ジャングルカンファレンス

行動分析を考える

 食事ノートやら体調チェックやらで、行動分析的な方法は臨床では非常に使える方法です。始めはなかなかとっつきにくい面もありますが、考え方自体は難解なモノではないので、コツコツ読んでいけば、とても便利でパワフルな技法です。

 私もはじめはなかなかなじめなかったのですが、大学院の講義で推薦図書などを教えてもらい丁寧に読んでいくと、とても強力な技法であることがわかりました。










 とくに島宗先生の本では、「じぶん実験」という名で、具体的に取り組みやすく紹介されておりますので、おすすめします。奥田先生の本も、当時ベストセラーになりました。

 行動分析はプラグマティズムとの技術的な関連からしてもとても興味深い方法論です。いわゆる心理っぽくない心理学ですから、ハウツー好きのかたには特におすすめです。とくに深層心理とかフロイト関係は「トンデモ」と思われる方には受けがいいようです。

 ただ、人間って、けっこう簡単な原理で動いているような気がして、けっこう複雑な気持ちにもなります。知らないうちにこうした方法論や考え方に乗せられるという不快感や不安感のようなものも感じないわけではありません。(この辺りは催眠にも同様の感じがありますね)

 今度のジャングルカフェの課題図書「群集心理」との関係でも、考えさせられるテーマです。(集団の在り方としてこれまでのジャングルカンファレンスの歴史を改めて考えさせられます。こうしたネタも敢えてカフェでは扱ってみたいと思います)

 群集としての個人に自由な選択はあるのか、そして、そもそも自由などというものがあるのか、ということを考えさせられるテーマです。

 行動分析のバイブルとされる書籍を以下に挙げておきます。好き嫌いが分かれるでしょうが、ご興味ある方はどうぞ!


自由と尊厳を超えて
B・F・スキナー
春風社
2013-04-12





tougouiryo at 2021年10月10日19:43|この記事のURLComments(0)

2011年の統合医療カンファレンスの記事を読み返して

 統合医療学会主催でのカンファレンスが来月3日に開催予定です。こうしたカンファレンスは実は初めてではなく、かつてそれも10年以上前に一度開催されていました。

 ただこの段階では、学会での発表時も、重鎮の先生方をはじめとしたベテランの先生方に「統合医療」という特殊領域でのカンファレンスの在り方が周知されていなかったので、かなりの混乱のもとに開催され、二度目はなく一度きり、という状況になりました。
 こうした状況を振り返りながら、当時のブログを以下に、再録してみます。

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当院で2年以上前から行っている「統合医療カンファレンス」が、理事の先生方のご理解のもとに、いよいよ統合医療学会主催で行われることになりました。これを機会に、代替医療=統合医療という誤解が少しでも解けてくればいいなあ、と考えております。

 実際にどのように統合医療が行われているか、現在のところ、先生がたによってさまざまな解釈で行われているわけですが、学会によりある程度の共通項が出来てくると、これから始める先生方には大いに参考になるのではないでしょうか。

 カンファレンスのファシリテーターの先生方は今回は合計4名で行います。ご興味ある方は以下のページをご覧ください。

http://imj.or.jp/member/gakkai/conference110313


(以上、2011年2月4日当ブログ再掲)

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 こうした環境がどこまで改善、理解されるようになったかは、今度実際に開催してみるまでは分かりませんが、とにかく、こうした取り組みが重要だという認識が醸成されてきたことだけは確かなように思います。

 統合医療というと何か特殊な医療を展開している、特殊な主義主張の医療というイメージが我が国においては依然として強いようです。
 アマゾンでの関連書籍などを見てもこうした傾向は容易にみてとれますし、先日も、ある催眠関連の書籍を読んでいたら、催眠はアメリカでは統合医療であるが日本では統合医療学会に認められていないというような記載がありました。これなどもそうした誤解の一つなのですが、催眠であろうが、ユナニ医学であろうが、心霊療法であろうが、統合医療という概念はそれらを排除していないというのが、私の考える統合医療です。こうした射程の広さこそが、多元的な「統合医療」の基礎をなすとかんがえています。

 しかし一部の先生方では、こうした意見に反対で、自分の関連する団体しか認めないというような考えの方もおられるという噂は耳にしますが、すべてを全面的に認めろとは言いませんが、虚心坦懐に評価をすべきであると思うのです。
 そうした意見交換の場が、私たちにとっての「統合医療カンファレンス」なのです。そしてそれを実際に展開してきたものこそ「ジャングルカンファレンス」に他なりません。

 統合医療は様々な方法論が多元的に錯綜する医療です。そこには多くの健康問題を有する患者さんと、それらに対応しようとする多くの医療従事者・セラピストがいます。何か一つの代替医療を押し出すというのではなく、こうした広い視野で、多彩な患者さんの訴えを解決していこうとする姿勢こそが統合医療の本質ではないかと考えるのです。


tougouiryo at 2021年10月04日22:52|この記事のURLComments(0)

対話・共通了解そして真理について 

 「オープンダイアローグ」や「ジャングルカフェ」といった当院が中心となって開催している取り組みは、近年の「対話」重視の流れを積極的に取り入れたものといえます。
 これらは、診療ではありませんが、10年以上前から取り組んでいるジャングルカンファレンスに連なる系譜とも言えます。

 ただ「傾聴」していることが対話のようにとらえられることも少なくないのですが(そうした面もないわけではありませんが)「対話」といった時には、少し異なった大きな意味も含まれるように思います。(この辺りが非常に難しく、ただ全員の意見をまんべんなく聞くことがJCだと思い込んでいる人がいるのも事実です…)

 これに加えて、多元主義的な統合医療を主張すると、「なんでもいいのね」とか「相対主義だね」といった感想をいただくこともあります。
 哲学の議論としてもこの辺りは結構ややこしくなるのですが、結論からいうと、対話により現実にアクセスすれば、相対主義には陥らない、といえると思うのです。(これも実のある対話がJCで本当に交わされるのであれば…)

 JCなどの対話を、実際に行わず頭だけで考えた場合、どうやって結論に至るのか明確に構造化されていない、といった批判がなされるのですが、これこそ、ガイドラインがあればすべての問題が解決される的な安直な思考といって過言ではありません。現実はもっと流動的で、急性期などを除けば絶対的な視点などは思っているほどあてになるものではありません。(なぜかこうした構造化されたモデルを強く求める先生方は多いようです。一応モデル提供するのですが、その方たちが実際にやるかというとそうではないことがほとんど。つまり自分の脳内での「安心」「安泰」をえるために不要なモデルを当方に要求しているだけのように思えます。実際に臨床をされていない先生方がほとんどのように感じています)


 価値の問題なども、相対主義的な陥穽に陥りそうに思いますが、実際のケースに基づいて考えれば、概ね一つの結論に収束することも稀ではありません。
 このあたりのことは哲学史的にも大きな問題ですが、ソクラテス、プラトンの昔から共通の了解として、認識されていたことといってよいようです。良心に基づいた対話を展開すれば、人はおのずと結論めいた「共通了解」に至るという実感があります。


 あらゆる方法論のベースに、現在は客観性のデータが最も重要視されておりますが、本当にそれだけなのでしょうか。または肩書・職位などにより大きくその方向性がゆがめられていることはないでしょうか。共通了解という一見当たり前な概念の重要性が、かつてないほどに高まっているように感じられるのです。

 「対話」というもののの再認識の中で、統合医療のみならず、医療全体が大きなパラダイム変換を行っているように感じます。「やまのあなた」にある理想の真理ではなく、使い勝手の良い、それでいて幸福を感じる数が最大数となるような結論への道筋を我々は今一度考え直す時にきているのではないでしょうか。

tougouiryo at 2021年08月20日17:22|この記事のURLComments(0)

統合医療、ジャングルカンファレンスへの誤解など

 先月から群馬大学での統合医療概論の講義が始まっています。昨今の事情から御多分に漏れず「オンライン」です。オンラインの良さも当然ありますが、やはり、教える側も教えられる側も、直接の応答が感じられないというのが、大きなハードルとして残ります。
 特に「統合医療」という、いわば医療業界におけるメジャーな話題ではないので、ネットで調べても見解・意見の一致が認めづらく、伝わりにくくなってしまいます。
 こうした中でも、第1回は統合医療とは何か、という基本的な問題を身近な例なども交えて解説しました。今週からは、第2回として伝統医療・代替医療の各論、第3回は代替医療の並立として多元的な意思決定の在り方から多職種連携への理解、第4回は「統合医療」を俯瞰的に多元主義とプラグマティズムからまとめています。
 学生さんにはなかなか難しい内容も入っているのですが、多職種連携や医療哲学の基盤を学習することも大きな目的ですので何とかついてきてもらいたいと願っております。

 こうした統合医療についての概論的知識というのは、とくに考えたことがなくても、いわゆる「統合医療」はできると思います。しかし、それだといずれ限界が来るのではないでしょうか。
 こうした総論的な事柄を、かつては幾人かの方々が展開していましたが、あまりに理想的過ぎて、当人ですら扱い難い状況となり、あまりお見かけすることもなくなりました。一時的な受けを狙っても、やはり絵に描いた餅となり空中分解してしまうようです。
 その点、この多元主義に基づいたモデルは、地味ではありますが現実的で、医療の実態にも即していると考えています。それに何より、ジャングルカンファレンスという現実モデルが、このオンライン主体の中でも稼働しているというのも大きいでしょう。

 また、ジャングルカンファレンスの本質が理解できない先生方の中には、数回の参加だけですべてを「見切った」ようなコメントをされる方も最近散見されますが、これもまた困ったものです。こうした方の多くは、いわゆる「折衷主義」と「多元主義」の相違が何度言っても理解できないようなのですが、ご本人は完璧に理解していると思っているふしがあります。ただの意見の横並びでは、そもそも「カンファレンス」ですらありません。意見の羅列による退屈な進行により、会が持続不能に陥る場合は例外なく「折衷主義」となっています。ここにも折衷と多元の、決定的な溝が存在しているのですね。
 持続可能な多元主義を少しづつでも、体感していこうと努めるのが、我々の求める「道場」としてジャングルカンファレンスなのです。そして、そのための努力や取り組みこそが、「統合医療」なのだということをあらためて確認したいと思います。




tougouiryo at 2021年07月04日17:22|この記事のURLComments(0)

明日のジャングルカンファレンス 追加資料

 明日のジャングルカンファレンスの追加資料的な記載です。既にお知らせしましたように、明日予定のジャングルカンファレンスはオンラインでの開催となります。

 これまで、リアルのカンファレンス形態に準じて、オンライン開催をしてきましたが、若干の間延びした感じがしてしまい、実際の対面での開催と差異が生じてもいました。そこで、これまでリアルな開催では、自分の職種などの自己紹介くらいしか発言の枠に制限を設けてきませんでしたが、新たな「型」のようなものを設けたいと思います。

 今回からの試行錯誤ですが、参加される方は少し考えてきてください。具体的には、3つの質問形式を自分なりに答えを出して発言して頂きます。以下のような3つです。

(1)うまくいくであろう方法論を3つほど挙げる(現代医療でも、オルタナティブでもOK)
(2)うまくいかないであろう方法論を3つほど挙げる(現代医療でも、オルタナティブでもOK)
(3)自分がうまくいかない場合を3つほど挙げる(現代医療でも、オルタナティブでもOK)

 ここにはあえて、自分がうまくいくというパターンは挙げていません。当然うまくいくであろう見通しがあるから自分が行うわけですから、あえて問い直すという作業をいれません。この過程のキモは、内観療法で言うところの「迷惑をかけられたこと」があえて抜けているということと、同義です。(わからない方は明日JCにて質問してください!)

 うまくいくパターンの主張ですと、各自がそれを次々展開するだけなので、同じ展開になることが多くなるのと、正統すぎる現代医療的なコメントで議論が先に進まないからです。

 これまでもいろいろなカンファレンス展開を見てきたのですが、色々な方法論の紹介がでてきても、それらへの総括的なコメントなしで先に進めて、現代医療的な見解のみ出してしまうと、いわゆる多元的統合医療のカンファレンスにはならないからです。「こころ」の問題をさんざん議論した後に、精神科受診を勧める結論だけでは、せっかくの参加者のモチベーションも下がるのみでしょう。

 そうならないためにも多元的に複数の方法の是非を、全員に供覧して、みなで多元的に考えてみるのです。すこし最初は難しいかもしれませんが、これこそがジャングルカンファレンス開催の意義そのものですし、こうした多元的な視点を持つように訓練する道場が「ジャングルカンファレンス」なのですから、この3つを考えることは基本に立ち返ること、そのものでもあるのです。

 明日は一時間ほど、こうした形式に基づいてカンファレンスを試行してから、今、もっとも関心があるであろう非常事態宣言下での各自の治療院等の運営についても意見の交換をしてみたいと思います。


 また偶数月開催のジャングルカフェについても、カンファレンス同様、若干の変更を加えようと思います。
 これまで症例検討以外の事項をいろいろと話し合ってきましたが、それに加えて、課題図書的なテキストを用いて、広く多元的な統合医療について、話題にしながら展開していく予定です。やってしまえば、特段難しい内容ではないので、まずは参加してみてください!

 オンライン開催になり、統合医療カンファレンスの本当の意義が改めて問われているように思います。「統合医療」は多彩な施術を含めた代替医療の「かっこいい言い替え」ではありません。この大きな枠に自らの方法論を入れ込むことで、その技法自体が進化していくというものでなくてはならないのです。ある方法論の勉強会のみでは早晩パターン化し固着する思考を、「多元的統合」の大きな枠内で進化させ、新時代に適合できるような形態にメタモルフォーゼしていくことが究極の目的です。

 お城ブログ(お城へToGo)を連載していますが、お城めぐりにもこうした読み違いがあります。お城を訪問した際、100名城であれば、そこのスタンプを押印するのですが、人によってはこの「押印」という手段が、目的に転化してしまうようなものです。つまりスタンプを押せば城をみなくても良い、というような状態です。
 別に100名城であればそれも一つの楽しみ方ではありますが、統合医療の実践であれば、それでは困ります。というか、それだと何ら面白みがありません。
 ただ統合医療と称する場に行ったことがある、というだけで何ら自分の技法の向上につながらないのですから。我々はスタンプも押すけれども、城も満喫する、という状況を目指したいと思います。
 統合医療の場に一度行ったことがある、というだけでなく、多元的な統合医療の思想に触れ、自分のものにして自らの技法をより向上させていく一助にする、ということを目的にしたいと思うのです。




tougouiryo at 2021年01月13日18:36|この記事のURLComments(0)

ティール組織としてのJIMC

 現在、日本統合医療センター(JIMC)のホームページの改訂が進行中です。JIMCとは、当院(小池統合医療クリニック)と、併設されている身心工房リボン(心身の癒し・施術部門)との総称としての呼称となっています。
 当院も含めて、従来の病院・クリニックを念頭に置くと解りにくいかと思うのですが、それこそが、これまでの医療の施設の問題点を改善しようとする全く新しい試みであることが原因といっても良いでしょう。類例の少ないものはわかりにくい、理解しにくいというものです。人が類似例から、物事の多くを理解することを考えれば当然といえば当然です。
 そのために、分かり易いように説明文を書くことも必要ですし、加えて、メンバー間も改めて自らの組織の意味するところを理解する必要もあるわけです。そうした考察をする中で、新しい組織論について少し目を通してみました。

 かなり話題になった書籍でもあるので、ご存知の方も多いかとは思いますが、2014年に原著が出版され、2018年に邦訳された『ティール組織』です。『万物の歴史』などで知られるケン・ウィルバーの「インテグラル理論」を基盤として、組織の在り方を歴史的に(もしくは発達心理学的に)5つの段階に分析し、それぞれの特徴を解説しながら、第5段階の「ティール」の意義を解き明かし、これからの組織の在り方の可能性を示していくといった内容といえるでしょう。何せ原著がなかなかの大著なので、読破できていないのですが、解説書や周辺書籍からの理解で考察しています。



 同書では、組織を以下の5つに分類しています。
レッド(衝動型)組織
アンバー(順応型)組織
オレンジ(達成型)組織
グリーン(多元型)組織
ティール(進化型)組織


 これらの分類は基本的に優劣ではなく、それぞれの特徴として捉えるのが良いのでしょうが、進化という言葉が使われていることもあり、どうして最終形に達せなければいけないかのような印象もあります。個人的には、各々の利点や適性もあるので、一概に階層的な捉え方をしない方が、応用範囲が広がるように感じます。

 荒っぽい分類を医療に置き換えてみると(個人的かつ恣意的ではありますが)、旧来の医療のイメージ(実際はどうだったかは抜きにして)がレッド、大学病院など旧来の組織的な医療制度をベースにしたものがアンバー、医療連携などを意識した新しい病院システムがオレンジといったところでしょうか。多元性を重んじるというのは医療現場として実際には困難ですが、新しい統合医療のイメージ(多元的統合医療)に基づいた「ジャングルカンファレンス」はグリーンになりそうだと思いながら読んでいました。グリーンの抱える問題は意思決定の困難さです。かつて学会などでジャングルカンファレンスのコンセプトを発表していたころ、最終決定はどうするのか、ただの絵に描いた餅だ、というようなご批判をたくさん受けました。これこそはまさにこのカンファレンスのグリーン性を読み取られてのことだったのかもしれません。しかし、家族性とも言えるつながりを強めるものとしてはグリーンは極めて有用ですので、これからもジャングルカンファレンスはグリーンの性質を生かして展開すべきだということをあらためて感じました。
 そしてその家族性の強いグリーンから派生した組織が、日本統合医療センター(JIMC)のように感じます。ただ多元であるばかりではなく、そこにはダイアローグを基盤として統合医療という領域に対して進むべき方向性が共有されています。それゆえに、個々がほぼ独立した形で、活動を展開しつつも、調和のとれた連携が実現していく、まさにティールが実現してるように思います。 
 いかにティールを実現するかということが、書籍での大きなテーマなのでしょうが、われわれとしてはむしろそこにどれくらいの共通点を見いだせるかという観点で、学べる点があるように思います。
 JIMCの組織の特異性を説明するにあたって、大変有力なワードが手に入ったような感じをしております。
 統合医療という新たな医療には、新たな枠組みの組織として取り組まなければ、その魅力は半減してしまうことでしょう。

 ティール組織の冒頭に、テンセグリティを創り出したR.B.フラーの言葉が引用されているのが、なんとも印象的に感じました。

目の前の現実と闘っても何も変えることができない。何かを変えたければ、今あるモデルが時代遅れになるような新しいモデルを作るべきだ。R.B.フラー

tougouiryo at 2020年03月29日15:09|この記事のURLComments(0)

みんなで治る

 統合医療の重要性の一つに、セルフケアの重視があります。つまり、自分で治す、ということです。確かにこれは素晴らしいことですし、医療の理想といってもよいでしょう。
 しっかりとした情報を入れ、先入観に惑わされず、合理的(科学的)に考えることができるのであれば、極めて有効であることは言うまでもないでしょう。ところがここが難しいところです。果たして自分にそれが出来ているのか、どのように判定すればいいのか。こうした質問に答えることは容易なことではありません。

 先日、セラピストの方から質問を頂きました。クライアントさんが、ある栄養素を大量にとっているんだけど大丈夫なのでしょうか、というものです。これには、当然、その栄養素の種類によるので、一概に答えがあるわけではなく、ビタミンCであれば、大量に(概ね下痢する程度)とることで治療に十分な量と考えることもできます。しかし、そうではない、一般的には大量にとっては害がある可能性があるというものもあります。また組み合わせによっては大丈夫、ということもあれば、病態によっては大丈夫ということもあるでしょう。しかし、一般にそうした状況を、誰もが簡単に判断できるわけではありません。
 だからと言ってすべて医師の指導のもと、というのも過剰な「医療化」となってしまいます。このところのバランスが非常に難しいと思います。答えはないのですが、自分の身体に聞く、自分で正確に効果を判定する、ということに尽きるのではないでしょうか。

 よくある光景として、一つの治療法や考えに固執しているにも関わらず、まったく改善しないかどころか増悪しているというケースがあります。こうした改善が見られないときは、やはり医師など専門家という他力を頼ることも重要なのではないでしょうか。また、いろいろと自分で調べたものが、主治医と違う場合、そこから距離を置く方もいるでしょう。どれが正しいのか、と考えると混迷を深めるばかりです。

 こうしたとき少し考えたいのが、「みんなで考える」という姿勢です。いろいろな人の意見を聞き、それに影響されながら、自らが決定していく。一見、自分で決定していることと同じようですが、ひとは意見を聞きながら考えるうちに、我知らず、大きな影響を受けるものです。徹底して考え、みんなの意見の中で、最終決定をしていく、そうしたサポートをしながらいろいろな健康の在り方を応援できるクリニックにしたいと考えています。これが身心工房リボンとともに掲げる「みんなで治る」の基本コンセプトです。

 こうした問題は、非常に難しいニュアンスがある問題ですので、また機会を改めて、ここで論じてみたいと思います。

 

tougouiryo at 2020年03月16日06:00|この記事のURLComments(0)