかけとなるように、個々でも問題形式で材料を提供していきたいと思います。随時掲載していきたいと思っております。皆さんの学習の一助としていただけたら幸いです。







tougouiryo at 2019年08月16日06:30|この記事のURLComments(0)

三木成夫の本

 解剖生理学の概略を説明する必要があり、いろいろと参考図書を見ていましたが、やはり、総論でもあり、物語のような流れもあり、それでいて分かり易いのが、三木成夫本ですね。
 補完代替医療系の方にはかなり有名ですが、ここでも改めてご紹介しておきましょう。
 発生や進化をベースに、本来なら知りうることのない「なぜそうなのか」という疑問に答えられる唯一の解剖生理学とも言えるものです。
 代表的なテキスト的な書籍を挙げておきます。


ヒトのからだ―生物史的考察
三木 成夫
うぶすな書院
1997-07





tougouiryo at 2019年08月15日22:04|この記事のURLComments(0)

第二の脳「腸」

 第二の心臓「ふくらはぎ」ということで、ずいぶんと話題にさせていただきました(笑)が、末梢を軸にものを考えるという視点が広がったのは意味あることだと思います。






 そして現在は第二の脳ということで「腸」が話題です。脳ということですから、正確には腸管神経ということになるのでしょうが、腸そのものとしても双方向性の密接な連絡を有しているのです。例えば、うつ病と密接に関係するセロトニンは、その95%は腸内の特殊な細胞に含有されていることが分かっているそうです。そして、その腸はそこに住む腸内細菌と密接に関係する、つまりお腹の状態が精神にも関係するというのが当たり前の考え方になっているというわけ。

 というわけで、以下、第二の脳とそこに棲む腸内細菌という多様性との関係について考える本です。





土と内臓 (微生物がつくる世界)
デイビッド・モントゴメリー
築地書館
2016-11-12


tougouiryo at 2019年08月12日22:50|この記事のURLComments(0)

虫の知らせ

面白いです。病気の捉え方として、斬新で今でも考えさせられます。絵がリアルですごいです!

『針聞書』 虫の知らせ
笠井 昌昭
ジェイ・キャスト
2007-11-01





そういえば、チコちゃんでも「腹のムシ」やってましたね〜

フィギュアもあるみたいです・・・









tougouiryo at 2019年08月09日06:00|この記事のURLComments(0)

学ぶことは危険な行為

 自己学習や、研究会などで学んでいると、時に全く違った考えをしないと理解できないことがあり、それを機に全く違った視点を持つことが出来ることがある。
 一見そうしたことは、とても良いことだけのような気がするが、結構そうでもないのかもしれない。それを機にこれまでの周囲とは違った考え方となり、変な軋轢を生むこともあるだろう。

 最近、東大の安富歩教授による『超訳 論語』を読んでいてそれを強く感じた。ここには、これまでの論語の雰囲気とは全く違う訳がまさに超訳されている。論語冒頭の学而第一の訳。

「何かを学ぶことは危険な行為だ。なぜならそれは、自分の感覚を売り渡すことになるから」とある。

 確かに思い当たる節もある。では学ぶことはよくないのか。そうではなかろう。学習内容を自分のとするために努力を重ねていけば、いつかそれは自分のものになる。そして自らの感覚も取り戻せる。これが「習う」ということなのだそうだ。確かにこの「習う」という解釈は画期的で新鮮である。

いま、当院でも月に一度、塾と称して学習会を行っている。ただ学ぶだけでなく、これに参加することでクリニック関係者のつながりが強まっていると感じる。学習は確かに、自らを変容させる。そしてその過程の中で有機的なつながりが醸造されるように思う。

 一つの治療方法に自信を持つことは、良いことだが、そこから一歩も出ずに、そこに固執するセラピストも少なくない。これは医療従事者全般に対しても言えることだろう。

 学習することにより、つながりを強めていくということについて、おいおいここでも考えていこうと思う。なによりジャングルカンファレンス自体がそういう効能があることは肌身で感じていることだから。


超訳 論語
安冨 歩
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2012-12-14


tougouiryo at 2019年08月08日06:00|この記事のURLComments(0)